異論はあるかとは思います。
あくまでも私の意見として捉えていただけれ
ばと思います。
以前の関連記事については、こちらをご覧ください。
大門坂の夫婦杉はどちらが男性でどちらが女性?(陰陽の考え方と男女平等)
全体主義と男女平等
「X」より。
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薪割りや大工など危険な力仕事は男性が向い
ている。
漬物づくりや織物など繊細な手仕事は女性が
向いている。
日々の仕事と暮らしが密接に交わる里山暮ら
しでは、「ジェンダー平等」なんか言ってら
れない。
ーきびと月の畑ー「X」のポストより
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よく「〇〇における女性の割合は〇〇%。日
本は遅れている」などと最近耳にします。
しかし、必要なのは「機会平等」であり「結
果平等」ではありません。
薪割りでも大工でも、やりたい女性がいれば
やればいいと思います。
実際に大工になっている女性もいます。
ダンプの運転手になっている女性もいます。
消防士になっている女性もいます。
機会は平等に与えられてはいますが、「なり
たい」と思う人が男性に比べて少ないという
だけの話です。
それを「女性の割合が少ない」「女性の割合
を〇〇%に」というのはおかしな話です。
これは男性にとっても同じです。
看護師や保育士になっている男性はいますが、
「なりたい」という人が女性に比べて少ない
だけです。
機会は平等に与えられているはずです。
しかし、「保育士や看護師の男性割合を〇〇
%に」という話は私は聞いたことがありませ
ん(少なくともマスコミからは聞いたことが
ありません)
結果平等を謳うのであれば、これは「男性差
別」ということになりませんかね?
やはり性別によって「向き・不向き」はある
と思います。
縄文の世から長い年月暮らしてきた結果、役
割を分担することに落ち着いたのだと思いま
す。
決して差別ではなかったはずです。
これだけ「男女平等」が叫ばれている今日で
も、普通に仕事をしていれば、ちょっと力が
必要な業務であれば「男性に」という傾向に
なりますよね。
それと同じことだと思います。
陰は陰、陽は陽だから世の中が成り立ってい
るのです。
陰と陽は、それぞれ違う役割のものが合わさっ
て初めて成り立つものです。
どちらが欠けても成り立ちません。
どちらが上とか、どちらが下とかいうことで
はありません。
陰が陽になってしまえば世の中が終わります。
天と地がひっくり返るようなものです。
太陽が月になるようなものです。
昼と夜が逆転するようなものです。
左手が右手になるようなものです。
火で水を消し、水で火をつけるようなもので
す。
男女とも同じ役割を持つことを「平等」とい
うのであれば、男も子供を産めてお乳が出る
体を神様が作っているはずです。
性器だって二つあるはずです。
そうなっていないのは、それぞれの役割を与
えられているからです。
なので男女共同参画などは無意味だと思って
います。
今の「男女平等」はその意味を履き違えてい
ます。
うまくいくはずがありません。
繰り返しになりますが、大切なのは機会平等
です。
当会も、ガイドに出るチャンスは認定試験と
いうハードルはありますが、誰でもエントリー
はできる仕組みになっています。
これも機会平等です。
以下、「五六七の仕組み」という本から抜粋します。
平等とか公平とか申すのは悪魔の罠であるぞ。
天地をよく見よ、人民の申す如き平等も公平もないであろうがな。
一寸伸びる草もあれば一尺伸びる草もあるぞ。
一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂点であるぞ。
これが公平であり、平等と申すもの。
