上多和茶屋跡

このコースの最高点、上多和茶屋跡です。
案内板には「600m」と書いていますが、670mほどあります。
ここまで来ると流石に夏でも涼しいです。
私が歩いたのは10月ですので、涼しいというより寒かったです。
「林中には三界萬霊塔やお墓もある」と書いていますので、以前周辺を「捜索」しましたが見つけることはできませんでした。
1920年頃まで集落があり、畑を作り自給自足の生活をしていたそうです。
来てみれば分かりますが、どうやって水を得ていたのか疑問が残ります。
ここにも三体月の伝承があったようで、この地域の各地で伝承が残されていることが伺えます。
三体月伝説

「三体月」と聞くと「まん丸のお月さまが3つ」と想像しがちですが、説明板にあるように、旧暦の11月23日なのでこの場合は半月らしいです。
ちなみに、2021年の旧暦11月23日は、1月6日です。
厳寒期ですよね。
説明板の山伏の話によるとその月を見て験力(厳しい修行によって得られる功徳。これをもって民衆を救済するという修験道の考えに基づくもの)を得たとなっていますが、科学的には「幻月(げんげつ)」という現象で、氷の結晶からなる薄い雲を通して月を見た時、その氷の結晶が光を屈折させてできる暈(かさ)のことを指すそうです。
この場合、月の両側に幻のような光が現れるらしいのです。
これは太陽が同じような現象を起こす「幻日」と理屈は同じだとか。
翌年山に登って三体月を見た若者たちが験力を得たのかどうか謎です。
大坂本王子

大きな坂の麓にあることから名付けられたとされています。
五尺四方(約160cm四方)の社殿があったらしいですが、現在は社殿を囲う石だけが残っています。
写真横に笠塔婆は、滝尻王子や大門王子にあったものと同等のものだと思います。
他の二箇所の笠塔婆は原型をとどめていませんが、唯一この笠塔婆だけが完全な形で残されています。
・・・鎌倉後期にものが今までこうして残っていることって、信じがたいですよね。
残念ながら、大坂本王子は1909年に近野神社に合祀されてしまいます。
ここから15分歩けば、道の駅です。
今日はここまでです。
