大門坂の夫婦杉はどちらが男性でどちらが女性?(陰陽の考え方と男女平等)

お客様からの質問

熊野古道のコースの中で大門坂~那智大社・青岸渡寺~那智の滝があります。
全部歩いても約2.5km、約2時間30分程度のコースですが、見どころがたくさんある人気コースです(大門坂は、夏は湿気が多く本当に暑いですが)
その「オープニング」で、樹齢800年と言われている杉の大木が古道を挟むようにして出迎えてくれます。

「夫婦杉」と呼ばれているこの杉は、源の頼朝の寄進とされています。
・・・まあ、神倉神社の石段と同じく真相のほどはさておき、その姿は見るものを圧倒します。

ほとんどのお客様も関心を示され、たまにこういった質問をを受けることがあります。

「これはどっちが男性でどっちが女性?」

以前、語り部さんの研修を受けた時に、教えていただいたことが役に立ちました。

向かって右が男性、左が女性です。
那智大社を背にして左側が男性、右側が女性です。

平安時代、官位は男性にしか与えられておらず、さらにその序列が左→右だったそうです(左大臣、右大臣のことですね)
なので、官位のある男性が左になった・・・と聞きました。

今そんなことをすると、「女性差別だ!」と騒がれて大変なことになりますが、当時はそれが当たり前の世の中だったのでしょう。

陰と陽の考え方

これは私の考えですが、陰陽と照らし合わせても同じ結果になります。
陰陽は英語でyin and yang、陰陽の原理をyin and yang principleと言いますが、外国のお客様には陰陽に基づいた説明の方がしっくりくるようです。

余談ですが、「陰陽」を一言で表すと、どうでしょうか?
端的に言えますか?

私は、陰陽とは、「二つの違う性質のものが合わさることにより、一つの役割を果たすもの」と解釈しています。

太陽と月、天と地、昼と夜、火と水、右と左、男と女・・・などなど。
それぞれまったく違うものですが、どちらが欠けてもこの世界は成り立ちません。
これは、役割が違うということであって、「どちらが上」ということではありません。

先程挙げたものを陰と陽に分けると、こうなります。

陰=月、地、夜、水、右、女
陽=太陽、天、昼、火、左、男

今はあまり耳にしなくなりましたが、昔はよく「母なる大地」という言葉を聞きました。
これもおそらく、陰陽の考えが元で出来た言葉だったのでしょう。

そして、右、左の語源ですが、元々は「水極り(みぎり・右)」「火(日)足り(ひだり・左)」だそうです。
右=水=陰、左=火(日)=陽と分けられます。

陰は女性、陽は男性を表すので、右=女性、左=男性となるわけです。

ですので、外国のお客様に説明する時は、「陰陽の原理に従って決められている」とまず説明し、「陰陽の原理では、右が女性、左が男性と決められている」と簡単に説明しています。
まさか、「水極り、火足り」などとは言いませんよ、念の為。






さきほどの「水極り」「火足り」の水と火が合わさって「火水(かみ)」となり、両手をあわせる所作は神を表すとされているそうです。ご参考に。

雛飾りと結婚式

雛人形も、今は国際儀礼に従ってお内裏様とお雛様の位置が入れ替わっていますが、もともとは写真のようにお内裏様は向かって右、お雛様は向かって左に置かれていました。
つまり、那智大社を背にして左が男性、右が女性の夫婦杉と同じ立ち位置です。

結婚式は神前で「男女の役割を全うします」と神様にお誓いする儀式です。
しかし、結婚式も男女の立ち位置が入れ替わってしまっています。
「たかが立ち位置」ですが、これは見た目以上に重要な間違いらしいです。
もし、結婚式の写真があるなら確かめてみてください。
おそらく男女の立ち位置が入れ替わっています。

