和歌山地域通訳案内士会は昨日1月9日、大辺路刈り開き隊の上野一夫さんをお招きし、現場研修を行いました。
9時30分に那智駅に集合し、まず、駅の敷地内にある中村覚之助と山口熊野(ゆや)の顕彰碑の前で二人について説明をしていただきました。
中村覚之助についてはガイドでも説明をするので知っていましたが、山口熊野についてはまったくの無知でした。
顕彰碑に説明板があるにもかかわらず、読んでもいませんでした。
「そんなところの鉄道を敷いて、山猿でも乗せるのか」と揶揄されながらも、紀勢線の開通に尽力された方で、那智勝浦町浦神の出身です。
那智駅を出発し、補陀落山寺へ。
補陀落山寺前に「振分石」があります。
振分石とは街道の分岐点を表す石碑で、ここの石碑は一般的に「大辺路、中辺路、伊勢路の分岐点」とされていますが、このあたりの街道の定義が曖昧で、いくつかの説があるそうです。
ここから新宮までの街道は、和歌山県では「中辺路」としていますが、「伊勢路」という人もいたり、「大辺路」という人もいます。
ただ、大門坂が中辺路とされているため、伊勢路と大辺路であるなら途中で寸断されていることになるので、やはり中辺路だとは思いますが・・・
今回このコースを歩くのは初めてで、私にとってもかなり新鮮でした。
ただ、多くの部分を国道42号線沿いに歩くことから、車が多く結構危ないです。
その中で唯一、大狗子(おおくじ)・小狗子峠(こくじ)では古道らしさが残っていました。

佐野に入り、上野さんに新宮鉄道のトンネル跡を案内していただきました。
昔の新宮は熊野川を利用して上流から流してきた木材を運ぶ拠点でしたが、新宮は砂州で大型船を停泊させるだけの港がないことから、隣町の勝浦まで運ぶ必要がありました。
また、那智大社への参拝者などを運ぶ目的もあったそうです。
その後国有化されますが、約60%は新宮鉄道の路線を利用し、あとは新たに橋梁をかけたりして整備されたとのことです。

今回も貴重なお話をたくさん聞くことができました。
感謝です。
