広川散策

広川散策をしてきました。

広川といえば、濱口梧陵ですよね。
ということで、稲村の火の館とその周辺を散策してきました。

稲村の火の館は、津波防災教育センターと濱口梧陵記念館の複合施設で、津波防災教育センターは3階建て。
意外に広くて驚きました。

1階では、3Dシアターがあり、15分程度の映画を2本立てでやっています。

1本目は防災に関するドラマ仕立て、2本目は濱口梧陵の献身的な活躍についてでした。

濱口梧陵は自らも津波に飲まれながらも広村の住民に警告をし、沖に流された人々に陸地が分かるように稲むらに火を着け、被害を被った住民が広村を離れないように堤防を築く工事をして住民を雇用し、持っている米を住民に配給し、塩害に遭って米が穫れなくなったので年貢の免除を申請し、近隣の村からも寄付を募ったりと、広村の衰退防止と将来の防災のために尽力されました。

堤防を築いた88年後に昭和の南海地震が起こり、堤防のおかげで広村は被害が少なくて済みました。

濱口梧陵の先見の明と、献身的な努力には頭が下がる思いです。

この日は奈良と京都から社会見学に子どもたちが来ていました。

こういった教育は、子供にとっても非常に重要ですし、特に地元の子供たちには、地元愛を育むためにも非常に重要だと思います。
地元愛が結局は和歌山愛になり、その範囲が広がって日本全体を好きになるきっかけとなります。

非常に勉強になりました。

・・・ただ、マスクの着用、体温測定、手指の消毒、来館者(代表者)の氏名と連絡先の記載など、いまだに新型コロナ対策にうるさい点だけが難点でした。

もう海外ではとっくに終わってるのに。

稲村の火の館を訪れる前に、東濱口公園、稲村の火広場、広村堤防、濱口梧陵墓を歩いて回って来ました。

広川堤防
東濱口公園

コース中で「耐久社」と「濱口梧陵銅像」の場所が分かりませんでした。

あとから聞いてみると、どうも耐久中学校の敷地内になるらしく、普段は入っていけないとのことでした。

最後に広八幡神社にお参りをして帰りました。

広八幡神社は安政の地震の際に実際に避難場所にもなったところで、今でも避難場所に指定されています。
境内には、濱口梧陵の碑が建っています。

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