男勝りな女性、草食男子と呼ばれる男性が出てきてもおかしくありません。

現代の男女の考え方

家事・育児は立派な仕事です。

しかし、現代の男女の考え方は、陰陽の考え方と照らし合わせて見ると、無理があります。
男尊女卑というものはあってはならないことであり、差別されることは絶対に許されません。
しかし、現代の男女の考え方というのは、「女性が男性と同等の権利を得るべき」という部分では賛成ですが、それと役割の違いから来る「棲み分け」は別問題であると考えています。

「男が働きに出て、女が家庭を守るという考えは古臭い」という意見が大半を占めるようになりました。

洗濯機や掃除機、炊飯器などの出現により、世の中が便利になり、女性が家庭で働く時間が短くなったのをきっかけに「では、少しでも空いた時間で働いてお金にしたほうがいい」となり、女性がどんどん社会に出るようになりました。

しかし、いくら便利になって家庭での仕事の時間が少なくなったとはいえ、まったくなくなったわけではありません。
また、社会に出れば当然それなりの責任がかかってきますので、簡単に早く帰ったり、きっちり休日を取ることも難しくなってきます。

そうなれば仕事が優先になり、家庭での仕事がおろそかになりがちになります。
そして、「私も働いているのだから、あなたもちょっとは家庭のことを手伝ってよ!」という考えになります。
しかし、旦那さんは旦那さんで仕事を持っています。
旦那さんも立場は同じです。
務めているからには、仕事を適当にはできません。
でも、家事や育児もしなければならない。
こうなると、二人とも仕事の責任を抱えながら、家庭での仕事もしなければいけなくなります。

そもそも、仕事をガッツリしながら家事・育児なんて、出来っこありません。
それこそ、「家事・育児という仕事をなめていませんか?」と言いたくなります。

男女の存在、そもそもの意義

では、結局、この考え方でだれが幸せになったのでしょうか?
夫婦それぞれで仕事での責任は増え、家事・育児もおろそかになる。

「餅は餅屋」という言葉があります。
もともと、女性は子供を育て、家庭を守るということが「役割」として与えられています。

考えてもみてください。

そもそもの話ですが、もし、男女がともに働きに出ながら家庭で育児をし、共同で家庭を守っていかなくてはならないと神様が決めたとするならば、「男女」なんて性別は必要なく、神様は与えなかったでしょう。

細胞分裂するなり、体内で自動受精をしたり、幼少期にオスだったのが、成熟すればメスになるという生物と同じように作られていたはずです。
さらに、男も育児をしなくてはならないのであれば、乳が出ていなければいけませんし、出産もできる体でなければいけません。

勘違いされないように言っておかなければなりませんが、もちろん男も子供の面倒は見ないといけません。
特に男の子なら遊びにも体力が必要ですので、こういったところはお父さんの出番でしょう。また、子供の教育についてもお父さんとお母さんの力が必要です。
なので、子供のことを放っておいて奥さんにすべてを任せろと言っているわけではありません。

オリンピックを男女混合で!

現代の「男女平等」は、オリンピックの陸上で、「男女混合で100mを競わなければならない!」とか「柔道を男女混合で!」言っているようなものです(最近はリレーでやっていますが)

だれでも分かることですが、男性のほうが、基本的に女性より体力も力もあります(基本的にですよ)
スポーツの世界記録で、女性の記録が男性の記録を上回っているものがありますか?

男女を一緒にすることが女性差別になるからではないでしょうか。

もし、男女が一緒に競技をすれば、部分的に女性が男性に勝つこともあるでしょうが、絶対的に優勝は男性です。
だから男女を分けたわけで、かるた取りとか、クイズとか、そういったものは男女混合で争っています。
男女で平等に戦えるからです。

「男女平等」の履き違い

出生率が年々下がってきています。
子供を養うだけの収入がないという理由もあるでしょうが、本当に全員がそうでしょうか?

