発送ミス?

母が神棚へのお供えものを入れる器(塩を盛る皿など)を割ってしまったので、通販でそれを注文しました。

で、届いたデカい箱を見てびっくり。

盃(さかずき)にしてはデカすぎます。

箱には「神棚」と書いてありました。

間違って神棚をクリックしたのかと慌てて注文内容のメールを確認しましたが、間違っていません。

盃と神棚なんて、どうひっくり返っても間違って発送するなんてはずがありません。

これは「引っ越ししたのだから神棚を新調しなさい」ということだと私は悟りました。

お店は謝ってくれたのですが、以前から欲しかった茅葺きの神棚だったので、そのまま購入することにしました。

むしろ感謝です。

これも神様のお導きだと思っています。

世の中に偶然ってないんですよ。

お値段はご想像にお任せします(笑)

ちなみに、宮忠(みやちゅう)の神棚は木曽ヒノキを使った本格的なものです。

神棚の購入を検討されている方はぜひ宮忠で。

ブレスレットやしめ縄なんかも売ってますよ。

お店は伊勢内宮(ないくう)のおかげ横丁と外宮(げくう)の近くにあります。

お久しぶりです。

長ーい引っ越しが終わりました(笑)

個人的にも色々とあり(本当に色々ありました)、気づけば1年以上経っていました。
このブログよりも、会員向けに配信している「和田通信」に力を入れていただこともあり、ほったらかしにしていました。
先日「もうブログは更新されていないんですか?」と聞かれて「じゃあ、またやろうかな?」と思うようになりました。

しかし、PCも変わってしまい、このブログへのログインURLもパスワードも忘れてしまっていました。

ちょっと時間がかかりましたが、何とかログインすることができました。

こちらの更新頻度はどうなるかわかりませんが、気長にやっていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

さて、復活1回目のトピックは「自己投資の重要性」についてです。

最近の会の動きとしては、入会希望者がひっきりなしにあり、その対応と研修に忙しいです。

その新人研修も制度を整え、以前は現場研修だけだったものを動画形式の座学も取り入れたりして刷新しました。

内容としては大まかに、座学、認定研修、認定試験、現場研修で構成されています。

座学では心構え、ガイド業務時の注意点、スキルアップ法、持ち物、安全管理、ケーススタディ、熊野古道の生き物・花など多岐に渡ります。

認定研修では、実際にガイドをする際の注意点を中心に、特定のコースから選んでもらい受講していただきます。
認定試験では、認定研修のコースで実際に案内をしてもらいます。

そのあと、現場研修でもう1コースを学んでいただきます。

料金は55,000円です。

これを高いと取るか当然と取るかはお任せしますが、私の意見としては、自己投資をせずに無料で、または無料同然のような金額で何かを学ぼうをするのは虫が良すぎるというものです。

これくらいの金額であれば、3~4回ガイドに出れば取り戻せます。

自己投資なしに自分の成長はありません。

今後しばらくの間は和田通信に記載していた内容から抜粋をして更新していこうと思っています。

これまでのお話の真意

さて、今週は様々な方のお話をご紹介いたしました。

月曜日は小名木善行さんの歴史の話
火曜日は林英臣さんの綜学の話
水曜日は篠原常一郎さんの国防の話
木曜日は松田学さんの経済の話
金曜日は中村公一さんのお金の話

これらのことを幅広く学ぶことによって、総合的な物の見方ができるようになります。

大阪大学市立大学医学部名誉教授・井上正康先生の話によると、ノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥教授も、自分の専門分野ではもちろん造形が深いのですが、感染症となるとそこまで知識がないという内容のことを言っておられました。

ノーベル賞を取ろうともなると、その分野を専門に、そればかり研究しなければならないため、いわゆる「タコ壺」のような状態になるそうです。

自分の専門分野については詳しいが、他の分野についてはそれに割く時間がないので知識が乏しいそうです。

これは何も、ノーベル賞を取ろうとする人に限ったことではありません。

勉強ばかりしていた高学歴の人が、オウム真理教のような宗教にコロッと騙されるように、一つの分野に秀でることは重要ですが、やはり全体的に物事を見ないと正しい判断ができない場合があります。

