スペイン写真集(花)

今回の巡礼では、写真のテーマを花と決めて撮っていました。

品種改良されたどギツい色の園芸種の花よりも、道端にひっそりと咲く花の方が私は好きです。
道中に咲いていたほとんどの花の写真を撮った「つもり」です。

↑ このピンクの花が多かったです。
近くで撮るとちょっと気持ち悪い柄があったので、あえて接写はしていません。

指が・・・

日本が原種のアジサイ。スペインでも愛されているようです。
ちょっと嬉しくなって思わず撮影。

↑ これは桐の仲間でしょう。

歓喜の丘にて。

フィステーラで。

スペインでは、英語はあまり通じない

世界で2番目に多くの国で話されている言語を持っているからか、英語があまり通じず四苦八苦しました。
英語が通じないので、スーパーで買い物をするだけでもすこし難儀しました。
この現象は、地方にいくほど顕著です。
日本と同じですよね。

今回は、スペイン語を話せる方が同行してくれましたので、その人に任せっきりでした。

時間がある人ならスペイン語を勉強すればいいと思いますが、私にはそのような時間がないので、今度行く時はポケトークでも持って行こうかと考えています。

グーグル翻訳でも結構いけるみたいですけどね。

あ、個人的に料理の写真を撮ることが嫌いなので、まったく撮っていません。
料理は見た目も大切ですが、写真まで取らなくても、料理が出てきた時に見れば、それで十分だと思っています。

写真で時間を費やして「おあずけ」を喰らうより、早く食べたい派なので(笑)

以上でスペイン写真集は終わりです。
いつかまた、違うルートを歩いてみたいと思っています。

スペイン写真集(最終日)

この日は午前中に大聖堂を見学してからミサに参列し、午後からはそれぞれ自由時間として買い物をしました。

大聖堂は残念ながら改装工事中でした。

外から再び撮影。
時計の上あたりに人が作業をしているのを見つけたからです。

拡大図。

さらに右に移動。
おおおお!
命がけや!

本来は大聖堂でミサでしたが、改装工事中なので近くの教会(それでも十分デカい)で行われました。
なにせ、クリスチャンでもないのでミサは初めてで何をしていいのかも分からず、椅子の下にある足置きのようなのもが何なのかも分からず、その上に足を置いて座っていましたが、あとでそれがひざまずいて祈るためのものだったと分かり、反省。

ミサが終わると、参列者同士で握手をして軽く会話を交わす時間がありました。
・・・日本人はまったくなし。
韓国人は結構見かけましたね。
なにせ、クリスチャンの人口が全体の30%もいますからね。
日本の1~2%とはえらい違いです。

かつてGHQが真剣に日本人をクリスチャンに改宗するつもりで、昭和天皇も改宗させられる危機がありましたが、結局この改宗計画は失敗に終わります。

日本には古来から神道があり、天皇は神道の頂点に立たれるお方ですからね。
日本人にキリスト教は必要なかったのでしょう。

午後は町を散策しながら買い物をしました。
もう何を買ったのか覚えていません(笑)

翌日は、サンティアゴの空港からドイツ経由で東京に戻りました。
みなさんとの巡礼は非常に楽しかったのですが、なにせ店員の接客、空港での扱いがなってなかったのが残念でした。
東京に戻った時の空港の係の丁寧な対応と店員の接客を見て、やはり日本での接客は一枚も二枚も上だと感じました。

スペイン写真集(Fisterra)

この日は、サンティアゴからバスに乗ってフィステーラまで行きました。
サンティアゴから約1時間、道中私たち全員爆睡(笑)