もっと大きな原因は、女性が社会進出することによって晩婚化が進んでいるということでしょう。
働く女性が増えて子供を預けるところが不足していることはすでに起こっている問題です。
女性が家庭を守っているならば起こり得なかった問題です。
少なくとも、私達第2次ベビーブームの世代であっても、そういった問題は起こっていませんでした。

働く女性が増えるに従って、ますますこのような問題が出てきます。
これでは、たとえが良くないかもしれませんが、「虫歯が出来たからそこだけを治す」ということと似ています。
日頃の虫歯予防という根本原因を直さなければ、またいずれ虫歯になります。
男女平等の根本的な考えが間違っていれば、同じ問題がいつまでたっても起こります。

「男は外で仕事、女は家庭」はあながち間違いではないと、私は思っています。
そうなるためには、企業も旦那さんの稼ぎだけで一家を養うことができる給料を支払うようにならなければいけません。

私はなにも、女性を差別しているわけではありませんし、すべての女性が社会に出てはいけないと言っているわけではありません。
女性が必要な職場もたくさんありますし、特に現代では、若い頃は社会での経験も必要でしょう。
シングルマザーであれば、働かなければいけない事情は重々承知しています

そういった特定の人たちのことを言っているのではなく、一般論として、陰陽の役割の違いを間違えれば、かならず無理が生じてくるということを私は言いたいのです。

天と地をひっくり返すことはできないのです。
しかし、どちらもなくてはならない存在なのです。

見ていてください。
このままいけば、間違いなく保育所不足の問題と家庭環境の問題は悪循環に陥ります。
保育所が少なくなったのは、少子化が原因ではないでしょうか?
そうだとすれば、その少子化の原因は?

今しなければいけないこと

政府が今しなければならないことは、保育所を増やすことではありません。
きちんと旦那さんの給料だけで一家が養えるだけの給料が出せるような企業を増やすための経済復興だと思います。

また、間違った男女平等思想が蔓延しないよう、陰陽に基づいた男女教育ということも必要になるでしょう。
「誰のおかげで飯が食えているんだ」というアホな考えを持つ人がいなくなるようにしなければいけません。
これは「奥さんの支えがあってこそ、あなたも仕事に集中できているんですよ」ということであり、もし、旦那さんだけの給料で一家を支えるようになれれば、「それは二人で頑張って稼いだお金ですよ」ということを分かってもらうためです。

天は地があってこそ成り立ちます。
一年中夜がなく昼だけならば、人間も生き物もこの世界で生きていけなくなるでしょう。
男性としての役割、女性としての役割をそれぞれ全うして初めて、家庭が成り立つと思います。
家庭は国家の最小単位です。
よい家庭なくして良い国家はありえません。
それぞれの存在を尊重しあい、お互いの役割を全うすることこそ、今必要とされていることではないでしょうか。

p.s.
もし、結婚式の写真で男女の左右が入れ替わっていても、「これからは男性として、女性としての役割を全うします」という気持ちを持つことが大切であり、その気持を持てば大丈夫だそうです。
撮り直しなんてできませんしね(笑)

お客様からの質問③(神道と仏教の違い)

海外のお客様をご案内すると、よく宗教の話題になります。
私の経験からいうと、日本の神道と仏教に興味を持っている方が多く、よくその違いや作法、教理などについて質問があります。

神道と仏教の違いは?

この質問は本当によく受けます。

あなたは説明できますか?

一概に「違いは?」と聞かれても難しいですよね。
しかし、ダラダラと回りくどい説明をするとかえってお客様は混乱してしまいますので、端的に答える必要があります。

わたしは、

  1. 教祖がいるかいないか
  2. 経典があるかないか
  3. 崇拝するものは何か
  4. 輪廻転生という考えがあるかどうか

について説明しています。
こういった質問をしてくるお客様というのは、予備知識がまったくない方が多いため、あまり余計なことをいうと本当に混乱してしまいます。

また、神社とお寺の違いや参拝方法の違いを説明する人もいますが、神社とお寺の区別すらついていない方も多いので、その説明は神社やお寺で現物を見せながら説明したほうがいいと思います。

