神社での参拝方法を分解する ~足の運び編~

今日は神社での参拝方法を分解する「足の運び編」です。

あなたは、社殿の前で二礼二拍手一礼をしたあと、どのようにしてその場を去りますか?
色々調べましたが、細かく指南されているところが見当たりません。
たまに聞く話として、「お尻を神様に向けると失礼だから、正面を向いたまま2、3歩下がる」くらいのものです。

小笠原流では、そのことについてもきちんと教えてくれます。

社殿に向かって右側に立っている場合

その例として、社殿に向かって右側に立っている場合でお話します。

①お参りを終えると、両足を揃えている状態から左足を後方(右足の外側)に引きます。
この時、残した右足は正面を向いたままです、

足を引くことによって自然に頭がさがり、お辞儀をしているような所作になりますので、神様に対しても失礼にはなりません。

②次に残している右足を引き、左足に揃えます。
この時点で、社殿に対して横向きになっています。

③次に左足を90度程度開いて向きを変え・・・(普通に踏み出してもかまいません)

④最後に右足を踏み出し、普通に歩いてその場を離れます。

まっすぐ後ろに2、3歩下がると他の参拝者にぶつかる可能性もあります。
また、すぐ後ろが階段のような場所では危険です。

いずれにしても、最終的には神様にお尻を向けてしまいますので、安全かつ失礼のない小笠原流でされてみてはいかがでしょうか?

なお、社殿に向かって左側に立っている場合は逆の動き、つまり、右足を引く→引いた右足に左足を引いて揃える→右足を踏み出す→左足から歩き始める・・・となります。

神社での参拝方法を分解する ~合掌編~

今日は神社での参拝方法を分解する「合掌編」です。

そもそも合掌の起源とは?

合掌の起源って何でしょうか?
Wikiにはこのように書かれています。

日本では仏教に関する儀式の際に行われるだけでなく、お詫びをするときやお願いをするときに、相手を持ち上げるための仕草として使う例もある。

また、食前食後の挨拶の際に合掌する例もあるが、これは仏教由来の習慣である。

神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道の礼拝では、合掌はしない)。

つまり、合掌は仏教伝来であるということですね。

合掌の起源は5000年前?

「いやいや、仏教伝来以前から合掌はあった」という説もあります。
合掌の語源はサンスクリット語の「アンジャリ」という語が仏教に取り入れられ、漢字に訳されて「合掌」となったそうです。
https://www.zen-essay.com/entry/gassyo

国宝・合掌土偶

平成9年、青森県八戸市、風張1遺跡から出土した縄文時代の土偶の中に、合掌をしているものが発掘されました。
この土偶、縄文時代後期のもので、約3500年前のものと推定されています。

仮にこれが本当に信仰を表しているものであれば、合掌は仏教が誕生する遥か前から、日本に存在していたことになります。

神道に合掌はない?

Wikiの記述に

神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道の礼拝では、合掌はしない)

とありますが、「二礼二拍手一礼」の一連の拝礼のなかで、だいたいの人は「二礼二拍手」の後に合掌をして祈ります。
ただの形式的な参拝(団体で参拝する時など)であれば祈りの部分はないかもしれませんが、個人的に参拝する人はだいたい祈っていますよね。
なので、このWikiの記述は適当ではないということになります。

それを言うなら、「拝礼の一連の動作の中に合掌が含まれている」とするのが適当だと思いますがね。

合掌の形

ということで本題です。

その祈りをする際の手の形が、小笠原流では細かく指導されています。

まず、手の形ですが、人差し指、中指、薬指の三本を揃え、親指と小指をそのやや内側に添えます。

この時の手の形を横から見た時、ゆるやかな弧を描くような形にします。
ちょうど水を掬うような形です。
座った時に膝に手を置いたり、立っている時に両足に手を添える時なども、この形が基本となります。

指を開くことは口が開いているのと同じでタブーとされています。

次に両手を合わせます。
この時、両手の親指と人差し指で二等辺三角形の空間を作ります。

脇を張らず自然に締め、胸の前で手を合わせます。

柏手から合掌まで、細かい一連の動作がありますが、それはまたの機会にご紹介します。

神社での参拝方法を分解する ~柏手編~

今日は、神社での参拝方法を分解する・柏手編です。

柏手(かしわで)の語源は定かではありませんが、拍手(はくしゅ)の誤写であるとか、手を合わせた形が柏の葉に似ているからとか、昔は柏の葉に食事を盛り、感謝の意味を込めて手を打っていたことに由来するという説があります。

まあ、とにかく手を打つことです。

今日はその柏手の作法について、一般に「作法」とされている打ち方と、小笠原流での打ち方を照らし合わせてお話をします。

神社本庁と小笠原流の違い

神社本庁では

「胸の前で両手を合わせ、右手を少しずらします」

としています。
これは神社本庁だけではなく、この作法が一般的とされています。

一方、小笠原流では右手をずらすことはせず、揃えたまま打ちます。

右手をずらす意味、ずらさない意味

では、右手をずらす意味とは何でしょうか?
所作にはおおかた、そうなった理由があるはずです。

一つは、神への敬意を表すためであるとされています。
陰陽の考えに基づくものだと思いますが、左が陽で神、右が陰で人を表すことから、右を少し下げるのだという考え方です。

もう一つは、柏手を2回打ったあとでずらした右手を揃えますが、これは右手がずれている時点ではまだ神と一体になっておらず、その後に指を揃えることで初めて神と一体となり、その力を得ることを表すのだとか。

また、手をずらすことにより、よりはっきりと音が鳴るからとも言われています。
はっきりとした音は神様にも伝わりやすいのでは?と言われているとか。

では、小笠原流はなぜそういった考え方がないのでしょうか?