こうして、様々な分野のことを少しずつでも勉強をしていけば、いずれどこかでつながる時が来ます。
その時、自分の視界がパッと開ける感覚があります。

実は今回ご紹介した内容は、参政党の党員になると配信される、音声メルマガの内容です。

人は、正しく、豊富で、幅広い知識を身に着けないと、正しい判断ができなくなってしまいます。

そのためには、自分で勉強するしかないというのが現状です。

しかし、自分で勉強するにも、どこから勉強をしていいのか分からないと思います。

そこで、とりあえずでもいいので、参政党の音声メルマガを聞けば、これからの自分の知識を深めていくためにも非常に役立ちますし、物事を俯瞰的に見ることができるようになります。

メルマガを聞くには、一般党員になるか、メルマガ会員になるかです。
運営党員もありますが、こちらは本気で政治に関わっていきたい人向けですので、この2種類のどちらかでいいと思います。

金額は、一般党員が月1,000円、メルマガ会員が500円です。

メルマガの配信頻度が違いますので、今回ご紹介した内容を勉強したいのであれば、一般党員への入党がオススメです。
「ちょっとそこまでは」という方は、週2回音声メルマガが配信されるメルマガ会員でもいいと思います。

音声メルマガの分量としては、毎日10分前後です。

通勤時間を利用して聞くとか、掃除をしながら聞いてもいいのではないでしょうか。

「塵も積もれば山となる」です。

たとえ1日10分でも、音声ですから情報量が多いですし、これを月曜から金曜まで5日配信されますので、一週間で約50分、一ヶ月で3時間ほどの「勉強時間」が取れる計算になります。

これが一年経てば、まったく勉強していない人との差は歴然となります。

情報にはお金がかかります。

テレビの情報がタダだと思っていませんか?

テレビで紹介されている物を買ったり、そのお店に行ったりすれば、きちんとその情報にお金を払っているんですよ。

自己投資にお金をかけることは、必ず自分に見返りがあります。

一度ご検討されてはいかがでしょうか?

こちらをクリックしてください↓

参政党に参加する

鍛え直すべき21世紀の戦略的抑止力

今日は篠原常一郎さんのお話です。

戦略と戦術

戦術とは、目の前の敵と戦う時に使う兵器や部隊のことを指し、戦略というのは相手の国の領土(相手が支配している資源が多い植民地や統治地域)を直接攻撃する、もっといえば長距離爆撃や核ミサイル攻撃をするということです。

この、長距離爆撃や核攻撃をする軍隊を戦略軍といいます。

そのアメリカの戦略軍第11代司令官のチャールズ・A・リチャードによって書かれた論文が「鍛え直すべき21世紀の戦略的抑止力」です。

「戦略的抑止力」とは「核抑止力」のことです。

恐怖の均衡

今の核抑止力とは、もし相手が核兵器を持っているならば、こちらも報復できる核兵器をきちんと備えて報復力を作り、その報復力の「恐怖の均衡」の上で核戦争を抑止するというものです。

しかし、リチャード提督は、そのバランスが今崩れそうであり、バランスが崩れると核戦争が起きると提言しています。

チャイナの核の脅威

今、アメリカは冷戦が終結して30年間、小さな紛争(イラク、アフガニスタン、スーダン、シリアなど)に対応している間に、チャイナはGDPを増幅させ、軍備を著しく増強させました。
チャイナの国防費は日本円にして25兆円。これは、「日本の防衛費が増えた」といって騒いて出いますが、その日本の防衛費の5倍です。
世界全体の国防費は約70兆円なので、その3分の1はチャイナなのです。

そして、この10年で増えたのがチャイナの核ミサイルです。

冷戦時代に核をたくさん持ちすぎた米ソ両国およびNATOは、当時各数千発持っていた核兵器を、お互いの話し合いで数百発規模にまで縮小しました。
これは、当時の核戦争回避へ大きく貢献しました。

それを尻目に、チャイナは独自に各開発をし、アメリカとロシアが知らない間にこの10年で2倍以上にまで核ミサイルを増やしました。

こんなに核戦略が増えた国というのはありません。

私たちはよく「北朝鮮の脅威」といいますが、本当の脅威はチャイナです。
あまり知られていませんが、2005年からアメリカでは太平洋地域の大型再編が行われており、沖縄の海兵隊が沖縄からグアムやオーストラリアに下がった本当の理由は、チャイナのミサイルが沖縄に届く数がものすごく増えたからなのです。