教祖がいるかどうか 経典があるかどうか

これはいまさら説明する必要もないですよね。
神道は日本各地で発生したとされていますので教祖もいなければ経典もありません。
また、現在の参拝方法は、おおかた二礼二拍手一礼で統一されていますが、昔はその場所それぞれで参拝方法が異なっていました。
出雲大社や宇佐神宮など、古来の参拝方法を守っている神社もあります。

崇拝するものは何か

仏教は仏像、神道は「依代(よりしろ)」と呼ばれるもの、具体的には鏡、勾玉、剣、槍、丸石など。
その種類は実に多くあり、山自体がご神体、滝がご神体という、いわゆる自然崇拝もありますし、神仏習合の神社(熊野の多くの神社)では神像や懸仏(かけぼとけ)をご神体としているところが多いです。

ちなみに、私の地元の「御書神社」には、御書をご神体として祀ってたのが始まりとされています。
徳川頼宣公が、現在の白浜町湯崎地区(当時の鉛山村(かなやまむら))に、鉛採掘を奨励するために年貢の免除を書いたお墨付き(御書)を頂いたのを、住民がご神体として崇めた・・・という話が残っています。

また、神は姿形を持たないとされているため、それを表すものが必要だという話もします。

輪廻転生という考えがあるかどうか

神道=先祖崇拝
仏教=輪廻転生

神道は自然崇拝から発生したということはみなさんご存知ですが、先祖崇拝という考え方があります。
「氏神」という言葉を聞いたことがあると思いますが、あれは元来、その地方の有力な氏の先祖を祀っていたからです。
その子孫の人たちのことが「氏子」です。
それが時代が下って、そこに住む住民のことを「氏子」と呼ぶようになりました。

一方、仏教は輪廻転生を重ねて悟りの道を開くという考え方のため、本来は先祖崇拝という考え方はありません。

現在のお盆は、元々神道の先祖崇拝からきたもので、神仏習合の時に仏教の考え方に変わっていきました。

ちなみに、「産土神(うぶすな)」は、その地に生まれることを許してくださった神様のことです。つまり、自分が生を受けた地。
なので厳密にいうと、氏神=産土ではありません。
氏神と産土が違う人はたくさんいます。
私も今は違います。
生まれた地域は白浜町湯崎地区なので、私の産土様は山神社の「金山彦命」で、現在は富田地区の総氏神とされる日神社の「天照大神」です。

祝詞とお経

ついでに、祝詞をお経の違いについての少しお話します。
祝詞もお経も、結構何を言っているのか分からない点では似ていますが、中身はまったく違うそうです。

祝詞は神を称え、神に感謝を捧げる内容であり、お経は人生をどう生きるべきかを説いたものだそうです。

また、祝詞は神の言葉に近いとされる大和言葉で作られているので、言霊の力が非常に強いそうです。
GHQはこんなところにも目をつけ、「天津祝詞(あまつのりと)」の、言霊が強いとされている一部を改変(削除)しています。
ですので、現在神社で奏上されている多くの天津祝詞は、いわゆる短縮バージョンです。

GHQは、占領までに手を焼いた日本が二度と立ち上がれないように、あらゆるところで「干渉」しています。
日本の歴史を勉強していくと、必ずと言っていいほどGHQにぶち当たります。
・・・よほど日本が怖かったんでしょうね。
神風特攻隊や、万歳突撃を目の当たりにしたアメリカ人兵士に狂人が続出したらしいですから。

そんな自国を守るために勇敢に散っていかれた我が国の先人たちに、本当に感謝しなければならないと思います。

・・・なんか本題からズレてるな。ま、いっか(笑)

お客様からの質問②

今日はお客様からの質問の中で、ちょっと困った質問についてご紹介します。
ご紹介するだけではみなさんにとって何の得にもならないので、私がどう答えたか、あるいは答えられなくて後で調べて分かったことなどを共有したいと思います。

では、いってみましょう。

日本ではなぜ、車は左側通行なの?