理由は単純明快です。

「手をずらして打つのは人を呼ぶ時」

本来、手をずらして打つ動作は「ご飯が出来たよ~」など、人を呼ぶ時にしか打たないそうです。
なので、小笠原流では「神様用」と「人間用」で、打ち方を区別しているんですね。

また、手をずらして打つことではっきりとした音が鳴るといいますが、練習すれば揃えた状態でもはっきりときれいな音が出せます。

「二礼二拍手一礼」が「作法」となったのは、戦後とか明治時代とか言われていますので、長い長い神道の歴史から見てつい最近のことです。
それまではその土地や社によって、あるいは人それぞれの参拝方法があったものだと思います。

柏手の「右手をずらす」という作法も、戦後の後付けかもしれませんね。
なんでわざわざ「神様とまだ一体でない」という状態を作り出す必要があるのか、その意味がわかりません。
ならば最初から「神様と一体でありますように」という願いを込めて揃えて打つ方が理に適っていると思いますがね。

どちらをお客様にお伝えするか(あるいは両方をお伝えするか)はおまかせしますが、「常識」とされていることが、実はその理由がそんなに説得力がなかったなんてこともあります。
この柏手の例も私はそう思います。
常識を疑ってみるとか、その理由を探ることも大切なのかもしれませんね。

手を開くのは肩幅まで

ガイドの中には「さてみなさん、お手を拝借ぅ~!」と言わんばかりに両手をいっぱいに開いて柏手を打つ人がいます。

入門 小笠原流礼法によると、武家社会では直垂(ひたたれ)のように袖の大きな装束を着用した場合は手をいっぱいに開いて打っていたそうですが、現在のような洋服や着物では、そのような所作は不自然です。

小笠原流でも、神社本庁でも、手を開く幅は肩幅までとされています。

直垂については、装束の種類(直垂)をご参照ください。

今日ご紹介した柏手を始め、姿勢、室内出入りの作法、物の持ち方・受け渡し、訪問・来客の作法、和服の扱い、暮らしの心得、食事の心得など、小笠原流礼法の初歩を網羅しています。
本書に書かれている作法は本当に無駄がなく、体の構造に沿った非常に美しい所作です。
勉強して損はないと思います。

恥ずかしくない作法で正しく人と接していきたいものですね。

様々な作法が網羅された「入門 小笠原流礼法」はこちら↓

神社での参拝作法を分解する ~拝礼編~

今回は、神社での参拝作法を分解すると題してお話をします。
神社での参拝は、一般に「二礼二拍手一礼」とされていますが、ただ単にすればいいというわけではありません。

ガイドでさえも、残念な参拝作法をよく見かけます。

日本の民間外交官である通訳案内士が、所作の崩れた参拝作法を教えることは避けたいものです。

やはり所作の美しさがなければ、相手(神様)にも誠実さが伝わらないでしょうし、内面の心の在り方が所作にも現れるのではないでしょうか。

また、普段から美しい所作を心がけることは、日常生活においても相手への敬意をきちんと表すことにもつながってきますので、ないがしろにしないように心がけたいものです。

そこで、「二礼二拍手一礼」の中から、今日は礼だけを取り出し、神社本庁などで紹介されている作法と、小笠原流礼法講座で習ったことを照らし合わせてお話しようと思います。

小笠原流とは?

小笠原流とは、礼法・弓術・弓馬術の伝統のすべてを意味するもので、約800年の歴史があります。
礼法はその一部ですが、鎌倉時代から江戸時代の武士の礼法で、弓術と弓馬術が結びついたものです。

「流鏑馬」と聞けばピンとくる方が多いのではないでしょうか。

現在は、小笠原清忠氏が三十一世(!)宗家となっています。

最敬礼とは

さて、本題です。

社本庁では、90度に体を曲げて礼をすることが正しい作法とされています。
よって、体を90度に曲げることが、最敬礼と言ってもいいでしょう。
神社本庁/参拝方法

伊勢の神宮では、動画では特に角度については言及していませんが、HPには「90度に腰を曲げ」と書かれています。

小笠原流礼法での礼の定義では、体の角度ではなく、手の置き位置によって決まります。

体は「主」であり、手は「従」、つまり、手は体の影であり、手は体と一体で動くものです。
なので、体型や腕の長さによって、その人にとって一番深い礼が決まるものであって、角度ではありません。

