
「タダより怖いものはない」
という言葉はよく聞きます。
今回は「無料は所詮無料」についてお話しようと思います。
結論から言わせてもらうと、無料を選ぶことにより、結果的に損をしているということです。
あなたは、無料のセミナーに参加したあと、家に帰って復習をしたことがありますか?
もともと意識の高い人ならしたことがあるかもしれませんが、だいたいの人は、もらったテキストはそのままで、そのうちどこに置いたのかさえ分からなくなっていると思います。
わたしはある講座に無料でずっと参加していますが、恥ずかしながら自宅で復習をしたことがありません。
「無料だから、別にいいか」と思う・思わないを抜きにして、どうしてもそういった類の心理が無料には働きます。
物を手に入れた時でもそうですよね?
今回は話をわかりやすくするために、そこに籠もっている想いや感情というのは抜きにしてお話をしますが、お金を払って買ったものと、無料でもらったものでは、扱い方が違います。
わたしは、無料で参加したガイドの研修でもらった資料や本も、結局は見ていませんし、その存在すら忘れていました。
本棚を整理していたら出てきて、「あ、そういや、こんな本もらったな」ということが多いです。
県の高野・熊野地域通訳案内士研修も無料で受講と受験ができます。
「無料だから」と気軽に?毎年受けている方がいます。
ガイドになる・ならないは本人の意思ですが、無料といっても定員というものが別にあるわけで、もしかすると初めて受講したいと思っていた方が、その人のせいで受けられないってことも考えられます。
逆に、高いお金を払って受講した講座などは、「高いお金を払ったのだから絶対にものにしてやる」という心理が働きます。
わたしたは速読の講座に、高いお金を払って受講しました。
まだまだ「速読」というレベルとは程遠いですが、以前にくらべたら格段に読む速度が上がりました。
要は意識の違いが、無料と有料に表れます。
無料で受けた講座は結局何もモノにならずに、そこに行くお金と時間をドブに捨てたようなものです。
この費用対効果に気づいていない人があまりにも多いと思います。
「無料だから損はしていない」ではないのです。
人は、何か代償を払った時初めてそこに価値を見出します。
ガイドでも同じです。
お金を払ってガイドを雇ったからこそ、「ああ、お金を払う価値のあるガイドだった」とお客様が喜んでくれるわけです。
ボランティアでやることも結構ですが、いずれ疲弊すると思いますし、それに見合う対価がなければ若い人はついてこないと思います。
また、申し訳ないですが、ボランティアはプロ意識がないためか、ボランティアの域を超えることができません。
もちろん、それがどんなのもか、無料版があるなら試してから判断するという選択肢がありますし、高い買い物をするのであれば利用するべきでしょう。
しかし、先程のお話で出た、県の研修に毎年参加している人というのは、時間を無駄遣いし、将来の収入を捨てていることに気づいていないのです。
県の研修は入口しか教えてくれません。
そこで「ああ、今回もいいお話を聞いた」と毎回思っているとしたら、それは単なるバカであり、県の予算や他の参加希望者のチャンスを食いつぶしている輩です。
わたしにそんなことを言う権限がもちろんないことを承知で言いますが、そこに毎年足を運ぶようなことは、なるべく謹んでいただきたいと思います。
「税金を払っているからいいだろう」という考えは通用しません。
では、あなたが払った県民税のうちの何%がその予算に使われたのですか?
ガイドを雇えば1日で3万円かかります。
もっと実りのあることを学びたいのであれば、きちんとお金を払って学ぶべきです。
無料は所詮無料です。
無料はあなたの貴重な時間を奪い、将来の収入の芽を摘み取っている可能性があるということを意識していただけたらと思います。