もうこれは本当に答えられませんでした。
幸い、連日ご案内するお客様だったので、「今日調べて明日お返事します」ととりあえず答えて、帰宅してから調べました。

「これ」というハッキリとした理由は結局不明でしたが、いくつかの説が見つかりました。

1.ナポレオンに支配されるまではすべて左側通行だったが、ナポレオンの支配下に置かれた国は右側通行に変えられてしまった。
日本はナポレオンに支配されていなかったので、左側通行が残った。
2.侍は自分の左に鞘を携帯していたので、鞘と鞘が当たって喧嘩にならないように左側通行となった。
3.侍が馬に乗る時、馬の右側から乗ると鞘が当たって邪魔になるから。

ナポレオン説ですが、ではなぜナポレオンが右側通行にしたのか、その理由ははっきりしていないそうです。
2.も3.もあまり説得力がないように思いますね。

しかし、お客様にはこのことをお伝えしました。

榊の名前の由来は?

ガイドをしていて、説明したことに対して質問をされることがよくありますが、その質問があらぬ角度から来ることが多く(外国人目線で見れば当然といえば当然かもしれませんが)答えに困り、「説明して自爆する」ということが結構起こります。
「日本人にとって当たり前」が、外国人にとっては「非日常」なわけで、日本人にとって盲点となるところを突かれてしどろもどろになる時があります。

この榊についてもそうでした。

そんな事、考えたこともありませんでした。

あなたは分かりますか?

榊は元々、神と人との「境の木」、常に緑なのにちなんで「栄えの木」という意味があったそうです。

昔は榊には様々な種類があったそうです。
共通する条件として、サカキ、クスノキ、オガタマノキ、ヒサカキ、ツバキなどの常緑樹であることが挙げられます。
これは「栄えの木」という意味から来たのでしょうね。

○「神と人との境の木」は、これらの木に鳥居やしめ縄と同じような意味があった
○「常緑=永遠に栄える」

上記のように考えると、なぜ神社にこれらの木がよく植えられているのか、納得ができますよね。

ちなみに、「野生のクスノキはあまり見かけない」とい聞いたことがありますが、そんなことはありません。
それは植林が盛んだった中辺路沿いに限って極端に少ないだけであり、うちの近所にも、大辺路沿いにもたくさんあります。

昔の人が持っている板は、何の意味があるの?(笏)

笏とは、聖徳太子や宮司さん、おじゃる丸が持っている、あの平べったいものですが、これもなぜ持っているのか考えたこともありませんでした。

昔はあの板に式次第を書いていたそうですが、時代が下るに連れて持っている人の威厳を表すものに変わったのだそうです。

ちなみに、この質問は速玉大社の曼荼羅で神武天皇が持っているものを発見したお客様からでした。

以下の質問は、自分で調べて用意してください

以下の質問も、実際にお客様からよく聞かれる質問です。
これらは私が解説しなくても答えられるものですので、あらかじめ答えを用意をしておけば慌てることなく答えられることができると思います。

そういった準備が、お客様から「knowledgeable」と言われる結果になると思います。

  • 日本では、パソコンの文字入力はどうなってるの?
  • ひらがなと漢字はどうやって使い分けているの?

以上、ご参考にされてください。

これって英語でどういえばいいの?

先日、認定試験前の研修で表現や単語に関する質問が出たので、覚えている範囲でおさらいも兼ねてお伝えしようと思います。

シイタケの菌糸:spore

これは、オーストラリアのお客様に教えていただいた単語です。

厳密にいえば違うかもしれませんが、おおまかな部分では当たっているので、もちろんこれで通じます。シイタケを栽培しているところがありますので、案内で遣ってみてください。

発音はご自身で調べてくださいね。

スズメバチ:(giant) hornet

waspでも誤りではないと思いますが、アシナガバチを指す場合もあるので、特にオオスズメバチを指す場合はgiant hornetを使う方がいいと思います。

上皇:Abdicated Emperor

「退位した」「譲位した」という意味です。

よく「retired」を使う方がいますが、retiredは「定年制度がある」というイメージを持たれることが多いので、abdicatedを使う方がしっくりくるようです。

