「脱炭素」による弊害と懸念

今回は、篠原常一郎さんのお話の要約をお伝えし、私の意見を述べさせていただきます。

世界の自動車業界には、「EV化」の波が「脱炭素ガス」の錦の旗の本に押し寄せています。
近年、「地球温暖化」と「炭素ガス」の関係性に疑問が呈されるようになったのに、「化石燃料は悪、再生可能エネルギーへの転換を」という声が強まっています。
一方で 東日本大震災以来 、原子力発電所のほとんどがストップしたまま再稼働されない我が国では、増大する電力需要と発電コスト増加、代替エネルギーの不足という矛盾に悩まされつつあります。

「EV化」については、日本の自動車関連の各種業種、更に地域経済に大きな打撃と影響を広めつつあります。

『なんで焼きそばなんだ』
『俺たちはクルマの仕事に誇りを持っているんだ。それを今さら…』
栃木県真岡市内の町工場で、地元企業・アオキシンテックの青木圭太社長は頑固な職人を説得していた。
なんとか見つけた仕事が、カップ焼きそばを容器に詰める機械の部品製造だった。

世界のEV化、そして脱炭素の流れはもはや止められない。
日本の自動車業界を引っ張るトヨタ自動車の豊田章男社長は、再三こう訴えてきた。

「カーボンニュートラル(脱炭素)は雇用問題だ」

日本には、末端まであわせて約550万人の自動車産業従事者がいる。急にハンドルを切れば、多くの人が路頭に迷う。

従来のガソリン・軽油使用自動車の構造大転換を迫られるのがEV化です。
大手自動車メーカーの下請けで成り立ってきたところでは、地域経済全体が崩壊することにもつながりかねません。
多くの関連・下請け業者を淘汰するだけではなく、日本が世界に対して大きな技術的優位性を有していた内燃エンジン製造・開発分野の蓄積を捨て去るに等しいことにもなるからです。

しかしながら、昨年12月14日、トヨタもあらたにEV分野に本腰を入れる経営戦略への転換を発表しました。

戦略の大転換について豊田社長は、「消費者に幅広い選択肢を提供するため」「EVを含めた(自動車供給)の全方位展開を進める」と述べています。

この路線転換について、トヨタは周到な準備を進めてきました。
昨年11月中には経営戦略の内容を経済産業省に説明し、12月2~3日に豊田社長が岸田文雄首相や麻生太郎自民党副総裁と相次いで会談し、同意を取り付けていました。

トヨタ側が懸念として首相らに伝えたのは、次のようなことだったとトヨタ関係者から聞いています。

「バッテリー駆動のEVは、内燃機関(エンジン)だけではなく、燃料噴射装置や気化器などの技術分野がすべて不要となる。そして、この分野だけでも200万人以上が働いており、これらの技術労働者の雇用と共に先端的な技術が失われることを懸念している」

このトヨタの経営戦略転換について、経産省と萩生田光一経産相が「大臣同席の官民共同記者会見にしよう」とトヨタ側に提案してきたというのです。

トヨタ関係者が話します。

「経営戦略転換について説明してすぐあとに、経産省側から『萩生田大臣も同席した官民共同記者会見にしよう』と提案してきたのです。その理由は『世界最大手のトヨタがEV転換する方針を大臣と共に発表すれば、日本のEVに対する意気込みが伝わりこの分野が世界で注目される絶好の機会になる』というものでした」

萩生田大臣はこれを自分の手柄として、トヨタの経営戦略転換を利用して宣伝したかっただけなのだと思います。
豊田社長サイドとしては「今回の経営計画は、トヨタにとどまらず日本の製造業全体における雇用にとって重い決断であり、社長と大臣が笑顔で握手して記念写真におさまるような内容ではないとの考えで、経産省側の提案を断りました」

自民党総裁選前に小泉純一郎前環境相や河野太郎前行政改革相が「エネルギー基本計画」に「再生可能エネルギーの割合上昇」を押し付けるのに狂奔した背景に、自身のファミリーと企業が中国絡みでもあるソーラー発電利権にまみれていたことがあると暴露されました。
こうしたマイナスを払拭するためか、現在の政権幹部たちは「脱炭素化」で手柄を立てるのに躍起になっているようですね。
トヨタ側が政府に申し入れたような「雇用と技術喪失への懸念」という国益に沿った問題意識が余りに希薄であると、萩生田大臣と経産省のふるまいから重ねて感じざるを得ません。

そもそも「電気自動車化→脱炭素化」という単純な図式は成り立つものではありません。バッテリーを満たす電力は、いったいどうやって作り出すのでしょうか?

不安定な「再生可能エネルギー」では、問題の根本的解決にならないし、「脱炭素化」の方向では見出すことが出来ません。
新技術による安全な原子力発電の実用化や、もともと日本が世界の最先端を走っている石炭ガス化火力発電(一部で営業稼働中、ぜひみなさんも内容を調べてみて下さい)など、国内資源を有効に利用しかつ環境負荷を最低限にする方策こそ、力を入れて普及していくべきだと判断出来るのですが、みなさんはどうお考えになるでしょうか?

日本は日本なりの道を行け

すみません、勝手に篠原さんの文言を削除したり言い換えたりしていますがお許しください。

そもそも、温暖化と炭素ガスの関係性については、よく分かっていないというところが本当のようです。
地球全体で過去30年間で0.2度しか上がっていないというデータもあります。
地球温暖化のファクトフルネス 

そして、原子力発電と火力発電が悪であるかのような論調が大勢を占めていますが、現在のそれらの技術は篠原さんがおっしゃるように非常に進歩しています。

そして何より、EV化を進めることによって自動車部品全般に関わる人々の雇用と技術の喪失はそのまま、日本を弱体化させてしまう大きな問題となります。
ただでさえ、この平成の30年間は賃金が上がらずに物価だけ上がり、先進国で唯一「冬の時代」を過ごしてきたのが我が国日本です。
それを助長するようなこの流れには、私は強い不安を覚えます。

一部政治家が所有する企業だけが繁栄するような仕組み、そして、EV化を自分の手柄にしようとする政治家は、国民の存在を無視した「今だけ、金だけ、自分だけ」という浅はかな考えしかないのでしょう。
そういう政治家を選んできたのも私たち国民です。

日本には、世界が真似できないような技術があります。

ハイブリッド車はエンジンとモーターの兼ね合いが非常に難しく、他国がやろうとしても真似できないものです。
ガソリンを入れて発電するなんて、ものすごく画期的ではないですか。

篠原さんもおっしゃるように、EVにしたところで、その電気を発電するために発電所が必要です。
その発電を、生産が不安定な再生可能エネルギーに頼ることは絶対に無理があります。
コストもかかります。
そのコストが「電気料金値上げ」となって、みなさんの家計に跳ね返ってくることになります。

再生可能エネルギーはあくまでも「脇役」であり、たくさん生産できた時には、火力発電の電力の代わりに大いに利用したらいいだけの話です。

また、ソーラーパネルの設置を巡っては逆に環境問題が起こっています。
熊野古道・長井坂でも景観を大きく破壊してしまいました。

斜面に設置したソーラーパネルの敷地が大規模な土砂崩れを起こせば、もはや自然に優しいどころか、人の命まで奪いかねない大問題となります。
こうなれば本末転倒でしょう。
何のための再生可能エネルギーなんでしょうか?

