冬の熊野古道

果無峠越 2024年2月24日

熊野古道は冬でも歩けるのか?とよくお客様に聞かれます。
結論から言って「コースによっては歩けます」なんですが、海外のエージェントでは「(中辺路でも)冬は閉めている」と言われたお客様もいました。

小辺路ではかなり雪が積もりますので、冬はやめておいた方が無難です。
私たちは2月末に果無峠越だけ歩きました。2月も終わりとなると、春の空気感が漂ってきますが、やはり峠はまだまだ冬でした。

中辺路では、近露、野中、道湯川のように寒いエリアはありますが、雪が積もって歩けないということは「あまり」ありません。
以前2月の研修で高原~近露王子まで歩いた時は、結構雪が積もっていて怖かったですが・・・

今年の冬は、本宮でも1回雪で歩けない(歩こうと思えば歩けたが・・・)時がありましたが、近露などに比べれば、本宮は比較的暖かいです。
本宮では、雪は確かに降りますが、うっすら積もることはあっても、歩けなくなるくらい積もるということはあまりありません。

ただ、紀伊田辺駅から本宮方面に行く場合、バスならまず問題なく行くことができますが、自家用車で向かう場合は、道湯川の小広峠は積雪の恐れがありますので、スタッドレスタイヤを履いておいた方が無難です。

小広峠の積雪情報は、こちらのFBページで確認することもできます。
国道311号「小広峠」の凍結情報

積雪があった場合は写真のようになる時があります(常にこういう状態ということではありません)

小広峠

そこを過ぎれば、あとはさほど雪で心配になる道路はありません。

新宮方面から本宮まで車で来る場合は、雪の心配はまずありません。

私たちガイドも、冬場は念のためにスタッドレスタイヤを履いています。
・・・活躍しない年もありますが。

冬場は、川湯温泉の「仙人風呂」など、冬にしか楽しむことができないイベントもあります。
夜の仙人風呂は幻想的でオススメですよ。

2024年12月29日追記

12月29日、滝尻王子~近露王子まで歩いてきました。
前日の28日、午後からの降雪の影響で十丈王子手前付近からうっすらと雪が積もっていました。
上多和茶屋跡(このコースの最高点で687m)の手前からは写真のような状態でした。
ちなみに、前日の28日、当日29日の田辺市の最高気温は共に9℃でした。
ただ、上多和茶屋跡を過ぎてからしばらく下りると、雪はありませんでした。

しかし最近はチャイニーズが増えましたね。

大辺路がオススメ

道路、古道で雪の心配をほとんどしなくてもいいのは大辺路です。

大辺路は大部分が海岸線沿いに面していますので、雪もあまり降りませんし、積もるということはまずありません。

富田坂、仏坂、長井坂、八郎峠~湯川駅あたりがオススメです。
熊野古道大辺路

熊野古道は中辺路だけではありません。

この冬は大辺路を歩いてみてはいかがでしょうか?

熊野古道は何県にある?

北郡越(ほくそぎごえ)

熊野古道について、素朴な疑問にお答えいたします。

今回は、熊野古道は何県にあるのか?という疑問です。

よく見かける記事では、まず「そもそも論」から入って結論は後・・・というものが多いですが、私は結論からいきます(笑)