チャイナのミサイルが届く範囲内に、アメリカの戦力を集中して置かないという理由で再編が行われたというのです。

このチャイナの核戦略に対して、適切な対処をしてこなかったというのが一つです。

ロシアと西側諸国

もう一つは、旧ソ連の国境付近の情勢が悪化しているということです。
2014年にロシアがクリミア半島を併合してからというもの、アメリカやEU諸国、日本までもが経済制裁を課しました。
その時にプーチン大統領は「今世界は核戦争の危機に直面している。我々も核戦争を覚悟しなければならない」と言明しました。
「これ以上、ロシアの存続が脅かされるのであれば、核兵器使用も考えなければならない」という、一種の脅しを世界に向けて発しました。

そういったことが現実味を帯びてきたため、今までは配備をしていればそれが抑止力になったが、今回リチャード氏は、より具体的に、核戦争になればこうやって戦うという内容を詳細に詰めて核戦争態勢を取らない限りより危機が深まるんだということを言っています。

日本の役割

我々日本人が考えなければならない点は、アメリカと核を以て戦う国は、ヨーロッパは別にして、チャイナ、ロシア、北朝鮮と、「隣国」ばかりです。しかも日本にはアメリカ軍の基地もあります。

この基地はなくせばいいのかというとそうではなく、それが抑止力を構成しているのです。

それを踏まえた上で、日本としてはどう振る舞っていくのか、どう提言をするのかということです。

【熊野古道紀伊路】紀伊内原駅~西御坊駅⑦

【紀伊路】紀伊宮原駅~西御坊駅①
【熊野古道紀伊路】紀伊宮原駅~西御坊駅②
【熊野古道紀伊路】紀伊宮原駅~西御坊駅③
熊野古道紀伊路】紀伊宮原駅~西御坊駅④
【熊野古道紀伊路】紀伊内原駅~西御坊駅⑤
【熊野古道紀伊路】紀伊内原駅~西御坊駅⑥

一応おにぎりは持っていましたが、可能であればせっかく街の中を歩いているのでどこかで美味しいものがあれば食べようとレストランを探しながら歩いていました。

野口新橋を渡ったところにイタリアンのレストランがあったので行ってみると満席。
この日は5月5日だったので仕方ないですね。
この時すでに13:30。レストランの営業は14:00ラストオーダー。
しかし、すでに橋の向こうから歩いている時にすでに「パスタの口」になっていたので諦めきれません。
店員さんに「あと何分くらいで空きますか?」と聞いたところ「さぁ・・・わかりません」と言われました。
もう食べ終わっているグループが見えたから聞いたのですが。
「少し待たせてもらってもいいですか?」と食い下がりましたが「すみません、もう終わりなので」と言われあえなく撃沈。

ラストオーダーまで時間あるやろ。ヤル気あんのか?

まぁ、小麦を食べなくて結果的には良かったかも。

気を取り直してトボトボ歩き始めました。

熊野古道から少しコースアウトしますが、岩内1号古墳があります。
ここで遅めのお昼。

岩内1号古墳は、横穴式石室を持ち、墳丘に沿って北・東・西の三辺に周溝をめぐらした一辺の最長が19.3mの方墳で、7世紀中頃以降に造営された県内での数少ない終末期古墳の一つです。

昭和24(1949)年の発掘調査で、漆塗木棺(うるしぬりもっかん)、銀線蛭巻太刀(ぎんせんひるまきのたち)一振、六花型の鉄製棺飾金具(かんかざりかなぐ)などが石室内で発見され、昭和54(1979)年度の調査では、版築(粘土を突き固める)という技法で墳丘の盛り土が造営されていることや、被葬者を安置した床面が7世紀後半に作り直されていることなどがわかりました。

昭和57(1982)年度に、石室・墳丘を現状のように復元し、史跡としての環境整備を行いました。

被葬者は、木棺に棺飾金具や全国的にも少ない漆塗りの装飾がされていること、副葬品(銀線蛭巻太刀)・造営の技法(版築)などから、大変位の高い人物であったと考えられています。

