神社での参拝方法を分解する ~合掌編~

今日は神社での参拝方法を分解する「合掌編」です。

そもそも合掌の起源とは?

合掌の起源って何でしょうか?
Wikiにはこのように書かれています。

日本では仏教に関する儀式の際に行われるだけでなく、お詫びをするときやお願いをするときに、相手を持ち上げるための仕草として使う例もある。

また、食前食後の挨拶の際に合掌する例もあるが、これは仏教由来の習慣である。

神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道の礼拝では、合掌はしない)。

つまり、合掌は仏教伝来であるということですね。

合掌の起源は5000年前?

「いやいや、仏教伝来以前から合掌はあった」という説もあります。
合掌の語源はサンスクリット語の「アンジャリ」という語が仏教に取り入れられ、漢字に訳されて「合掌」となったそうです。
https://www.zen-essay.com/entry/gassyo

国宝・合掌土偶

平成9年、青森県八戸市、風張1遺跡から出土した縄文時代の土偶の中に、合掌をしているものが発掘されました。
この土偶、縄文時代後期のもので、約3500年前のものと推定されています。

仮にこれが本当に信仰を表しているものであれば、合掌は仏教が誕生する遥か前から、日本に存在していたことになります。

神道に合掌はない?

Wikiの記述に

神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道の礼拝では、合掌はしない)

とありますが、「二礼二拍手一礼」の一連の拝礼のなかで、だいたいの人は「二礼二拍手」の後に合掌をして祈ります。
ただの形式的な参拝(団体で参拝する時など)であれば祈りの部分はないかもしれませんが、個人的に参拝する人はだいたい祈っていますよね。
なので、このWikiの記述は適当ではないということになります。

それを言うなら、「拝礼の一連の動作の中に合掌が含まれている」とするのが適当だと思いますがね。

合掌の形

ということで本題です。

その祈りをする際の手の形が、小笠原流では細かく指導されています。

まず、手の形ですが、人差し指、中指、薬指の三本を揃え、親指と小指をそのやや内側に添えます。

この時の手の形を横から見た時、ゆるやかな弧を描くような形にします。
ちょうど水を掬うような形です。
座った時に膝に手を置いたり、立っている時に両足に手を添える時なども、この形が基本となります。

指を開くことは口が開いているのと同じでタブーとされています。

次に両手を合わせます。
この時、両手の親指と人差し指で二等辺三角形の空間を作ります。

脇を張らず自然に締め、胸の前で手を合わせます。

柏手から合掌まで、細かい一連の動作がありますが、それはまたの機会にご紹介します。

神社での参拝方法を分解する ~柏手編~

今日は、神社での参拝方法を分解する・柏手編です。

柏手(かしわで)の語源は定かではありませんが、拍手(はくしゅ)の誤写であるとか、手を合わせた形が柏の葉に似ているからとか、昔は柏の葉に食事を盛り、感謝の意味を込めて手を打っていたことに由来するという説があります。

まあ、とにかく手を打つことです。

今日はその柏手の作法について、一般に「作法」とされている打ち方と、小笠原流での打ち方を照らし合わせてお話をします。

神社本庁と小笠原流の違い

神社本庁では

「胸の前で両手を合わせ、右手を少しずらします」

としています。
これは神社本庁だけではなく、この作法が一般的とされています。

一方、小笠原流では右手をずらすことはせず、揃えたまま打ちます。

右手をずらす意味、ずらさない意味

では、右手をずらす意味とは何でしょうか?
所作にはおおかた、そうなった理由があるはずです。

一つは、神への敬意を表すためであるとされています。
陰陽の考えに基づくものだと思いますが、左が陽で神、右が陰で人を表すことから、右を少し下げるのだという考え方です。

もう一つは、柏手を2回打ったあとでずらした右手を揃えますが、これは右手がずれている時点ではまだ神と一体になっておらず、その後に指を揃えることで初めて神と一体となり、その力を得ることを表すのだとか。

また、手をずらすことにより、よりはっきりと音が鳴るからとも言われています。
はっきりとした音は神様にも伝わりやすいのでは?と言われているとか。

では、小笠原流はなぜそういった考え方がないのでしょうか?

理由は単純明快です。

「手をずらして打つのは人を呼ぶ時」

本来、手をずらして打つ動作は「ご飯が出来たよ~」など、人を呼ぶ時にしか打たないそうです。
なので、小笠原流では「神様用」と「人間用」で、打ち方を区別しているんですね。

また、手をずらして打つことではっきりとした音が鳴るといいますが、練習すれば揃えた状態でもはっきりときれいな音が出せます。

「二礼二拍手一礼」が「作法」となったのは、戦後とか明治時代とか言われていますので、長い長い神道の歴史から見てつい最近のことです。
それまではその土地や社によって、あるいは人それぞれの参拝方法があったものだと思います。

柏手の「右手をずらす」という作法も、戦後の後付けかもしれませんね。
なんでわざわざ「神様とまだ一体でない」という状態を作り出す必要があるのか、その意味がわかりません。
ならば最初から「神様と一体でありますように」という願いを込めて揃えて打つ方が理に適っていると思いますがね。

