熊野古道のクマ騒動と相手を知ることの大切さ

最近、熊野古道でクマの目撃例があります。
熊野古道伊勢路ツヅラト峠では70代の女性が熊に襲われ大けがをしたそうです。
【注意】熊野古道で熊の出没がありましたのでご注意ください

熊野市や尾鷲市内でも目撃情報がありますので十分ご注意ください。

また、中辺路でも目撃情報がありますのでご注意を。
詳しい情報はこちら

ただ、中には誤認では?というものもあります。

今年(2024年)の5月に、滝尻~高原間の胎内くぐりあたりで目撃されたものは、地元の人が飼っていた黒い大型犬が逃げ出して、その辺りをウロウロしていたものを、外国人が見つけて熊と誤認したという話を聞きました。

祓殿王子手前で目撃されたものはカモシカではないか?という見方が強いとのことです。

いずれも目撃者は外国人。

以前聞いた話では、タヌキの子供を見て「クマだ!」と騒いでいた外国人もいたとか。

ツキノワグマがどういったものかを知らないので、特に外国人が多い中辺路では、目撃例の中には誤認も含まれているものが結構あるのかもしれません。

私自身も、はっきりと間近で見たことなかったので、三重県大紀町にある大内山動物園に行ってわざわざ見てきました。

https://photos.app.goo.gl/3bnknwPpKGB7hEmk9

ツキノワグマはさほど大型のクマではないので、他の動物と見間違えることがあるのでしょう。

とにかく、何でもそうなのですが、まずは相手がどういったものかを知ることが、過度な恐れを抱かずにすむ一番の方法です。

昆虫のアブひとつをとっても、それが吸血をするものなのか、花の蜜を吸うものなのかを知らないと、すべてのアブが怖くなると思います。

「あ、これは花の蜜を吸うやつやから大丈夫」と知っていれば、それだけ「怖い」と思う回数も減ります。

もう一つ例に挙げると、秋になれば、ホシホウジャクやオオスカシバという、スズメガの仲間が頻繁に飛びます。
これらは、オレンジや黄色や赤の服を着ていると花と間違えて人に寄って来て周りをホバリングしながら飛んで回ることがあります。

これを知らない人はハチと勘違いして「わぁぁ!」と言って騒ぎ始めます。

ホシホウジャク
オオスカシバ

こいつらは高速飛行する蛾であり、何ら危害を加えるものではありません。

以前の記事「熊野の危険な生き物たち(ヘビ編)」でもお伝えしている通り、どんなヘビが毒を持っていて、どんなヘビが無毒なのかだけでも知っていれば、さほど恐れる必要はなくなります。
「生理的に受け付けない」という人は別ですが・・・。

クマが出没するようになった要因

こちらも以前の記事でお伝えしていますが、その一つとして、古道で食べ物やゴミを捨てる人が増えて来たというものが挙げられると思います。

餌付けの問題

つい最近も、発心門王子~本宮大社間のある地点で、おにぎり3つとおはぎ2つが捨てられていました。

イノシシやシカ、サルは雑食です。

こういったものもエサに十分なり得ます。

また、人間が食べないものでも、ヤツらにとっては十分にエサになるものもあります。

例えばバナナの皮とか、リンゴの芯とか。

特にイノシシは腐って液状になった果物でも食べます。

古道に動物を呼ばないためにも、絶対に食べ物は捨てないよう、お願いいたします。

クマ鈴は効果があるのか?

クマ鈴って効果があるのか?という議論が結構あります。
私も試したことはありませんのではっきりとは言えないですが、結論から言ってあるようです。

日本人に多い(というか、日本人しか見ない)ですが、クマ鈴を絶えず「チリンチリン」と鳴らしながら歩いている方を見かけます。

ただ、ガイドが絶えずお客様の前で「チリンチリン」鳴らすのは考えものです。

いくらクマよけだと言っても、お客様にとっては「騒音」に聞こえる場合もあります。
せっかく都会の喧騒から離れて静かで自然豊かな場所に来られている方にとっては、それを台無しにしてしまう可能性もあります。

なので、ストッパー付きの鈴を用意しておき、必要と思われる場所、特に、クマの目撃情報があった場所や注意喚起の看板がある場所の付近や、単独で歩くときなどは鳴らすといいと思います。