世界の流れが正しいとは限りません。

その流れには耳を傾けながらも、日本は日本独自のやり方で逆に世界を牽引していくような存在になるべきではと思っています。

そういう気概のある政治家が今後出てくることに期待をします。

 


おかしなジェンダーフリーとグローバル化、日本のあるべき姿

今回は、和田憲治さんのメルマガで、非常に的を得た内容を述べられていたので共有いたします。

ガキ使の中止は「暴力表現」

大晦日の恒例番組となっていたダウンタウンの「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 絶対に笑ってはいけないシリーズ」、昨年は休止となってしまいました。
結構毎年楽しみにしていたのに残念です。

その中止となった理由が、お尻を棒で殴って痛がる芸人の様子が「暴力表現」だったからだそうです。

ボクシングの試合も内容変更

ボクシングの世界戦も、新型コロナの影響で外国人ボクサーが来れず、村田の試合は中止、井岡の試合は国内選手に変更されました。

紅白歌合戦、史上最低視聴率を更新

大晦日の有力な裏番組がなくなったり、内容を変更した状況は、紅白歌合戦からすれば視聴率アップの有利な条件であったにも関わらず、史上最低を更新。

もはや大晦日の冠番組でなくなりつつあるようです。

和田さんはその原因を以下のように述べられています。
-以下、引用-

今年の紅白ではジェンダー配慮で
『多様な価値観』を認め合おうという思い」がNHK側に
込められているようで、
男女別の競争は廃止「的」な合戦で、
LGBTへの配慮立て付けという、オカシな構図でした。

日本的な予定調和な素人学芸会の
男女チームの対抗戦ノリは、
老人世代に刺さっていたのに、
ガイアツのとってつけたジェンダー配慮で、
これまでの紅白ファンからも見放されたのが、
今回の視聴率で低迷の原因だったようです。

もちろん、そんな世界観では、
若い視聴者がyoutube見るのを辞めて、
視聴にくるわけでもなかったのはいうまでもありません。

【紅白のもつユニークな価値とは?】
データの上では、アメリカでも日本でも、
ヒットチャートの6-7割は男性アーティストです。
本来、男女の区分けをなくして、
人気実力だけで歌番組をやれば、
男性中心でやるものになっているはずでした。

そこを紅白では、無理やり男女歌合戦という体裁にして、
出演者を男女数を平等にした構図にして、
女性アーティスト側に下駄を履かせていた
画期的なものだったのです。

そういう意味では、男チーム対女チームというのは、
世界初の日本のジェンダー配慮規格だった
のではないでしょうか。
ならば、それを堂々と
「紅白では、ちゃんと人気だけでなく、
男女が結果平等になるように、下駄履かせてます。
国会議員でも、会社役員でも実力無視の女性枠がない日本で、
こんな人気商売において、女性側に水増しして、
男女を平にしてるんだから先進的ですよ」
と言えば良かったんじゃないでしょうか。

-引用終わりー

また、韓国の紅白に対する記事を引用されています。
-以下、引用-

歌手を女性は「紅組」、男性は「白組」に分けて
対決を広げる構成で、
進行者の古典的な衣装と枠にはまったコメント、
華麗だが奇妙にやぼったい舞台装置まで「伝統」を続けます
今年はこうした指摘を一部受け入れて
「紅組司会」「白組司会」に分けていた男女司会者を
単に「司会者」として統合すると発表

-引用終わり-

変な「伝統」にこだわり、中途半端に新しいことをしようとしてどっちつかずになり失敗したという印象があります。

迷惑なグローバル化

和田さんはこれだけにとどまらず、グローバル化についても言及されています。

LGBTやSDGsなど、好きか、嫌いかは関係なく、グローバル化の波は日本にも押し寄せてきます。

しかし、グローバル化は他国の規格の押し付けです。

「だからこそ、何を取り入れるか、入れないかを決めるべきだし、日本は日本なりのバリューを示すべきです。時代の変化の流れを知りつつ、折れるところ、折れないところ、日本には日本のやり方ががあるなら強く主張するところが必要です」と述べておられますが、まさにその通りだと思います。

他国の規格や考え方が正しいとは限りません。

単に国会議員や企業の役員の数を男女均等にするということは稚拙な考えであり、高市早苗さんのように実力のある人なら自然にどんどん出てきてもおかしくないはずです。
日本の女性の多くが政治家や企業の役員を目指していないからなのではないでしょうか?

男性でも女性の立場に立って、女性の味方をしてくれる人はたくさんいます。
意見があるなら、その人に伝えてまかせることだってできるはずです。
女性の数を男性と同じにしたところで、女性に優しい社会とか、男女が平等になる社会が実現するはずはないでしょう。

女性の社会進出を否定するつもりはありません。
しかし、どこかのアンケートでは専業主婦を希望する女性が7割いたというデータもあるようです。
人が求めていないものを、国が「世界の流れだから」と無理やり押し付けても成功するはずがありません。

SDGsにしても、伊勢の式年遷宮に見るように、日本ではとっくの昔に「持続可能な取り組み」をしています。
神宮の所有する山には、将来の遷宮に備えて100年計画で植林をしていますし、解体されたお社や鳥居や橋の木材は、別の神社に「おさがり」として利用されています。

「嫁という言葉をつかうべきではない」という人がいるようですが、「嫁」の語源は「良い女(よいめ)」です。
「嫁」は差別でも何でもなく、いい意味で使われていた言葉です。
これのどこか差別なんでしょうかね。

一方、昔の西洋では、牧畜をするために山をどんどん切り開いてハゲ山にしてしまったり、一番に襲われるように女性を先に歩かせていたとも聞きます。
西洋ではこうした反動からジェンダーフリーやSDGsが来ているのだと思います。
なので「西洋の方がむしろ遅れている」とも言えると思います。

その「遅れている西洋の考え方」を、いまさら日本に押し付けられても迷惑です。
日本には日本の考え方や、やり方を貫くことも必要なのではないでしょうか。

歴史に学ぶ重要性(一国であり続けることの意味)

今日も小名木善行さんのお話のまとめです。

人口激減

14世紀(1348年頃)、当時のチャイナ・元ではペストが大流行し、人口1億2千万人いた人口が2500万人にまで減少するという事態が起こりました。
ペストはユーラシア大陸やヨーロッパでも大流行。
人口の約6割が亡くなったそうです。

元でこれほどまでに人口が減少した原因は2つあります。

一つはペスト。もう一つは飛蝗(ひこう)、いわゆるバッタの大群が作物を食い荒らす災害です。
ペストは気温の高い南部、飛蝗は北部で起こりました。

元が滅んで次に明が興ると、またもや同じ理由で9500万人いた人口が2500万人にまで減少します。
明のみならず、ヨーロッパでも同じことが起こってしまいました。

しかし、日本ではこの時期に大した影響はありませんでした。

その理由が、古事記・日本書紀(以下「記紀」)に書かれています。

崇神天皇の功績

時は2500年前、第10代・崇神天皇の時代。
日本では疫病が大流行し、古事記では「人口の大部分が失われた」と書かれ、日本書紀では「人口の半数以上が失われた」と書かれていています。