典型的な港町。
バスを降りるなり何やら勧誘されましたが、言っていることがさっぱり分からなかったので、英語で応答すると諦めてくれました。

ここから約3km、先端まで歩きます。

いよいよ先端です。

先端は人、人、人。

ここで巡礼を終わり、巡礼者たちは最後に靴を燃やしたらしいです。
今は環境問題で禁止されていますが、その名残を示すかのように靴の置物が飾られています。

天気が良すぎて最高に気持ちよかったです。

灯台?中にはカフェがありました。
そこで一休み。

白浜の三段壁を思い出させるような風景。

帰り道は同じ道を通って帰ります。

雑賀崎のような・・・
でも雑賀崎よりずっと道幅は広いです。

フィステーラは砂浜も有名なようで、気温が低いにも関わらず、海水浴を楽しんでいる人を多く見かけました。

帰りのバス車中にて。
個人的にはこの道中が本当にツボでした。
バス車中からなのであまり写真を撮れませんでしたが、写真のような岩山が延々と続き、きれいな海と相まって本当にきれいでした。
ちょっとバスから降りて岩山で遊んでみたい衝動に駆られました(笑)
このあたりも海水浴のメッカのようで、海水浴客が多かったです。
周りのみんなは爆睡でしたが、私は景色に気を取られ眠れませんでした。
今度はここに遊びに行きたいですね。
おそらく、ムロス周辺だと思います。

途中、どこかの駅から多くの乗客が。
たちまちバスは満員になりました。

山歩きもいいですが、私はやはり海が好きですね。

翌日はサンティアゴでミサに参加し、買い物をします。(続く)

スペイン写真集(Rua ~ Santiago De Compostela)

巡礼最終日です。

サンティアゴまで 20.347 kmです。

今回の面々。
みなさんにはお世話になりました。

違った道標がちらほら。
大雲取越の石倉峠から急に石造りの道標に変わる・・・みたいなものでしょうか。

見よ、この堂々とした面構え。
こちらをジッと見るだけで吠えたりは一切しませんでした。
本当に強い犬とはこんなものでしょう。

さすがに人が多いです。
私達が出発したルーゴはあまり人がいませんでしたが、Melide でフランスからの道と合流するので、そのあたりから人が一気に多くなります。

だれもいないところを見計らって撮影。

歓喜の丘、カミノでいう「伏拝」に到着。
はるか向こうに3つの塔が見えます。
大聖堂です。
伏して拝むのを忘れました。
しばしここでゆったりと過ごしました。

歓喜の丘にモニュメントがありましたが、立入禁止でした。

いよいよ街に突入です。

大聖堂が見えてきました。

大聖堂に到着。
いやあ、大聖堂はデカかった。
人も多かった。

しばらくゆっくりしてから、巡礼証明を受けにいきました。
ここの対応がまあ最悪で。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。

夜の大聖堂にも行ってきました。
向かいの建物では、にぎやかな音楽の演奏が行われていました。

見にくいですが、ワッペンのようなものをたくさんつけている人たちが演奏家です。
夜はイカスミのパエリアを食べました。
美味しかったですが、量が多すぎ(笑)

翌日はバスで「地の果て」と呼ばれるフィステーラを訪れます。


今回の記録。
やはり所要時間は全然違います。
実際には9時間かかっています。

スペイン写真集(Arzua ~ Rua)

昨日の更新で、一部間違いがありました。
宿の写真が1日ズレていましたので、改めてこちらに掲載をしておきます。

この日は特段写真を撮るようなところがなかったのか、かなり少ないです。

道中のカフェもやる気がなかったのか、閉店時間を過ぎていたのか、私達が出ていったとたんにすぐに閉められました。

途中、前日のレストランでお会いした日本人の方と「抜きつ抜かれつ」しながら歩きました。

この日は、宿のレストランで食事をしました。
相変わらず、「かったいパン」は健在でした。

スペインはビールが安い!

日本と比べて、スペインはわりと物価が安かった印象がありますが、ビールが特段安かったです。
スーパーで買おうものなら、330ml ✕ 6本で3ユーロくらい(約360円)でした。
水より安い!(笑)
ビールは安い、料理はガッツリ・・・そら、太るわな。

ちなみに、ガリシアでは「エストレーシャガリシア」というメーカーが幅を利かせていて、カフェ(あちらでは「バー」と言っていました)には、椅子やテントほとんどすべてにこのメーカーのロゴが入っているのを見かけました。
https://estrellagalicia.es/

網戸がない!

