
私たちは学校で世界の「四大文明」を学びました。
エジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明、黄河文明・・・
時代は清の国。
この頃、多くの留学生が日本にやってきました。
その多くは、辛亥革命から自国の誇りを持っておらず、自らを蔑んでいました。
そこで励ましたのが日本人でした。
「チャイナには黄河文明というものがあるではないか」と。
その留学生たちが本国に帰って本を書きその支持が広がったという経緯があります。
その「黄河文明」、5000年前の文明だとされていますが、実は年代が適当です。
当時日本は皇紀2600年くらいでした。
彼らは単純に「その倍でいいだろう」という決め方をしました。
これだけです。
長江文明
黄河文明より遡ること約2000年、長江流域には、高床式倉庫があり、稲作の文化がありました。
これを長江文明と言います。
ということは、チャイナにおける文明の発祥は、黄河からではなく、長江流域となります。
そしてこの「黄河文明」を興したのはモンゴロイドではないと証明されています。
これを興したのはコーカソイド(白人)でした。
明日はこの続きをお話します。