その候補の一人として、658年蘇我赤兄(そがのあかえ)の謀略あるいは中大兄皇子(のちの天智天皇)の謀略によって、紀伊牟婁の湯(今の白浜温泉)滞在中の中大兄皇子のもとに謀反の罪で連行され、処刑された悲劇の皇子「有間皇子」(640~658年)があげられています。

「そうではないか?」と思うことについてはノーコメントです(笑)

何かしらこの地方で有力だった方のものなのでしょうね。

有間皇子の墓は藤白坂にもあります。

終末期古墳とは、古墳時代から飛鳥時代にかけての7世紀古墳のことを言います。
有名なところでは奈良県明日香村のキトラ古墳や高松塚古墳などがあります。

この古墳は「方墳」すなわち四角ということです。
よく私達が耳にする「前方後円墳」は仁徳天皇陵古墳がありますが、あれって、どう見ても「前円後方墳」ですよね。
丸い方が前(というか、上)に見た方が自然ですよね。

学者さんの感性の鋭さ?には驚かされます。

この前方後円墳の意味について東北大学名誉教授の田中英道先生はこのようにおっしゃっています。

前方後円墳の円は「天」、方は「大地・土」を表します。

(中略)

前方後円墳は円の部分がまるで山のように盛り上がり、方形(四角)の部分はそこに至る里のようにつくられています。

高く盛り上がり天に向かっている山のような円の部分は、「高天原」を思わせます。
方形の部分は大地を表し、「葦原の中国(なかつくに)」と呼ばれているこの世を思わせます。

棺があるのは円の部分ですから、本来は前円後方墳と呼ぶべきでしょう。

田中英道先生の著書はこちら
日本国史(上)

歴史認識が重要

There is an English version in the second half.

今回は会員向けに発行している「和田通信」からの抜粋です。

ガイドとしても非常に重要なことですので、こちらでも共有させていただきます。
ご参考にされてください。

基本認識・基本知識の重要性

ガイドのレベルは経験の差こそあれ、ある一定のレベルを備えている必要があります。

そこで重要だと考えているのが共通の認識と知識です。

人間、十人十色ですから様々な考えがあって当然ですが、認識と知識が同じである必要があります。あるいは、それらが違っていても、知っておく必要があります。

私がこの通信で「他の情報も取って俯瞰的・多角的に物事を判断してほしい」と繰り返し言っているのもこのためです。

共通の認識・知識が全く違っていては、お互いの着地点はありません。

自由な発想でも、共通の認識と知識をもとにした上で、自由に自分の意見を持ち、その上でどうすれば良いかという議論をすることが重要だと考えています。

その最たるものが歴史認識です。

ガイドをするのであれば、歴史は絶対に外せません。

以前、ある語り部さんから日本人を卑下するような発言が出た時にはドン引きしました。
未だに、ベテランの域の語り部さんの間でさえ、縄文時代や弥生時代の日本の文化は遅れていて、文明がなかったとされている認識が横行していることの証だと思いました。

自国民を卑下するのは日本人だけです。この行為は、外国人には滑稽に映ります。
ましてや、通訳案内士として日本のことを紹介する人間が、日本(人)を卑下することはあってはならないと思います。

大いに日本の自慢話をしようではありませんか。そして、日本国民としての意見を述べようではありませんか。

「君はどう思うの?」とお客様によく聞かれます。そこで自分の意見を伝えればいいのです。それには、共通の歴史認識と知識が最低限必要です。外国人には、玉虫色の回答が一番嫌われます。
これは外国人のみならず、日本人に向けてガイドをする時も同じです。
まずは日本国民として誇りを持ってもらうことが先決だと思っています。

日本史と国史

一部会員さんにもお話した内容です。

現在私たちが学校で学んでいるものを「日本史」と呼びます。しかし、私たちが学校で学んでいる言語は「国語」と言います。

この違い、なぜか分かりますか?

ヒントです。

私たちが外国人に教えるのは「日本語」と呼びます。

お分かりですよね?