ストッパー付きのベルはこちら

東京ベル(Tokyo Bell) (TOKYO BELL) TB-K1 BEAR BELL 森の鈴 ゴールド

ただ、「これを付けているから安全」というような過信をせずに、周囲の状況に注意を払うことが重要かと思います。

ハイカーが捨てたゴミが間接的な餌付けになり、「人間が捨てたゴミ→人間はエサ」という認識に発展し、北海道では実際に人間が襲われたケース(この場合はヒグマですが)が発生しています。

熊鈴って効果あるの?と専門家に聞いてわかった登山者がすべき本当のクマ対策

登山者の最大のクマ対策は遭わないこと|熊鈴の有効性と知っておくべき前提【クマとの共存。vol.1】

こういった場合は、クマ鈴の音が逆にクマを呼び寄せることになる場合があるとのことですので、やはり過信は禁物です。

クマは本来、警戒心が強く、特にツキノワグマは人間の姿を見れば逃げて行きます。
私も一度、渓流釣りで山深く入った時に、逃げているツキノワグマらしきものを見かけました。
すでにはるか遠くを走っていたので何も起こりませんでしたが、やはり気持ち悪くなったので釣りをやめて帰りました。

今回のツヅラト峠での女性が、どんな状況で襲われたのかは分かりません。
本当にお気の毒ですが、この理由が、人間が捨てたものに味をしめて来るようになったのではないと祈りたいものです。

もし単独で歩かれる場合で不安な方は、ガイドと一緒に歩きましょう。
お問い合わせはこちらから

一般社団法人 和歌山地域通訳案内士会

奉納演奏会@大斎原

数々の笛を操るhataoさんとハープ奏者のnamiさん、そしてパーカッショニスト・上沼健二さん、ケルト音楽の歌手・高野陽子さんによる奉納演奏会が開催されるとのことで行ってきました。

この日は長井坂を歩いてから行く予定にしていたのですが、ちょっと「長井坂で長居」をしてしまって、私たちが大斎原に着いた時はすでに開始から30分が経過していました。

私たちが到着した時には、バグパイプとハープ、パーカッションに高野さんの高音域に伸びのあるスペイン語ボーカルが入った曲が披露(奉納)されていました。

会場の大斎原では、中四社、下四社、クスノキがライトアップされ、その中での歌声やフルート、ハープの音色は、夜の大斎原の雰囲気と見事に融合し、本当に素晴らしかったです。

日本ではあまりなじみのないケルト音楽でしたが、アイリッシュフルートという木製フルートの音色は、どこか尺八を思わせるところがあり、日本の自然、雰囲気と非常に合っていました。

ハープはアイリッシュハープといって少し小ぶりのハープでしたが、これまたフルートとの相性が非常に良く、時にはフルートを引き立て、時には前面に出てその存在感を感じさせるなど、ハープの魅力を存分に発揮されていたように思います。

hataoさんのフルート演奏は、技術的な面もさることながら、表現力が素晴らしく、表情豊かで聴くものを魅了する力を感じました。

特に最後の沖縄民謡(だったかな?)は特に私にはツボでした。

神聖な場所で、心に染み入る音楽を聴くことができ、大満足で会場を後にしました。

hataoさんは、「ケルトの笛屋さん」というヨーロッパ伝統楽器販売店も経営されているそうです。
さらには、本宮大社近くに1400坪の土地古民家を購入され、時折こちらに来られて改修工事などもされているそうです。
このことについても演奏会でもお話をされていましたが、家の中身を見ずに直感で購入され、その後の改修が大変だったことに、後になってから気づいたとおっしゃっていました。

・・・直感で行動するって、だれかと似てるなぁ(笑)

hatao&namiさんのページはこちら
hatao&nami

高野陽子さんのHPはこちら
高野陽子 YOKO TAKANO Official Web Site

闘鶏神社の朱塗りと本宮大社

世界遺産に追加登録された、田辺市にある闘鶏神社では、このたび社殿の修復と江戸時代末期の色彩を復活させたそうです。

闘鶏神社は、424年に本宮大社より勧請された非常に歴史のあるお社です。

昔の熊野への巡礼は、体の悪い人にとっては非常に厳しいものでした。

そういった人たちが闘鶏神社をお参りすることで、本宮大社にお参りしたのと同じとしていたらしいです。

紀伊民報によると、社殿は約360年前に2棟が再現されて以来、修復作業は数回あったそうですが、今回のものが一番大掛かりだったようです。

本宮大社も、江戸時代の大火事以来は現在の白木造りになっていますが、もとは速玉大社や那智大社と同じように朱塗りの建物でした。

朱には意味があり、一つは仏教の影響を受けているということです。
朱(または赤)は魔除けの色とされており、これを塗ることにより、邪悪なものを寄せ付けないという意味があります。
もう一つ、朱には水銀が含まれているため、防腐剤として材の保護の役割もしていました。