小笠原流礼法での一番深い礼とは、現在では指先が自分の膝頭より少し上と、私は習いました。
江戸までは膝頭の下に指先が来ることが一番深い礼とされていたそうですが、体勢維持の観点からも不自然であることから、現在は膝頭の上になったと聞いた記憶があります(違っていたらすみません)

指先は膝頭の少し上

また、参拝作法から外れますが、現在は手をおへその辺りに組んで礼をする人(そのように指導している職場)や、バランスを取るためにお尻に手を当てて礼をする人がいますが、これは不自然な礼です。

特に、腕を前に組んでの礼には強い違和感を覚えます。
いつからあんな礼になったのでしょうね。

また、個人的な考えでは、体を90度に曲げる礼も、不自然な礼に映ります。
90度に体を曲げること自体知らない人もいるでしょう。
また、仮に知っていても「周囲の目があるから恥ずかしい」と思っている人もいるかもしれません。
そのような理由からか、体を90度に曲げて参拝している人をほとんど見かけたことがありません。

礼の姿勢

礼の姿勢も重要です。
手に意識が行くあまり、体が曲がっていては美しい礼ではありません。
体を丸めた礼にならないようにないようにするためには、襟がすかないように意識をすると体が真っ直ぐになります。

よく接客マニュアルなんかで「何度に体を・・・」と言っていますが、あれはあくまでも目安であって、重要なのは手の位置だということです。

礼はあくまでも手の位置によって深さが決まるものであり、体の角度ではないというお話でした。

今日ご紹介した礼を始め、姿勢、室内出入りの作法、物の持ち方・受け渡し、訪問・来客の作法、和服の扱い、暮らしの心得、食事の心得など、小笠原流礼法の初歩を網羅しています。
本書に書かれている作法は本当に無駄がなく、体の構造に沿った非常に美しい所作です。
勉強して損はないと思います。

恥ずかしくない作法で正しく人を接していきたいものですね。

様々な作法が網羅された「入門 小笠原流礼法」はこちら↓

大門坂の夫婦杉はどちらが男性でどちらが女性?(陰陽の考え方と男女平等)

お客様からの質問

熊野古道のコースの中で大門坂~那智大社・青岸渡寺~那智の滝があります。
全部歩いても約2.5km、約2時間30分程度のコースですが、見どころがたくさんある人気コースです(大門坂は、夏は湿気が多く本当に暑いですが)
その「オープニング」で、樹齢800年と言われている杉の大木が古道を挟むようにして出迎えてくれます。

「夫婦杉」と呼ばれているこの杉は、源の頼朝の寄進とされています。
・・・まあ、神倉神社の石段と同じく真相のほどはさておき、その姿は見るものを圧倒します。

ほとんどのお客様も関心を示され、たまにこういった質問をを受けることがあります。

「これはどっちが男性でどっちが女性?」

以前、語り部さんの研修を受けた時に、教えていただいたことが役に立ちました。

向かって右が男性、左が女性です。
那智大社を背にして左側が男性、右側が女性です。

平安時代、官位は男性にしか与えられておらず、さらにその序列が左→右だったそうです(左大臣、右大臣のことですね)
なので、官位のある男性が左になった・・・と聞きました。

今そんなことをすると、「女性差別だ!」と騒がれて大変なことになりますが、当時はそれが当たり前の世の中だったのでしょう。

陰と陽の考え方

これは私の考えですが、陰陽と照らし合わせても同じ結果になります。
陰陽は英語でyin and yang、陰陽の原理をyin and yang principleと言いますが、外国のお客様には陰陽に基づいた説明の方がしっくりくるようです。

余談ですが、「陰陽」を一言で表すと、どうでしょうか?
端的に言えますか?

私は、陰陽とは、「二つの違う性質のものが合わさることにより、一つの役割を果たすもの」と解釈しています。

太陽と月、天と地、昼と夜、火と水、右と左、男と女・・・などなど。
それぞれまったく違うものですが、どちらが欠けてもこの世界は成り立ちません。
これは、役割が違うということであって、「どちらが上」ということではありません。

先程挙げたものを陰と陽に分けると、こうなります。

陰=月、地、夜、水、右、女
陽=太陽、天、昼、火、左、男

今はあまり耳にしなくなりましたが、昔はよく「母なる大地」という言葉を聞きました。
これもおそらく、陰陽の考えが元で出来た言葉だったのでしょう。

そして、右、左の語源ですが、元々は「水極り(みぎり・右)」「火(日)足り(ひだり・左)」だそうです。
右=水=陰、左=火(日)=陽と分けられます。

陰は女性、陽は男性を表すので、右=女性、左=男性となるわけです。

ですので、外国のお客様に説明する時は、「陰陽の原理に従って決められている」とまず説明し、「陰陽の原理では、右が女性、左が男性と決められている」と簡単に説明しています。
まさか、「水極り、火足り」などとは言いませんよ、念の為。






さきほどの「水極り」「火足り」の水と火が合わさって「火水(かみ)」となり、両手をあわせる所作は神を表すとされているそうです。ご参考に。

雛飾りと結婚式

雛人形も、今は国際儀礼に従ってお内裏様とお雛様の位置が入れ替わっていますが、もともとは写真のようにお内裏様は向かって右、お雛様は向かって左に置かれていました。
つまり、那智大社を背にして左が男性、右が女性の夫婦杉と同じ立ち位置です。