「日本語」とは、外国人から見た言語です。「日本語」と「国語」では、教える内容がまったく違います。

たとえば、私たちは助詞の使い方をきちんと体系的に学校で学びませんでしたが、日常生活で普通に使えています。
しかし、外国人には、私「は」と、私「が」の違いの理屈を説明してあげないと、いつまでたっても間違いを犯します。
また、外国人はすぐに「の」を使いたがります。

「美しいの海」

「大きいのかばん」

日本人は絶対に間違わない使い方ですが、外国人はこの手の間違いをしょっちゅうします。

なぜ「の」が必要ないかを教えてあげなければなりません。

以上のお話からも分かるように、「日本史」というのは外国から見た歴史のことです。

それを私たちは学校で学んでいます。しかし、本来は日本国内から見た歴史である「国史」を学ぶべきなのです。

外国から見た歴史を学んでも、日本人が誇りを持てるはずもありません。

むしろ逆で日本が嫌いになります。

そして、年号とその年に起こった出来事を暗記するだけの、本当につまらないものになってしまうのです。
しかしながら、現在の学校では「国史」を教えてはくれません。戦後、GHQによって駆逐されたからです。

ですから、改めて学ぶ必要があるのです。

こちらも合わせてお読みください。
GHQ焚書図書開封1 米占領軍に消された戦前の日本

This issue is an excerpt from “Wada Tsushin,” a newsletter issued to our members.
It is very important to us as a guide, so I will share it here as well.
Please refer to it.

Guides need to have a certain level of experience.

What is important is to have a common understanding and knowledge.

It is natural for people to have different ideas, but they need to have the same recognition and knowledge.
Or even if they are different, we need to know them.

This is why I have repeatedly said in this news letter, “I want you to take other information and judge things from a bird’s eye view and from multiple angles”.

If the common perception and knowledge are completely different, there is no mutual landing place.

I believe it is important to freely hold one’s own opinion based on common recognition and knowledge, even if it is a free idea, and then discuss what to do about it.

The most important of these is historical awareness.
If you are a guide, history is absolutely essential.

I was put off by a storyteller when she made a derogatory comment about the Japanese people.

I thought it was proof that even among experienced storytellers, there is still a rampant perception that the Japanese culture of the Jomon and Yayoi periods was behind the times and that there was no civilization.

Only Japanese people despise their own people.
This behavior is seen as ridiculous by foreigners.

And I think that people who introduce Japan as interpreter guides should not demean Japan (and its people).

Let us talk about Japan with pride.
And let us express our opinions as Japanese citizens.

I am often asked by customers, “What do you think?”
I am often asked by customers, “What do you think?
All we have to do is to express our opinions.
To do so, we need at least a common historical understanding and knowledge.
For foreigners, iridescent answers are the most hated.

This is true not only for foreigners, but also when guiding Japanese people.

I believe that the first priority is to make Japanese people proud of themselves as Japanese citizens.

◯Japanese history and national history
This is what I told some of the members.

What we study in school today is called “Japanese history”.
However, the language we are learning in school is called “National Language”.

Do you know why this difference?

Here is a hint.

What we teach foreigners is called “Japanese”.

You get the idea, don’t you?

“Japanese” is the language from a foreigner’s point of view.
What we teach is completely different between “Japanese” and “National Language”.

For example, we did not learn how to use particles properly and systematically in school, but we can use them normally in our daily lives.

However, unless we explain to foreigners the logic behind the difference between Watashi “ha” and WatashiI “ga”, they will always make mistakes.

Also, foreigners always want to use “no” immediately.

“Ustukusii-no-umi”
“Okii-no-kaban”

Japanese people never make this mistake, but foreigners often make this kind of mistake.
We have to teach them why “no” is not necessary.

As you can see from the above story, “Japanese history” is the history as seen from a foreign country.

We learn it in school.
However, we should be learning “national history,” which is history as seen from within Japan.

Learning history from the perspective of a foreign country will not make Japanese people proud of themselves.

On the contrary, it will make them hate Japan.

And it will be really boring, just memorizing the year and the events that happened in that year.

However, today’s schools do not teach “national history”.
This is because it was eradicated by GHQ after the war.

Therefore, it is necessary for us to learn it again.