比較的涼しいガリシア地方ですが、そうは言っても窓は開けたくなります。
しかし、スペインには網戸という概念がないのか、宿という宿にまったく網戸というものがありませんでした。
うかつに窓を開けるとハエが入ってくるので、後が大変になります。
どうやら、酪農の牛の糞と、ハエの数に関係があるようです。
あんなにハエが多いのは、日本では子供の頃以来見たことがありません。

翌日は、いよいよサンティアゴです。

スペイン写真集(Melide ~ Arzua)

巡礼4日目、メリデからアルスーアです。
この日は曇りで、半袖では少し寒いくらいでした。
ちなみに、他の地方は40度です。

この日はここからスタート。
サンティアゴまで 52.258km。
約半分歩きました。

丘の上の教会から。
屋根の色が統一されていて、町並みがきれいでした。
残念だったのは、ゴミが散乱していたこと。

しばらくは平坦な道。
時折、自転車での巡礼者が通りますので、気をつけなければいけません。
結構後ろから「チリンチリン」と鳴らされました。

初日~3日目までとは違い、作物を植えている畑が多くなってきました。

しかし、牛や馬も健在です。
私達が見ていると、馬が寄ってきました。

スペインはそんなに高い山がないようで、このような開けた景色が多いです。

この辺りから巡礼者が増えてきました。

なにこの盛況ぶり。

作業中のおじいちゃんを後ろから撮ろうとしたら、気配を感じたのか振り返られました。

日本人との出会い

アルスーアはそこそこ大きな町でした。
この日はビジネスホテルに宿泊し、食事は近くのレストランで取りました。
食事をしていると、日本語が聞こえて来たので近くのテーブルに目をやると日本人が!
カミノではあまりというか、ほとんど日本人に会いませんでしたので、本当に嬉しかったですね。
その方は大阪出身で、約1ヶ月くらい歩いているとか。
誰とでも話をするような感じの方で、知り合った外国人グループと一緒に食事をしていました。

スペインでの食事

スペインでの食事は、前菜、副菜、メイン、デザートがそれぞれ3種類くらいあって、そこから自分の好きな物を選んで組み合わせるパターンが多かったです。
「前菜がA、副菜はB、メインがCでデザートがB」のような感じです。

宿での食事でも、宿のレストランで改めて注文するという形式です。
日本のようにあらかじめ決まったものが出てくるわけではないので、それが結構面倒でした。

パンは外側がかなり難く、中身もぎっしり詰まっていますので、結構食べごたえがあります。
それが毎食「ドカン」とついてきます。
足りなければ、おかわり自由です。
顎が強靭な西洋人はいいですが、普段から柔らかいものが好きな日本人には合わないかも。
私は結構毎食ガッツリ食べましたが。

私達の間ではすでに「かったい(固い)パン」と呼ばれていました。

また、一品の量が多く、味も塩が結構効いていました。
なのでビールとはよく合います。
スペイン人が太いわけが分かりました。
街を歩いていても、痩せた人を探すのに苦労するくらいでした。

やはり時間は嘘っぱちです。
行程表には「15km」と書いていましたが、実際はもうちょっと長いようです。

スペイン写真集(Ponte Ferreira ~ Melide)

巡礼3日目です。
この日は約20km、道中に峠越えがあります。
しかし、「峠越え」と言っても熊野古道のような急峻なものではなく、緩やかに上って下るというイメージです。

本日のスタート。サンティアゴまで72.714 km。

ユーカリの木。
熊野古道でいう杉・ヒノキのような感じで、至るところに植えられていました。
19世紀にカトリック・ベネディクト会のRosendo Salvadoによって持ち込まれたのが始まりだそうです。
用途については、すみません、よく分かりませんが、パルプや精油、消毒薬、楽器の材料や、防風林としても利用されているようです。
あと、養蜂家はこの木の周りに巣箱と置いて、はちみつを採取しているようです。

