
今回は天皇についてです。
外国人を案内していると、天皇について質問を受けることが少なくありません。
あなたは天皇について外国人に説明をする時に、どう説明していますか?
日本国憲法における天皇
日本国民統合の象徴・・・何だかよくわかりません。
よく「象徴」「象徴」と耳にしますが、では、その「象徴」って、いったい何ですか?
現在の日本国憲法は、戦後GHQによって作られたものであることは、ご存知の方も多いと思います。
青山繁晴氏曰く、これはGHQが憲法を作成した時、天皇陛下のことを「symbol」と表したことによるとされています。
この「symbol」がそのまま訳されて「象徴」となったわけです。
天皇は、単に「象徴」と一言で片付けられるほどの存在ではありませんよね。
明仁上皇が天皇として在位されていた時、「象徴としての務め」というお言葉を発しておられましたが、戦後に天皇の地位が漠然と「象徴」と位置づけられたことで、戦後における天皇像とはどういうものか、当時の陛下ご自身、相当悩まれたことだと思います。
天皇陛下自身が、天皇のあり方について分からないということは、滑稽としかいいようがありません。
それは単に「象徴」と一言で片付けられたことが原因でしょう。
大日本帝国憲法では
一方、GHQに「改変」される前の「大日本帝国憲法」はどうでしょうか?
単純明快です。
戦前までの天皇とは、本当の意味で国を束ねる存在であったわけです。
木花咲耶姫様の御神示
「いきなり何だ!」と思われるかもしれないですが、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)という神様がいらっしゃいます。
コノハナサクヤヒメ様といえば、ニニギノミコトとの間に三人の御子(火遠理命、火須勢理命、火照命)をもうけます。
記紀では、一晩でコノハナサクヤヒメが身ごもったことを不審に思ったニニギノミコトの疑いを晴らすため、出入り口の無い産屋に火を放って三人を出産します。
その三人の御子の中の火遠理命から鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)が生まれ、ウガヤフキアエズノミコトから神武天皇が誕生します。
ですので、神武天皇から見れば、コノハナサクヤヒメはひいおばあさんです。
世の中には「シャーマン」と呼ばれる、いわゆるあちらの声が聞こえる方々がいらっしゃいますが、その中のひとりに天杵万乃(あまきまの)という方がいらっしゃいます。
天杵万乃さんは数学が得意で、数学の塾で講師をしていた経歴があり、数字を見ると勝手に因数分解をするほど数字が好きだったそうです。
元々、彼女自身はそういった存在など信じておらず、仏壇の扉も普段は閉めっぱなしにしているほど信心がなかったそうですが、ある日、病の床に伏している時にはっきりと「木花咲耶姫」という字が浮かび上がり、それからというもの、彼女と思われる存在からメッセージが届くようになったそうです。
当時は、突然自分の身に起こったこと(メッセージが聞こえる)に対して、「自分は気がおかしくなったのではないか」と思い、悩まれたそうですが、繰り返し受ける様々な話の内容が、あまりにも筋が通っていることから、彼女の存在を信じるようになった(せざるを得なくなった)そうです。
そしてそれらのメッセージを、世間の人々に発信しなさいという言葉を受けます。
ちなみに、メッセージが降りてくる時は、日本語ではなく数字が降りてくるような感覚だそうです。
私は5、6年前に彼女のブログを拝見し、その記事すべてを読みましたが、どれを取っても一本スジがきちんと通っており、このメッセージは間違いがないという確信に至りました。
(でないと、ここで紹介しようなんて思いません)
残念ながら、当時読ませていただいたブログのURLが2回ほど変わっており、今はそれを読むことはできませんが、現在でも、当時に受けたであろうメッセージを含めて、発信をされています。
興味のある方はこちらからどうぞ。
さて、前置きが長くなりましたが、その「神示」の中で、天皇についていくつも触れられていますが、その中の一つを引用させていただきます。
食べものも少なく、文明の発達も穏やかなりし頃、神は人を愛で、人は神を尊び感謝捧げ、人の魂も美しく輝けり。
神は人に我を与えん。
そは人が発展し向上し、さらなる成長図るためのものなり。
なれど長き時流れ、文明発達し食べものも豊富となるにつれ、人は少しずつ神から離れ、その我は神の思いに反し我欲として増長せん。
さにて神は常に神と交信し神の道から離れし人を正道にいざなう役割を担い神に仕える人、天皇陛下を定めん。
人が正道にありて、更なる発展を正しく遂げるために天皇家は存在す。
さなれば日の本復活には、天皇陛下が神世の時、神より与えられたる本来の役割取り戻さねばならぬものなり。
つまり、神と交信ができ、その教えを用いて民を正しい方向に導く存在ということになります。
ホツマツタヱでは?
ホツマツタヱではどうでしょうか?
いにしえの あまつちうびの
きはなきに きさしわかるる
あうのめを をはあめとなり
つきとなる かみそのなかに
あれまして くにとこたちの
とこよくに
このクニトコタチが、最初に出現された神です。
ここでいう「神」とは、「守(カミ)」であり、国の政(まつりごと)を司る存在、国の指導者という意味だと思います。
そして、クニトコタチが初代アマカミであり、のちの「スヘラギ」「すめらみこと」「天皇」と呼ばれました。
国の名は「日本」ではなく「トコヨクニ」と言ったそうです。
・・・そもそも、「天皇」って、漢語読みですもんね。
なので、「天皇」と呼ばれるようになったのは、漢字が入ってきてからでしょうね。
国の指導者という点では、先程の天杵万乃さんのブログの内容と重なる部分がありますよね。
そして、大日本帝国憲法に見る、戦前の天皇についての解釈も、ほぼ間違いがなかったということになります。
おかしくなったのは戦後からです。
まとめ
「天皇」とは元々、民を導く存在であり、神(アメノミオヤカミ)の意思から離れて行った人々を、再び正道へと導くための存在だったということが、おわかりいただけるのではないかと思います。
そして、天皇とは祈りの存在であり、神道の頂点に立つお方です。
陛下は「象徴」となってしまった今でも、毎日国民のために祈ってくださっています。
現在は、天皇不要論みたいなものを主張する輩がいるようですが、とんでもないことです。
天皇がなくなれば、世界の親国である日本の終わりを意味し、世界の親国の終わりは世界の終わりにつながるということを、肝に命じてほしいですね。