日本でも、諸外国と同じように、はるか昔に疫病が流行していたのです。

東大のDNA研究チームの研究で、約2500年前に当時の人口26万人が8万人にまで減少したという事実を突き止めました。
この事実は、記紀の時代とぴったり合います。

東大の研究チームは、「自然災害によるものだろう」という曖昧な見解しか示していませんが、ちゃんと記紀には疫病が流行したと書かれています。

当時はもちろん、ウイルスの存在など分かりませんので、崇神天皇は「神々の怒りに違いない」と思い、各神社に神々のお伺いを立てるよう命じます。

各神社からは「◯◯の神様を◯◯に移しなさい」という「神託」が上がってきました。
しかし、当時も神社はたくさんあったことから収拾がつかなくなります。
そこで、各神社からの話をまとめて上げてくるように、天津社(今で言う官幣大社)・国津社(各都道府県の代表の社)・市町村の代表の社・氏神の社と、神社を4階層に分けました。

それと同時に、手水舎の設置を義務付け、手と口をすすぐようにしました。

当時、人々が何かあるときに集まって話し合うところは神社でした。
今は公民館がありますが、あれは戦後GHQによってもたらされたものです。
GHQは、とにかく神・天皇と民衆を切り離したかったのでしょう。

このことがきっかけとなり、8万人にまで減少していた人口が、一気に67万人にまで増えました。
手水舎での「禊」の結果、疫病がなくなったのです。

以来、崇神天皇は「ハツクニシラススメラミコト」と呼ばれるようになりました。

「都」の意味

神武天皇は、始めて奈良の橿原に都を置きました。
今から約2680年前です。

当時、ある地方で飢饉が起こり、米が取れなくなった場合、余裕のある地方から米を供給できる仕組みを作る必要があるとお考えになりました。
そのためには、公正な米の融通を確保するための機関が必要だったのです。

これが都の始まりです。

「都」とは「宮の子」という意味があるそうです。

こうして、自然災害が起こった場合は都のおかげで飢饉が起こっても耐え凌げるようになりましたが、疫病に関してはいくらお米があっても人々は死んでしまいます。

これを我が国では、第10代・崇神天皇が見事に克服したのです。

今でも残る「疫病対策」の習慣

日本は高温多湿な気候環境であるため、疫病対策が生活習慣にも溶け込んでいます。

挨拶にしても、西洋にあるハグや握手という習慣もなく、日本では畳一畳分(約1.8m)空けてお辞儀をするだけです。
1.8m離れれば、お互いの唾液が飛ぶこともありません。
さらに、禊、お風呂の習慣を持ち、拭き掃除を励行します。

歴史に学ぶことの重要性

同じように疫病が大流行した西洋でも、同じように疫病対策の習慣があってもいいようなものですが、残念ながらありません。

それは、王朝が代わり、歴史が途絶えているからだと、小名木さんは言います。

これに対し、日本では過去の歴史を学んだことを全部活かしながら、現代まで一貫してつないでいます。

疫病対策一点においても、他国と大きな違いとなって表れています。

歴史を学ぶこと、そして、一国であり続けることの重要性を改めて学ぶことができました。

一国であり続けてこられたのは、我が国には天皇がいらっしゃったからだということは揺るぎない事実なのではないでしょうか。

・・・今、神社では「手水の停止」を掲げているところがありますが、むしろ逆効果ではないの?と思うのは私だけでしょうか?

国号の始まりとその深い意味

今日は歴史のお話です。
小名木善行さんのお話のまとめをシェアさせていただきます。

「日本」の始まり

670年、新羅の歴史書・新羅本記に「670年に倭国が国号を日本と改めた」という記述があり、これが一番古いそうです。
日本国内では、689年に飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)で「日本」という言葉が使われました。
また、702年の遣唐使でも日本という言葉が使われており、670年から700年頃にかけて「日本」という国号が使われ始めたということが定説になっています。

「天皇」と「日本」

では「天皇」と「日本」という言葉はどちらが古いでしょうか?

「天皇」という言葉は、608年の第3回遣隋使の時に使われているそうで、「日本」よりおよそ100年前から使われていたそうです。

以前の国号

「日本」と呼ぶ前はといえば「やまと」ですが、チャイナはこれに「倭」という字を当てました。
しかし、日本では「日本」と書いて「やまと」とも呼んでいたそうです。
ちなみに「大和」という漢字は、ただ単に漢字を当てただけです。

「日本」の意味

「日本」は大和言葉で「ひのもと」と言います。
これは、「太陽神である天照大神の本(もと)にある」という意味です。
また、これにはもう一つの大きな意味があり、「ひ」は「霊」とも書き、魂を表すそうです。

日本には古来から「ひふみよいむなやこと」という数え方がありますが、この「ひふみ」の「ひ」は「御霊(みたま)」、「ふ」は「生まれる」、「み」は「身」を表し、「ひ(霊)」から生まれる「み(身)」、つまり人間の体には魂が宿っているという考え方があったそうです。

ですので、「魂が本体であり、身は依物(魂が宿るもの)に過ぎない」という考え方がありました。

このことから、「国家の根本は霊(ひ)であり、霊体・神体が本(もと)になってできた国」という意味があるそうです。

「日本」の呼び方

ちなみに、いまだに我々日本人も「にっぽん」と呼んだり「にほん」と呼んだりしますが、これは「どちらも正しい」というのが正解です。
もう国号自体が日本人の特性である「曖昧さ」を物語っていますよね(笑)

東方見聞録のマルコポーロは、チャイナで日本のことを聞いた時、「日本」をチャイナ読みで「日(ジツ)本(ポング)」と聞き、それを母国語に直して「ジパング」としました。
それがヨーロッパ諸外国で「ヤーポン」とか「ハポン」とか「ジャパン」になりました。

国号「日本」の根底にあるもの

さて、この「日本」という言葉には大きな意味があることを学びました。
さらに、「日本」という国号に基づく素晴らしいお話があります。

前述した

「魂が本体であり、身は依物(魂が宿るもの)に過ぎない」

「国家の根本は霊(ひ)であり、霊体・神体が本(もと)になってできた国」

という意味から、魂をいかに重要視していたかを伺うことができます。
その魂にはランクがあり、この世で修行することにより最終的には神様に近いものになっていくという考え方があります。

神様に最も近い魂は、最終的な人間界の試練として、最も重い肉体を持って生まれてくると考えられていました。

最も重い肉体とは、いわゆる身体障害者や脳性マヒなど、脳や身体に障害を持った人たちのことです。
その人たちは神に近い非常に高貴な魂を持たれているから、大切にしなければならないと考えられ、半島などで障害者を揶揄するような文化とは全く違った考え方が日本にはありました。

「神」がこの世に生まれ変わってくるのか?