・・・巣箱らしきものは見ませんでしたがね。

ただ、養分をたくさん吸って短期間(12年~20年程度)で成長するため、土地が痩せるなどの「副作用」もあるようです。

しばらくはのどかな道が続きます。
景色を楽しみながら、ゆったりと歩けます。

遠くに岩山のようなものが見えてきました。
まさか、あれを・・・

上ります(笑)
それまでは平坦な道が続きます。

段々近づいてきました。

牛が草を食んでいるところに遭遇。
草を食む度に「バリッ!バリッ!」という音が響いていました。

いよいよ峠越えです。
さきほど見えていた岩山が間近に。

私の指と一緒に、景色をお楽しみください。

いたる所に牛・牛・牛。

峠を越えてしばらく下ったところ。
写真では文字が見えていませんが、サンティアゴまで62.954 km。
出発から約4時間、約10km地点です。

さっき越えた峠が、はるか向こうに見えます。

Melideに到着。
教会に立ち寄ってからホテルに向かいました。

スタンプ

最後にサンティアゴで巡礼証明をもらうためには、一日最低2つのスタンプを押さなければいけません。
スタンプは、道中のカフェなどで押すことができます。
カフェは至るところに点在していて、探すのに苦労しません。
私は熊野古道と共通のスタンプ帳と、カミノ専用のスタンプ帳に2冊に押印しました。

タコ料理を堪能

この辺りで、結構有名なタコ料理店があるというので行ってきました。
大変な混雑ぶりで、会話ができないほど騒がしかったですが、料理は本当に美味しかったです。
わたしたちは6月下旬に歩きましたが、この時季の夕暮れ(?)は夜の10時30分頃なので、みなさん比較的ゆっくりされています。
レストランは夜8時とか9時に開店です。
太陽がなかなか沈まないので、ついつい寝るのが遅くなりがちです。

かねてから夕食が遅い(昼食も遅い)とは聞いていましたが、「絶対にそれに合わせるのは無理!」と思っていました。
しかし、環境とは怖いものです。
何日かするとすっかり「スペイン時間」に適応していました。

この日は普通のビジネスホテルに泊まりました。
ベランダがあったので、夕涼みがてら景色を見ていましたが、夜(といっても明るい)にみんなでバーベキューをしている人がいたり、草刈りをする人がいたりで、それぞれの人の「長い日中」の過ごし方を垣間見ることができ、面白かったです。

この日から距離測定アプリが使えるようになったので、距離を測ってみました。
時間は嘘っぱちです。
おそらく休憩を除いた正味の歩行時間でしょう。
Melideの教会まで約9時間かかっています。


スペイン写真集(ルーゴからPonte Ferreira)

いよいよ巡礼です。
この日の距離は26kmだったので、早朝の出発でした。
しばらくは道路を歩きます。

1時間ほど歩くと、それらしき道が出てきました。
どうやらここからのようです。

酪農が盛んなので、よくこういった光景を目にしました。
なので、道端によく牛のう◯こが落ちていました。

しばらくは舗装された道でした。
しかし、景色は日本とはずいぶん違います。

ちょっと熊野古道っぽいところが。

※閲覧注意
真っ黒な巨大ナメクジがいっぱいいました。

日本が木の文化に対し、スペインは石の文化。
屋根まで石とは、恐れ入りました。

墓地。教会のような建物がありましたが、すべて鍵がかかっていて入ることはできませんでした。

しばらくは木々に囲まれた美しい道を通ります。
癒やされました。

約15 km地点、出発から約5時間です。サンティアゴまであと84.787 km。
しょっちゅう道標が現れるので、道に迷うことはまずありません。

視界が開けていい眺め。

約22 km地点。出発から8時間40分。

高床式倉庫?
いたるところで見ることができました。
元々、とうもろこしを保管するためのものだったそうで。
これもほぼ石造り。
返しもしっかりついているあたり、日本と同じ考えがあることが面白いです。