結婚式は神前で「男女の役割を全うします」と神様にお誓いする儀式です。
しかし、結婚式も男女の立ち位置が入れ替わってしまっています。
「たかが立ち位置」ですが、これは見た目以上に重要な間違いらしいです。
もし、結婚式の写真があるなら確かめてみてください。
おそらく男女の立ち位置が入れ替わっています。

男勝りな女性、草食男子と呼ばれる男性が出てきてもおかしくありません。

現代の男女の考え方

家事・育児は立派な仕事です。

しかし、現代の男女の考え方は、陰陽の考え方と照らし合わせて見ると、無理があります。
男尊女卑というものはあってはならないことであり、差別されることは絶対に許されません。
しかし、現代の男女の考え方というのは、「女性が男性と同等の権利を得るべき」という部分では賛成ですが、それと役割の違いから来る「棲み分け」は別問題であると考えています。

「男が働きに出て、女が家庭を守るという考えは古臭い」という意見が大半を占めるようになりました。

洗濯機や掃除機、炊飯器などの出現により、世の中が便利になり、女性が家庭で働く時間が短くなったのをきっかけに「では、少しでも空いた時間で働いてお金にしたほうがいい」となり、女性がどんどん社会に出るようになりました。

しかし、いくら便利になって家庭での仕事の時間が少なくなったとはいえ、まったくなくなったわけではありません。
また、社会に出れば当然それなりの責任がかかってきますので、簡単に早く帰ったり、きっちり休日を取ることも難しくなってきます。

そうなれば仕事が優先になり、家庭での仕事がおろそかになりがちになります。
そして、「私も働いているのだから、あなたもちょっとは家庭のことを手伝ってよ!」という考えになります。
しかし、旦那さんは旦那さんで仕事を持っています。
旦那さんも立場は同じです。
務めているからには、仕事を適当にはできません。
でも、家事や育児もしなければならない。
こうなると、二人とも仕事の責任を抱えながら、家庭での仕事もしなければいけなくなります。

そもそも、仕事をガッツリしながら家事・育児なんて、出来っこありません。
それこそ、「家事・育児という仕事をなめていませんか?」と言いたくなります。

男女の存在、そもそもの意義

では、結局、この考え方でだれが幸せになったのでしょうか?
夫婦それぞれで仕事での責任は増え、家事・育児もおろそかになる。

「餅は餅屋」という言葉があります。
もともと、女性は子供を育て、家庭を守るということが「役割」として与えられています。

考えてもみてください。

そもそもの話ですが、もし、男女がともに働きに出ながら家庭で育児をし、共同で家庭を守っていかなくてはならないと神様が決めたとするならば、「男女」なんて性別は必要なく、神様は与えなかったでしょう。

細胞分裂するなり、体内で自動受精をしたり、幼少期にオスだったのが、成熟すればメスになるという生物と同じように作られていたはずです。
さらに、男も育児をしなくてはならないのであれば、乳が出ていなければいけませんし、出産もできる体でなければいけません。

勘違いされないように言っておかなければなりませんが、もちろん男も子供の面倒は見ないといけません。
特に男の子なら遊びにも体力が必要ですので、こういったところはお父さんの出番でしょう。また、子供の教育についてもお父さんとお母さんの力が必要です。
なので、子供のことを放っておいて奥さんにすべてを任せろと言っているわけではありません。

オリンピックを男女混合で!

現代の「男女平等」は、オリンピックの陸上で、「男女混合で100mを競わなければならない!」とか「柔道を男女混合で!」言っているようなものです(最近はリレーでやっていますが)

だれでも分かることですが、男性のほうが、基本的に女性より体力も力もあります(基本的にですよ)
スポーツの世界記録で、女性の記録が男性の記録を上回っているものがありますか?

男女を一緒にすることが女性差別になるからではないでしょうか。

もし、男女が一緒に競技をすれば、部分的に女性が男性に勝つこともあるでしょうが、絶対的に優勝は男性です。
だから男女を分けたわけで、かるた取りとか、クイズとか、そういったものは男女混合で争っています。
男女で平等に戦えるからです。

「男女平等」の履き違い

出生率が年々下がってきています。
子供を養うだけの収入がないという理由もあるでしょうが、本当に全員がそうでしょうか?