古事記と日本書紀③

前回までの記事はこちら。
古事記と日本書紀①
古事記と日本書紀②

大日本帝国憲法の第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書かれてます。
この「 統治ス 」は「すめらいしらす」と読みます。
では、この「すめらう」や「しらす」はどこから来たのかというと、我が国の古事記・日本書紀の研究からなのです。

日本書紀は持統天皇の時代まで書かれてますが、古事記は聖徳太子が登場して国の形を一つにまとめるところの推古天皇までです。

ここで興味深いのは、日本書紀が持統天皇の時代まで書かれていることで、天智天皇、天武天皇の時代まで、ご皇族であっても、ある程度武力を用いて国の統治を固めていく、あるいは国の体制を築いていくということがやや数多く行われていたとう歴史があります。

天皇が国家最高の存在として、直接武力を率いて悪者を退治するという歴史があります。

日本書紀の最終・41代持統天皇の時に、「これではいけない」と否定をしています。

力による統治ではなく、最終的に教育を文化によって国造りをすることを説いています。
教養と文化があれば、争いを避けることができるということです。

たとえば、皇位継承候補がたくさんいれば普通は争いが起こります。
そこで、武力による皇位継承もありえるが、皇位継承権というのは、生まれてくる順番によって、母親の血筋によって、自動的に決まってしまうのだと決めてしまいます。
だれが最も天照大神様から続く霊統を一番強く受け継いでいるのかということが明確に決まっています。

なので「議論の余地なし」ということになり、結果争いが起こらなくなります。

また、これまでは豪族同士による争いも頻繁にありましたが、豪族というものは大きな括りの「日本」の中の「一行政単位」であり、何よりも大切なのは天皇の宝物である一般の民衆だということを教育によって普及し、それを我が国の文化にしてしまうことによって、国内における無用な争いというものが一切起こらない国造りにしていこうではないかというのが、日本書紀が書かれた目的となっています。

カンブリア宮殿 モスバーガー 中村栄輔氏

私が見ている数少ないテレビ番組で、ほとんど毎週欠かさず見ているテレビ東京の「カンブリア宮殿」で、印象に残ったことをシェアさせていただきます。

「カンブリア宮殿」とは、成功している社長の軌跡を紹介する番組で、ビジネスをしている人にとっては多くの学びがある番組です。
最近は、このコロナ禍で低迷する企業があるなか、逆境を跳ねのけて業績をあげている企業がよくクローズアップされているので、企業のオーナー以外の方でも大変勉強になる、数少ない優良番組だと思います。

テレビ東京で放送された経済番組が見られる「テレ東BIZ」はこちらから。

今回は、モスバーガーの社長、中村英輔氏。

チャレンジし続ける体質

最近は「モスプレミアムなる店舗を出店。
1個1800円の和牛アボカドバーガー」を始め、高価格帯の商品を提供すると同時に、これまではなかったビールの提供も開始。

また、新規のチャレンジの他に、既存の商品にも改善を加えることを忘れていません。

ど定番の「モスバーガー」は、テイクアウトの需要を見込んで、冷めても美味しいソースに改良しています。

1973年には「テリヤキバーガー」を日本で始めて提供。
1987年には、米余りを解消するために国から要請を受けて開発した「ライスバーガー」を販売開始。
この頃から、「チャレンジをする体質」がありました。

また、差別化を図るため、1997年に農薬を極力使わない野菜を提供するため、農家と直接取り引きを開始します。

モスの失速

しかし、そんなモスも業績が伸び悩み、苦しい時期がありました。
24年間、右肩上がりで成長していた売上が90年代後半に低迷し始めます。
この時「今のままでも戻る」という慢心があったといいます。
こうして、若者離れが加速していきます。

これ、なんかうちの会に似ています。
業績はコロナ前までは右肩上がりで成長していました。
会員の中には「このままでいい」という意見を言う人がいますが、私はそうは思っていません。
常に新しいことに挑戦し続けなければ、やがて廃業していまうかもしれません。
現に、頑なに伝統を守って変化がない企業の多くは廃業していますが、時代の流れに乗って自社の強みを活かしながら変化していく企業は生き残っています。