歩き終わってタクシーを待つ間にパチリ。
約10時間かかりました。
アルベルゲを取るのであれば、早いもの勝ちなので急がないといけませんが、すべての行程でホテルを取っていたので慌てることなく、時間を気にすることなく歩けました。

ホテルまではタクシーで約1時間かかりましたが、それに値するすばらしい宿でした。
小ぢんまりとしていますが、石造りの建物で周囲には何もなく、近くに川が流れていて静かで快適でした。
外観の写真を撮っておけばよかった・・・
この地方の宿は、ヒーターはありますがクーラーはありません。
よほど涼しいのでしょね。
たしかにエアコンは必要なかったです。

(続く)

スペイン写真集(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

昨年2019年の話ですが、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラに行って来ました。
以前の記事でもスペインに行ってきたことを書いてはいますが、結構おおまか(適当)に書いていましたので、記憶が飛んでいるところもありますが、その時に撮った写真と一緒に改めて少し詳細に書こうと思います。

このブログを読んでおられる(いてるのか?)みなさんならご存知の通り、熊野古道とサンティアゴ・デ・コンポステーラとは巡礼道の世界遺産として姉妹提携を結んでいます。

お客様からはよく「カミノに行ってきた」とか、「カミノには行ったことあるの?」と聞かれていたので気にはなっていました。

懇意にしていただいていた宿のご主人が、共通の知人でもあるもうひとりのツアーリーダーさんと一緒に行くという計画を立てているのに便乗して行くことになりました。

観光が3日間、歩きが5日間の日程でした。
ルーゴからサンティアゴまで約100kmを5日で歩きます。

本来は、仲良くなったフランスのお客様のところにも行く予定でしたが、そこまで事務所を放っておくわけにはいかなかったので今回は断念しました。
今思えば、コロナでこんなことになるのだったら、いっそ行っておけばよかったと後悔しています。

宿のご主人とそのお孫さんとは関空で、ツアーリーダーさんとはマドリッドで合流しました。
みなさんとは久しぶりの再会。お孫さんは今回初顔合わせ。
マドリッドに到着したのが夜だったので、その日はマドリッドに泊まり、翌日はソフィア王妃芸術センターを訪れてから今回の出発地点、ルーゴに向かいました。

私はあまり芸術には興味がないので、建物自体の写真も撮っていません(汗)

マドリッドからルーゴまでは電車での移動でしたが、6時間くらいかかりました。
スペインって小さい国と思っていまいたが、結構広いです。
完全になめてました。
ルーゴに到着する手前のセリアで多くの人が降りていきました。
ここから歩き始める人が多いようです。

ルーゴ到着

ルーゴは周囲 2.5km の城壁に囲まれた街で、世界遺産に登録されています。
この日は、ツアーリーダーさんのお友達夫婦と一緒に食事をし、楽しい時間を過ごしました。
本当に楽しかった。
料理も美味しかった。
奥さんは日本人でしたが、「スペイン人の会話で、たまに日本語が聞こえてくる」と言っていました。
「日本語」とは本当の日本語ではありません。
スペイン語はの母音は、日本と同じく5つで、わりと発音がハッキリしていますので、意味はまったく違うけれども日本語と同じ単語が聞こえてくるそうです。

ルーゴでは日本人が珍しいのか、街を歩いたりスーパーで買い物をしていると結構視線を感じました。
ルーゴの人は温和で、どこか日本人のような気質があるように感じました。
いままで数え切れないほどのスペイン人を案内してきましたが、「あれ?スペイン人って、こんな感じだったかな?」と思わせるほど、控えめな感じの人が多かったように思います。