もっと大きな原因は、女性が社会進出することによって晩婚化が進んでいるということでしょう。
働く女性が増えて子供を預けるところが不足していることはすでに起こっている問題です。
女性が家庭を守っているならば起こり得なかった問題です。
少なくとも、私達第2次ベビーブームの世代であっても、そういった問題は起こっていませんでした。

働く女性が増えるに従って、ますますこのような問題が出てきます。
これでは、たとえが良くないかもしれませんが、「虫歯が出来たからそこだけを治す」ということと似ています。
日頃の虫歯予防という根本原因を直さなければ、またいずれ虫歯になります。
男女平等の根本的な考えが間違っていれば、同じ問題がいつまでたっても起こります。

「男は外で仕事、女は家庭」はあながち間違いではないと、私は思っています。
そうなるためには、企業も旦那さんの稼ぎだけで一家を養うことができる給料を支払うようにならなければいけません。

私はなにも、女性を差別しているわけではありませんし、すべての女性が社会に出てはいけないと言っているわけではありません。
女性が必要な職場もたくさんありますし、特に現代では、若い頃は社会での経験も必要でしょう。
シングルマザーであれば、働かなければいけない事情は重々承知しています

そういった特定の人たちのことを言っているのではなく、一般論として、陰陽の役割の違いを間違えれば、かならず無理が生じてくるということを私は言いたいのです。

天と地をひっくり返すことはできないのです。
しかし、どちらもなくてはならない存在なのです。

見ていてください。
このままいけば、間違いなく保育所不足の問題と家庭環境の問題は悪循環に陥ります。
保育所が少なくなったのは、少子化が原因ではないでしょうか?
そうだとすれば、その少子化の原因は?

今しなければいけないこと

政府が今しなければならないことは、保育所を増やすことではありません。
きちんと旦那さんの給料だけで一家が養えるだけの給料が出せるような企業を増やすための経済復興だと思います。

また、間違った男女平等思想が蔓延しないよう、陰陽に基づいた男女教育ということも必要になるでしょう。
「誰のおかげで飯が食えているんだ」というアホな考えを持つ人がいなくなるようにしなければいけません。
これは「奥さんの支えがあってこそ、あなたも仕事に集中できているんですよ」ということであり、もし、旦那さんだけの給料で一家を支えるようになれれば、「それは二人で頑張って稼いだお金ですよ」ということを分かってもらうためです。

天は地があってこそ成り立ちます。
一年中夜がなく昼だけならば、人間も生き物もこの世界で生きていけなくなるでしょう。
男性としての役割、女性としての役割をそれぞれ全うして初めて、家庭が成り立つと思います。
家庭は国家の最小単位です。
よい家庭なくして良い国家はありえません。
それぞれの存在を尊重しあい、お互いの役割を全うすることこそ、今必要とされていることではないでしょうか。

p.s.
もし、結婚式の写真で男女の左右が入れ替わっていても、「これからは男性として、女性としての役割を全うします」という気持ちを持つことが大切であり、その気持を持てば大丈夫だそうです。
撮り直しなんてできませんしね(笑)

お客様からの質問③(神道と仏教の違い)

海外のお客様をご案内すると、よく宗教の話題になります。
私の経験からいうと、日本の神道と仏教に興味を持っている方が多く、よくその違いや作法、教理などについて質問があります。

神道と仏教の違いは?

この質問は本当によく受けます。

あなたは説明できますか?

一概に「違いは?」と聞かれても難しいですよね。
しかし、ダラダラと回りくどい説明をするとかえってお客様は混乱してしまいますので、端的に答える必要があります。

わたしは、

  1. 教祖がいるかいないか
  2. 経典があるかないか
  3. 崇拝するものは何か
  4. 輪廻転生という考えがあるかどうか

について説明しています。
こういった質問をしてくるお客様というのは、予備知識がまったくない方が多いため、あまり余計なことをいうと本当に混乱してしまいます。

また、神社とお寺の違いや参拝方法の違いを説明する人もいますが、神社とお寺の区別すらついていない方も多いので、その説明は神社やお寺で現物を見せながら説明したほうがいいと思います。

教祖がいるかどうか 経典があるかどうか

これはいまさら説明する必要もないですよね。
神道は日本各地で発生したとされていますので教祖もいなければ経典もありません。
また、現在の参拝方法は、おおかた二礼二拍手一礼で統一されていますが、昔はその場所それぞれで参拝方法が異なっていました。
出雲大社や宇佐神宮など、古来の参拝方法を守っている神社もあります。

崇拝するものは何か

仏教は仏像、神道は「依代(よりしろ)」と呼ばれるもの、具体的には鏡、勾玉、剣、槍、丸石など。
その種類は実に多くあり、山自体がご神体、滝がご神体という、いわゆる自然崇拝もありますし、神仏習合の神社(熊野の多くの神社)では神像や懸仏(かけぼとけ)をご神体としているところが多いです。

ちなみに、私の地元の「御書神社」には、御書をご神体として祀ってたのが始まりとされています。
徳川頼宣公が、現在の白浜町湯崎地区(当時の鉛山村(かなやまむら))に、鉛採掘を奨励するために年貢の免除を書いたお墨付き(御書)を頂いたのを、住民がご神体として崇めた・・・という話が残っています。

また、神は姿形を持たないとされているため、それを表すものが必要だという話もします。

輪廻転生という考えがあるかどうか

神道=先祖崇拝
仏教=輪廻転生

神道は自然崇拝から発生したということはみなさんご存知ですが、先祖崇拝という考え方があります。
「氏神」という言葉を聞いたことがあると思いますが、あれは元来、その地方の有力な氏の先祖を祀っていたからです。
その子孫の人たちのことが「氏子」です。
それが時代が下って、そこに住む住民のことを「氏子」と呼ぶようになりました。