ここからは私の考えです。

この世は魂の修行をする場で、肉体を持つことにより魂を磨きやすい環境に置く、これがこの世での修行であると聞いたことがあります。
肉体を持つことにより、自由が利かなくなるからです。
目で見ないと見えない、触らないと感覚がない、耳で聞かないと聞こえない、鼻を通さないと匂いが分からない、口を通してでないと相手に自分の意志を伝えられない・・・こういう状態で暮らさなければならないからです。

この世に生まれ変わるということは、その魂に何らかの欠点があるからです。

そして、生まれ変わりを繰り返し、魂を磨き上げて欠点を補完し、最終的には修行をしなくてもよい状態、それが「神の魂」ということだと思います。

ホツマツタヱを読むと、クニトコタチから始まりアマテラス、スサノオなど、神話に登場する神々は実在の人物として描かれています。
よく神話などに出てくる神様たちはすでにその状態に達しており、この世に生まれ変わる必要のない方々だと思います。

なので、たまに「わたしはスサノオの生まれ変わりだ」とか「アマテラスの生まれ変わりだ」などと言っている人がいますが、こういった人たちは低級な霊に翻弄されているだけなのかもしれません。

また、本宮大社の縁起にイチャモンをつける意図はまったくありませんが、「人格者(神格者?)」ともあろうお方が「私を祀れ」とは言わない、そういう霊は低級な霊であり、みんなからチヤホヤされたいだけ、と何かのブログで読んだことがあります(おそらく有名な霊能者の方だったと記憶しています)
そのことが頭に残っていて、始めて本宮大社の縁起を聞いた時に「それ、違うやろ」と思ったことがありました。

真相のほどはさておき、私がいいたいことは、聞いた情報を鵜呑みにせず、たくさんの情報から判断しましょうねということです。

ではまた。


大東亜戦争の起こりは真珠湾ではない

今日は76回目の終戦記念日ですね。

たった76年前に終わった戦争。

日本は必死でアメリカに和平交渉を働きかけていたにも関わらず、アメリカは無視を決め込み、原爆を投下。罪のない大勢の一般庶民が犠牲になりました。

「太平洋戦争は、日本が早く降伏しなかったからだ」と言われ、私たちも学校ではそう習ってきました。
しかし、その理由がまったく違うということが分かったのは大人になり、ネットが普及し始めてからでした。

終戦の認識も違えば、開戦の認識も違います。

私たちは学校で「真珠湾攻撃のだまし討ちから始まった」と習いました。

しかし、真相はまったく違います。
小名木善行さんの動画から、順を追って見てみましょう。

ポーランド侵攻

小名木さんによると、「第二次世界大戦」が始まったのは1945年12月からではなく、1938年9月、ナチスドイツがポーランドに侵攻したのが始まりでだそうです。

ポーランドに侵攻したナチスドイツは、あっという間にポーランドを占領してしまいました。
なぜ、そう安々とポーランドは侵攻を許したのか?

答えは「ポーランドの多くの国民がそう望んでいたから」です。

第一次世界大戦では、「戦争特需」で非常に景気が良かったのですが、そのうち供給過剰となり物が売れなくなり物価が下がり、世界大恐慌が起こります。

その煽りをまともに受けたのがヨーロッパであり、その中でもナチスドイツの状態は深刻なものでした。

第一次世界大戦で破れたナチスドイツは、戦勝国に多額の賠償金を払い、国内ではハイパーインフレが起こり、失業率は国民の約半分になります。

この状況下で「ナチス党」が生まれ、ヒトラーが総統に就きます。

ヒトラーは、「失業率ゼロ宣言」をし、ハイウェイをつくったり、軍事産業を活性化させたりして公共事業をバンバン始めます。

軍事産業というのは、その周辺の業種にも大きな影響を与えます。
軍事産業を活性化させることにより、塗装、鉄鋼、火薬、造船などの業界が活性化します。
そこからさらに船内の家具、調度品など、その周辺の分野にも影響を与えます。

こうして、不況にあえいでいたヨーロッパの中で、ドイツが好景気に沸き始めました。

一方、ポーランドはいまだに景気が回復せず、国民は好景気に沸くドイツに「元を正せば同じ民族なんだから、彼らに政治をやってもらおう」という動きが始まりました。

ポーランド侵攻の裏には、こういった背景があったのです。

当時の日本の状況

当時ナチスドイツと同盟関係にあった日本ですが、ナチスドイツのポーランド侵攻の1938年から1941年12月まで、戦争をしないように努力をしていました。

当時満州国がありましたが、その満州国の特産品が大豆でした。
しかし、満州は土地柄大豆が育ちにくい環境であったため、土壌改良でリンが必要でしたが、この輸入をアメリカに頼っていました。
このリンを、アメリカが禁輸措置を取ります。
満州は「大豆経済」と言われていたほど、国民の生活を大豆のに頼っていたため、リンが入って来なくなるとその経済は壊滅状態になります。

さらに、日本に対しては石油の禁輸をします。

こうなれば、大豆の50%を満州からの輸入に頼っていた日本は生活ができなくなり、世界最強をほこる日本海軍の軍艦、戦闘機が使えなくなり、国を守る術がなくなってしまいます。

ドイツのオランダ占領と日本の油田確保

この時期、ナチスドイツはオランダを滅ばします。
そのオランダが植民地としてインドネシアに油田を持っていました。
その油田を警護はオランダ軍がしていました。

オランダが滅んだのですから、そのオランダが持っていたインドネシアの油田はドイツのものであり、理屈から言えばこの時点でオランダ軍が「不法占拠」している状態です。
石油の確保にあえいでいた日本は、ドイツから油田を借りる許可を得ました。
そして、1941年12月8日、真珠湾攻撃の日と同じ日にパレンバンに落下傘部隊を派遣してこの油田を制圧しました。

義和団事件

1900年、北京の外国人特区(11ヵ国が駐留)において義和団事件が起こります。
義和団事件とは、当時のチャイナである清が、民衆の間で結成された「義和団」を支持し、20万の人員を送り込み、そこに住んでいる外国人を皆殺しにしようとした事件です。

この時に、柴五郎大佐や安藤大尉などが奮闘し、義和団を蹴散らします。

その後、事後処理として「北京議定書」で清の治安維持のために各国の軍隊を常駐させるという取り決めが行われました。
そのうちの一国が日本でした。

スペイン風邪

ここでまた別の「事件」起こります。

スペイン風邪です。

このスペイン風邪が原因で、北京に駐留していた各国の軍隊が一斉に引き上げます。
残ったには日本だけでした。
この頃(1918年~1920年頃)に、大きな問題が起こっていました。

チャイナの共産化問題

ここで、衰退していく清に代わって、蒋介石を中心として新たな国・中華民国を建国する動きが起こります。
しかし、民主主義の中華民国を建国しようとする蒋介石と、共産主義の国家にしようとする動きで対立が起こってしまいます。