外側から
夜のルーゴ①
夜のルーゴ②
夜のルーゴ③ ルーゴの大聖堂
夜のルーゴ④
城壁がライトアップされていました

時期は6月下旬でしたが、夜は半袖では寒いくらいでした。
マドリッドは本当に暑かったですが、ルーゴのあるガリシア州の気候は、他の地域に比べるとかなり涼しく、夏でも25度程度らしいです。

現地の天気予報を見ると、他の多くの地域は40度くらいだったので、地域によって随分違います。

翌日は、もう一日ルーゴでゆっくりしました。
せっかくの世界遺産も街ですもんね。
この日は城壁の上を歩いて回りました。
旦那さん曰く、城壁の内側には、まだ遺跡が多く残っていて「掘れば出る」という感じらしいので、家をなかなか建てられないそうです。

ついでに(と言ったら怒られますが)大聖堂にも行き、そこで貝殻を購入しました。

城壁の上。ランニングしている人も。
大聖堂
遺跡(お風呂だったかな?)

翌日から、いよいよカミノです。(続く)

大門坂の夫婦杉はどちらが男性でどちらが女性?(陰陽の考え方と男女平等)

お客様からの質問

熊野古道のコースの中で大門坂~那智大社・青岸渡寺~那智の滝があります。
全部歩いても約2.5km、約2時間30分程度のコースですが、見どころがたくさんある人気コースです(大門坂は、夏は湿気が多く本当に暑いですが)
その「オープニング」で、樹齢800年と言われている杉の大木が古道を挟むようにして出迎えてくれます。

「夫婦杉」と呼ばれているこの杉は、源の頼朝の寄進とされています。
・・・まあ、神倉神社の石段と同じく真相のほどはさておき、その姿は見るものを圧倒します。

ほとんどのお客様も関心を示され、たまにこういった質問をを受けることがあります。

「これはどっちが男性でどっちが女性?」

以前、語り部さんの研修を受けた時に、教えていただいたことが役に立ちました。

向かって右が男性、左が女性です。
那智大社を背にして左側が男性、右側が女性です。

平安時代、官位は男性にしか与えられておらず、さらにその序列が左→右だったそうです(左大臣、右大臣のことですね)
なので、官位のある男性が左になった・・・と聞きました。

今そんなことをすると、「女性差別だ!」と騒がれて大変なことになりますが、当時はそれが当たり前の世の中だったのでしょう。

陰と陽の考え方

これは私の考えですが、陰陽と照らし合わせても同じ結果になります。
陰陽は英語でyin and yang、陰陽の原理をyin and yang principleと言いますが、外国のお客様には陰陽に基づいた説明の方がしっくりくるようです。

余談ですが、「陰陽」を一言で表すと、どうでしょうか?
端的に言えますか?

私は、陰陽とは、「二つの違う性質のものが合わさることにより、一つの役割を果たすもの」と解釈しています。

太陽と月、天と地、昼と夜、火と水、右と左、男と女・・・などなど。
それぞれまったく違うものですが、どちらが欠けてもこの世界は成り立ちません。
これは、役割が違うということであって、「どちらが上」ということではありません。

先程挙げたものを陰と陽に分けると、こうなります。

陰=月、地、夜、水、右、女
陽=太陽、天、昼、火、左、男

今はあまり耳にしなくなりましたが、昔はよく「母なる大地」という言葉を聞きました。
これもおそらく、陰陽の考えが元で出来た言葉だったのでしょう。

そして、右、左の語源ですが、元々は「水極り(みぎり・右)」「火(日)足り(ひだり・左)」だそうです。
右=水=陰、左=火(日)=陽と分けられます。

陰は女性、陽は男性を表すので、右=女性、左=男性となるわけです。

ですので、外国のお客様に説明する時は、「陰陽の原理に従って決められている」とまず説明し、「陰陽の原理では、右が女性、左が男性と決められている」と簡単に説明しています。
まさか、「水極り、火足り」などとは言いませんよ、念の為。