一方、仏教は輪廻転生を重ねて悟りの道を開くという考え方のため、本来は先祖崇拝という考え方はありません。

現在のお盆は、元々神道の先祖崇拝からきたもので、神仏習合の時に仏教の考え方に変わっていきました。

ちなみに、「産土神(うぶすな)」は、その地に生まれることを許してくださった神様のことです。つまり、自分が生を受けた地。
なので厳密にいうと、氏神=産土ではありません。
氏神と産土が違う人はたくさんいます。
私も今は違います。
生まれた地域は白浜町湯崎地区なので、私の産土様は山神社の「金山彦命」で、現在は富田地区の総氏神とされる日神社の「天照大神」です。

祝詞とお経

ついでに、祝詞をお経の違いについての少しお話します。
祝詞もお経も、結構何を言っているのか分からない点では似ていますが、中身はまったく違うそうです。

祝詞は神を称え、神に感謝を捧げる内容であり、お経は人生をどう生きるべきかを説いたものだそうです。

また、祝詞は神の言葉に近いとされる大和言葉で作られているので、言霊の力が非常に強いそうです。
GHQはこんなところにも目をつけ、「天津祝詞(あまつのりと)」の、言霊が強いとされている一部を改変(削除)しています。
ですので、現在神社で奏上されている多くの天津祝詞は、いわゆる短縮バージョンです。

GHQは、占領までに手を焼いた日本が二度と立ち上がれないように、あらゆるところで「干渉」しています。
日本の歴史を勉強していくと、必ずと言っていいほどGHQにぶち当たります。
・・・よほど日本が怖かったんでしょうね。
神風特攻隊や、万歳突撃を目の当たりにしたアメリカ人兵士に狂人が続出したらしいですから。

そんな自国を守るために勇敢に散っていかれた我が国の先人たちに、本当に感謝しなければならないと思います。

・・・なんか本題からズレてるな。ま、いっか(笑)

交通事故には気をつけて

熊野でガイドをすると、地元のガイドであれば現場の往復は間違いなく車を使います。
私は自宅が白浜にあるため、本宮まで1時間10分、新宮まで約2時間、那智勝浦まで1時間30分かけて通っています。
当然、長時間車に乗ればそれだけ交通事故に遭う可能性も高くなります。

ガイドを始めてこの5年間で、一度だけですが事故に遭った事があります。

2017年9月7日

※写真と本文の内容は一切関係ありません

約3年前、那智での案内を終えて帰宅する道中で起こりました。
その日は夕方から大雨で、あたりはすでに真っ暗。
視界は最悪の状態でした。

片側一車線の国道42号線を、那智勝浦方面から串本に向かっていました。
この日の雨は、ワイパーを早く動かしても前が見づらいくらいでした。
まさにバケツをひっくり返したような雨です。

JR田並駅前の交差点で、2~3台前の車が田並駅方面に右折しようと停車しました。
対向車が来ていたので、それらをやり過ごしてからでないと当然曲がれませんし、右折専用レーンもないので、本線に停車しなければいけないところです。
おまけに、その付近は下りで緩やかな左カーブです。

私は、前方に停車している車両を発見したので停車しましたが、後方から激しいブレーキ音が鳴ったと思った瞬間、激しく追突されました。

雨で制動が利かず、ブレーキが利かずに路面を滑ったまま追突した感じです。

その衝撃で、頭をヘッドレストに打ち付け、車両は数メートル「前進」したのを覚えています。
あらかじめ車間距離を取って止まっていたので、私の前方の車両に「追突の追突」をせずに済んだのと、お互い怪我がなかったことが救いでした。

外に出ることを躊躇するほどの激しい雨でしたが、とりあえず車は動いたので路肩に寄せ、追突した運転手と話をしました。

相手の車は1トンのトラック。
運転手は気が動転しています。
「ブレーキをかけたが止まらなかった」とのこと。

そこで、私が警察に電話をかけて、現場まで来てもらいました。
ちなみに、軽い事故程度であれば、「警察署まで来れますか?」と聞かれます。

現場で双方の話を聞いていたお巡りさんが、「あまり警察がどちらが悪いということは言わないけど、この場合はあなた(追突させた運転手)が悪いよ。100ゼロ(過失割合)」と言ってくれました。

幸い、後ろが大きく凹んではいましたが、自走できるので、この日は保険屋さんに連絡をし、お互いの連絡先を交換して別れました。

保険に加入していても、修理の時は注意が必要

例えば、あなたの車の相場が50万円だったとします。
そこで今回のようなもらい事故が発生して、60万円の修理費がかかるとします。

この場合、相手方から支払われる金額は、60万円ではなく、50万円です。

え?そんな!と思われるかもしれませんが、一応そういう決まりになっているそうです。

「時価が50万円なら、50万円を支払えば同じ価値の車が買えるでしょ?」

という考え方のようです。

もらい損ですよね。

私の場合、友達が修理工場で働いていて、そこの社長さんが話をつけてくれ、修理費も満額をいただくことができましたが、普通、相手方が差額補償の保険などの特約に加入しているかどうかで決まるようです。
今回は社長さんのおかげです。