本宮は真っ先に仏教色を排除しています。

ではなぜ本宮がその仏教色を排除したのか?

ある方から聞いた話なので真相のほどは定かではないですが、当時、熊野三山には「社僧」と呼ばれるお坊さんがおり、この方たちがそれそれのお社の管理を取り仕切っていました。

社僧とは文字通り「お社の僧」、神社のお坊さんです。

今の時代からすれば変に映りますよね。

その社僧と宮司の仲が悪かったために、宮司が社僧を追い出したという話です。

真相はさておき、神仏分離令のずっと前から仏教色を排除した本宮大社。

ただでは済まない理由が他にもあるかもしれませんね。

野生動物に餌を与えてはいけない

時折、野生動物に餌を与えている人を見かけることがあります。
熊野古道沿いでも、トビに餌を与えている地元の人を見たことがあります。

しかし、野生動物はもともと、自分の力で餌を探して得ることができるものです。

それを、人間が安易に餌を与えることによって味をしめ、人への警戒心がなくなり、人に怪我を負わせる事件も発生しています。

普通、野生動物は人を警戒して寄ってきません。

野生のサルは人を見れば逃げていきますが、餌付けされたサルは人に寄ってきます。
餌を持ったままあげないでいると怒り始めます。

当会の会員が近露の河原でお弁当を食べている時に、トビにコロッケを奪われたそうです。
幸い怪我はなかったそうですが、一歩間違えればトビの鋭い爪で大怪我をしていたかもしれません。

白浜や新宮城跡でも、同じような被害が起きています。

原因は人の餌付けです。

白浜では、釣り人がイカ釣り用の余ったアジをトビに与えているところを見たと、たまたま居合わせた観光客から聞きました。

野生動物がひとたび餌付けの味を覚えると、自分で餌を探さなくなります。
また、人を「警戒する対象」から「餌をくれる対象」へと変わるため、人への警戒心が薄れます。
警戒心が薄れた結果、人を襲ったり、民家の中にまで入って食べ物を漁るという行為に発展します。

また、人間が食べる食べ物は野生動物の体には合わないこともあります。
結果的に免疫力が下がり、病気を起こしてしまうこともあるようです。

直接的ではなく、間接的に餌付けをしている場合もあります。

熊野古道では、食べ物を古道沿いに捨てる行為がそれにあたります。

以前お客様から、
「バナナの皮を山に捨ててもいいだろう?」と聞かれたので、
「ダメだ」と答えると、
「自然に還るからいいだろう」と食い下がってきたので、
「そのバナナの皮を捨てることによって、古道にイノシシなどが出てくることになる」と言ったら納得してくれました。

食べ物は自然に捨てないようにしましょう。

こうして餌付けをすることによって人に危害をくわえた結果、悲しい末路をたどる動物もいます。
森の動物に餌を与えないで 一本のソーセージが招いたヒグマの最後

こちらの記事もご参照ください。
動物の餌付けがどのような問題を引き起こすか、詳しく書かれています。
野生動物への餌付けと問題点について

川船瀞峡体験に行ってきました

熊野川川船センターが3月30日から運行する川船瀞峡体験に行ってきました。
熊野交通のウォータージェット船が運休となり、瀞峡を訪れる機会がめっきり減ってしまっていましたが、これで瀞峡も賑わいそうです。

We went to experience the riverboat Doro-gorge, which will be operated by the Kumanogawa Riverboat Center starting March 30.
Since Kumano Kotsu’s water jet boats have been out of service, opportunities to visit Doro-gorge have been drastically reduced, but now Doro-gorge is expected to become more crowded.