私は、「うちは◯◯屋」と言っている企業は、危ないと思っています。

さて、そんな最中、2016年に社長に抜擢されたのが中村氏でした。

中村氏は次々に新商品を投入した結果、若者が戻り始めます。

さらなる苦難

中村氏が社長就任後、すぐに大事件が起こります。

食中毒です。

この事件をきっかけに赤字に転落。

しかしここで食品の細菌検査体制を肉や加工食品だけでなく、野菜にもその範囲を拡大し、一方で収益減のフランチャイズには11億円を補填し、再起を図りました。
そして翌年には、フランチャイズオーナーを集め、大方針転換を打ち出します。

世の中の変化は早い。ゆっくり少しずつ改革していく余裕などない、危機の時こそ挑戦を、と訴えました。

中村氏の原動力

中村氏が大切に取ってあるものがあります。
それは、創業者・桜田氏に提出した企画書です。

この時、中村氏は「味に満足いかなければ返金、または取り替え」を提案し、あっさりとGoサインをもらいます。

このことがきっかけで、

「動かなければ結果は出ない。失敗するかもしれないが一歩踏み込んで動くことを大切にしている」と思うようになりました。

残念ながら、その直後に桜田氏は急逝。企画が実現することはありませんでした。

他社とコラボで新商品

モスバーガーは、他社とコラボをして商品の範囲を広げ続けています。
まさに挑戦して続けています。
先述のライスバーガーを始め、コロナ禍で需要が減ってしまった漁業で、真鯛の需要を高めるために開発した「真鯛バーガー」、客足が遠のき「根元ごと引き抜いて廃棄しようと考えていた」いちご狩り農園の現状を知り開発した「まぜるシェイク 埼玉県産いちご」
通常、商品開発に1年かかるところを4ヶ月で開発して販売までこぎつけています。
「仕事はスピードが命」ということを実践した好例です。
また、山崎製パンとコラボした「バターなんていらないかも、と思わず声に出したくなるほど濃厚な食パン」は、完全予約でテイクアウト限定で販売中です。

また、グミ、パスタソース、マスクなども他者とコラボをして生み出しています。

モスの変化・チャレンジはとどまるところを知らないほどの勢いです。

「考えるということは書くこと」

中村氏が社長に就任した時、「どう思われたいのか」を考えて書きだしました。
そしていつも持っている手帳の裏側に「絶対守ろう」と思うことを書いているそうです。

考えるということは書くことであり、責任も同時に生まれるということです。
紙に書くことで消えない、消えないから忘れない、忘れないから実行できる。
この習慣は、物事を実現させていく上で非常に大事なことだと思います。

今回は、特に印象に残った言葉は

■「動かなければ結果は出ない。失敗するかもしれないが一歩踏み込んで動くことを大切にしている」

■「世の中の変化は早い。ゆっくり少しずつ改革していく余裕などない」

でした。

これを読んだあなた、「なんか今はモスの口」になっていませんか?(笑)


多忙を極めております

現在、様々な業務が立て続けに入り、多忙を極めております。

途中まで書きかけて止まっている徐福についても書きたいのですが、更新の時間が取れずに今あたふたしています。

あんな記事(といったら言葉は悪いですが)を書くだけでも1時間~1時間半はかかります。
記事によっては調べ物をしたりしますので半日、あるいは最悪丸一日かかることもあります。

今日は残念ならが、そこまで時間をとることができない状況です。

今日はボランティアガイドの日でした

ガイドのスキルと英語力の維持を目的とした、当法人のガイドによる、ボランティアガイドのイベントを開催しました。

今日のコースは大門坂~那智大社・青岸渡寺~那智の滝でした。

絶好の行楽日和となった今日、大門坂の駐車場はほぼ満車状態。

大社も参拝をするのに並ばなくてはならないほどの盛況ぶりで、武漢市肺炎どこ吹く風といった感じでした。

ガイド・参加者とも非常に楽しんだようで参加者は「日本に来てこれだけ英語で会話をしたのは始めてだ」と言っていました。

来週も同じコースで開催します。

日本在住の外国人がいたら、ぜひ誘ってあげて一緒に参加してください。

今日はようやくPCからログインができるようになりました。

どうやら容量の問題だったようで、レンタルサーバのプランをアップグレードすると問題が解決しました。

しかし、写真のアップロードは未だに出来ず。

写真つきの記事はもう少し先になりそうです。

明日は英語関係者の仕事です。