さきほどの「水極り」「火足り」の水と火が合わさって「火水(かみ)」となり、両手をあわせる所作は神を表すとされているそうです。ご参考に。

雛飾りと結婚式

雛人形も、今は国際儀礼に従ってお内裏様とお雛様の位置が入れ替わっていますが、もともとは写真のようにお内裏様は向かって右、お雛様は向かって左に置かれていました。
つまり、那智大社を背にして左が男性、右が女性の夫婦杉と同じ立ち位置です。

結婚式は神前で「男女の役割を全うします」と神様にお誓いする儀式です。
しかし、結婚式も男女の立ち位置が入れ替わってしまっています。
「たかが立ち位置」ですが、これは見た目以上に重要な間違いらしいです。
もし、結婚式の写真があるなら確かめてみてください。
おそらく男女の立ち位置が入れ替わっています。

男勝りな女性、草食男子と呼ばれる男性が出てきてもおかしくありません。

現代の男女の考え方

家事・育児は立派な仕事です。

しかし、現代の男女の考え方は、陰陽の考え方と照らし合わせて見ると、無理があります。
男尊女卑というものはあってはならないことであり、差別されることは絶対に許されません。
しかし、現代の男女の考え方というのは、「女性が男性と同等の権利を得るべき」という部分では賛成ですが、それと役割の違いから来る「棲み分け」は別問題であると考えています。

「男が働きに出て、女が家庭を守るという考えは古臭い」という意見が大半を占めるようになりました。

洗濯機や掃除機、炊飯器などの出現により、世の中が便利になり、女性が家庭で働く時間が短くなったのをきっかけに「では、少しでも空いた時間で働いてお金にしたほうがいい」となり、女性がどんどん社会に出るようになりました。

しかし、いくら便利になって家庭での仕事の時間が少なくなったとはいえ、まったくなくなったわけではありません。
また、社会に出れば当然それなりの責任がかかってきますので、簡単に早く帰ったり、きっちり休日を取ることも難しくなってきます。

そうなれば仕事が優先になり、家庭での仕事がおろそかになりがちになります。
そして、「私も働いているのだから、あなたもちょっとは家庭のことを手伝ってよ!」という考えになります。
しかし、旦那さんは旦那さんで仕事を持っています。
旦那さんも立場は同じです。
務めているからには、仕事を適当にはできません。
でも、家事や育児もしなければならない。
こうなると、二人とも仕事の責任を抱えながら、家庭での仕事もしなければいけなくなります。

そもそも、仕事をガッツリしながら家事・育児なんて、出来っこありません。
それこそ、「家事・育児という仕事をなめていませんか?」と言いたくなります。

男女の存在、そもそもの意義

では、結局、この考え方でだれが幸せになったのでしょうか?
夫婦それぞれで仕事での責任は増え、家事・育児もおろそかになる。

「餅は餅屋」という言葉があります。
もともと、女性は子供を育て、家庭を守るということが「役割」として与えられています。

考えてもみてください。

そもそもの話ですが、もし、男女がともに働きに出ながら家庭で育児をし、共同で家庭を守っていかなくてはならないと神様が決めたとするならば、「男女」なんて性別は必要なく、神様は与えなかったでしょう。

細胞分裂するなり、体内で自動受精をしたり、幼少期にオスだったのが、成熟すればメスになるという生物と同じように作られていたはずです。
さらに、男も育児をしなくてはならないのであれば、乳が出ていなければいけませんし、出産もできる体でなければいけません。

勘違いされないように言っておかなければなりませんが、もちろん男も子供の面倒は見ないといけません。
特に男の子なら遊びにも体力が必要ですので、こういったところはお父さんの出番でしょう。また、子供の教育についてもお父さんとお母さんの力が必要です。
なので、子供のことを放っておいて奥さんにすべてを任せろと言っているわけではありません。

オリンピックを男女混合で!

