串本町に入ってから間もなく、左車線にガードレールが現れます。
車に気をつけながら渡ると、広い歩道?がありますので、そこを通ります。


「ようこそ串本町へ」の看板があります。
その近くが三叉路になっていて、道標が立っていますので、そこを左に進みます。


山道の終わりにお墓があります。
ここを直進です。


お社の横を通ります。
以前、上野さんに案内していただいた時、ここに生えているタブノキの説明をしていただきました。
線香の原料は杉の葉ですが、それだけでは棒状にならないので、タブノキの葉をつなぎとして使います。
紀南地方には、このタブノキがたくさん生えているため、昔の子供たちはその葉を集めたそうです。
そして、串本方面(だったかな?)から定期的に買いに来る人にそれを売って小遣いを稼いだとか。

お社を過ぎると再び国道です。
このコースは国道→熊野古道と目まぐるしく出入りします。
初めて歩いた人は、多分間違うと思います。


ここは歩道が狭くなっていて非常に危ないです。
車の気配がない時を狙って一気に抜けます。

しばらく歩くと分岐が出てきます。
道標に沿って進みます(写真の分岐を左折です)



そして和深の集落に出ます。
大辺路は、こういった集落の中を通ることが多いですのですが、わたしは結構この雰囲気が好きです。


おおな伝説の看板があります。
おおなとは、「大菜」で、高菜の別名だそうです。
その大菜が取れる頃にこの魚が取れることから「おおな魚」と呼ばれるようになったそうです。
この「おおな魚」、標準和名は「イシナギ」です。
イシナギはハタ科の魚です。
もうないかもしれないですが、白浜の釣具屋にこの魚のバカデカい魚拓がありました。

伝説については、こちらの看板に書かれています。
見えないって?
要約すると、昔むかし、凍りつくような寒い日のこと、一人の僧が空腹と寒さに疲れ切って和深の村にたどり着いた。
僧は村の人に食べ物をお願いしたところ、自分が食べるはずだった弁当を差し上げたところ、その僧はたいそう喜んだ。
そして「この一里沖に大きな魚がいるから漁に行きなさい」とお告げをして去っていった。
翌春、漁師たちは不漁にあえいでいたが、ふと僧の話を思い出し、僧の指定したところに行ってみると、見たことのない大きな魚が釣れた。
「あの僧は弘法大師だったのだ。お大師様のお恵みじゃ」と、村人はたいそう喜んだ・・・
こんな感じです。


集落を抜け、和深駅へと進みます。


和深駅に向かって右、階段があります。
この階段が昔の熊野古道だったそうです。
今は国道に分断されて通行できないとのことです。
大辺路は、国道と鉄道に結構破壊されているのが残念です。


今日はここまでです。
細切れですみません・・・
