高原~近露王子⑤

小判地蔵

1854年、大分(豊後)の巡礼者が、ここで小判をくわえて亡くなっていたそうです。
私が習った範囲では、その小判を使って地元の方が供養してここに地蔵を建てたと聞いています。
当時の巡礼者は、いかに空腹であっても最後の小判はこういった時のために取っておくのが習わしだったそうです。

よく見ると、口に舌のようなものが出ているのがかすかにわかります。
これがどうも小判のようです。
ただ、近年は風化が激しく、ちょっと確認しづらくなっています。

お地蔵さんには「道休禅定門(どうきゅうぜんじょうもん)」と彫られています。
いわゆる戒名であり、「道休」は「行き倒れ」、「禅定門」は「在家のまま仏門に入り、剃髪した男子」という意味だそうです。
ちなみに、女性の場合は「禅尼(ぜんに))」または「禅定尼」と呼びます。
戒名は厳密に言うと「院号」「道号」「位号」の総称で、これらは故人の生前の信仰の深さ、地域やお寺への貢献度などで決めるものだそうです。
その中の「位号」の中に「禅定門」「禅定尼」があります。
位号では他に「信士」「信女」「大禅定門」「大禅定尼」「居士」「大姉」などがあります。

同じようなお地蔵さんは、発心門王子~本宮大社の間にもあります。
ちなみに、そのお地蔵さんには「道休禅門」と彫られています。

ちなみに、ここは古道が狭くなっていて反対側が急斜面になっていますので、説明は手前の少し広い場所で行い、小判地蔵の前ではくわえている小判の確認など最小限にとどめておきましょう。

すみません、業務多忙につき、今日はここまでです。

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