人の心を動かすのは「人間の物語」

伊勢雅臣さんのメルマガより。

非常に印象に残りましたのでご紹介いたします。
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 パリ・オリンピックの熱戦が続き、日本選手の活躍や、逆に失意の物語が様々に報じられています。その中で、筆者が心動かされた選手の一人が柔道男子81kg級で金メダルをとった永瀬貴規(ながせ・たかのり)選手でした。こんな報道がされています。
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「つらい時もあり、うまくいかない時も結局はやるしかない。稽古を継続すること」と言い切った。コーチらが「頼むから練習を休んでくれ」とお願いし、確認のために連絡すると「道場にいます」といった具合だ。・・・

 地元・長崎の後輩へ偉大な背中も見せた。毎年「永瀬杯」と銘打ち、子ども向けの大会を主催。次回大会に向けて「パリの金メダルを持って帰りたい」と意気込み、自身のモチベーションにもつなげていた。有言実行の姿を最高の形で示した。[西日本スポーツ]
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 永瀬選手の人柄や志がよく伝わる物語です。一方、永瀬選手の実績を物語ではなく、データで示すと、こんな風になるでしょう。

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永瀬 貴規
・長崎県長崎市出身の柔道家。階級は81kg級。身長182cm
・2024年パリ・オリンピックで金メダル
・2021年開催の東京オリンピックでも金メダルを獲得しており、五輪81kg級での連覇は史上初
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 最初の新聞記事が「物語」であり、次の引用が「データ」です。読み比べて、どうでしょうか? 物語は人の心を動かす力がありますが、「データ」は頭には入っても心には届きません。

 現在の歴史教育は「データ」をひたすら子供たちの頭に詰め込むだけで、「物語」はほとんど教えません。日本の歴史には子供たちの心を躍らせ、未来への志を育てる先人たちの物語に満ち満ちているのに、それらを伏せてデータしか教えないのでは、子供たちもゲンナリしてしまいます。

 様々な国際調査で、日本の子供たちの自己肯定感が突出して低く、将来に対する希望もあまり持っていない、という結果が出ていますが、こういうデータばかりの歴史教育がその一因だと思われます。

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どうでしょうか?

同じように事実を述べているにも関わらず、後者はまったく面白くないですよね。

歴史は本来、前者のような物語があって初めて面白くなるものだと思います。

やはり「感情」が人の心を動かします。

歴史の学習も、そこに物語があり、登場人物の感情を読み取れてこそ初めて面白くなるのだと思います。

ガイドにも言えることですが、以前、日本在住の外国人から「日本人のガイドはファクト、ファクト、ファクトばかりの説明で面白くない」と聞いたことがあります。

まさに今回の内容が当てはまると思います。

先日のよっしーさんのガイドもそうでしたが、やはり人を引き込むのはストーリーです。

事実の説明をいかにお客様に興味を持ってもらうか、それはガイドの手腕にかかっています。

必要なのは英語ではない(事の本質はそこではない)

日本の子供たちの自己肯定感が圧倒的に少なく、少子化にも関わらず自殺が過去最高を更新している背景にも、事実だけを丸暗記する、まったく面白くない教育が温床のひとつになっていると考えることもできます。

明治時代から続く、5教科をまんべんなく学ぶ環境はもはや時代遅れです。

極論、英語も中学英語だけ学べば、あとは必要ありません。

中学英語を徹底的に訓練して使えるようになれれば、あとの高等な英語は学びたい子だけ学べばいいのです。

毎週何時間も「やりたくないこと」に時間を割くのは大きな機会損失です。

一生のうちで何時間の損でしょうか?

こんなことをしている限り、英語が母語、あるいは自国の言語が英語に非常に似ている欧米に後れを取って当然です。

講義をすべて英語でしている大学もあるとか。

それでなくても、英語での講義を増やした大学が「スーパーグローバル大学」として認定されれば、国から大きな補助金が下りるそうです。

・・・は?

明治時代の、英語でしか学べなかった時代に逆戻りしてどうするんでしょうか。

東南アジアの国のようになってどうするんでしょうか。

フィリピンでは、英語ができるかできないかで大きな貧富の差が生まれています。

日本も同じことになりませんかね?

英語化によって社会が分断されませんかね?

せっかく国民が平等に日本語で学べる機会をわざわざ摘み取ってどうするつもりなんでしょうか?

現在の英語化への動きは、英文を翻訳し、日本語にはない概念や言葉を漢語に直して「和製漢語」をたくさん作るなど、先人たちの血のにじむような努力を台無しにする行為だと思います。

ちなみに、和製漢語はチャイナに逆輸入されて今も使われています。

それよりも、子供が学びたい分野をとことん学べる寺子屋のような環境が必要だと思います。

肝心なのは英語ではありません。

必要な人だけ学べばいいのです。

「日本人は英語ができない」とよく言われますが「必要ないから」というのも大きな要因の一つです。

観光業や教育、貿易など、英語に関連する業務に就いている人以外は、日常生活ではほとんど必要ありませんよね。

アメリカ、フランス、ドイツ、チャイナなど、現在発展・成功している国は例に漏れず母語を大切にしています。

母語で学び、考え、議論できなければ、それこそ機会平等も何もあったものではありません。

「社内の公用語を英語で」も、そういったことに反しています。

TOEIC700点程度の人間が、英語で深い議論ができるはずもありません。

私はTBのマイクさんと話す時も日本語で貫きます。

ここは日本だからです。

自分がアメリカに仕事で行ったら、アメリカ人からは「英語で話せ」と言われるでしょう?

同じことです。

英語化が進めば、機会平等は消えてなくなります。

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