もし、チャイナが共産化すれば、スペイン風邪で出ていった国々の利権がなくなってしまいます。
そこで、フランスやソ連が蒋介石に莫大な資金と武器の援助を行います。
というか、蒋介石が各国の高官を、清王朝の宝物と女をエサに買収をするのですが。

アメリカの加担

そんな中、これをアメリカも黙って見ているわけにはいきませんでした。
奇しくも、蒋介石の妻・宋美齢は、アメリカにいたこともあって英語がペラペラでした。
宋はアメリカに渡り、物と女で政府高官を買収します。

この時、「日本の侵略に加担しないアメリカ委員会」というリーフレットを発行します。
普通ならなんてことないリーフレットかもしれませんが、文書を寄せている面々が錚々たるメンバーでした。

フランクリン・ルーズベルト大統領、コーデル・ハル国務長官、スタンリー・ホーエンテック外交担当国務省補佐官、ヘレン・ケラーなどが名を連ねていました。

その内容ですが、「日本はチャイナを侵略している。この日本を見過ごすことは、アメリカは日本のチャイナ侵略に加担している」というものだったのです。

・・・ちょっと待ってください。

スペイン風邪で日本を置いて出ていった分際で、何を言っているの?

このリーフレットが6万部発行され、瞬く間に全米を席巻してしまいます。
超大物ばかりが書いているものです。
その影響力たるや凄まじかったでしょう。

これをきっかけに、アメリカは本格的にチャイナの援助を始めます。

「標的」のすり替え

話はすこし戻って、中華民国の建国を巡って民主主義を推し進める派と共産主義を推し進める派に別れて対立していましたが、共産主義がほぼ壊滅状態になります。

そこで1936年に、民主主義派と共産主義派、蒋介石と毛沢東が手を握ります。

共産主義が壊滅状態になったからには、各国からの「美味しい援助」がなくなるので、それを得るために今度は「標的」を日本に変えてしまいます。
お互い敵同士だったのに、お金のために手を結んだのです。

こうしてまんまと再び「美味しい援助」にありつけたのです。

アメリカは莫大な武器と資金の援助を行い、1941年には100機の戦闘機、トラック300台、5000万ドルの軍事物資、500機のB17爆撃機などを援助し、259名のアメリカ空軍のパイロットや米軍の軍事顧問団と整備士を送り込み、「フライングタイガー」という名で日本の軍事施設の攻撃を始めます。

この「パイロット」ですが、アメリカの空軍が派兵をすると「戦争」になりますので、「退役軍人」という名目で送り込んでいます。
姑息にもほどがありますが、これはもう、事実上の「戦争」です。

このフライングタイガーによる軍事行動は、1941年の真珠湾攻撃より前の、春先から夏にかけて行われていたものです。
やむなく反撃をすれば「チャイナを侵略した!」と騒いでいたというのが当時の状況です。
私たち日本人の先人たちは、一所懸命、バカ正直に「任務」を遂行していただけなのです。

諸悪の根源は学校教育

このように、真珠湾攻撃にいたるまでには複雑な「伏線」があり、単に日本軍が真珠湾を攻撃して開戦したものではないということがお分かりいただけたかと思います。
しかしながら、こういったことを学べるのはネットか本しかありません。
そのネットも、今や検閲がひどくなり、真実、あるいは世の中の流れに逆らうようなことを言おうものなら削除されるという事態が相次いでいます。

テレビでは(特にNHKでは)毎年のように終戦記念日にちなんで特番を組んで放送していますが、すべて「日本は愚かだった」という内容に終始しており、メディアが流す情報からは真実は見えて来ないというのが現状です。

メディアもひどいですが、それに輪をかけてひどいのが教育の現場です。

GHQによって徹底的に自虐史観を植え付けられた教育現場では、完全に日本が悪者にされてします。
私の父親の世代も、いまの政治家も、現在学校に通っている子供たちも、すべて自虐史観の元に育ってきました。
私が小中学校の先生は、「日本が悪い」ということだけにとどまらず、日本を馬鹿にするような発言をよくしていました。
例えば、動画にもありますが、各国の軍人が並んでいる写真で日本人が一番小さいのを見て「日本人が一番小さい」と言って笑いながら説明していました。
「日本人はトーストにバターを塗る時は薄~く塗ってケチ臭く食べるが、欧米人は厚切りのバターを乗せて豪快に食べる」と言っていたことを覚えています。

諸悪の根源は学校にあります。
こうした日本を蔑む先生らを、教育の現場から駆逐することから始めなければなりません。

この学校教育を変えなければ、日本はいつまでたっても隣国に頭を下げなければならないし、自国に誇りを持てないことになります。
我々の世代はもちろん、子供、孫の世代まで、この教育が続く限りずっとです。

もちろん、戦争に「良い悪い」はありません。
戦争が起こってしまったことは、当事者全員が反省するべきものでしょう。
しかし、日本やイラクのように、悪者に仕立て上げられて戦争をせざるを得ない状況に追いやられた国もあるのです。
ユダヤ人を大量に虐殺したドイツはまだ謝っていますか?
ベトナムで住民を殺し、略奪し、強姦し「ライダイハン」と呼ばれる混血児を多く出した韓国はベトナムに謝っていますか?

日本は、戦後76年たって今もなお、GHQが植え付けた自虐史観の路線を踏襲しています。
日本人は馬鹿ではありません。
この76年で随分とアメリカに骨抜きにされてしまいましたが、真実に気づき、自国に誇りを持つ人がまだいることがせめてもの救いでしょうか。
そしていずれはそうした人が増え、この悪しき流れに終止符が打たれることを願ってやみません。

我が国のために散っていかれた英霊の方々、罪もなく殺されてしまった多くの一般市民の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

今回勉強させていただいた動画はこちらです。



古代文献と神代文字

五十音の起源

今回は、古事記、日本書紀の原書とされている古代文献から、神代文字についてお話させていただきます。

今回は小名木善行さんのYou Tube動画を参考にさせていただき、私見を交えながらお話させていただきます。

小名木善行さんのお話によると、五十音の起源はフトマニなのだそうです。
フトマニとは「太占」と漢字で表されますが、ようは占いのことです。
熊野詣でも、陰陽師などはこのフトマニで占っていたと聞いたことがあります。
占いの方法は、鹿の骨や亀の甲羅を焼いて、そこで割れたひびによって吉凶を占うというものです。

そのひびの割れ方にたくさんのパターンがありました。
真っ直ぐ一直線に縦に入るもの、真横に入るもの、斜めに入るもの、縦と横に入るもの、ギザギザに入るもの、大きな穴が一つ開くもの、小さな穴が一つ開くもの、大きな穴が複数に開くもの・・・などのパターンがあり、それをいちいち「真っ直ぐ一直線に割れる」とか「縦と横に割れてその真ん中に穴がある」とか言っていると日が暮れてしまう(笑)ので、一つの音で表したものを50(または48)表したものが五十音だそうです。