運行期間:3月1日~11月30日(12月~2月は6名以上の団体であれば応相談)
出船時間:9時から1時間おきで最終便が午後3時。
毎週月曜運休(月曜日が祝日の場合は運行、翌平日運休)
乗船時間:約40分
最少催行人数:2名
乗船料:一人3,000円(4歳~小学生は1,500円)
問い合わせ:熊野川川船センター
電話:0735-44-0987

Operating period: March 1-November 30 (December to December) (In February, groups of 6 or more people are welcome.)
Departure times: every hour starting at 9:00 a.m., with the last service at 3:00 p.m.
Closed every Monday (if Monday is a national holiday, the boat will be in service on the following weekday).
Boarding time: approx. 40 min.
Minimum number of people: 2
Boarding fee: 3,000 yen per person (1,500 yen for 4-year-olds to elementary school students)
Inquiries: Kumanogawa Riverboat Center
Phone: 0735-44-0987

しかし、今後SUPができなくなるのでは?と少し心配をしております。
However, will we not be able to do SUP in the future? I am a little concerned.

心配していた雨も出発前には完全にあがり、春の暖かい日差しが柔らかく降り注ぐなか、船頭さんの案内と、すばらしい操舵技術も手伝って、気持ちよく楽しむことができました。
The rain that we had been worried about had completely stopped before departure, and we were able to enjoy the boat under the soft warm spring sunshine, guided by the boatman and his excellent steering skills.

今日は水面に霧がかかっていて非常に幻想的でした。
It was very fantastic with fog on the surface of the water.

午後からは、当会会員さんに筏師の道の一部と、集落跡を案内してもらいました。
どちらもすばらしく美しいところでした。
あまり人が来ると荒れてしまう可能性があるため、あまり人に教えたくない気持ちにさせられました。
In the afternoon, a member of our association guided us to a section of the Raftsman’s Road and the ruins of a village.
Both were wonderful and beautiful places.
I was made to feel that I did not want to tell too many people about them, as they might become desolate if too many people came.


神倉神社、しめ縄交換

次回の現場研修(新宮)の下見に行ってきました。
前年は油断をしてしまい、思うような内容で案内ができなかったので、今回をその失敗を晴らすべく、結構気合を入れております。

その中で、神倉神社を訪れた時、しめ縄の交換作業に出くわしました。

すでに縄を結った後に毛羽立った藁をはさみで整える「最終段階」でした。

この「ローラー」で藁を柔らかくしてから編むそうです。

しめ縄の長さは約20m、重さは約200kgあるそうです。

神倉神社に上がると、しめ縄のないゴトビキ岩が。
一年に一度、この時間帯しか見られない光景です。

しめ縄を担いで「あの」階段を上ってきました。

神倉神社に到着。

ゴトビキ岩に一人が上り、上から針金でしめ縄を吊るします。
・・・ご神体の上に乗るんですね。
いいのか?(笑)
写真では見にくいですが、下からは刺又(さすまた)で持ち上げます。

ちなみにこの日は、語り部さんの案内で訪れました。
昨日の、知識を得るにはどうすればいいかという質問のもう一つの答えになりますが、語り部さんにお金を払ってお話を聞く方法が一番早く多くの情報を得ることができます。
語り部さんの知識の豊富さには本当に頭が下がります。

ありがとうございました。

あぶり鮎

昨日、今度の青森での講演のネタに、中辺路地域で少し写真撮影をしてきました。

滝尻王子近くの「あんちゃんの店」に立ち寄った時、秋の風物詩・あぶり鮎があったので買いました。

以前から気にはなっていたのですが、購入するに至りませんでした。

本来なら落ち鮎を使って作るそうですが、そうすると出来上がった時に身が細くなって格好が良くないので、今年は脂が乗った鮎を使ったそうです。
ただし、脂が乗った鮎はすぐに質が落ちるので早めに食べてくださいとのこと。

食べ方は、身をほぐして炊き込みご飯にしたり、電子レンジで15秒ほどあたためてから醤油で食べるといいとのこと。
わたしは電子レンジで温めたあと、天日塩でいただきましたが、これが美味かった・・・

ちなみに、頭や骨まで食べれます。

炙り独特の香りがありますので、たぶん熱燗に入れても美味しいと思います。

値段は5匹で3,500円(税込)です。

ちなみに写真は4匹です。
すでに1匹はわたしの胃袋の中にあります(笑)

