熊野古道の神社⑥

発心門王子

五体王子の一つです。
田辺市には、滝尻王子とこの発心門王子の2社があります。

発心門王子の「発心」とは、「仏門に帰依する」「仏門への道を決心する」という意味であり「発心門」「修行門」「菩提門」「涅槃門」の四門、すなわち、仏教における教理である四門のうちのひとつ。

当時は、ここが本宮大社への聖域の入り口とされていたことから、いよいよここからは新たに気を引き締めるという意味が込められていたと思われます。

1907年には近くの三里神社に合祀されてしまいますが、その後復祀されています。
現在の建物は1990年に「古道ピア」というイベントの開催に合わせて再建されたものです。

藤原定家は、この発心門王子裏手の南無房に泊まっており、その様子が「熊野御幸記」に記されています。

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(現代語訳)

午の時ほどに、発心門に到着した。
尼の南無房の家に宿泊した。
この宿は普通の所である。
その尼は京都からやって来ていた。
私はこの尼に逢って挨拶をし、来ていた袙(あこめ)を与えた。

ここまでの道中、私は常に筆や硯を携帯していなかった。また考えるところがあって、まだ何もしていない。他の人々は、たいてい王子ごとに名前を書き付けていた。この発心門の門柱に、初めて一首を書きつけた。門の南東の角柱である。静かなところである。

■慧日光前懺罪根 大悲道上発心門 南山月下結縁力 西刹雲中吊旅魂

(仏の大いなる知恵の前に、自らの罪業を覚え、改心することだ。衆生を救う誓いを立てられた仏のいらっしゃる、熊野本宮への途上に、発心門がある。熊野の月のもとで、仏と結んだ縁の力によって、往生できよう。はるか西方浄土にかかる雲を見て、旅にある私の心を慰める)

■入りがたき 御法の門は けふすぎぬ 今より むつの道にかえすな

(なかなか入ることのできない仏道の門に、今日この発心門を通って入ることができた。これからは私を六道に輪廻させないようにして欲しい)

この発心門王子の前で、特に信心を発した。
紅葉が風に舞い落ちている。
社殿の上には四、五尺ほど、木が隙間なく茂り、多くは紅葉している。

社殿の背後に、この尼南無房の堂がある。この堂の内側に、また一首書き付けた。

後で聞いたところでは、この尼は制止して、堂に何も書かせないという。それを知らずに書いてしまった。

夕方、また水垢離をし終えて、王子の御前に出て、参拝の所作を終えた。
月が山から出てくる頃合いであった。

今日通った道は、山深く樹木が多かった。
苺苔があって、それが木の枝に懸かっている様子は、藤の枝のようであった。
遠くから見ると、本当に春の柳に似ていた。

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翌日は「まだ暗いうちに」発心門を出発しています。

2首目の歌は、現在境内の石碑に刻まれています。

・・・おそらく、当時日記に書かれていた字体をコピーしたものなんでしょうね。

覚えてなければ読めません(笑)

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