古事記・日本書紀にはそれぞれ引用された書物の名前が記載されています。
臣連伴造国造百八十部并公民等本記、天皇記、国記、帝紀、旧辞などです。

臣連伴造国造百八十部并公民等本記、天皇記、国記は聖徳太子と蘇我馬子の監修で西暦にして620年に編纂されたものです。

日本書紀はその100年後に完成していますので、当時のことを覚えている人がいたということです。
私たちの時代でいえば、大正時代のお話です。
そうなれば、ひいおじいちゃんあたりの時代になります。
私よりすこし上の世代であればおじいちゃんの時代の話です。
ということは、嘘を書くわけにはいかないので、これらの書物があったということは事実でしょう。

古事記は帝記、旧記をもとにして書かれています。
帝紀とは「みかどの記録」、旧辞は「古いことば=口伝、伝承」ということだそうです。

それらの文献は焼失してしまい、すでにこの世には存在していないそうです。
ですので、これらの書物がどのような文字で書かれていたのかも分かりません。

古典三書

日本には「古典三書」と呼ばれている書物があります。

古事記、日本書紀、大成経です。

古事記、日本書紀はみなさんもご存知でしょうが、大成経って初耳でした。
大成経は聖徳太子が書かれた書物なのだそうです。
原書は存在していないそうですが、、写本が出回っており、中には解説本もあるようです。
小名木さんはすでに古事記と日本書紀については原文を翻訳されていますが、次には大成経の原文翻訳に取り組みたいとおっしゃっています。

古典四書

それとは別に、「古典四書」というものがあります。
ウエツフミ、ホツマツタヱのウタヒ、ミカサフミ、カタカムナがそれにあたりますが、ホツマツタヱはすでにこのブログでも内容をご紹介しましたのでご存知の方もいらっしゃると思います。

神代文字

これらの書物は漢字で書かれておらず、「神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)」で記されています。
神代文字には2種類あり、ひとつは亀の甲羅などに入ったひびをそのまま文字にしたもので「アビル草文字」と呼ばれるものがそれにあたります。
残念ながらこの文字の再現はここでは難しいのでお伝えできませんが、「た」なら「た」にあたるひび、「へ」ならへ、「る」ならるにあたるひびがあり、その組み合わせで出来たものが漢字なのだそうです。

そして、もう一つは「一字一音一義」による文字、つまりそれぞれの文字に意味があり、それがフトマニ(占い)の意味を成すという文字です。

カタカムナは神代文字

先述の古典四書のひとつ、カタカムナですが、これがカタカナの起源になったという話です。
ひらがなの起源は漢字を崩したものという明確な根拠がありますが、一方カタカナについてはその根拠が曖昧です。

私は以前からカタカナの起源については懐疑的でした。
学校でその根拠について聞いてはいるでしょうが、かなり強引な感じが否めません。
それはこちらの記事をご参考にしていただけたらと思います。

日本に文字は存在していた?

小名木さんはここで面白い「根拠」について話しています。

「ア」は漢字の「阿」のこざと偏である「阝」からできたとされています。
一方、「へ」ですが、これは「部」のおおざと「阝」を横にしてできたものとされています。
明らかに形が同じであるにも関わらず、なぜ違う文字ができるのか?
また、明らかに「それはないやろ!」というものが「マ」です。
この「マ」は「末」からきているというのですが、どのようにして「末」から「マ」なったのか、説明ができますか?

「カタカナは漢字の一部を取り出してできた」と言われていますが、「マ」「ケ」「ス」などについてはその説明ができません。
かなり強引です。

白い人 ≠ 白人

7300年前にアカホヤの大噴火があった時、日本に住んでいた人々が新天地を求めて世界中に散らばり、日本の文化や文字を携えて広めていった・・・という話があります。
特に中南米では「白い人がやってきて我々に文明を伝えてくれた」という伝説があります。
ここでいう「白い人」というのは白人ではなく、日本人だという説です。
先日オリンピックを見ていて、いわゆる「白人」と呼ばれている人と、我々日本人の肌の色を比較してみても、そんなに差はないなと思っていました。

いわゆる「黄色人種」と呼ばれている人々、特に東南アジアの人々の肌の色と比べても、明らかに日本人は色白です。
有色人種の中で日本人というのは特別色白なのです。
なので「白い人」を欧米の白人と勘違いをしたがために、彼らの文明は滅ばされたのです。

紀元前3500年にシュメール文明という文明がありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB
シュメール人たちは自分たちのことを「ウミサンキタ」と呼んでいたということが、残された文書から解読されています。
ただ、この「ウミサンキタ」、ヨーロッパの人には何を語源としているのか分からなかったのですが、日本人なら想像はつくと思います。

「ウミサンキタ」は「海さん来た」「海さんからやってきた」となり、「我々は海からやってきた」ということになります。
その海とはどこか?というと、日本だとういうことです。
日本はもともと、地形的な関係から海とのつながりが大きく、縄文時代にはすでに相当な規模の船を建造し、航海する技術を持っていたということが明らかになってきました。
そうした船を使って世界に散らばり、文字をはじめとして文化や伝統なども広めていったのではないか、そういう可能性がまったくないと言えないほど、日本という国は歴史的にも文明的にも深く、優れたものを持っていたのではないでしょうか。

今回ご参考にさせていただいた小名木善行さんの動画はこちらです。

小名木さんのお話はこれだけにとどまらず、日本の歴史全体を通して楽しくお話してくれます。
小名木さんのような人が学校で授業をしてくれたなら、日本史を好きな子供がもっと増えるのにと思います。

全体主義と男女平等

この記事は、会員向けに配信している「和田通信」のものに、加筆をして改めてこちらに掲載をいたします。

アメリカで進む家族破壊

アメリカ下院議員の議長・民主党のナンシー・ペロシは、ジェンダーフリーに関する新しいルールを下院に提出しました。
father,mother,daughter,son,brother,sisiter,mother-in-law,uncle,auntなど、性別を表す言葉を国会から排除しようとしています。
もうこれは言語統制です。

民主党政権下のアメリカでは、こんなことが真剣に議論されています。
いわゆる「左翼」が政権を取ると、全体主義が進みます。
イギリスでは、ブレア首相が政権と取った際には、ロンドンオリンピック前に街中の至るところに監視カメラが据えられ、ロンドンを象徴する2階建てバスには、1階だけで8台、全部で16台の監視カメラが置かれました。

アメリカでは、記憶に新しい大規模な大統領の不正選挙がありました。
裏では中国共産党が関わっていたと言われていますが、このことをアメリカの民主制度がはっきりと正すことができないくらい民主党が腐敗していて、共和党にもその腐敗が到達していたことを露呈してしまいました。
バイデン大統領は「私は社会主義者ではない」」と言っていますが、彼はいわゆる「トロイの木馬」であり、社会主義者です。
そのトロイの木馬から、「社会主義の兵士」が次々と出てくるわけです。
世の中の動きを見る時、「お金の動きと人事を見ろ」と言いますが、今後アメリカでどのようになるのか注目したいところです。

バイデン氏、ペロシ氏などの大金持ちは、タックスヘイブンにお金を移しているため、自分たちの財産は傷つきません。
その上で、大増税を行います。
こうすることで中産階級が崩壊します。
多くの人が貧しくなるので、政府の福祉に頼らざると得なくなります。
そうなると国民はますます政府の言うことを聞くようになります。
国民が政府の奴隷となるわけです。

