前回8月17日の続きから歩いてきました。
今回は紀伊有田駅~古座駅まで、約14.5 kmです。
10:40 紀伊有田駅

古座駅に車を置き、紀伊有田駅を出発しました。
紀伊有田駅から約300 mで国道に出ますが、少し脇道を歩きます。

徳本上人名号碑。しかしこれは後から徳本上人名号碑に変えられたもので、裏には以前の文字が彫られています。
徳本上人名号碑は、和歌山県に170基あると言われています。
ただ、いわゆる「本物」にはきちんと花押がありますが、大辺路沿いのものにはそれが彫られていないものが多く、果たしてどのようないきさつで建立されたのかは不明です。

国道沿いに進み、トンネルの手前で左に迂回をします。

しばらく細道を歩きます。
以前は「逢坂峠」があったそうですが、明治36年の県道改修で約30m 掘り下げられた結果、古道が消滅したそうです。
おそらく、この下の写真のがそうなのでしょう。
大規模な掘割があり、この上に橋がかかっています。
以前上野さんに案内をしてもらった時、その橋が古道だったと聞いたように記憶しています。

11:05 串本海中公園
国道に出て間もなく、串本海中公園に到着します。
この日は立ち寄る用事がなかったのでスルーしましたが、前回研修をした時はここで昼食を取りました。
11:25 海門庵

国道から約300 m 入ったところにあります。
以前上野さんい教えていただきました。
弘法大師の作とされる子安地蔵が安置されているそうです。
また、串本の無量寺の創建庵とされているとか。
高富の徳本上人名号碑。やはり花押はありません。

二色の集落を通り、国道に出ます。
ちょうどトルコのお守りのモニュメントがあります。
そのお守りから道を挟んだ小高い山の山頂には、丹敷戸畔(にしきとべ)の墓があるそうです。
丹敷戸畔と言えば、神武東征の折に、神武天皇軍と一戦を交えた一族で、丹敷戸畔の「にしき」とは水銀を意味するそうです。
当時の紀南地方は水銀をはじめとした地下資源が豊富にあったことから、結構栄えていたそうです。
その一族を率いたのが丹敷戸畔であり、女酋長だったという話が残っています。
また、国道沿いには弘法大師像がありますが、以前は大師堂があったそうです。
写真の横断歩道を渡り、右へルートを取ります。
ここでは踏切を渡って左に行くルートもあるそうですが、現在は通行できないそうです。

袋港。以前は商港として、また、古座鯨方の捕鯨基地として栄えたそうです。


この続きはまた明日です。