熊野古道は和歌山県、大阪府、奈良県、三重県の4県にまたがっています。

大阪の窪津を起点とし、山中渓を経て和歌山県に入ります。

和歌山県では、田辺市でさらに中辺路と大辺路に分かれ、中辺路は紀伊半島を横切る形で、大辺路は紀伊半島の海岸線を通ります。

中辺路を通ればまず本宮大社に、大辺路を通れば那智大社に到着します。

一方、真言密教の聖地・高野山に端を発し、奈良県を通って熊野本宮大社に至るルート、小辺路があります。

出発と終点は和歌山県ですが、小辺路の大部分は実は奈良県を通っています。

小辺路は1000m級の峠越えを3回しなければならない、熊野古道の中では厳しいルートです。

次に、伊勢の神宮から三重県の主に海岸線を通る伊勢路があります。

伊勢路は三重県熊野市有馬で、本宮大社に向かうルートと、速玉大社に向かうルートに分かれます。

本宮大社に向かう道を「本宮道」と呼びますが、これまでの海を眺めながらの景色とは一変し、山中を歩くようになります。

そしてもう一つ、奈良の吉野から、熊野本宮大社に至る道、大峰奥駈道があります。

この道は修験者の修行の道であり、そもそも熊野古道を拓いたのはこの修験者であったとされています。

この大峰奥駈道が最も厳しいルートです(私はまだ歩いたことがありませんが・・・何か気が乗らないんですよね)

奈良の吉野は桜で有名ですが、これは修験道の開祖・役行者が最初に蔵王権現を感得した時に桜でそれを彫ったということにちなんで、桜が修験道のご神木となったためです。

以後、信者が桜を次々に植え、現在のような桜の名所になったそうです。

ちなみに、本宮大社の旧社地・大斎原(おおゆのはら)から、山中に大峰奥駈道を見ることができますが、一番分かりやすいのは桜の開花時季です。

ここにもたくさんの桜が植えられています。

このころになると、山がピンクに染まるので一目でわかります。

そもそも、「熊野古道」という呼称も昭和になってからのもので、以前は「熊野道」とか「熊野街道」などと呼ばれていました。

大辺路などでよく見かける道標地蔵には「右 くまのみち 左 やまみち」などと刻まれています。

考えてみれば、当時の人にとっては「古道」ではなく「現役の道」なわけで、「古道」という発想は生まれなくて当然と言われれば納得します。

また、大阪では「熊野古道」よりも「小栗街道」と言ったほうがピンと来る方が多いようです。

小栗とは小栗判官のことで、照手姫と結婚をしたまではよかったのですが、それを照手姫の父に無断でしたことにより父の怒りを買い、毒殺されてしまった人物のことです。

しかし、小栗判官は閻魔大王によって餓鬼阿弥となりこの世に生き返らされ、本宮の湯の峰温泉で見事に復活し、照手姫とも再開し、めでたし、めでたしというお話(かいつまみすぎ)によるものです。

その小栗判官が引き車に引かれて通った道が熊野古道とリンクしている部分があり、それを「小栗街道」と呼んでいます。

小栗判官と照手姫の物語や、小栗街道については、またの機会に詳しくお話をしようと思います。

ということで、熊野古道は和歌山県、大阪府、奈良県、三重県にありますというお話でした。

安居の渡し

安居の渡しとは、大辺路沿いにある日置川を渡す舟のことです。

一旦は途絶えていましたが、2005年に約50年ぶりに復活して活動をされていました。

しかし、その後再び途絶えましたが、2024年2月3日に土日祝限定で再開することになりました。

私は2014年に2回ほど利用をしたことがあります。

船外機ではなく手漕ぎの舟なので、往時の旅人の気分を味わうことができることが魅力です。

今回はそのあと仏坂を歩くことにしていました。

一人歩きの場合や、車が一台しかない場合、交通の便がネックですね。

今回私は紀伊日置駅に車を置き、コミュニティバスに乗って安居まで行き、周参見駅まで歩いてから電車に乗って日置駅まで戻ってきました。

白浜町のコミュニティバスは、便によっては予約は必要です。

安居の渡しを体験してから仏坂を歩くのであれば、予約が必要です。
しかし、日祝、年末年始は運行していません。

・・・ということは、白浜町のコミュニティバスを利用し、安居の渡しを楽しむためには、土曜しかチャンスがないということになります。

私は9:29紀伊日置駅発の便を利用しました。
安居までは約15分です。
白浜コミュニティバス三舞線 時刻表

渡し舟の予約は、080-2500-3223 に、住所、氏名、連絡先、運航希望日、時間、人数を記入してショートメッセージを送ります。

なので、今多くの語り部団体さんなどがやっている、申込み用紙をダウンロードして、それに必要事項を手書きをしてファックスで送信するという手間は省けますので、楽といえば楽です。

安居も渡しについてはこちら
2024年2月3日(土)「安居の渡し」再開!

