今、当会もインバウンド需要が低迷どころかまったくない中で、どのような形にしていくのかを模索中です。
任意団体であるMi-Kumanoを立ち上げてからというもの、すでに6年が経とうとしています。
もともと、今の法人を立ち上げた時も、インバウンドと平行して他の事業を立ち上げたいとは思っていました。
また、新型コロナのインフォデミックが始まってからもう3年が経とうとしている中、他の事業も頓挫したり軌道に乗らずに低迷しているといった状況です。
なんとか、会の存続をインバウンドなしでも可能なようにしていきたいと思っています。
私の頭の中にあるプランを実行するには、今の会員の理解が必要です。
賛同してもらえない場合は、私が抜けて新しい会を立ち上げなければならないでしょう。
先日のニコニコ動画で、参政党を抜けたKAZUYA氏が色々と参政党の批判をチクチクとしているのを見ましたが、改めて、この人が抜けて良かったなと思いました。
ある目的を達成しようとしているところには、同じ目的を持った人が集まってきます。
そしてその目的が達成されたら次の段階に進みますが、そこで合わない人は離れて行き、また次の段階を目指している人が集まってくる・・・そういったプロセスを繰り返し、組織が成長しながら、目的を達成していくものだと私は考えています。
「私はそこには行きたくないから、このあたりでごめんなさい」
それはそれでいいと思っています。
Mi-Kumanoでも、立ち上げに関わったメンバーはほとんど残っていません。
私は立ち上げに関わったわけではないので詳しいことは分かりませんが、以前の代表から聞いた話では、英語のレベルが外国人を案内できるレベルにまで到達していなかったからだそうです。
会を立ち上げる時には英語レベルは関係ありません。
しかし、それとは別のスキルが必要です。
初期のメンバーも、その時に必要な人たちだったのでしょう。
そして、いざ外国人を案内する段階に来て「私はここでさよなら」となったのだと思います。
KAZUYA氏も、そういった類の人物だったというだけの話で、なにも初期の立ち上げメンバーがずっと残っていなければならないという理屈はまったく意味がわかりません。
動画の中で「参政党の立ち上げに関わった人で残っている初期のメンバーは神谷さんだけ」のようなことを言っていましたが、私からすれば、
だから、何?
です。
もし、神谷さんの回りに誰も人が集まらないのであれば、彼の考えが間違っていたのかもしれません。
しかし、今はどうですか?
街頭演説では黒山の人だかり、タウンミーティングや個人演説会では満席の状態が続いています。
既存政党の街頭演説であれだけの人を集めるのは、動員をかけてやっとというくらいです。
これって、まさに「次の段階」に来ている現れだと思います。
参政党でいえば、その「次の段階を目指している人」というのが吉野敏明先生であったり、武田邦彦先生だったりするわけで、KAZUYA氏はそれについていけなかったとうだけの話だと思います。
まあ、自分が元いた組織の悪口を言うことほど、見苦しいものはないことは確かです。
これからも、当会もメンバーの入れ替わりはある程度発生すると思います。
私の持っているプランに賛同してもらえない人は去っていくか、または私が去るかです。
私が去る場合は、和歌山地域通訳案内士会の方向についていけなくなったというだけの話です。
以前のMi-Kumanoの代表から、「そんなに地位は欲しいのか」というようなことを言われましたが、私はまったくそんなことはありません。
次にバトンを渡せるしっかりとした若者が現れたなら、潔くこの立場を降ります。
というか、早く降りたいです(笑)
ただ、無責任な辞め方はできませんので、後進の育成と確保をしっかりとやっていかなければならないと思っています。
ところで、先出の参政党ってご存知ですか?
私はこの党が日本を救う政党だと思っています。
では。