熊野のバス事情

今回は、熊野のバス事情についてお話します。
中辺路については結構整備されていて、発心門王子のような山奥(?)にまで停留所があります。
現在の問題点や、改善された点などについてお話します。

間違いやすいバス停名

以前にくらべ、随分と改善されましたが、いまだにややこしいバス停が存在します。

発心門口と発心門王子

この2つのバス停は、以前は「発心門」と「発心門王子」でした。
本宮大社前から乗ったお客さん(日本人を含む)が、よく「発心門」で降りようとしていたので、バス会社が変えたのでしょう。
そこで、この「発心門」を「発心門口」としたわけですが、外国人には「Hosshinmon-guchi」が「Hosshinmon-oji」にも聞こえるようで、やはりここで降りようとする外国人が後を絶ちません。
さらなる改善が必要だと思います。

湯の峰温泉と下湯の峰

日本人なら間違うことはありませんが、外国人は「Yunomine」という言葉が入っていると「ここか?」と迷うようです。
ガイドをつけていない旅行者がほとんどですので、同乗している時に「違いますよ」と言ったことが何度もありました。

改善されたバス停

参考までに、これまでややこしかったが改善されたバス停を。

「熊野本宮」と「本宮大社前」

現在は「熊野本宮」が「大日越登り口」に変更されましたので、今は間違って降りる人はなくなりました。

「大門坂」と「大門坂駐車場」

大門坂駐車場から約100m先に「大門坂」というバス停がありました。
「大門坂駐車場」で待ち合わせの時に、お客様が「大門坂」で降り、危うくミスミート・・・という事が以前はよくありましたが、「大門坂」と「大門坂駐車場」を統合し、バス停の場所は「大門坂駐車場」、名前を「大門坂」としたことでこういったことはなくなりました。

「那智駅前」と「那智駅」

前回の記事、「下見では何を見ればいい?」にも書きましたが、新宮方面から那智山に行く際に、那智駅で乗り換えなければいけませんが、降りるバス停が「那智駅前」、那智山行きは「那智駅」で乗らなければならず、知らないお客さんは混乱していました。
現在は駐車場をターミナルのように改装し、「那智駅」として統合されました。
もうひとつ欲をいうなら、新宮から那智山へ直通の便があれば非常に助かりますがね。
接続が悪すぎます。

他に間違えた事例

みんなが降りていたから降りた」

もうこれは笑うしかありませんが、バス停の名前を確認せずにみんなが降りていたから降りたお客様がいました。
ちなみに、私のお客様ではありませんでしたが。

単にバス停の勘違い

待ち合わせ場所に、約束の時間にお客様が現れず、宿に電話をしようと思っていたらお客様から直接「間違えた」と電話がかかってきた場合がありました。
この場合は、お客様が電話をしてくれたので会うことができましたが、電話がなければ会えずじまいでした。

間違えないようにするためには

ガイドがついている場合は間違うことはほぼありません(間違った人もいますが)が、問題は、解散後にお客様が自分たちで目的地に向かう場合です。
旅行会社からもらった行程表にはきちんと降りるべきバス停が書かれていますが、結構行程表を持ってきていない方もいらっしゃいます。
そんな場合は、英語名と日本語名でバス停の名前を書いたメモをお渡ししています。
たとえば、降りるべきバス停が「権現前」だとすると「Gongenmae」「権現前」と書いてお渡しします。
読み名を英語で、バス停名を漢字(視覚)で確認してもらうためです。
また、運転手さんに「権現前で降ろしてあげてください」とお伝えする場合もあります。
運賃も一緒にお知らせしておくといいでしょう。

また、降りてから宿まで行く場合、周辺の地図があればお渡ししています。
たとえば、本宮大社前から湯の峰温泉や川湯温泉に行く場合は、本宮館で地図をもらってきてお渡しするようにしています。

だいたいの場合、わたしはあらかじめお客様が泊まる予定の宿の近くに車を置いて、そこからバスで待ち合わせ場所まで向かいますので、終了後は宿までご一緒することが多いです。