事故後は、当事者同士の接触はあまりない

事故が起こったあとは、保険会社同士の話し合いになることが多く、かえって当事者同士で話をすると、話がこじれることがありますので、保険会社にまかせておけばいいと思います。

ただし、あまり言いたくはありませんが、農協の保険担当はあまり良くない(というか、弱い)ので、おかしいと思えば出ていく必要はあると思います。

納得がいかなければ時間がかかっても事故調査鑑定をお願いするのも一つの手です。

幸い、相手の方は誠意がありましたし、完全に私の方は悪くありませんので、話がこじれることはありませんでした。
「自宅まで謝りに行かせてもらいたい」と申し出がありましたが、繁忙期に突入した時期でもあり、私も事故を起こした時があり、その時の精神的苦痛はよくわかりましたので、事情を説明し、丁重にお断りさせていただきました。

「車さえ直してもらえればいい」と付け加えて(笑)

しばらくはむち打ちで苦しむ

念の為、結果は「症状が見られない」と言われることを承知の上で、病院で診察を受けました。

案の定、診察結果は「症状が見られない」でした(笑)

そうは言ったものの、時折吐き気が襲ってきました。
案内中に起こった時は本当に辛かったですね。

しかし、程度が軽かったのでしょう。
今は全然大丈夫です。

睡魔も要注意

ガイドをすると、体力・精神ともにクタクタになります。
私はよく、帰りの道中で眠くなれば、迷わず車を止めて仮眠を取ります。
しばらく寝てから外に出て、外の空気を吸ってから出発するようにしています。

特に那智からの帰りの高速道路は要注意です。
眠くなれば、トンネルばかりで車を止める所がありませんので、乗る前に少しでも眠ければ、一旦道の駅に寄って館内をぶらぶらしたり、コーヒーを飲んだり、仮眠を取ったりしています。

それでも眠い時は、高速に乗らずに国道を通って帰ります。
そうすれば、道中で眠くなってもいくらでも路肩に止めて仮眠することができるからです。

みなさん、車の運転は本当に注意してくださいね。

あなたの息、大丈夫ですか?

今回は気にされている方もいるかとは思いますが、息、ずばり口臭についてお話しようと思います。
「なぜ、このような話題を話そうと思ったのか」なのですが、私はたまに、ガイドの方々と話をしたり、ガイド中にトレイニーについてもらったりしていますが、その人と話している時に、離れていても臭う場合があるからです。

その時は言いませんでしたが、後から思うと、その人のために言うべきだったかな?と思います。

口臭予防は最低限のマナー

私達ガイドの仕事は「客商売」です。
当然、息が臭うとそれだけでその人の印象は下がりますし、「面と向かって話してくれるな」と思われているかもしれません。

残念ながら、本人は気付いていないことが多いのです。

口臭は普段の手入れを怠っている証拠

息が臭うというのは、胃に問題がある場合がありますが、大方の原因は、歯垢がたまっているからです。

「いや、そうは言っても俺はきちんと毎日歯磨きしているよ」という声が聞こえて来そうですが、では、1回の歯磨きに何分くらいかけていますか?
一日何回歯を磨いていますか?

私は一日4回、それぞれ3分くらいかけて磨いています。
ちなみに私は夜寝る前の歯磨きには、合計10分ほどかけて磨いています。

まあ、10分とまではいかなくても、せめて3分は磨いていただきたいところです。

丁寧すぎるブラッシング?

「10分も磨けない」と思われた方が大半だと思いますが、歯ブラシだけで10分は、私もさすがに磨けません。
「合計10分」という言葉に、その理由があります。

では、どうしているのでしょうか?

まずはフロス

ブラッシングをする前、私は必ずフロスをします。
歯垢は歯と歯の間、歯と歯茎の境目に多くたまり、それが臭いを発します。
また、虫歯や歯槽膿漏の原因にもなります。

その、隙間に入っている歯垢をフロスで掻き出します。
フロスは歯と歯の間はもちろん、そのまま歯と歯茎の間にも入れて、掻き出すようにして行います。

私は毎日やっていますが、変な話、毎日やっていてもフロスについた歯垢の臭いは強烈ですよ。
ドブの臭いです。

フロスは、初心者ならワックス処理をしているものの方が歯と歯の間にフロスが入りやすいので使いやすいですが、慣れてくればワックスなしのものの方が、歯垢を掻き出す力は強いので、ワックスなしをオススメします。

私のオススメは歯科で販売されているフロアフロスです。
歯と歯の間に入れるとフロスが広がり、歯垢を掻き出す力が結構強いです。
ネットでも買えますよ。

フロアフロス 45m × 2個

次に歯間ブラシ

歯間ブラシは読んで字のごとく、歯と歯の間に入れて軽くゴシゴシします。
フロスでは取り切れなかった歯垢を除去できます。
歯間ブラシはサイズがありますので、ご自身にあったものを使ってください。
まずは細めのものから始めてもいいと思います。

