熊野古道伊勢路 二木島峠~逢神坂峠~波田須の道①

さて、この日は正確な距離を測れませんでしたので、撮りまくった写真と所要時間、スポットの軽い説明を交えながら書こうと思います。

8:40 二木島駅

電車が斜めってます(笑)

この日は新鹿駅に車を置き、二木島駅から歩き始めました。
今回すべての行程に共通して言えることですが、目的地に車を置いてから出発地点まで電車、またはバスで移動し、歩き始めるという行程でした。
駅からの道を下ると、クジラの供養塔の説明看板があります。
ここ二木島も、以前は捕鯨の町だったようです。

熊野は我が国捕鯨発祥の地?
この「熊野」とはいったいどこを指しているのか漠然としていてわかりませんが、突き取り式も網取式も太地が発祥とされていますよね。

・・・なんか違うような気がしますが、ま、いいか。

民家の間を抜けると、たった今降り立った駅を見下ろす素晴らしい景色が広がっていました。
こうやって見てみると、三重は特徴的なリアス式海岸だなと、つくづく思います。

一里塚跡とともに、キリシタン灯籠というものがありました。
これは珍しいです。
初めて見ました。

この中にキリシタン灯籠があります。
キリシタン灯籠

当時は信仰の自由がなかったので、隠れキリシタンらが礼拝の対象物として作り出されたとされているそう。
今でこそ信仰の自由がありますが、当時は当時でそれを禁止しなければならなかった理由があったからです。
そもそも、当時のスペイン、ポルトガルなどは、他国を侵略するためにまずキリスト教を普及させるという手順を踏んでいたからであり、現に他国がキリスト教を盾に侵略されている姿を見て指をくわえて黙って見ているようなわが国ではなかったということ、そして、そのキリスト教の宣教師が日本人を捕らえて人身売買をしていたことが分かったからです。
これに秀吉は激怒をし「バテレン追放令」を出し、後の江戸の禁教令へとつながっていきます(バテレン追放令では、個人の信教は自由とされていましたが)

信仰する人に罪はありません。
ただ、当時は上記のような国益を損ねるどころか、亡国の仲間入りをする羽目になってしまうと考えられたから、信仰の自由が許されなかったのです。
そう考えれば、昔の日本人は他国に対してかなり強気だったことがわかります。
現在のような、チャイナの顔色を伺うようなことはしていなかったでしょう。

二階さん、聞いてますか?(笑)

はい、話がそれましたが、そこを通り過ぎると一旦国道311号線に出ます。
少し歩けばいよいよ二木島峠入口です。

9:05 二木島峠入口

伊勢路の番号道標。
峠ごとに立っています。
この場合は、二木島峠と逢神坂峠を合わせたものでした。
背が低いので見過ごしてしまいがちですが、道標が何番まであるのか書いているのでありがたいです。
二木島峠・逢神坂峠は30本。道標は約100mごとに立てられているので、約3km。

苔むした石畳は本当にきれいでした。

9:40 二木島峠

峠の入口からここまで、ゆっくり登って35分でした。

この時はまだ距離計測アプリがきちんと作動していました。
それによると入口から1kmです。
峠の入口から二木島駅までが500mだったので、写真の道標とほぼ同じです。
一方、峠の番号道標は8番だったので、100mごとだとするとちょっと食い違いがあります。

この二木島峠と逢神坂峠には茶屋があったらしいです。
峠の説明にはかならず「茶屋があった」と書いていますので、当時は人の往来が多かったのでしょうね。
今でもあったらいいのに(笑)

峠からは少しなだらかな下りになります。

下りきったところに、写真ではわかりにくいですが、谷がありました。
しばし顔を洗ったりうがいをしたりして休憩をしました。
オーストラリアンが食いつきそうなところです。
いや、私も食いつきました(笑)
本当にきれいでした。

山、川、海を同時に満喫できる・・・伊勢路の魅力ですね。
案外、中辺路沿いにはこのようなきれいな川はほとんどありませんが、伊勢路ではいたる所に流れています。
そしてその水は飲めるくらいのレベルです(とはいえ、飲まない方がいいですよ)

ここからは逢神坂峠への上りです。

逢神坂峠への上りもきれいでした。

10:05 逢神坂峠

逢神坂峠に到着。
「おうかみざか」とは、伊勢と熊野の神が出会ったところとか、狼が多かったことから名付けられたとも言われているそうです。

元々あった地名に、同じ音の漢字を当てることが往々にしてあったため、その土地の名の由来が分からなくなっているところが多いようです。
中辺路では現在「近露」とされている地も、藤原宗忠の日記(1109年)には「近津湯」と書かれています。
おそらく、この場合の「逢神」は当て字でしょうね。

番号道標は14番、二木島峠からの距離はアプリで900mでした。
地図に番号道標の記載がないのが残念です。
せめ峠の番号だけでも書いておいてほしいですね。
そういえば、手書きのイラスト地図をいただきましたが、それには書いていましたね。
ちなみに、スタンプ台がありました。
集めるつもりはなかったのですが、QRコードでスマホに取り込むことができるのでやってしまいました。
結構便利です。

ここからの下りがちょっと大変でした。

下りは長くすこしきつかったですが、私はここがツボでした。
何度も振り返り、石畳の美しさに見とれていました。
しかし、中には急なところもあり、雨が降れば危ないので、その時は止めにするほうがいいでしょうね。

延々と続く下り・・・
振り返ると「ご褒美」の景色が。

約900m下ってきました。
新鹿側登り口まで700m。
まだまだ下ります。

時折振り返って「ご褒美」を眺めます。

いよいよ終わりか・・・と見せかけて・・・

もうちょっと下ります(笑)

11:05 新鹿側登り口

ようやく新鹿側登り口に。
波田須の道への道標がありました。

二木島峠の入口から、ゆっくり歩いてちょうど2時間でした。

新鹿海水浴場で少しトイレ休憩をし、波田須の道へ向かいました。
海水浴場駐車場のおっちゃんと少しお話をしましたが、例年に比べるとお客さんの数は少ないそうです。

今日はここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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