おかしなジェンダーフリーとグローバル化、日本のあるべき姿

今回は、和田憲治さんのメルマガで、非常に的を得た内容を述べられていたので共有いたします。

ガキ使の中止は「暴力表現」

大晦日の恒例番組となっていたダウンタウンの「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 絶対に笑ってはいけないシリーズ」、昨年は休止となってしまいました。
結構毎年楽しみにしていたのに残念です。

その中止となった理由が、お尻を棒で殴って痛がる芸人の様子が「暴力表現」だったからだそうです。

ボクシングの試合も内容変更

ボクシングの世界戦も、新型コロナの影響で外国人ボクサーが来れず、村田の試合は中止、井岡の試合は国内選手に変更されました。

紅白歌合戦、史上最低視聴率を更新

大晦日の有力な裏番組がなくなったり、内容を変更した状況は、紅白歌合戦からすれば視聴率アップの有利な条件であったにも関わらず、史上最低を更新。

もはや大晦日の冠番組でなくなりつつあるようです。

和田さんはその原因を以下のように述べられています。
-以下、引用-

今年の紅白ではジェンダー配慮で
『多様な価値観』を認め合おうという思い」がNHK側に
込められているようで、
男女別の競争は廃止「的」な合戦で、
LGBTへの配慮立て付けという、オカシな構図でした。

日本的な予定調和な素人学芸会の
男女チームの対抗戦ノリは、
老人世代に刺さっていたのに、
ガイアツのとってつけたジェンダー配慮で、
これまでの紅白ファンからも見放されたのが、
今回の視聴率で低迷の原因だったようです。

もちろん、そんな世界観では、
若い視聴者がyoutube見るのを辞めて、
視聴にくるわけでもなかったのはいうまでもありません。

【紅白のもつユニークな価値とは?】
データの上では、アメリカでも日本でも、
ヒットチャートの6-7割は男性アーティストです。
本来、男女の区分けをなくして、
人気実力だけで歌番組をやれば、
男性中心でやるものになっているはずでした。

そこを紅白では、無理やり男女歌合戦という体裁にして、
出演者を男女数を平等にした構図にして、
女性アーティスト側に下駄を履かせていた
画期的なものだったのです。

そういう意味では、男チーム対女チームというのは、
世界初の日本のジェンダー配慮規格だった
のではないでしょうか。
ならば、それを堂々と
「紅白では、ちゃんと人気だけでなく、
男女が結果平等になるように、下駄履かせてます。
国会議員でも、会社役員でも実力無視の女性枠がない日本で、
こんな人気商売において、女性側に水増しして、
男女を平にしてるんだから先進的ですよ」
と言えば良かったんじゃないでしょうか。

-引用終わりー

また、韓国の紅白に対する記事を引用されています。
-以下、引用-

歌手を女性は「紅組」、男性は「白組」に分けて
対決を広げる構成で、
進行者の古典的な衣装と枠にはまったコメント、
華麗だが奇妙にやぼったい舞台装置まで「伝統」を続けます
今年はこうした指摘を一部受け入れて
「紅組司会」「白組司会」に分けていた男女司会者を
単に「司会者」として統合すると発表

-引用終わり-

変な「伝統」にこだわり、中途半端に新しいことをしようとしてどっちつかずになり失敗したという印象があります。

迷惑なグローバル化

和田さんはこれだけにとどまらず、グローバル化についても言及されています。

LGBTやSDGsなど、好きか、嫌いかは関係なく、グローバル化の波は日本にも押し寄せてきます。

しかし、グローバル化は他国の規格の押し付けです。

「だからこそ、何を取り入れるか、入れないかを決めるべきだし、日本は日本なりのバリューを示すべきです。時代の変化の流れを知りつつ、折れるところ、折れないところ、日本には日本のやり方ががあるなら強く主張するところが必要です」と述べておられますが、まさにその通りだと思います。

他国の規格や考え方が正しいとは限りません。

単に国会議員や企業の役員の数を男女均等にするということは稚拙な考えであり、高市早苗さんのように実力のある人なら自然にどんどん出てきてもおかしくないはずです。
日本の女性の多くが政治家や企業の役員を目指していないからなのではないでしょうか?

男性でも女性の立場に立って、女性の味方をしてくれる人はたくさんいます。
意見があるなら、その人に伝えてまかせることだってできるはずです。
女性の数を男性と同じにしたところで、女性に優しい社会とか、男女が平等になる社会が実現するはずはないでしょう。

女性の社会進出を否定するつもりはありません。
しかし、どこかのアンケートでは専業主婦を希望する女性が7割いたというデータもあるようです。
人が求めていないものを、国が「世界の流れだから」と無理やり押し付けても成功するはずがありません。

SDGsにしても、伊勢の式年遷宮に見るように、日本ではとっくの昔に「持続可能な取り組み」をしています。
神宮の所有する山には、将来の遷宮に備えて100年計画で植林をしていますし、解体されたお社や鳥居や橋の木材は、別の神社に「おさがり」として利用されています。

「嫁という言葉をつかうべきではない」という人がいるようですが、「嫁」の語源は「良い女(よいめ)」です。
「嫁」は差別でも何でもなく、いい意味で使われていた言葉です。
これのどこか差別なんでしょうかね。

一方、昔の西洋では、牧畜をするために山をどんどん切り開いてハゲ山にしてしまったり、一番に襲われるように女性を先に歩かせていたとも聞きます。
西洋ではこうした反動からジェンダーフリーやSDGsが来ているのだと思います。
なので「西洋の方がむしろ遅れている」とも言えると思います。

その「遅れている西洋の考え方」を、いまさら日本に押し付けられても迷惑です。
日本には日本の考え方や、やり方を貫くことも必要なのではないでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA