弥生人渡来説の嘘②

前回の記事を読まれていない方は、まずはこちらをご参照ください。
弥生人渡来説の嘘①

そもそも、縄文時代晩期の日本列島に人口は26万人です。
当時は県境というものは存在しませんでした。
同時に、チャイナや朝鮮を見ても、国境というものはありませんでした。
3~4万年前から優れた航海技術があった縄文人たちは、近隣諸国のみならず、世界中を航海していたということが言えます。

実際、南米でも縄文式土器が発見されていますし、アフリカでも発見されています。

縄文人は、細長い顔もあれば平べったい顔の人もいました。
その人たちが、世界に散っていき、その先で現地の人と交わり、また違った顔かたちの人が生まれたということも十分に考えられます。

日本人のDNA解析を行うと、54%がフィリピン・マレー系であり、半島系とはまったくDNAが結びついていません。

塩の摂取法

人は塩がないと生きていけません。
最近は中高年には減塩が推奨されてはいますが、基本、塩がないと生きていくことは無理です。
日本人のように、海洋民族であれば海、魚、海藻などから簡単に塩を摂ることができます。
では、内陸部の人たちはどうやって塩を得ていたのでしょうか?
岩塩があれば塩を手に摂ることができます。
しかし、その岩塩がない場合は?
海から運ぶにも何百キロと離れています。

彼らは肉から摂るより方法がありませんでした。

そして、彼らの考えでは、人間は一度死んでしまえばただの肉となり、それを動物に食わせ、その動物をいただく・・・となり、そうして食物連鎖が起こります。
チャイナで食人文化が芽生えたのも、こういった考えがあったからかもしれません。

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