話を戻して、ペロシ氏がなぜこのようなことを言い出したかというと、従来あった伝統文化の基盤である「家族」という概念、すなわち、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん・・・その中で伝えられていく伝統的価値観を破壊するために、まず家庭を破壊する。
その家庭を破壊するために、家庭を意味する言葉を破壊する・・・ということをしようとしています。
こういった恐ろしいことが、現在アメリカで進んでいます。

日本でも起こりうる事

日本も他人事ではありません。

今やアメリカと似たような流れが起きつつあります。
「主人」「旦那」「嫁」・・・これらの言葉が「差別用語」となりつつあります。

もちろん、男女差別はあってはならないことです。

しかし、これは別問題です。
例えば「旦那」とは元々サンスクリット語の「dana」から来ていて、元来は「布施」「施し」を意味するそうです。
それが、時代が下って布施をする人を「檀那」と呼ぶようになり、近世では「裕福な人」「人を雇う主」「自分の仕える主人」と拡大解釈されるようになったそうです。
さらに時代が下り、現代では女性が配偶者を呼ぶ時の呼称として使われるようになりました。
みなさんは、この意味を踏まえた上で「旦那」という言葉を使っていましたか?
私は語源を調べるまで意味が分かりませんでした。
「旦那」と言えば、単に女性の配偶者のことであり、別の意味では、目上の人のことを指す言葉だという認識しかありませんでした。

では、みなさんも良く耳にしたり使ったりする「王道」はどのような意味でしょうか?
本来の意味は「安易なやり方」です。
しかしおそらく「定石のやり方。正攻法」と捉えている人がほとんどではないでしょうか?
現在では、後者の意味も載せる辞書が増えてきたそうです。
これは誤用が定着した例ですが、言葉というものは生き物と同じで、時代の流れによって意味や使い方が変わって来る場合がよくあります。
それを「本来はこんな意味だから差別だ」というのは、浅はかとしか言いようがありません。

彼らの言っている「ジェンダーフリー」は、左翼全体主義を助長しているに過ぎません。
いかにも「差別はいけないことだ」と聞こえはいいですが、それならなぜ彼らは「オリンピックの100m走を男女一緒にしろ」とか、「力士も女性を入れて男性と同じ土俵で戦わせろ」とか、「歌舞伎に女性を入れろ」とか、「宝塚に男性を入れろ」と言わないのでしょう?
彼らの言っている「男女平等」は、上記と同じことを言っているに過ぎません。
完全にその意味を履き違えています。

もっと極論的な言い方をすれば、こういうことと同じです。
総合病院には様々な先生がいます。
外科医、内科医、整形外科医、泌尿器科医、小児科医、耳鼻科医、脳神経外科医・・・
これを「外科医にも内科の患者の診察をさせろ」とか、「泌尿器科医に整形外科の手術をさせろ。同じ医者じゃないか!」と言っているようなものです。
同じ「医者」でも、専門分野が違えば素人です。
こんなことになれば大変なことぐらい、誰でも想像がつくでしょう。

あるいは、右投げの野球選手に向かって「左でも投げられるようにしろ、同じ腕だろ」といっているようなものです。
右で投げることが得意な人もいれば、左が得意な人もいます。
それを「同じ腕だから」という理由で両方で投げられるようにするなど、習得までに時間がかかり効率的ではない上に、そうしなければならないメリットもまったくありません。
すでに何かしらのメリットがあるならば、すべての野球選手がそうしているはずです。

そもそもの話、男女とは役割の違いであり、差別ではありません。
ジェンダーフリーを唱えている人は、「差別」と「役割」の違いを混同してしまっているのです。
今は「男性は外で仕事」「女性は家庭」という考えが古いとか、差別だとかいう人が多いですが、これも元来「役割の違い」であり、差別ではありません。
私も男女差別は絶対に反対です。
「誰のおかげで飯が食えているんだ!」という男には「誰のおかげで仕事ができてるんだ!」と言ってやりましょう。
お互いが違う役割を専属で担い、お互いの欠けを埋めて支え合って生活が成り立っているのです。
お金を稼ぐ方が偉いとかいうような言い方をする奴は、差別主義者であり、これは許せません。

本来、男女とはそういうものなのです。
でなければ、男性も子供を産めてお乳が出るように作られていたはずです。
男性と女性、同じ役割をしてうまくいくはずがありません。

右手が完全に左手の役割をカバーできないのと同じです。
私は今、キーボードを叩いて入力をしていますが、右手と左手を入れ替えて打つことはできません。
厳密に言うと、できなくはないかもしれませんが、かなりの無理が生じます。
あるいは、右手の指で右手に薬は塗れません。
男女の役割も同じなのです。

昔は専業主婦にも国から手当が出ていました。
それを廃止にしてしまったため、女性も働きに行かざるを得なくなりました。
その結果、女性は、働かなければならない上に、家事や子育ての大半を担わなければならなくなりました。
そうなれば「私も働いているのだから私ばかりに家事や子育てを押し付けないで、あなたも手伝いなさいよ」となるのは当然の流れです。
でも、これでうまくいくはずがありません。

保育所不足の問題が取り沙汰されてから結構たちますが、お母さんが家庭で子育てできる環境が整えば、こういった問題は解決されるはずです。
今の政府が進めている対策は、虫歯が出来たからそこを治療するという対処療法と同じです。
根本の虫歯の原因や生活習慣を直さない限り、虫歯はまた起こります。
なので、「保育所を増やす」というのは対処療法に過ぎません。
少子化問題も、女性の社会進出がその一因です(女性の社会進出を否定しているわけではありません)
「少子化なのに保育所不足」という矛盾も起こっています。
ひとつ歯車が狂い出すと、あらゆるところでひずみが出てきます。
いくら対処療法をしても、新たな問題がまた起こることは目に見えています。

陰と陽、どちらが欠けても世の中は成り立ちません。
太陽には太陽の、月には月の役割があります。
月が太陽の役割をしようものなら、人類はは存在できなくなります。
水が火のような役割をしようものなら、人間はおろか、この世のあらゆる生物は生きていけません。
先述の右手と左手の関係もそうです。
陰と陽とは、性質の全く違った物が、お互いの「欠け」を埋め合って一つの物事が成り立つ様を表したものです。
なぜ陰と陽があるのか、性別があるのか、また、「差別」と「役割」の違いについて、この機会に今一度、よく考えてみてはいかがでしょうか?