翌日続けてお会いする場合や、違うガイドが翌日担当する場合などは、翌日に乗るべきバス停と時間を確認してお別れしています。

現金での支払

本宮には龍神自動車、明光バス、熊野交通、奈良交通、十津川村営バスの4社が入り混じっています。
運賃に差はありませんが、支払い方法は奈良交通以外は特殊な「3日間周遊チケット」などを除いて基本現金オンリーです。
この点では、三重よりも遅れているという印象が拭えないですが、導入と維持管理に莫大なお金がかかるため、導入に踏み切れていないという現状があるそうです。

慣れないお金で、細かい金額を用意することは、なかなか骨が折れます。
また、五円硬貨のようにアラビア数字で書いていない硬貨もありますので、外国人には難しいようです(よく五円硬貨を見せながら「これはいくら?」という質問を受けます)
これが到着時間の遅延を生み出しています。
時には30分遅れという事態も発生していますので、何とか改善してもらいたいところですが、なかなか強く言えない部分でもありますね。

大辺路沿いはそもそも路線バスがない

大辺路で一番困ることが、路線バスがないことです。
一応、町が運営しているバスはありますが、運営が町単位なので、たとえばすさみ町と串本町がまたがるような場合は乗り換えが必要になります。
また、路線によってはあらかじめ予約をしておかなければなりませんし、「地元住民の足」という位置づけなので、可能性は低いですが、仮に住民で満席になれば「乗車拒否」という可能性もあります。
ただ、大辺路沿いには運行頻度は低いですがJRがありますので、「駅から駅」という歩き方で対応ができるところが多いです(富田坂は無理です)

以上、熊野のバス事情でした。
バス会社の努力によって、以前に比べれば本当に改善されています。
お客様の要望に沿って柔軟に対応できる姿勢は見習いたいところです。


皆地笠(みなちがさ)

昨年、2019年に購入した皆地笠

8/30付の紀伊民報、「水鉄砲」に皆地笠が紹介されていましたね。
https://www.agara.co.jp/article/78040?rct=mizu

「皆地」とは、本宮町皆地が産地であることから名付けられましたが、歴史はかなり古く、平安時代から熊野参詣に来る人々は身分の分け隔てなく被っていたことから「貴賤笠」とも呼ばれていました。
皆地笠は桧で作られていて、晴れの日は通気性がよく、雨の日には防水機能を備えているすぐれものです。
購入時は桧特有の薄いピンクがかった色ですが、時間がたつときれいな飴色に変化します。

昨年、わたしも芝さん宅にお邪魔をして皆地笠を購入しましたが、もったいなくて使っていません(笑)

代わりに、わたしの破れた皆地笠を哀れに?思った、前・小口自然の家のご主人の小河さんから、玄関に飾ってあった皆地笠をいただき、それを使っています(笑)
なので、笠にはしっかりと「小口自然の家」と書かれています。

小河さんがいる頃にその笠を被ってもっと宣伝しておけばよかったです。

水鉄砲にも書いている通り、皆地笠は材料の見極めが経験と勘に頼るために難しく、言語化できないらしいです。
また、材料の選択を誤ってしまうと、濡れたときに笠の形が歪んで壊れると聞きました。
見習いの何人かが芝さんの元に来ましたが、みんな続かなかったそうです。
ちなみに、和歌山県では見習いの方に補助金を出して保全に努めていましたが、この政策も功を奏さなかったようです。

しかし、来年で100歳とは驚きですね。

少し耳が遠くなっていて会話が難しい時がありますが、「幸い手が動くから作ることができる」とおっしゃっていました。
今は一日に2~3枚しか作れないそうです。

笠を編む事自体は、もちろん練習が必要ですが、材料の見極めに比べれば難しくないらしく、皆地出身の語り部さんから聞いた話では、全部を編んだのか、それとも笠のてっぺん部分だけを作ったのかはわかりませんが、子供の頃に小遣い稼ぎのために編むのを手伝ったそうです。

そんな皆地笠も、近い将来お目にかかることができなくなるのかと思うと、寂しい気持ちになりますね。

速玉大神について考える

今日は熊野三山の御祭神の一柱、熊野速玉大神について考えたいと思います。

熊野で異名を持つ神々

熊野三山で祀られているそれぞれの主祭神は、一般の呼び名とは違うことはみなさんもご存知のことだと思います。
熊野では家津御子神はスサノオ、熊野夫須美大神はイザナミ、熊野速玉大神はイザナギとされています。

