伊勢路高低表【八鬼山越え】

伊勢路高低表・八鬼山越え編です。
この4日間のうち、正確に距離を計測できたのが一石峠~三浦峠と、この八鬼山越えだけです。
一応携帯アプリですが、GPSと連動していますので、ほぼ正確な数値だと思いますが、途中で迷ったり、海水浴場でトイレをしたりしていますので、そこらへんはご愛嬌ということでお願いします。
また、時間も計測していますが、前の記事でもお伝えしたように、案内看板を英訳しながら(そして写真を大量に撮りながら)歩きましたので、地図に書いている時間(5時間)よりもっと時間がかかっています。
ご了承ください。

この日は10:05に登山口スタートです。

10:50 籠立場

紀州藩主や巡見使などが街道を通行する時に、乗っている籠を止めて休んだ場所だとか。
そう、今は三重県ですが、以前は紀州藩だったんですよね。
樹齢300年と言われるヒノキがそびえています。

11:10 林道交差

このあたりから傾斜がきつくなり始めました。
八鬼山越え最大の難所・七曲はもうすぐです。

11:45 七曲終点

最大の難所・七曲はやっつけましたが、まだまだ上るようです。

12:30 九鬼峠

ここで道が分岐しており、一方は九鬼村(現・尾鷲市九鬼町)へと続く道だとか。
その九鬼村は九鬼水軍発祥の地だそうです。

12:40 荒神茶屋跡

このお堂、八鬼山日輪堂の歴史は古く、西暦702年、修験者である阿闍梨梨返昌院仙玉法印(あじゃりへんしょういんせんぎょくほういん)の創建と言われているそうです。
このお堂の横にその名も「荒神茶屋」という茶屋があったそうです。
この茶屋の名物は饅頭で、当時(明治時代)は飛ぶように売れたとか。

13:05 三木峠茶屋跡

ここが八鬼山峠(三木峠)の頂上です。

13:20 桜の森広場(昼食)

景色が良く、きちんとあづまやにも屋根があり(笑)気持ちよく昼食を取ることができました。ちょっと木が茂っているのが残念でしたが。

14:35 十五郎茶屋跡

ここにも茶屋があったと、紀伊続風土記に記載されているそうですが、いつ始まっていつ頃まであったかは定かではないそうです。
ここからの急坂は、紀州の殿様の御成行列の時、お供の人は槍を担いで登ってもよいことから「槍かたげ」と言われています。

15:40 登山口

道標62番で迷いましたが、ようやく「下山」することができました。

15:50 名柄一里塚跡

大東亜戦争中、南・北輪内村の出征兵士たちは、ここから八鬼山を越えて荒神堂に参り、尾鷲駅へ向かったそうです。
・・・ここしか道がなかったんでしょうかね。

16:05 三木里海水浴場

三重は切り立った山が海までせり出している地形ですが、その間に砂浜があり、以外に海水浴場が多いです。
三木里って、外国人が多いという印象を受けました。

16:35 三木里駅

海水浴場から駅までの移動が暑くて堪えました。
約6時間半かかりましたが、なんとか終えることができました。

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