古代史ホツマツタヱの旅⑤ 神武東征とヤタガラス

神武東征②

橿原神宮

ヒフカ(日向)を発ったカンヤマトイハワレヒコ一行は、大分の宇佐を通り、吉備の国で3年間、戦の準備をします。
その後、再び船団を組んで難波にやってきました。
難波に上陸してから生駒山を越え、ナガスネヒコのいるアスカの宮に向かう予定でした。

しかし、ナガスネヒコの軍は強く、その戦で兄のイツセミコは重傷を負ってしまい、カンヤマトイハワレヒコの軍勢は紀伊水道を南下し、熊野からアスカに向かうことになりました。

途中、大阪のチヌというところで、イツセミコは亡くなります。
また、悪天候の海路の中、実の兄イナヰ、義兄のミケイリを失いますが、ようやく熊野に上陸することができました。
しかし、熊野の山は険しく、一行は道に迷ってしまいます。
そこに現れたのがヤタカラスでした。
その案内のおかげで、宇陀に着きました。

結局、ナガスネヒコは、君主のニギハヤヒに討たれることになります。

八咫烏の話

八咫烏(ヤタガラス・ホツマツタヱでは「ヤタカラス」)の由来について、先輩からは、「咫(あた)」は昔の長さの単位の一つであり、「1咫」が自分の手のひらの中指から親指までの長さ(約20cm)で、羽を広げた大きさが8咫(やあた・約160cm)あるカラスであったと聞きました。

この地方のカラスは、ハシブトガラス、ハシボソガラス、せいぜいミヤマガラスですので、その羽を広げた大きさは約100cmです。

古代史ホツマツタヱの旅 第1巻」では、八咫の鏡の大きさが240cmと書かれているので、1咫あたり10cmの誤差があります。

いずれにしても、現実的にそんな大きな、それも3本足のカラスが実在するわけがありません。

神武天皇の実在性については「ある」とか「ない」という議論が展開されていますが(ナンセンスな話ですが)、八咫烏の実在性については議論されたという話を聞いたことがありません。
天皇とは違ってカラスの話なので、別にいたとかいなかったとかいう議論をすること自体がバカバカしいという感じなのでしょうか。
あるいは、「神話だから」で片付けて終わりなのでしょうか。

八咫烏は実在の人物?

一般に「八咫烏」と呼ばれていますが、建角身命(タケツヌミノミコト)という、れっきとしたお名前があります。
また、速玉大社と那智大社には、建角身命を祀ったお社があります(本宮大社にも1889年の洪水以前はあったようです)

那智の扇祭り(火祭り)で12本の大松明を持つことが出来るのは、八咫烏の子孫である市野々地区の住民とされていました(現在は地区の人口減少で、その担い手が不足してきたため、市野々地区を含む那智勝浦町全体で担っています)

・・・「八咫烏の子孫」です。
カラスが人間の子を産むわけがありません。

玉置神社の駐車場で、うどん屋を経営している十津川村生まれ、十津川村育ちのおじいさんから聞いた話では、おじいさんが小学生の頃、学校で「うち(十津川村)の住民が神武天皇を案内したと習った」という話を聞きました。

その住民とは猟師のことであり、猟師は杖を常に持っていたそうです。
また、毛皮をまとっていました。

「カラス」となった理由については、毛皮をまとい、隊の先頭を飛ぶように速く、険しい山を案内しているその後姿を見た時に、あたかも三本足(両足+杖)のカラスのように見えたからではないか?
という話も聞きました。

「こんな山の中、土地勘のない人間が行けるわけがない」ともおっしゃっていました。
しかし、山のことを熟知している猟師であれば、この問題は氷解します。

つまるところ、多少の脚色があったにせよ、地元の住民が案内したということになります。

今は流石に小学校でそんなことを教えていないでしょうが、おじいさんの世代の十津川村の住民は、それを代々学校で習っていたようです。

十津川村の玉置神社に、八咫烏の話が伝わっているようなので、一度お話を聞きに行こうかと思っています。

あなたは、160cm~240cmの三本足の巨大なカラスが人間の道案内をしたという話と、地元住民が道案内をしたという話、どちらが説得力があると思いますか?

橿原遷都

「カンヤマトイハワレヒコは、ナガスネヒコの乱を無事おさめ、アマノタネコ(アマノコヤネの子孫)と、オオモノヌシ・クシミカタマに、都を遷すので候補地を探すようお命じになりました。橿原がいいとのことです。イハワレヒコも同じ思いであったので、アメトミに宮を作らせました」と、ホツマツタヱには書かれているそうです。

オオモノヌシも役職名

ここで登場する「オオモノヌシ」は、前の記事で記述した「タカミムスビ」と同じく、役職の名前だそうです。
大神神社の御祭神は、「大物主命(おおものぬしのみこと)」とされていますが、本当は「クシヒコ」が正しいそうです。
他にも、祭神としてよく聞く「コトシロヌシ」も役職名です。

ですので、会社でいうところの「部長」とか「課長」にあたるわけであり、「弊社の部長は和田です」という代わりに、「弊社の部長は部長です」といっているようなものですよね。

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