バスを降りて安居の渡し場で待っていると、前職でお世話になった方が来てくれました。

世間は狭い。

ライフジャケットを着て、準備ができればいよいよ渡しです。

直線で渡してもらえば、ものの3分くらいで対岸に到着しますが、少し上流まで上ってから渡してくれましたので、清流・日置川の魅力も十分に楽しめました。

対岸についてから少し船頭さん(2人来てくれます)とお話をしましたが、会の保存もなかなか大変なようで、詳しく書くことは控えますが、「やめるか、値上げか」という話も出ているそうです。

また、人手の問題もあり、現在は7人(実質6人とおっしゃっていました)で運営をされているそうで、今回も、もう一人の方はお店を閉めて来てくれたとのことです。

せっかく復活した安居の渡し、なんとか存続してもらいたいものです。

安宅坂

長井坂クラブさん主催のイベント、安宅坂ウォークに参加してきました。

安宅坂は仏坂とならんで富田坂からすさみをつなぐもう一つの大辺路のルートで、仏坂が江戸時代のルートなのに対し、安宅坂は中世のルートだそうです。

まずは日置駅に集合して受付と準備体操を済ませ、長寿寺に向かいました。
現地ではひきがわ歴史クラブの冷水さんがお話をしてくれました。
ここは日本最古(1342年)の備前焼の大型の甕(カメ)が境内で発掘されたところです。

次に八幡神社では、同クラブの尾崎さんが、この周辺を取り巻く山城跡について説明をしてくれました。
なぜ安宅坂ルートに山城が点在しているのか、山城と本城はどのようにして使われていたのかなど、詳しく説明してくれました。

お二人のお話は非常に面白かったです。

住民交流センターでトイレを済ませたあと、いよいよ安宅坂です。

この安宅坂、いい意味で期待を裏切ってくれました。

いい道です。

とは言っても、事前に長井坂クラブの方々がシダなどを刈ってくれていたことも大きかったと思います。
こういった活動には本当に頭が下がります。

語り部さんのお話も楽しく、かつ詳しく、楽しんで歩くことができました。

難点を一つ挙げれば、トイレがコース中に全くないところですかね。

何はともあれ、本当に楽しい一日でした。

長距離を歩くコツ

穏やかな日差しが降り注ぐ中、長距離ウォークを楽しんできました。
道中では今年始めてのウグイスの鳴き声が聞こえ、春の到来を感じさせててくれる一日でした。

古座駅を出発し、八郎峠、市屋峠、ニ河峠と歩き、湯川駅までの約20数キロを歩く予定でしたが、思ったより早くニ河峠を終了したので、もう一つの峠・駿田(するだ)峠を越えて紀伊天満駅まで行ってしまいました(笑)

合計約27kmを約7時間で終えました。

長距離を歩くコツは、3つあるかなと思っています。

一つ目は、決してオーバーペースにならないようにすることです。
イメージとしてはジョギングをする感覚と似ています。
たとえば10kmを完走しようとすれば、1kmをどれだけのペースで走らなければならないかを考えるのと同じです。
仮に1kmを5分で走る人が、勢い余って3分で走ってしまうと最後まで持ちませんし、走り切れたとしても疲労度が増します。

ニつ目は、なるべく一定のペースで歩くことを心がけます。
上りや下りで多少スピードが変わることは仕方ないですが、それ以外は一定のスピードで歩くことです。

ちなみに、今日はゆっくり歩いたつもりでも、1時間で約4kmのペースでしたので、少し早かったかもしれません。
もっとゆっくり歩いても良かったかもしれません。
特に一人だとペースが早くなりがちです。

