滝尻~高原⑥

剣ノ山

詳しくは説明板を読んでください。

・・・冗談です。

滝尻から、お客様をお連れすればだいたい1時間ほどで到着します。
かつてはここに経塚がありました。
標高はこの日の最高点、371mです。

経塚跡

経塚とは平安時代に生まれた末法思想によるもので、釈迦の教えが行き渡っていて、人々も悟りを開くことができる世を「正法」、信仰が外見だけ残り悟る者がいなくなることを「像法」、やがて真の仏法が衰えて世の中が混乱する世を「末法」といい、末法の世の子孫のためにお釈迦様の教えを残しておこうという先人たちが、お経を埋納したことに始まります。

ちなみに、「正法」は釈迦の入滅後500年、「像法」は1000年、「末法」は1万年を指します。

お経は「経筒」と呼ばれる青銅製の筒などに入れられ、鏡、合子(ごうす)、剣など様々なものと一緒に埋納されました。
経塚はここだけではなく、熊野にかなり多くあり、大規模なところでは大斎原の向かいにある備崎では約600巻の経筒が見つかっていますし、那智大社の別宮・飛瀧神社の入り口付近にも大規模な経塚が発見されていますが、現在は駐車場になっていますので、発掘が完全に出来ていないとのことです。

残念ながら、ここにあった経塚は約100年前に盗掘に遭い、滝尻の熊野古道館に展示されている常滑製の壷のみが発見されました。
それを聞いた当時の巡査が、ここにあった笠塔婆を持って滝尻王子まで降ろしたそうです。
なかなかの怪力の持ち主ですよね。

九品(くほん)の門

また、かつてはここに九品の門の一番目の鳥居があったそうで、本宮大社にいたるまでの道中に合計9つの鳥居があったそうですが、現存するものはありません。
唯一、大門王子にある礎石が残っている程度で、あとの門がどこにあったのかはわかりません。

9つの門はそれぞれ、

下品下生(げほんげしょう)、下品中生、下品上生

中品下生、中品中生(ちゅうぼんちゅうじょう)、中品上生

上品下生、上品中生、上品上生(じょうぼんじょうしょう)

を表しています。

生前の行いによって極楽浄土へ生まれ変わる時、あの世からのお迎えに差があると考えられており、下品から上品にいくほどお迎えのスタイルが「ゴージャス」になります。

たとえば 、上品上生では、僧がお経を読んでいる時に仏、菩薩、飛天など、大勢の仏様が迎えに来るのに対し、下品下生では誰も迎えに来てくれません。

当時の巡礼者は、この九品の門をくぐることにより滅罪されると考えていたのでしょう。
なので、無事に熊野にお参りを果たして里に帰った巡礼者は「上品の人(じょうぼんのひと)」と呼ばれ、崇められたそうです。

ちなみに、この九品の考えから「上品(じょうひん)」「下品」という言葉が生まれました。

今日はここまでです。
続きはまた明日に。

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