チャイナは人喰い文化
漢民族というのは、古来より人体改造思想があり、纏足(てんそく)や宦官(かんがん)などを平気でしてしまう民族です。
いわば、人間と動物の区別がついていないということです。
その中に、「人喰い文化」というものがあります。
肝臓の悪い人は、いい肝臓を持っている人の肝臓を取って食べれば元気になると考えていたり、戦で兵糧攻めに遭った場合は子供を食べて飢えをしのいだり、戦に勝てば、相手国の地主、資本家、反革命分子たちを殺して、その心臓や肉を食べたり・・・ということを平気でしています。
あの孔子でさえも人肉の塩辛を食べていたと言われています。
また、以前の記事にも書きましたが、三国志の中でも人喰いのことが描かれています。
人肉用の人間を飼育していたという話や、文化大革命でも人喰いがあったと言われています。
このように、人喰いについて調べるとあらゆるところでそのことが描かれているので、これは本当にあったということなのでしょう。
そして、人を人として扱っていないがため、人を殺すことに何の躊躇もありません。
このような背景が、「ウイグル人を虐殺し臓器を取っても何とも思わない」という発想になるのでしょう。
とにかく彼らはウイグル=敵であり、「その敵を殺している」という感覚しかありません。
文明化に必要な2つの指標
藤井厳喜氏は、人類の文明化には2つの指標が必要だと言っています。
一つは、人肉喰いをやめること
もう一つは、近親相姦をやめること
だそうです。
近親相姦については、古来よりチャイナでは禁止をしていますが、人肉喰いは依然として残っているようです。
そのような国は文明化できていない野蛮民族であり、こんな国が核兵器を持ち始めたということは、人類の脅威だと述べています。
まったくその通りだと思います。
そして、文明化が出来ていない大きな原因というのが、無宗教によるものだと、トゥール・ムハメット氏は主張しています。
世界三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)では、人はどこから来て、死ねばどこに行くのかということが教えとしてありますが、チャイナの儒教、道教はこれらについては述べられておらず、この世をいかに生きるかということについてのみ、書かれているそうです。
儒教は大人が小人をいかに支配するかという「支配論」であり、道教はこの世をいかに長生きして楽しみを味わうかという「快楽論」についての教えです。
よってこれらは「宗教」ではなく「思想」です。
このような考え方であるがゆえ、たとえば車で子供を轢いてしまった場合に、その子供がまだ生きていれば再び戻ってもう一度轢いて殺してしまうということが平気でなされるわけです。
「支那人は唯物論者だ」
京都大学の有名な支那文学者・吉川幸次郎氏が「支那人は唯物論者だ。五感で感じることしか信じない」と言ったそうです。
この吉川幸次郎氏というのは、支那服を着て、支那飯を食べ、支那語を話し、支那人に間違われることを喜びとしていたほど、支那にどっぷりと浸かっていた人物ですが、その人物をしてこう言わしめるのですから、やはり唯物論者だということは本当のことなのでしょう。
なので、宗教のような目に見えない世界のことなど、あろうはずがない、と思っていても何ら不思議ではありません。
ただし、そういったものを信じない代わりに、妙な迷信は信じるという傾向があるようです。
このことは、秦の始皇帝も同じでしたね。