三つ目は、あまり長い休憩を取らず、ガッツリと昼食を取らないことです。
特にこの時季の長時間の休憩は、体が冷えて体が重くなりますし、たくさん食べてしまうとさらに体が重くなってしまいます。
休憩は短めにし、行動食やお弁当などを少しずつ食べながら歩きます。

さて、今日は流石に3連休ということもあって、八郎峠には人がいました。
ただ、その周辺で2組見かけただけであとは誰にも会うことはありませんでした。

それと、足を酷使したあとは膝などに炎症が起こっている可能性がありますので、基本的には冷やさないといけませんが、温泉だけは別で、疲労回復効果はもちろん、消炎効果もあるような気がします。
本当に「ただのお湯」ではありません。

ただし、源泉かけ流しに限りますがね。

ご参考にされてください。

最後にRelive動画を貼り付けておきます。
どこをどう通ったかが分かりますし、距離や所要時間ももちろん記録してくれます。

【大辺路】八郎峠~浦神峠~清水峠

八郎峠は今年2回目です。
ちょっとこのあたりの古道がツボになっています。

今日は、紀伊田原駅を出発し、大辺路の3つの峠を越えて紀伊田原駅に戻ってくるというコースで歩いてみました。

ただ、紀伊田原駅から八郎峠の登り口までの4kmはバスを利用しました。
この4km、特に何もなくただ歩くだけなのでバスでスキップです。

八郎峠は今日もいい景色でした。

ここで20分ほど休憩をして次の浦神峠を目指します。

浦神峠はこれといっていい眺めもなく、峠にある「休平(やすみだいら)」の林も間からすこし海が見える程度です。

浦神駅で少し休憩をし、清水峠。

浦神の湾を一望できるところがあります。
その付近に「希望の家」という建物がありますが、これは津波の際に浦神地区の住民が避難できるように、地元の方々が自主的に作ったところだそうです。

清水峠を越えたあたりに「古座川弧状岩脈」の一部があります。
古座川弧状岩脈とは、「熊野カルデラ」の南縁部のことで、地表へマグマが噴出する通路のことを指します。
そのカルデラの直径は長径は40km、短径が20kmという巨大なものです。
その縁の上を歩きました。
個人的にはここが今日のツボでした。

清水峠がある熊野古道もきれいでした。

今日はいろいろと寄り道をしたので、結局20kmほど歩きました。

【大辺路】八郎峠~市屋峠~ニ河峠

1月8日は3つの峠越えをしてきました。

湯川駅に駐車をし、紀伊田原駅に向かいます。
湯川駅は始めて利用しましたが、近くに海水浴場が見えてきれいな景色が広がっていました。

紀伊田原駅を10:30に出発し、まずは木葉神社でお参り。
このお社には社殿がなく、白石を積み上げたものが御神体です。

木葉神社は田原地区の氏神さまで、主祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様です。
木花咲耶姫様と言えば、記紀の中では大山祇命(オオヤマズミノミコト)と結婚し、一夜にして身ごもったため、大山祇命は「一日で子を身ごもるはずがない」と疑ったため、その疑念を晴らすため自ら産屋に火を放ち、その中で鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を出産したというお話があります。
鵜草葺不合命は神日本磐余彦尊(神武天皇)の父にあたるお方です。

その木花咲耶姫様の故事にちなみ、木花咲耶姫様を祀る神社では、安産祈願のお参りが絶えません。
こちらの神社でもその例にもれず、格子状の扉にはたくさんのよだれかけがかかっています。