これもお客様に教えていただいた単語です。

ちなみに、名詞形はabdicationです。

また、今年平成31年で今上天皇が退位されますので、海外の方にもよくわかると思います。天皇については関心を持たれているお客様が多く、よく質問を受けるので、今回の譲位でより多くの外国人に理解してもらえると思います。

法皇はMonk Emperorですが、これは私はあまり使いませんね。

いちばん向こうの:at the very end of

「一番向こうの山」って何ていうんやろ?という受験生からの質問に答えたものです。

これもお客様に教えていただいたものです(笑)

ちなみに、「一番下の」はat the bottom of です。

それでは、「山のふたつの稜線の間の、一番下の開けた場所」は何と言えばいいでしょうか?

すこし考えてみてください。

ヒントは、日本語に惑わされないことです。

わかりましたか?

わたしは「an opened area at the bottom of the V shape」と言っています。

これを言えば一発で分かってくれます。

「え?どこ?」と聞きなおされたことはこれまで一度もありません。

これがどこのことなのか、分かる方は熊野古道通ですね(笑)

見晴らし台:viewpoint

lookout platform とか、scenic overlook とか、辞書を調べれば出て来ますが、viewpoint で十分通じます。

ある時、アメリカのお客様を歩いている時、古道が霧で煙って景色が見えない日がありました。

普通は、景色のいいところに来たとしても、霧で何も見えないときは何も言わずに通るのですが、トレッキングに慣れたお客様はだいたいの見当がつくようで、「Mmm, imagination viewpoint!」と言いながらみんなの笑いを誘っていました。

ちなみに、見晴らし台にあづまやがある場合は「gazebo」を使うほうが、お客様はイメージしやすくなります。もちろん、「展望台」という意味もありますので、これは便利な単語です。

尾根の鞍部:saddle

尾根のくぼんだ部分です。ちょっとマニアックな単語かもしれませんね。でも、もちろん通じますので、そういう場所を見つけたときは使ってみてください。

関所:checkpoint / checking station

わたしは「checkpoint」を使っています。

分岐点:junction

分かれ道や合流点ですね。

他にも色々出たのですが、また思い出したら更新しますね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

天皇陛下(お客様からの質問)

前回の更新から約1カ月、更新も放置状態となりましたが、12月も近くなり、繁忙期もそろそろ終わりに近づいてきました。12月~2月にかけては、熊野古道のガイドには文字通り「冬の時代」がやってきます。

この時期をいかに乗り切るかが最大の課題でもあります。

さて、先日あるお客様から、天皇についてたくさんの質問を受けました。

その中かからいくつかピックアップしたいと思います(以下の内容をすべてお伝えしたわけではありません)

■天皇ってどんな存在?

これは日本人でもうまく答えられないのではないでしょうか?

学校ではただ単に「日本国の象徴」としか教えられていませんし。

「象徴」と漠然と言われても子供心に「ふーん」って程度にしか理解していなかったので、大人になるまで、それもここ数年前まで納得のいく答えを見つけることができませんでした。というか、知ろうとしていなかったからですが。これは日本国憲法がGHQによって作成された際「Symbol」という記述をそのまま「象徴」と翻訳したために起こった現象です。

では、天皇陛下とはどんな存在なのか?

一言でいうと「神道の頂点に立つ祭祀王」であり、「祈りの存在」です。

陛下は今でも毎日、国民の幸福・平和を祈り続けておられます。

遠い昔、人々の間には争い事や邪気をぶつけ合うことなどもなく、神の恵みに感謝をし、お互いが和の精神で協力し合う平和な時代がありました。

人々は完璧な清廉潔白であったわけではなく、もちろん善を行うための「磨き砂」として少しの邪気は持ち合わせていましたが、それをうまくコントロールしていたそうです。

しかし、邪気は正の感情の何倍もの強いエネルギーを持っており簡単に増幅してしまう力があります。いつしか、人々の心は神から遠くなり、我欲を持つ人間が多く現れ、邪気をぶつけ合うまでになりました。神は、このままでは人々が神から遠のき、邪気に満ちた世界になってしまうことを危惧され、神と交信のできる人間を遣い、人々の心を正しい方向へと導く存在を世に降ろされました。

