ヤタの鏡①

ホツマツタヱでは、歴史の話だけではなく、生活に関することや指導者としてどうあるべきかという類の話題など、多岐に渡ります。

一つ例を挙げると、生命が胎内に宿ってからどうやって男女に分かれていくのか、子供を身ごもる前のお母さんの呼吸数と、身ごもったあとの呼吸数はどう変化していくのか・・・ということが書かれています。

詳しくは後でご紹介する書籍を実際に読んでいただくとして、このブログでは、主に和歌山に関する話題を取り上げていきたいと思います。
・・・たまに趣旨からそれるかもしれませんが。

カガミの由来

ホツマツタヱは「神代文字」と呼ばれている「ヲシテ文字」で書かれています。
ヲシテ文字は48字あり、今の五十音と同じ文字数です。
ヲシテ文字とひらがなの決定的な違いは、ひらがなは表音文字なのに対し、ヲシテ文字は表意文字と表音文字を兼ね備えているということです。

ですので、一音一音に意味があります。

さて、カガミという単語ですが、「カ」と「ガ」と「ミ」それぞれに意味があります。
「カ」というのは昼間であり、光の部分、「ガ」は逆に夜であり闇の部分、「ミ」は人の身という意味でもあり、「見」という意味があるそうです。

アマテルカミがハタレの乱のあと、民それぞれが自分自身を顧みて反省を促すために八咫鏡を加え、三種の神器としました。

ハタレの乱については、こちらこちらを参照してください。

己の「光と闇」を、鏡を通して映し出し、その姿を「見」て、道を外した行動や考えをしていたなら「闇」を取り除き軌道修正をすることが大切だということを、アマテルカミは説いたのだと思います。
そして、これは古代史ホツマツタヱの旅 第1巻著者・いときょう先生がおっしゃっていた言葉ですが、鏡を置く理由は、鏡に神を招いて、鏡を見て自分の心を直すことにあり、「カガミ」の闇の部分である「ガ」を取り除くと「カミ」となり、それが人間本来の有様だということを説いたそうです。

ここでいう「カミ」とは指導者とのことで、昔は指導者を「カミ(またはキミ)」、指導者に従って行政を行う人を「トミ(またはオミ・臣)」、民衆を「タミ」として、それぞれの役割をまっとうして国が成り立っていたそうです。

なので、「君が代」とは「キミ」が治める「代(世)」ということになります。
この「キミ」とは、「アマカミ」のことなので、今の天皇陛下ということになります。
君が代については、また機会があればお話をしたいと思います。

先程の子供ができる仕組みが書かれている本はこちらです(画像クリックでリンク先に飛びます)

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