現代の「男女平等」は、オリンピックの陸上で、「男女混合で100mを競わなければならない!」とか「柔道を男女混合で!」言っているようなものです(最近はリレーでやっていますが)

だれでも分かることですが、男性のほうが、基本的に女性より体力も力もあります(基本的にですよ)
スポーツの世界記録で、女性の記録が男性の記録を上回っているものがありますか?

男女を一緒にすることが女性差別になるからではないでしょうか。

もし、男女が一緒に競技をすれば、部分的に女性が男性に勝つこともあるでしょうが、絶対的に優勝は男性です。
だから男女を分けたわけで、かるた取りとか、クイズとか、そういったものは男女混合で争っています。
男女で平等に戦えるからです。

「男女平等」の履き違い

出生率が年々下がってきています。
子供を養うだけの収入がないという理由もあるでしょうが、本当に全員がそうでしょうか?

もっと大きな原因は、女性が社会進出することによって晩婚化が進んでいるということでしょう。
働く女性が増えて子供を預けるところが不足していることはすでに起こっている問題です。
女性が家庭を守っているならば起こり得なかった問題です。
少なくとも、私達第2次ベビーブームの世代であっても、そういった問題は起こっていませんでした。

働く女性が増えるに従って、ますますこのような問題が出てきます。
これでは、たとえが良くないかもしれませんが、「虫歯が出来たからそこだけを治す」ということと似ています。
日頃の虫歯予防という根本原因を直さなければ、またいずれ虫歯になります。
男女平等の根本的な考えが間違っていれば、同じ問題がいつまでたっても起こります。

「男は外で仕事、女は家庭」はあながち間違いではないと、私は思っています。
そうなるためには、企業も旦那さんの稼ぎだけで一家を養うことができる給料を支払うようにならなければいけません。

私はなにも、女性を差別しているわけではありませんし、すべての女性が社会に出てはいけないと言っているわけではありません。
女性が必要な職場もたくさんありますし、特に現代では、若い頃は社会での経験も必要でしょう。
シングルマザーであれば、働かなければいけない事情は重々承知しています

そういった特定の人たちのことを言っているのではなく、一般論として、陰陽の役割の違いを間違えれば、かならず無理が生じてくるということを私は言いたいのです。

天と地をひっくり返すことはできないのです。
しかし、どちらもなくてはならない存在なのです。

見ていてください。
このままいけば、間違いなく保育所不足の問題と家庭環境の問題は悪循環に陥ります。
保育所が少なくなったのは、少子化が原因ではないでしょうか?
そうだとすれば、その少子化の原因は?

今しなければいけないこと

政府が今しなければならないことは、保育所を増やすことではありません。
きちんと旦那さんの給料だけで一家が養えるだけの給料が出せるような企業を増やすための経済復興だと思います。

また、間違った男女平等思想が蔓延しないよう、陰陽に基づいた男女教育ということも必要になるでしょう。
「誰のおかげで飯が食えているんだ」というアホな考えを持つ人がいなくなるようにしなければいけません。
これは「奥さんの支えがあってこそ、あなたも仕事に集中できているんですよ」ということであり、もし、旦那さんだけの給料で一家を支えるようになれれば、「それは二人で頑張って稼いだお金ですよ」ということを分かってもらうためです。

天は地があってこそ成り立ちます。
一年中夜がなく昼だけならば、人間も生き物もこの世界で生きていけなくなるでしょう。
男性としての役割、女性としての役割をそれぞれ全うして初めて、家庭が成り立つと思います。
家庭は国家の最小単位です。
よい家庭なくして良い国家はありえません。
それぞれの存在を尊重しあい、お互いの役割を全うすることこそ、今必要とされていることではないでしょうか。

p.s.
もし、結婚式の写真で男女の左右が入れ替わっていても、「これからは男性として、女性としての役割を全うします」という気持ちを持つことが大切であり、その気持を持てば大丈夫だそうです。
撮り直しなんてできませんしね(笑)