それが天皇陛下です。

それでも、歴史的には政治的に利用されたり、暗殺されたり、現在では本当に象徴としか、あえて言葉を悪く言えば飾りになっている感も否めません。そういった状況からか、「天皇は必要ない」という人まで現れ始めました。ただ、ここで勘違いしないでいただきたいのは、元来の天皇の能力を封印させてしまったのは、我々の負の感情・邪気だということです。

■女系天皇ではダメなの?

ダメです。

一見、女系天皇を容認しないのは女性差別と捉えられるかもしれませんが、実際には男性が差別?されているといっていいでしょう。

その証拠に、一般女性は皇族の方々と結婚し、皇族の一員となることができますが、一般男性にはそれは一切許されていません。そこで血統が変わってしまうからです。
血統が変わることは、国号が変わることを意味します。

女性天皇がいらしたことは事実ですが、それは男系の女性天皇であって、女系ではありません。
あくまでも即位した天皇が幼い間の中継ぎであり、結婚さえも許されていませんでした。なので、全員一般男性と結婚はしておりません。

ここで「天照大神は女性なのに?」とおっしゃる方がいますが、はっきりと「天照は女性である」という記述は、日本書紀には「姉」と書かれてはいますが、それが正しいとは限りません。
歴史書は、その時の政権によってつごうのいいように書き換えられるのが常です。
ホツマツタヱが偽書と言う前に、日本書紀や古事記の真偽について語られないのはおかしいと思います。

そのホツマツタヱでは、天照大神(ホツマツタヱでは「アマテル」)はれっきとした男性であり、12人の皇后がいたと書かれています。

また、「アマカミ」とは、国を司る人物の称号であって、現在「天照大神」として広く知られている神様はその8代目アマカミにあたる人物だったそうです。

そして、素戔嗚尊と天照大神の誓約(うけい)の場面ですが、ホツマツタヱでは素戔嗚尊とワカヒメになっています。
ワカヒメとは、イザナギ・イザナミの第一子で、アマテルの姉にあたります。
アマテルの姉に当たるということは当然、素戔嗚尊の姉にもあたります。
ホツマツタヱではワカヒメなのに、日本書紀や古事記ではなぜか天照大神になっています。
ここが、「天照大神は女性」とされた大きな理由だと思います。

「それでも」とおっしゃる方は、伊勢の神宮に奉納されている衣装がすべて男性用だということについてどう説明されますか?

■もし、後継者が今後女性しかいなくなった場合はどうなるの?

時としてこういった難しい質問をされるかたがいらっしゃいますが、本当に素朴な疑問ですよね。

「私の意見として」という前置きをして、過去にGHQによって分離させられた11の宮家を復活させるのが一番だと思いますとお答えしました。

ただ、すでに一般社会の人間となってしまった方々が、皇族復帰を望まれるのかどうかはわかりませんが。

 

以前にも書きましたが、日本は世界の親国であり、天皇陛下はその頂点に立たれているお方です。

その天皇家がなくなれば日本もなくなり、世界がなくなることを意味します。

現在は「象徴」としか認識されていませんが、それでも陛下は日々、私たちの平和、国の安寧を祈り続けられており、その姿勢は歴代天皇と変わりはないはずです。様々な危機を乗り越えながら、万世一系で126代も続いた国は日本より他はありません。これを偶然と言えるでしょうか?それほど天皇家は重要な存在で神によって守られているとしか思えません。また、その国に生まれた私たちも重要な役割を担っていることを自覚し、世界を平和に導くことができるよう、邪気をぶつけ合うことなく、和を以って世界の模範となることが世界平和へのカギとなるのではないでしょうか?

私たちも、天皇家が未来永劫続くよう、祈り続けることが大切だと私は思います。