ウイグルについて⑩

仏教と文明伝播のルート

ウイグル文字とモンゴル文字

ウイグル人は紀元8世紀から文字を持っており、すでに立派な文明文化を持っていました。
ウイグルは高度な文明を持っていたがゆえに文字を持っていたので、その文字をモンゴル人に教えたそうです。

チンギスハンの4人の子供、そしてその孫達に文字を教えたのはウイグル人であり、上から下に書いたり、右から左に書くモンゴル文字というのは、古代ウイグル文字から来たものだそうです。

高度な文明を持っていたので、ウイグル人はチャイニーズから教育を受ける必要はありませんでした。

仏教と文明伝播のルート

そもそも、仏教の伝来もガンダーラからホータン(ウイグルの地域)、そしてチャイナに入ったものです。
仏教がウイグルで拡がり、文明が開花した後で中国に入りました。

東トルキスタン(現在の新疆ウイグル自治区クチャ県)出身のクマーラジーヴァという僧がいます。

彼はチャイナの捕虜となり、長安26年間監禁されている間に仏典を約300巻漢訳したと伝えられています。
隋や唐の時代になり、遣隋使や遣唐使が日本から派遣されましたが、彼らはその仏典を持ち帰って日本に仏教を広めました。

ウイグル人は現在はイスラム教の国ですが、以前は先出の仏教をはじめ、マニ教を信仰していた時代もあり、またキリスト教を信仰していた人もいました。

ウイグル人は文明が高かったので必ず宗教を信仰していたのです。
その土台の上に、ウイグルは文明圏としても国家としても完全に独立したところであり、チャイナの影響を全く受けていない土地でした。

むしろ影響を受けたのはチャイナの方でした。

本当のウイグルを知りたい方はこちら

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