さらにタフトブラシ

フロスが、歯の横面の歯と歯茎の間を磨くのに対し、タフトブラシは、歯の正面側の歯と歯茎の間を磨くものです。
ここに歯垢が溜まりやすいので、鏡を見ながら丁寧に磨きます。
ここまで、歯磨き粉は一切使いません。

最後にブラッシング

ここまで来て、最後にブラッシングです。
歯ブラシ選びも重要です。

電動歯ブラシでもいいと思いますが、そこそこの価格帯のものを買わないと、あまりきれいに磨けません。

私は毛先が細かくて歯と歯茎の間に入り込むもので、ストレートネックの歯ブラシを使っています。
ストレートネックの歯ブラシは、均等に力がかかるので無理なく磨けます。

この毛先が細かい歯ブラシで磨くと、最初は血が出ます(笑)
しかし、使い続けているうちに歯と歯茎の間が締まってくるのが分かるようになります。

強くゴシゴシ磨くのではなく、軽く小刻みに左右に動かしながら磨いていきます。

システマ ハブラシ 超コンパクト ストレートハンドル ふつう 1本

歯磨き粉も重要

市販のものは、研磨剤が入ってるので、毎回それで磨くことはオススメできません。
また、泡が立つのと、香料の清涼感も手伝って磨けているような錯覚を起こしますが、じつはあまり磨けていなかったりします。

私がオススメするのは「ジェルコート」です。
私は歯科医で買っていますが、ネットでも販売しています。

これ、歯を強くするフッ素の含有率が半端ないです。
研磨剤も一切入っていませんし、泡も立ちませんので、「本当に磨けているのか?」と思われる方がいると思いますが、一度騙されたと思って使ってみてください。

私はかれこれ15年くらい、ずっとこれです。

ただし、カテキンが含まれている関係で、これだけで磨いていると茶渋のような色素が歯に付着しますので、週に1回程度は研磨剤入りの歯磨き粉を使うといいと思います。

コンクール ジェルコートF 90g

マウスウォッシュで仕上げ

最後はマウスウォッシュで終わります。
ここまでで合計10分くらいです。
マウスウォッシュも、あまりブクブクやってしまうと、せっかく歯磨きで歯についたフッ素を全部洗い流してしまうことになりますので、1回口に含んで終わりです。
水ですすぎもしません。
ブクブクするのではなく、ほっぺたをふくらませるようにして含みます。

ちなみに、私は〇〇テリンとか、〇〇ダミンとかは一切使いません。

水で希釈するタイプのコンクールFを使っています。
刺激は一切ありませんし、3~4滴を水で希釈するので結構長持ちします。
私は一日一回しか歯磨き粉やマウスウォッシュを使って磨きませんので、だいたい3ヶ月は持ちます。

ウェルテック コンクールF 100ml × 1本 薬用マウスウォッシュ コンクール

ハイドロフロスもオススメ

ハイドロフロスとは、名前からも想像できると思いますが、水を噴射して歯垢を除去する代物です。
普通のフロスや、歯間ブラシでは落としきれない、歯周ポケットの奥深くに入っている食べかすや歯垢を洗い出してくれます。

また、コンクールFを混ぜて使うとさらに効果的です。

ただし、水流の調整には十分気をつけてください。
下手に強すぎるとかえって歯茎を痛める可能性があります。

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砂糖も控えめに

砂糖は口の中の細菌の餌となり、砂糖を食べて増殖し、それが臭いを発します。
また、ミュータンス菌の餌にもなります。
甘いものを食べて、口が粘つくことがあると思いますが、あれがまさに、細菌が増殖している時だと思います。

唾液には、口の中を洗い流す役割もありますので、時間が経てばその粘つきも収まりますが、プロのガイドとしては、業務中は自らすすんで甘いものを取らないようにしたほうがいいかもしれません。

とは言っても、お客様から「ソフトクリーム食べる?」と言われれば、ありがたく頂戴することも多いですが(笑)

定期検診を受ける

歯科医の定期検診は、強くオススメします。
自分では取り切れなかった歯垢は、やがて歯石になります。
こうなるともはや自分の力で取ることはできなくなってしまいます。
「餅は餅屋」です。
自分の力では取れなくなった歯石を、歯科衛生士さんがきれいに取ってくれます。

私は最近、コロナの影響で行けていませんが、下の歯の裏に歯石があるのか、食後しばらくするとすぐにざらついてきます。
きちんと定期的に検診を受けていれば、歯槽膿漏のチェックもしてくれますし、正しい歯磨きの方法も教えてくれます。

私はこの指導のおかげで、ここ15年虫歯ゼロです。

習慣化することが大切

以前の記事にも書きましたが、きちんとした歯磨きも、習慣化させることが大切です。
始めはなかなか定着しませんが、強制的に一定期間続けていると、「強制」から「習慣」へと変わり、しんどくなくなってきます。

習慣化すればしめたもの。
あとは「しないと気持ち悪い」という感覚になります。

しっかりと口臭ケアをして、お客様を不快にさせないようにしましょう。