先輩ガイドから聞いた話では、「それぞれの土地で神様の呼び名が違うことがあるように、熊野三山でのこれらの呼び名は、熊野での呼び方」ということでした。
いわゆる、「神様の方言」のような感じでしょうか。
しかし、どういう経緯でそのような名前になったのかという説明がありませんでした。

以前の記事「ソサノヲとクマノ宮」でもお話したように、ホツマツタヱからの解釈では、ソサノヲはイサナミの汚気(おけ)が移った子という意味でした。

「けつみこ」の「け」は「食べ物」を表すので、家津御子神とは、食べ物を司る神だという話を聞いたことがあります。
もちろん、「け」は食べ物の意味も表しますが、スサノオは食べ物の神ではないため、この場合は当てはまらないと思います。

では、速玉大神はどうでしょうか?

速玉さんについて、私が聞いた話や、本で読んだ話を交えてお話をしていきます。
なお、現在の速玉大神の解釈を否定するものではありませんので、あくまでも「一解釈」として読んでいただければ幸いです。

日本書紀に見る速玉大神

古事記を読む限り、「速玉大神」あるいは、それに似た名前の神は登場しません。
日本書紀に唯一、「一書(第十)にいう」として「速玉之男」として登場します。

伊弉諾尊(イザナギノミコト、以下カタカナ表記)が伊弉冉尊(イザナミノミコト、以下カタカナ表記)のおられる所にいらっしゃって、語っておられるのに、「あなたが愛しくてやってきた」と。
答えて言われる。「どうぞ私を見ないでください」と。

イザナギノミコトは聞かれないで、なおもご覧になっていた。

それでイザナミノミコトは恥じて恨んで言われるのに、「あなたは本当の私の姿を見てしまわれました。私もあなたの本当の姿を見ましょう」と。

イザナギノミコトは恥ずかしいを思われたので、出て帰ろうとされた。
その時ただ黙って帰らないで誓いの言葉として「もう縁を切りましょう」と言われた。

また、「お前には負けないつもりだ」と言われた。
そして吐かれた唾から生まれた神を名付けて速玉之男という。

次に掃き払って生まれた神を、泉津事解之男(よもつことさかのお)と名付けた。

二柱の神である。

 

お名前は出せませんが、ある宮司さんからも同じような話を聞きました。
さらにその宮司さんの話では、昔は誓約(うけい)をする時に、「事を分ける」という意味で唾を吐き合ったそうです。
その時に生まれた「仲介の神」が速玉之男、そして、誓約を交わしたこの誓約の言葉によって生まれた神(事を分ける神)が事解之男(ことさかのお)であり、この二柱の神は一対をなすので、別々に祀られているより一緒に祀られているほうが自然だというお話でした。

そして、日本書紀から見れば、速玉大神とイザナギは別の神として描かれています。

少し話題がそれますが、全国の熊野神社に祀られている神を見ると、そのほとんどが、イザナミ、速玉、事解男命の三柱だそうです。
そういえば、私の地元の白浜にも「熊野三所神社」がありますが、祭神はイザナミ、速玉、事解男です。

全国に散らばる熊野神社が三山から勧請されたのであるならば、「オリジナル」の三山のそれぞれの主祭神が、なぜイザナミ、イザナギ、スサノオなのでしょうか。

自然信仰から見た速玉大神

速玉大神について、自然信仰からの解釈も聞いたことがあります。

熊野のみならず、神道の起源は自然信仰とされています。
本宮は木と川、那智は言わずもがな滝、そして新宮はゴトビキ岩と川の信仰があるということです。

その中で、「はやたま」の「たま」とは玉のように早いことを言うそうで、「はやたま」とは、速い川の流れを表すそうです。

ただ、個人的にはあまりしっくりきていません。

和歌山県神社庁の記述

和歌山県神社庁のHPでは、

速玉は映霊で、イザナギノミコトの映え輝くばかりの力強い神霊の意で、夫須美はイザナミノミコトの万物を産み成し、幸へ給う女神としての大神徳を称えた御名である

と書かれていて、速玉はイザナギの称え名(たたえな)としています。
称え名という習慣は、ホツマツタヱでも幾多と記載があります。

例えば、ソサノヲが出雲の発展を成功に導いた時に贈られた名は「ヒカワカミ」、タマキネの称え名は「トヨケカミ(豊受大神)」など、何か国のために尽力をして一定の成果を収めた人物に贈られています。

