秦の始皇帝と徐福、その時代背景を読み解く⑤

孟子と荀子(じゅんし)

孟子と荀子は儒教の人です。

しかし、孟子は人間は元々善であるという「性善説」、一方荀子は、人間は元々悪であるという「性悪説」です。

その荀子の門下から出た李斯(りし)たちが秦を作りました。

従って秦は性悪説によって治められていたというわけです。
人は元々悪いものだから、その悪が出ないように、押さえつけて良くしなければならないのだという考えです。

孟子は「礼」を非常に重んじ、荀子は「法」を重んじました。
この「法」によって、人を押さえつけようと考えたのです。

ここから、君主は絶対的な「法」によって政治を行い、才能がある者はこれを取り立て、法に触れれば血縁関係であろうと親しい関係であろうと罰する。
そして君主に対する一切の批判は許されないという考えになります。

・・・これって、共産主義の考え方とそっくりというか、同じですよね?

チャイナがソ連の共産主義を受け入れる下地が、この頃には出来上がっていたのでしょう。
こういった思想が支配していたので、共産主義が比較的容易に受け入れられたのかもしれませんね。

ちなみに、儒教や道教というのは思想であり、宗教ではありません。
かなりざっくり言えば、儒教は「支配思想」、道教は「長生きしてこの世の楽しみを味わう思想」です。

・・・ざっくり過ぎますか?(笑)

思想による見方の違い

「戦国七雄」の中の一国に「斉(せい)」がありました。
その斉に魯仲連(ろちゅうれん)という人がいました。

この魯仲連と、荀子では、秦に対する見方が違っていることが興味深いです。

荀子「役人が非常に真面目に働いている」

魯仲連「秦は強権で脅して役人を使っている」

荀子「秦の制度は簡略で、いにしえの聖天子が目指したのはこれだ」

魯仲連「礼を知らない、礼というものを考えずに実質だけでやっている」

荀子「人民は非常に従順だ」

魯仲連「人民を上から押さえつけて奴隷のようにこき使っているだけだ」

性悪説の荀子から秦を見ると、秦はとても理想的な国家であったと言っています。
かたや魯仲連は、秦はとんでもない国家だと言っています。

思想教育というのは、国家の方向性を決定する非常に重要なことであることがこのことから分かります。
現在の日本は、GHQによる戦後の自虐史観の刷り込みにより、政治家でさえも「日本は先の大戦では近隣諸国に多大なる迷惑をかけた」と考えている人が多いのも、この思想教育のためです。

学校で教えている歴史教育が、その国の思想を支配します。

今日本が置かれれている状況は、決して良いとは言えません。

秦の始皇帝と徐福、その時代背景を読み解く⑥へ続きます。


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