
前回では、
◯秦の始皇帝は残虐非道な人物として描かれているが、果たしてそれは本当なのか?
◯徐福が来た本当の理由は?
◯なぜ日本各地に徐福伝説があるのか?
について、わたしなりの考えを書かせていただきました。
それをみなさんが支持するかかどうかはみなさんにおまかせするとして、今回は、この背景に潜む問題について検証をしたいと思います。
日本が発展したのは中国のおかげ?
徐福が日本に亡命をして来た時、多くの技術者なども一緒に来たと言われています。
前回でも書きましたが、それら技術者の技術が進んでいて、あるいは日本に元々なかったので、日本はそのおかげで発展をしたというような言い方をする人がいますし、それが通説になっています。
例えば、農業、捕鯨、造船、紙漉きなどの技術を伝えたとされていますが、ホツマツタヱによれば、稲作を含む農業はその頃(縄文時代)からすでに行われており、すでに大きな船を建造する技術も持っていたことが記されています。
また、捕鯨についても縄文時代からすでに行われていたことが分かっています。
クジラの骨が土器を作る時の台に使われていたということが発見されていますし、千葉県館山市の遺跡からは、イルカの骨に刺さったヤスの先が見つかっています。
日本に捕鯨を伝えたのは徐福ではないでしょう。
ただ、農業にしろ、捕鯨にしろ、他の技術にしろ、同じようなものを持っていた可能性はあると思います。
その方法が自分たちのものと違っていれば、興味を持つ人が出てきて、それを習得したいという人が出てきてもおかしくはないでしょう。
それがいつしか「農業や捕鯨などを伝えた」ということになったのだと思います。
また、先日ある方からお話を聞いた時に、中国のマスコミが来た時に出た言葉が「新宮の方は中国に感謝しているでしょう」と言ったそうです。
何のことか分からずにキョトンとしていると、「だって徐福が来たおかげで発展したのですから」と言ったそうです。
日本人は昔、アジア諸国で日本と同等の扱いをしてその発展に貢献してきました。
台湾の人々などは、「今の台湾があるのは日本統治時代があったから」という人が多いと言います。
しかし、「今の台湾があるのは日本のおかげだ」と台湾人に向かっていう日本人に、これまで会ったことがありません。
冗談でもそんなことは言いません。
彼らは平気でそんなことを言ってくるのです。
秦の始皇帝と徐福、その時代背景を読み解く⑩へ続きます。
