今回伊勢路を歩いて感じた事、驚いた事などを書きます。
熊野古道に関しては、過去の記事をご参照ください。
今回は「その周辺事情」について書きたいと思います。
伊勢路(三重)のトイレ事情
伊勢路を歩いてまず思ったことが、「三重県のトイレ整備がイマイチ」ということでした。
和歌山では、仁坂知事主導の元「おもてなしトイレ大作戦」が展開され、全部とは言えませんが、現在ではほぼどのトイレに入っても快適に使用できるようになりました。
その感覚のまま、三重に来て愕然としたのが「トイレの汚さ」「洋式化が進んでいない」です。
和歌山ではどんな小さな駅でも、小ぎれいなトイレがだいたい備わっていますが、三重の駅にはトイレすらないところもありました。
忘れもしない初日、トイレをしたくなったが、もうすぐ三野瀬駅に到着とこともあって少し我慢をして駅でしようと思っていましたが、何と、駅にはトイレがありませんでした。


和歌山の感覚で行くと、えらい目に遭いますよ。
仕方なく、三浦バス停まで歩いて、近くのガソリンスタンドでお借りしました。
トイレをどこかでお借りするなんて、一昔前の感覚です。
古道沿いでは、ある程度整備がされていましたが、歩くコースを駅から駅と謳っているのであれば最低限、駅に普通のトイレは必要です。
あっても使用をためらうほど汚いところが多く、がっかりしました。
なので、後半はどんなトイレか見るのすらやめ、駅でのトイレを当てにしないようにしました。
トイレチェック
三木里駅:汲取式に蚊が十数匹乱舞するありさま。異臭もすごかったので断念
波田須駅:男子用は便器がなく「溝」にする方式 。大の方は汲み取り式
二木島駅:「溝」に男子便器を後付けした?結局便器下のバイプから溝に流れる仕組みのようだった。しかし、これまで見た中では一番マシだった。
「あるだけマシ」と言われればそれまでですが、その感覚がお客様に受け入れられるとは限りません。
また、古道沿いのトイレも和式が多く、外国人を受け入れるのであれば、そのあたりの整備も必要なのでは?と感じました。
バス運賃の支払方法は進んでいる
次に、バスに乗った時の感想です。
三重交通さんはすでに運賃支払のICカード化が進んでおり、PiTaPa や Pasmo や SuicaといったICカードでの支払いができます。
この点では、和歌山は遅れているな、と感じました。
一度、和歌山県の職員の方とICカード化についてお話をしたことがありますが、導入と管理で莫大な資金(数千万単位)が必要とのことで、バス会社はなかなか導入に踏み切れていないとお聞きしました。
しかし、春と秋の繁忙期ともなると、運賃の支払いで運行に遅れが生じていることも事実です。
本宮発、新宮行きのバスを新宮で待っていると、10分遅れなんてザラにあります。
時には30分遅れなんてこともあります。
慣れない現金での支払いに苦慮する外国人のお客様のためにも、ここは和歌山県には頑張っていただきたいところです。
「電車」ではない
勝浦駅で見たことがあるので知ってはいましたが、三重方面への電車は「電車」ではなく「列車」です。
ディーゼルエンジンで動いています。
初めて見た時、驚きと感動でした。
(決してバカにしているわけではありません)
「一度乗ってみたい」とかねがね思っていましたので、初めて乗った時は初動のエンジン音が聞こえて楽しかったです。
・・・というか、子供の頃に乗っていたはずなんですけどね。
おそらく、ディーゼルエンジン車なのは、三重の地形にあると思います。
山が密接にそびえ、架線の整備が難しいからなのではないでしょうか?
よく分かりませんが。
熊野古道を歩いている時に何度か、ハイブリッドの車両が走り抜けるところを目撃しました。
窓にすべてカーテンをしていたので試験走行だと思いますが、これが次世代「特急南紀」なんでしょうね。
電車運賃は車掌さんに
電車に乗ったまではいいが、支払い方法がわかりませんでした。
車両は新しくて快適でしたが、どこを見てもICカードをかざせるような装置が見当たりません。
しばらく座っていると車掌さんが現れ、どこまで行くか聞かれました。
行き先を告げ、車掌さんに現金で運賃を支払って終わりです。
領収書のようなものをくれ「これを下りる時に係に渡してください」と言われたり、領収書なしで「そのまま降りてください」と言われたりで、何を基準にそう言っているのか、ちょっとよくわかりませんでした。
また、駅から駅の距離が近い時は「どこまで行かれますか?なら、もう少し先で時間がありますので、あとからまた来ます」と言って、慌てて他の乗客の対応をしていました。
次の駅で下りる乗客の精算を済ませておかなければならなかったからです。
車掌さんも大変です。
一度に大勢乗って来られたらどうするんやろ?と思いました。
クマがいるようです
歩いていると時々、「クマに注意」の看板を見かけました。
幸い私たちは遭遇しませんでしたが、伊勢路にはクマがいるようです。
熊よけの鈴などを持たれた方がいいでしょうね。
・・・私たちは持っていきませんでしたが。
なにせ、和歌山の感覚で行っていましたので。
あ、小辺路を歩く時は持っていきますよ。
しかし、先日8月8日、伏拝地区でクマの目撃があったそうです。
「中辺路にはクマはいません」
とは、なかなか言いづらくなりましたね。
おそらく、いたことはいたのでしょうけど、歩く人が急激に減ったことも原因の一つに挙げられるでしょうね。
以上、今回の伊勢路を歩いて感じた事、驚いた事でした。
また何か思い出したらアップするかもしれません。
古道にまつわる話が江戸中心
8/16、思い出したので加筆をしておきます。
説明板には、中辺路(正確には「紀路」)と伊勢路は平安時代から開かれていたというようなことが書かれていました。
この説明を初めて読んだ時、「ん?ほんまか?」と思いました。
私の勉強不足だったらすみません。
しかも、平安時代の話がまったくと言っていいほどなく、江戸時代の話が圧倒的多数を占めていることも、私の疑念をさらに深めることになりました。
後から考えたのですが、これはおそらく、江戸になってからお伊勢参りや、西国三十三所巡りが爆発的な人気を博したことと、時の紀州藩が大規模に街道を整備したことにより、庶民の記録の絶対数も相当なのものになったからだと思います。
また、時代的にも比較的新しいので、保存状態が良かったという点もあったのでしょう。
現在の紀伊路・中辺路には、平安時代の話が残っていますが、上皇・女院あわせて150回近く熊野に詣でているにも関わらず、記録が残っているのはそのうちのわずかでしかありません。
それを考えると、上皇・法皇が熊野詣に利用することがなかった伊勢路に関して記録が残るわけもなく、また、仮に一般の巡礼者が記録を残したとしても、その一般人が現世までそれらを保存することは極めて難しかったからでしょう。
時代の厚みという点では少し残念な気がしました。
