
いよいよ紀伊路も御坊に入ります。
紀伊内原駅を出発してからは、しばらくは「これ」といったものがありませんが、のどかな田園風景と住宅街を通ります。
けっこうこの風景がツボだったりします。

道中に「弁財天山古墳」の案内看板があったので、すこしコースアウトしますが立ち寄りました。
けっこう大きな池のほとりを歩いて行きます。


説明板より
石室部の内部構造は完存している。石室の奥壁の下部に密着して、緑泥片岩の石棺二組があり、一組から刀剣の腐食したもの(を)発見した。
この棺は男性を葬ったものと考えられる。出土品には、坩、蓋坏、壷、提瓶、楯形、埴輪等数多くあった。
この棺は男性を葬ったものと考えられる。出土品には、坩、蓋坏、壷、提瓶、楯形、埴輪等数多くあった。
頼む、漢字によみがなを振っておいてくれ(笑)
「坩」は「かん」とも読みますが、ここでは「つぼ」ですね。
壷でも土で出来た壷のようです。
しかし、この説明板には「壷」の文字も見られるため、この違いが何なのかは分かりません。
「蓋坏」は「ふたつき」で、このようなものです。
蓋坏
「提瓶」は「ていへい」とか「さげべ」と呼ばれ、いわゆる水筒のことのようです。
提瓶
「楯形」はそのまま「たてがた」と読みますが、おそらくは「楯形埴輪」のことかと思います。
楯形
この説明板の説明を読んで「ふむふむ」と分かる人っていったいどれくらいいるのか?
緑泥片岩は中央構造線の南側で採れるため、この付近では採れないのでは?
だとすれば、遠い和歌山市付近からわざわざ持ってきたと考えられるため、やはりここに鎮まっておられる方というのは、当時相当力のあったお方っだったんでしょうね。
【熊野古道紀伊路】紀伊宮原駅~西御坊駅②に続きます。
