
8/30付の紀伊民報、「水鉄砲」に皆地笠が紹介されていましたね。
https://www.agara.co.jp/article/78040?rct=mizu
「皆地」とは、本宮町皆地が産地であることから名付けられましたが、歴史はかなり古く、平安時代から熊野参詣に来る人々は身分の分け隔てなく被っていたことから「貴賤笠」とも呼ばれていました。
皆地笠は桧で作られていて、晴れの日は通気性がよく、雨の日には防水機能を備えているすぐれものです。
購入時は桧特有の薄いピンクがかった色ですが、時間がたつときれいな飴色に変化します。
昨年、わたしも芝さん宅にお邪魔をして皆地笠を購入しましたが、もったいなくて使っていません(笑)
代わりに、わたしの破れた皆地笠を哀れに?思った、前・小口自然の家のご主人の小河さんから、玄関に飾ってあった皆地笠をいただき、それを使っています(笑)
なので、笠にはしっかりと「小口自然の家」と書かれています。

小河さんがいる頃にその笠を被ってもっと宣伝しておけばよかったです。
水鉄砲にも書いている通り、皆地笠は材料の見極めが経験と勘に頼るために難しく、言語化できないらしいです。
また、材料の選択を誤ってしまうと、濡れたときに笠の形が歪んで壊れると聞きました。
見習いの何人かが芝さんの元に来ましたが、みんな続かなかったそうです。
ちなみに、和歌山県では見習いの方に補助金を出して保全に努めていましたが、この政策も功を奏さなかったようです。
しかし、来年で100歳とは驚きですね。
少し耳が遠くなっていて会話が難しい時がありますが、「幸い手が動くから作ることができる」とおっしゃっていました。
今は一日に2~3枚しか作れないそうです。
笠を編む事自体は、もちろん練習が必要ですが、材料の見極めに比べれば難しくないらしく、皆地出身の語り部さんから聞いた話では、全部を編んだのか、それとも笠のてっぺん部分だけを作ったのかはわかりませんが、子供の頃に小遣い稼ぎのために編むのを手伝ったそうです。
そんな皆地笠も、近い将来お目にかかることができなくなるのかと思うと、寂しい気持ちになりますね。
