スクナヒコナとアワシマさん

スクナヒコナ(少彦名命)は、和歌山では「淡嶋さん」として知られている、加太・淡嶋神社の御祭神です。
ホツマツタヱにもスクナヒコナに関する記述があります。

スクナヒコナは、トヨケカミ(アマテルカミの師)のお孫さんです。

スクナヒコナの登場シーンは、記紀にも描かれています。
はじめてのホツマツタヱ 天の巻には、このように書かれています。

オオナムチが淡海(おうみ)のササ崎にいると、舳先に鏡を掲げた船に乗った人物が漕ぎ寄せて来ました。
鏡の船はアマカミ一族の象徴であることから、オホナムチは湖岸から名を聞きましたが、その人物は答えずに黙々と船を漕ぎ続けています。
オオナムチの近習で、諸邦との連絡役にあるクヱヒコが、その人物を見知っていました。

「あの方は、子だくさんで知られたカンミムスビの御子の中でも、安穏な貴族教育を嫌って早くから親元を離れ、諸邦を遍歴しながら研鑽を積み、今や万般に通じた高邁な人物として、評判の高いスクナビコ様に違いありません」

スクナヒコナは、オホナムチに積極的に協力するようになり、様々な問題を共に解決していきます。
また、滞在中にカダガキ打ちの琴歌を習い、この地(アワシマ)の人々が知らないひな祭りを教えました。

その後、スクナヒコナはこの地を離れ、加太の浦に至って生涯を終え、淡嶋神社の御祭神として祀られました。
スクナヒコナの別名は、アワシマカミと言います。

淡嶋神社の縁起には

その昔、神功皇后が三韓出兵からお帰りの際、瀬戸の海上で激しい嵐に出会いました。
沈みそうになる船の中で神に祈りを捧げると、お告げがありました。
「船の苫(とま)を海に投げ、その流れのままに船を進めよ。」
その通りに船を進めると、ひとつの島にたどり着く事が出来ました。
その島が、友ヶ島です。その島には、少彦名命と大己貴命が祭られていて、
皇后さまは助けてくれたお礼の気持ちを込めて、持ち帰ってきた宝物をお供えになりました。
 その後、何年か経ち、神功皇后の孫にあたられる仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来られ、
いきさつをお聞きになりました。そこで、島では何かとご不自由であろうと、お社を対岸の
加太に移され、ご社殿をお建てになったのが、加太淡嶋神社の起こりとされています。

と書かれています。

淡嶋神社の御祭神は、少彦名命と大己貴命(おおなむじのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)です。

スクナヒコナとオホナムチは、こうして一緒に祀られることが多いようです。
このことは、記紀からも、ホツマツタヱからも読み取ることができますね。

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