熊野古道では、野長瀬一族が護良親王から「横矢」の名前を賜ったという話が残っていますので、当時は当たり前に行われていたのでしょう。

ホツマツタヱでは仲人

さて、いつもこのブログを読んでくださっている方(いてるのか?)なら、最後にホツマツタヱではどうなっているのか、興味が湧くところだと思います。

ホツマツタヱでは、イサナギ・イサナミの家系が書かれています。
家系についてはまたの機会にお話するとしてここでは省略しますが、イザナギ・イサナミとも、初代アマカミ・クニトコタチの譜系から誕生しています。

イサナギはアワナギを父に持ち、イサナミはトヨケカミ(豊受大神)を父に持ちます。
なので、トヨケカミはアマテルカミ(天照大神)の祖父であり、師でもあったわけです。

ちなみに、お二人のヰミナ(斎名・本名)はタカヒト、イサコです。

お二人が結婚をするため、まずハヤタマノヲ(速玉大神)が二人の縁結びを試みましたがうまくいかず、代わってコトサカノヲ(事解之男)が引き継いだそうです。
コトサカノヲは、お二人にトコミキ(床酒・二人が交わる前に酌み交わす酒)の作法を授けます。

残念ながら、ホツマツタヱではこれしか書かれていません。
ハヤタマノヲのことも、コトサカノヲのことも、どの譜系の人なのかがまったくわかりません。

ホツマツタヱでは速玉大神、事解之男とも、イサナギ・イザナミの仲人として登場しています。
「仲を取り持つ」という点では、日本書紀の記述と似ています。
そして、ホツマツタヱでもハヤタマノヲはイサナギと別の人物として描かれています。
内容は若干違いますが、日本書紀の「一の書(第十)」というのは、ホツマツタヱからの引用かもしれません。
このように、日本書紀にはホツマツタヱと似た記述が散見されます。

ということは、三山の速玉大神もイザナギではないのでしょうか?

神像の話

これはちょっとデリケートな部分なので、話題に入れようかどうか悩みましたが、「あくまでも聞いた話」というレベルで読んでいただければと思います。

現在国宝とされている神像四躯(速玉、夫須美、家津御子、国常立)のうち、新宮の解釈では一体がイザナミであることは確実なので、もう一体は夫のイザナギであろうとしたしたことから、イザナギ=速玉という解釈が生まれたのだろう・・・という話を複数の方から聞いたことがあります。

記憶がうろ覚えですが、これらの神像は「発見された」と聞いた記憶があります。

どういった経緯で発見されたのかは覚えていませんが、おそらく発見されるまでは、畏れ多くて社殿を開けることがなかった、あるいは、ごく一部の神職さんしか見ることが出来なかったからかもしれません。
伊勢の神宮では、三種の神器の八咫鏡を天皇陛下でさえ見ることが許されないと言われていることからも、こうしたことは十分考えられる事かと思います。

見つかった神像がどなたであるか、神像に彫っていたり書かれていたりすれば別ですが、何もそういったことが書かれていなければ、推定の域を越えることはないと思います。

なので、「イザナミがあるのだから、もう一体はイザナギだろう」と考えるのは自然なことだと思います。

結局、速玉大神とは

これまでの話をまとめると、速玉大神とは、「イザナギのと同一説」と「イザナギとは別の神説」に分けられます。
まず、同一説では、

◯イザナギの称え名である

 

別の神説では、

◯自然信仰から生まれた神である

◯イザナギ・イザナギの誓約の際に生まれた神であり、「事を分ける」儀式によって生まれた仲介役の神である

◯お二人が結婚する時の仲人だった

上記の中で「速玉=玉のように速い川の流れ」という「自然信仰説」は、那智の滝やゴトビキ岩とは違い、後付けかもしれません。
ハヤタマノヲが神格化され、後に自然神として信仰され始めたのではないかと思っています。

個人的な意見ですが、私は三山の速玉大神も、イザナギではないと思っています。
ただし、自分が案内する時はイザナギと説明はしています。
お客様を混乱させてしまうということと、三山や神社庁がイザナギと特定している以上、これに逆らうことはできませんので。

ただ、説明をするたびに心の奥底で「違うのではないか」という気持ちが湧き起こります。
色んな話を聞くと、そう思えてなりません。