建国記念の日

一日遅れましたが、昨日は建国記念の日でしたね。

初代天皇である神武天皇が即位した日とされています。
その年からの暦を「皇紀」といい、今年は皇紀2681年です。

2681年。

国としてはダントツで古いんです。

「え?中国じゃないの?」

と思われたかもしれませんが、中国は王朝は頻繁に変わっていますので違います。
中華人民共和国の建国が1949年、終戦後です。
なので、「中国4000年の歴史」というのは嘘で「中国72年の歴史」と言い換えなければなりません(笑)
2位はイギリスで約900年です。

そう、日本はぶっちぎりで古い国なんです。

ただ、日本の建国の年代も「違う」という可能性はあります。

この年代は、日本書紀に記されている紀元前660年旧暦1月1日を元に言っているに過ぎません。
日本書紀の編纂が720年。
神武天皇が即位されたとされる年から約1300年も経っていますので、この書に記されていることが真実なのかどうかも疑わしいです。

日本は世界最古の国であるためか、建国の年代がはっきりとはわかっていません。
こんな国も珍しいのではないかと思います。

ホツマツタヱによれば、日本はもともと「常世国(とこよくに)」と呼ばれ、その建国は初代アマカミであるクニトコタチにまで遡ります。

時代は縄文時代中期(5500年~4400年前)とされています。

クニトコタチは、古事記・日本書紀などでは神として描かれていますが、ホツマツタヱでは人として描かれています。
そして、みなさんご存知のイザナギ・イザナミはその7代目アマカミ、天照大神は8代目にあたります(ちなみにホツマツタヱでは天照大神は男性として描かれています)

この国を建国したとされる神武天皇は13代目です。

アマカミとは、今で言う天皇の地位にあたるお方であり、日本全国を巡業して農業の普及と国語の標準化、トの教えを広めるために尽力されました。

トの教えについては、こちらの記事をご参照ください。

https://7875937fbfc6f01c.main.jp/2020/06/23/%e5%8f%a4%e4%bb%a3%e5%8f%b2%e3%83%9b%e3%83%84%e3%83%9e%e3%83%84%e3%82%bf%e3%83%b1%e3%81%ae%e6%97%85%e3%80%90%e3%81%8a%e5%8b%a7%e3%82%81%e6%9b%b8%e7%b1%8d%e3%80%91/

・・・これがもし本当であれば、2681年どころの話ではありません。

日本と中国の建国の歴史は、それぞれが主張していることと違うという点では同じですが、中国のそれは「もっと短い」、日本は「もっと古い」ということになります。

戦後のGHQの自虐史観の教育により、日本人は自国の誇りを失いつつあります。
自国を卑下する国民がいる国なんて、普通ではありません。
この機会に、我が国に対する想いを再認識されてみてはいかがでしょうか?

その国の言語が国民性を作る -察する文化-

日本は「察する文化」であり、多くを話すのではなく、その言葉から推察される意味を汲み取る必要があります。

その典型例が和歌や俳句ですね。

外国人でよく、俳句を作る場面にこれまで遭遇したことがありますが(特に歌碑が立っている小雲取越)、この「背景を読む」という考えがないためか、見たまんまのことを述べたりとか、自分のその時の感情をストレートに表すことが多いです。

まあ、即興で作っているのである程度仕方のないことですけど。

私がよく視聴しているYou TubeのCGSチャンネルで、面白い例が紹介されていたのでご紹介します。

めぐり逢ひて

見しやそれとも分かぬ間に

雲隠れにし

夜半の月影

紫式部の有名な歌ですが、多くの解説書などには

久しぶりにめぐり逢い、見たかどうかも分からないうちに、雲に隠れるように帰ってしまった。

見上げたらキレイなお月さまがあった。

という解釈がされているそうですが、本当の意味はもっと深いところにあるそうです。

和歌というのは、上の句(五・七・五)と下の句(七・七)に分かれていて、その間にあるもっとも言いたいことというのは書かず、読んだ人が上の句と下の句をヒントにそれを探るといういう「察する文化」の象徴とも言えるものです。

この「察する文化」の原点が和歌なので、和歌はあらゆる日本文化の原点だと言われているそうです。

さて、この歌、転勤を命ぜられた幼馴染の友達が、紫式部のもとに挨拶に訪ねて来た時に詠んだ歌だそうです。

挨拶に来るのに夜には来ないので、この幼馴染は日中に訪ねてきました。

「見しやそれとも分かぬ間に」は、物理的な時間と心理的な時間の両方を指しています。
つまり、昔話に花が咲いて、気づけば夜になっていたという、心理的な時間の短さを詠んでいるそうです。

そして、多くの書物やブログに「月かな」と書かれていますが、正確には「月影」であり、「影」であるから大切なのだと、小名木さんは解説しています。

月は形が変わり、やがてもとの形に戻ります。
つまり「巡るもの」であり、上の句の「めぐり逢い」にかかっていて、「早く都に戻って来てね」という紫式部の想いがこの歌に込められているのだそうです。

以前、仕事で同僚に書類の作成をお願いする時に、(書類の話をしていた流れで)作成してもらう理由を伝えたことがありました。

その同僚も理解をしてくれ「わかりました」と言ってくれたのですが、ここに当時の上司から『きちんと最後まで『こうこうこういう理由なので、◯◯の書類を作ってください』と言わなければ伝わらない」と注意をされたことがあります。

ビジネスの場では、そうしなければ解釈の行き違いが発生する可能性がありますので、はっきりと最後まで言わないといけないことは分かりますが、日常においてはそこまで言わなくても、相手の言わんとする事は分かりますよね。

例えば、毎週参加しているセミナーがあった場合、「今日は体調がすぐれないので」と電話がかかってくれば「ああ、今日は休むんだな」と「察する」ことができます。
もちろん、ここで終わる人はあまりいないと思いますので、最後まで言う人が大半だと思いますが、次の場合はどうでしょう?

「さて、ではそろそろ」

「あ、そうですか、おかまいもしませんで」

「いえいえ、ではまた」

「お気をつけて」

この中にはっきりと「帰ります」という言葉が入っていませんが、会話が成立しています。

英語では「I’ve gotta go home.」などと言いいますが、ここが日本文化と西洋文化の違いだと、私は思っています。

これは日本の文化であり、他国の人の価値観を押し付けられても、日本人は直すことはできません。

日本人が、特に幼少の頃に外国に住んでいた人は、日本で生まれ育って来た人に比べて、考え方や感性が違います。

「見た目は日本人、でも中身は外国人」という感じです。

また、そこまでは行かなくても、長年海外に住んでいた人も、日本で生まれ育った日本人に比べると、考え方や感性にズレがあります。

これは、幼少の頃にその国の言語で育ち、その国の言語で物事を考え、その国の言語で教えられてきたからであると思います。

逆に、「タタミゼ」という言葉に象徴されるように、日本に住み始めた外国人が、いわゆる「日本かぶれ」を起こすということがありますが、一過性の人を除けば、これもまさに日本語で物事を考えてきたからであると思います。
「日本に住み始めてからお前は日本人みたいになった」と言われる外国人が多いとも聞いたこともありますし、実際日本に長年住んでいる人が知り合いにいますが、日本人の感性にそっくりです。

「食べ物がその人の体を作る」とはよく聞きますが、同じように「言語が国民性を作る」と言えるのではないでしょうか?

よく二階さんが意味不明なことをいいますが、あれははっきり言って裏に意味はなく、ただの朦朧でしょう(笑)
老害は組織の発展を妨げます。
早く新陳代謝をしていただきたいところです。