どちらをお客様にお伝えするか(あるいは両方をお伝えするか)はおまかせしますが、「常識」とされていることが、実はその理由がそんなに説得力がなかったなんてこともあります。
この柏手の例も私はそう思います。
常識を疑ってみるとか、その理由を探ることも大切なのかもしれませんね。

手を開くのは肩幅まで

ガイドの中には「さてみなさん、お手を拝借ぅ~!」と言わんばかりに両手をいっぱいに開いて柏手を打つ人がいます。

入門 小笠原流礼法によると、武家社会では直垂(ひたたれ)のように袖の大きな装束を着用した場合は手をいっぱいに開いて打っていたそうですが、現在のような洋服や着物では、そのような所作は不自然です。

小笠原流でも、神社本庁でも、手を開く幅は肩幅までとされています。

直垂については、装束の種類(直垂)をご参照ください。

今日ご紹介した柏手を始め、姿勢、室内出入りの作法、物の持ち方・受け渡し、訪問・来客の作法、和服の扱い、暮らしの心得、食事の心得など、小笠原流礼法の初歩を網羅しています。
本書に書かれている作法は本当に無駄がなく、体の構造に沿った非常に美しい所作です。
勉強して損はないと思います。

恥ずかしくない作法で正しく人と接していきたいものですね。

様々な作法が網羅された「入門 小笠原流礼法」はこちら↓

神社での参拝作法を分解する ~拝礼編~

今回は、神社での参拝作法を分解すると題してお話をします。
神社での参拝は、一般に「二礼二拍手一礼」とされていますが、ただ単にすればいいというわけではありません。

ガイドでさえも、残念な参拝作法をよく見かけます。

日本の民間外交官である通訳案内士が、所作の崩れた参拝作法を教えることは避けたいものです。

やはり所作の美しさがなければ、相手(神様)にも誠実さが伝わらないでしょうし、内面の心の在り方が所作にも現れるのではないでしょうか。

また、普段から美しい所作を心がけることは、日常生活においても相手への敬意をきちんと表すことにもつながってきますので、ないがしろにしないように心がけたいものです。

そこで、「二礼二拍手一礼」の中から、今日は礼だけを取り出し、神社本庁などで紹介されている作法と、小笠原流礼法講座で習ったことを照らし合わせてお話しようと思います。

小笠原流とは?

小笠原流とは、礼法・弓術・弓馬術の伝統のすべてを意味するもので、約800年の歴史があります。
礼法はその一部ですが、鎌倉時代から江戸時代の武士の礼法で、弓術と弓馬術が結びついたものです。

「流鏑馬」と聞けばピンとくる方が多いのではないでしょうか。

現在は、小笠原清忠氏が三十一世(!)宗家となっています。

最敬礼とは

さて、本題です。

社本庁では、90度に体を曲げて礼をすることが正しい作法とされています。
よって、体を90度に曲げることが、最敬礼と言ってもいいでしょう。
神社本庁/参拝方法

伊勢の神宮では、動画では特に角度については言及していませんが、HPには「90度に腰を曲げ」と書かれています。

小笠原流礼法での礼の定義では、体の角度ではなく、手の置き位置によって決まります。

体は「主」であり、手は「従」、つまり、手は体の影であり、手は体と一体で動くものです。
なので、体型や腕の長さによって、その人にとって一番深い礼が決まるものであって、角度ではありません。

小笠原流礼法での一番深い礼とは、現在では指先が自分の膝頭より少し上と、私は習いました。
江戸までは膝頭の下に指先が来ることが一番深い礼とされていたそうですが、体勢維持の観点からも不自然であることから、現在は膝頭の上になったと聞いた記憶があります(違っていたらすみません)

指先は膝頭の少し上

また、参拝作法から外れますが、現在は手をおへその辺りに組んで礼をする人(そのように指導している職場)や、バランスを取るためにお尻に手を当てて礼をする人がいますが、これは不自然な礼です。

特に、腕を前に組んでの礼には強い違和感を覚えます。
いつからあんな礼になったのでしょうね。

また、個人的な考えでは、体を90度に曲げる礼も、不自然な礼に映ります。
90度に体を曲げること自体知らない人もいるでしょう。
また、仮に知っていても「周囲の目があるから恥ずかしい」と思っている人もいるかもしれません。
そのような理由からか、体を90度に曲げて参拝している人をほとんど見かけたことがありません。

礼の姿勢

礼の姿勢も重要です。
手に意識が行くあまり、体が曲がっていては美しい礼ではありません。
体を丸めた礼にならないようにないようにするためには、襟がすかないように意識をすると体が真っ直ぐになります。

よく接客マニュアルなんかで「何度に体を・・・」と言っていますが、あれはあくまでも目安であって、重要なのは手の位置だということです。

礼はあくまでも手の位置によって深さが決まるものであり、体の角度ではないというお話でした。

今日ご紹介した礼を始め、姿勢、室内出入りの作法、物の持ち方・受け渡し、訪問・来客の作法、和服の扱い、暮らしの心得、食事の心得など、小笠原流礼法の初歩を網羅しています。
本書に書かれている作法は本当に無駄がなく、体の構造に沿った非常に美しい所作です。
勉強して損はないと思います。

恥ずかしくない作法で正しく人を接していきたいものですね。

様々な作法が網羅された「入門 小笠原流礼法」はこちら↓