縄文時代と稲作④

稲作がチャイナの福建省あたりから山東半島を経て遼東半島、そして朝鮮半島を経由して日本に入ったという説がありますが、そもそも山東半島周辺は乾燥していて稲作には向いていませんし、朝鮮半島北部は水の流れが良くないので、稲作ができませんでした。

現在、朝鮮半島北部は稲作地帯になっていますが、日本人が移住をしていた時に、遠くから水を引いて米を作れるようにしたからです。
その恩恵があり、現在は稲作ができるようになっています。
そのことを知ってか知らずか、お米が穫れているので「日本よりも先に稲作が始まった」というようなことを言っているのです。
あわよくば、「日本に教えてあげた」のように言っています。
呆れますね。

・・・まあ、こういった類の主張は、朝鮮の「得意技」ですよね。
以前、サッカーの日本人観戦者が、試合後に掃除をすることが話題になりましたが、あれも「元は俺たちが始めたことだ」とか言っていましたね。
仏像は盗んで返しませんし、いつまで経っても「謝れ」「誠意を見せろ」と言ってお金を巻き上げる・・・煮ても焼いても食えないどうしようもない国です。

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