木葉神社を出発してからは、しばらくアスファルトの道を約4km歩きます。
この4km、結構長く感じます。

上田原生活改善センターから少し歩くと、いよいよ絶景の八郎峠です。

上りもありますが、ところどころは尾根道になっており、状態のいい道が残っています。

大辺路の魅力は中辺路ではあまり見ることができない自然林が多く残っていることです。
植生が豊かで、鳥のさえずりもよく聞こえます。

頂上までに開けたところがあり、ここからの景色もきれいです。

はるか向こうに海が見えます

しばらく眺めのいい尾根道を進みます。
正面に見える山が八郎峠のようです。

峠までもう少し。
ここがこの日最大の難所です。
・・・雨の日は無理だな。

ここを登ると「ご褒美」が待っています。
頂上からは360度見渡せます。
太地、勝浦、新宮、阿弥陀寺の「卍」まで見えます。
写真は太地方面を臨んでいます。
ここでのお弁当はまた格別です。

360度見渡せるため、帰り道も絶景を見ながら下ります。
しかし足元には十分注意です。

以前、大辺路刈り開き隊の上野さんから、八郎峠の下にトンネルを掘る工事が始まると聞いていましたが、すでにその工事が始まっており、景観が思いっきり変わっていました。
工事中ではあるものの、現場の脇には歩行者用の通路があるため歩いて通り抜けることができます。

市屋峠、ニ河峠を越え、湯川駅に戻ったのが16:30。
距離にして約15kmでした。
少し健脚向きかもしれませんが、大辺路では数少ない、状態のいい古道を多く歩くことができるいいルートだと思います。

明日は大辺路研修です

その前に、今日は紀伊田原駅~八頭峠を越え、湯川駅まで歩きました。
Reliveで距離を測ったところ、15.2kmでした。

その模様をアップロードしたのですが、今日は古道歩きが終わってから古武道の稽古始めがあり、今ようやく落ち着いたところで明日の準備もままならないため、明日以降にアップロードいたします。

以前に八郎峠に研修を受けた時に、峠の下にトンネルを掘る工事始まると聞いていましたが、今日はすでにガンガンやっていました。

今から明日の準備をして早めに寝ます。

また明日です。

【大辺路】紀伊浦神駅~那智駅

今日で4日連続の大辺路ウォークです。

一応今日までが和歌山地域通訳案内士会の年末年始の休みでしたので、最終日はちょっと多めに歩きました。

10時に浦神駅を出発して、まずは浦神峠。

30分ほどで頂上の「休平(やすみだいら)」。
ここから少しだけ海が見えます。

峠を越えて林道に出ると「かぶと虫の宿」がありました。
今日もReliveで距離を測っていたので、それに示されている地図で確認すると「クワガタムシの里」とありました。

どっちやねん(笑)

ま、いっか。

ここでも太陽光パネルが。

ちょうど休憩所があったので、ここで早めのお昼。

市屋峠までは急坂です。

センリョウのきれいな道が続きます。

与根河の池を過ぎ、ニ河峠に向かいます。
ここに至る道も破壊されていて途中からになっています。
登ることがほとんどないので峠という感じがありません。
一応「ニ河峠」の説明看板があるので「峠なんだな」と気付かされますが、普通に歩いていればわからないです。

その説明看板から下りになります。
途中、小川を横切るところがあります。
増水時は要注意かもです。

向こう岸に「谷をわたる」と書いてくれています

この道はきれいでした。

ニ河峠を降りきったところに橋がかかっていますが、「立ち入り禁止」と看板が出ているため、和歌山県の地図が示す通りに川沿いに下って歩いて一旦国道42号線に出ます。
そして川を渡ってすぐ、再び川に沿って上流を目指して歩きます。
この区間、無駄(笑)
立ち入り禁止の私有地の近くに、石を置いて向こう岸まで行けるようにしてくれていますので、落ちないように歩けばこの無駄な歩きはカットできます。

ニ河峠を過ぎればしばらくはアスファルトの道をダラダラ歩きます。
途中でゆかし潟や温泉がありますが、その他はこれといって見るところもなく、結構しんどいです。
そして、今日最後の峠・駿田峠に入るには、一旦国道42号線に出ないといけません。
今日はまだ4日ということもあり、車も多く、歩くのは少し怖かったです。
歩道はありますけどね。

駿田峠には「加寿地蔵」があります。

身分の高いお姫様・歌子姫が熊野詣の時に命を落とされ、ここに祀られたとのこと。
酒粕を備える風習があることから名付けられたそうです。

駿田峠を下ると、勝浦の町に出ます。
町中を歩いて那智駅まで、これもまた長く感じます。

今日はひょうたん池や加寿地蔵にも立ち寄ったので15.9kmでした。
個人的にはニ河峠で終わってもいいかなと思いました。

熊野古道・長井坂とメガソーラー

熊野古道・大辺路の長井坂、今日も高校時代の友人と歩いてきました。
道中は説明もほとんどせず、話題の内容はもっぱら政治と新型コロナでしたw

彼とは長い付き合いですが、政治の話をし合えるとは高校時代には夢にも思っていませんでした。
その熱い話の合間に、長井坂の尾根道から見える枯木灘を見て、友人は感動していました。

さて、元日にも同じコースを歩いてきましたが、コースが太陽光発電のソーラーパネルの設置で大きく変わっていることを知らなかったため、距離を測るつもりで歩いていませんでした。

年間1000kmを歩く目標を立てた以上、距離を測らないといけませんので、今回はその目的もありました。

測ったところ、周参見駅から見老津駅まで12.6kmありました。
和歌山県発行の地図では10.5kmとありましたので、大きな違いです。
これまではここを直線的に通過していたコースが、ソーラーパネルを大きく迂回する形へと変更になりましたので、ある程度距離は伸びることは予想していましたが、ここまで距離が伸びているとは想定外でした。

大辺路は、JRと国道42号線に破壊された箇所が多いですが、今回はメガソーラーによる破壊です。
その土地をどう使うのかは地主の自由かもしれませんが、あれはあまりにも景観を損ねるもので、本当にがっかりしています。
県やすさみ町も、こうなる前に何とかできなかったのでしょうか。

せっかくの景観が台無しです。

また、大辺路刈り開き隊のみなさんが、同コースの埋没したルートを刈り開いた苦労話も聞いていましたので、なんともやりきれない気持ちです。

現在、CO2削減に向けて再生可能エネルギーへの転換が叫ばれており、化石燃料や石炭による発電は悪者扱いされていますが、現在メインの火力発電をやめてしまえば、再生可能エネルギーだけでカバーすることは現時点では、いや、おそらく半永久的に不可能です。

だいたい、CO2による温室効果も仮説に過ぎず、地球の平均気温は0.3度しか上がっていないというデータもあります。

再生可能エネルギーは気象条件に大きく左右されるため、安定した電力を供給するためにはバックアップのための発電所が必要であり、結局は現在の発電のメインである火力に頼らざるを得ない状況になります。

また、電気自動車に切り替えても、結局はその発電を火力に頼ることになりますので、自動車はCO2を排出しなくても、発電所でバンバン出すことになります。

また、使用済みのパネルも、太陽光があたれば発電をしてしまうため、その処分方法も細心の注意を払う必要があります。

河野太郎氏が「脱炭素」を強く主張している背景には、太郎氏、父・洋平氏、弟・二郎氏の企業「日本端子」との関わりもあるでしょう。
日本端子はソーラーパネルの部品を作っている会社です。

もっと大きな問題は、そのソーラーパネルが、ウイグル人の強制労働によって製造されている可能性が示唆されていることです。

チャイナ製のパネルを使用するということは、強制労働の片棒を担ぐことにもなります。

アメリカは昨年、新疆綿の輸入を禁止にしました。

今、全世界の約20%が新疆綿です。

その新疆綿も、ウイグル人の強制労働によって産出されている可能性があるためです。

ソーラーパネルの設置は、景観の破壊のみならず、土砂災害を引き起こして甚大な被害を発生させている事例もあります。

こうした流れを止めるには、いち早く法的に規制をかける必要があります。

今日はこういう話を友人としていました。