谷山先生の講座・備忘録②

「水に流す」「水を差す」「水くさい」これらの言い表し方から、どのようなことが考えられますか。

これらの表現は、字面通りに意味は取れなくはないですが、むしろこれらは慣用表現であり、別に意味があります。

水に流す=過去の争い事をなかったことにする

水を差す=うまく行っていることに邪魔立てをする

水くさい=よそよそしい

という意味で使われることが多いです。

これらの表現は、部品レベルで意味がわかっていても、慣用表現では違う意味になるということを知っていないと分かりません。
これは、日本人の水に対する強い思い入れの表れだと言えます。

日本には水がふんだんにあるので、、水に関する表現が多いと言えます。

◯ご飯を炊く

◯魚を煮る

◯卵を茹でる

◯お湯を沸かす

これらを英語で言うと「boil」の一語しかありません。

しかし、日本語では「焼く」で一語で片付けられている表現が、英語では

bake(パン)

burn(レンガ)

grill(肉や魚を網で焼く)

roast(肉や魚をフライパンなどで焼く)

toast(パン)

となり、何をどう焼くのか単語を見れば分かるくらい、火を使った表現が非常に多いことに気付かされます。

言葉というのは、その言語圏の文化とリンクしていることがここから分かります。

ちなみに、「身につける」という表現も「服を着る」「指輪をはめる」「靴を履く」「上着を羽織る」「メガネをかける」「帽子をかぶる」など、日本語にはたくさんの表現がありますが、英語ではせいぜい「put on」「have on」などで、これらは何を身につけるかによって分けられてはいません。
「wear」は?と思われた方もいると思いますが、「wear」は着ている状態を表す語なので、厳密にいえば「身につける」というより「身につけている」という表現になりますので、「身につける」とは違います。

市販されている日本語の教科書について、知っていることがあれば述べてください。

◯横書きが多い

◯B5が主流

◯教科書検定制度がない

◯取り扱う書店が極端に少ない

日本語の教科書は縦書きが非常に少ないそうです。
これは、外国ではほとんど横書きなので、それに合わせた形にしているそうです。
また、教科書検定がないので、いかようにも内容を作ることができるそうです。
裏を返せば、自分たちで開拓をしなければならず、そうなれば教材開発の人材が必要になりますが、その人材が少ないということです。

俳句と墨絵の共通点は何ですか?

結論からいうと、「表現形式が彫刻型」ということです。

は?何のこと?と思われたかもしれませんが、彫刻というのは大きな塊から削って作品を作る、いわゆる「引き算」で生まれます。
俳句は文字数を極限まで制限して表現しますし、墨絵は墨の濃淡と余白までも使って表現しています。
なので、極限まで無駄を削って作品にする引き算型になります。
この引き算型は、日本料理でもそのように言われていますよね。

一方、西洋由来の油絵は「塗って塗って塗りまくる」いわゆる「足し算型」です。
余白などは一切ありません。

こう考えると、「言葉と文化はセットもの」と言えます。

これは日本語の表現でも同じことが言えます。

日本の社会では表現力より察知力が必要であり、「空気を読む」という能力が問われます。
「そこまで言わせるな」という風潮です。
一方、欧米や中国など大陸の言語では言葉に対する依存度が高く、「言わなければ分からない」という文化です。
仕事でも、ドイツでは上司が何も言わなければ部下は動かないそうです。
部下が新聞を読んでいても、上司が指示を与えていない限り、上司もそれを咎めないそうです。
日本ではありえませんよね。

また、日本では「一輪挿し」というものがあり、宿などでたまに見かけることがあり、私たち日本人は風情を感じますが、中国人が一輪挿しを見た時に「貧相だ」と怒るそうです。
「百花繚乱」という言葉がありますが、これは漢語です。
大陸では花はたくさん咲き乱れていてこそ美しいという考えがあるようです。
このような人が一輪挿しを見た時に怒りだすというのは理解できますよね。

以上、ざっとですが講座の内容を共有させていただきしました。
ご参考にされてください。


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