
この黄河文明を興したのは、アジア人ではなく、コーカソイドだというお話をしました。
長江流域には、稲作と高床式倉庫による、モンゴロイドの文化が根付いていました。
彼らは、日本の縄文文明と同じで、人が人を殺めるという考えがありませんでした。
なぜ、日本人とおなじような人々や文化があったのか。
それは、当時の地形が物語っています。
Google Mapsの衛星写真で、日本列島がすっぽりと入るまで写真を縮小して見ていただければ分かりますが、東シナ海が薄い青色であることが分かります。
これは大陸棚です。
昔は大陸と日本が陸続きでした。
ちょうど沖縄から台湾あたりが非常に浅いことが分かります。
ちょうど2万年前、海面の高さが今より140m低かったそうです。
そうなると、大陸棚のあるところがちょうど陸続きであったということです。
琉球諸島もほぼ陸続きでした。
ちょうどその頃は寒冷化でそのあたりは住みやすかったそうです。
また、琉球列島と大陸の間は浅い海であることからプランクトンが繁殖しやすく、魚がたくさん捕れましたので、このたりには人がたくさん住んでいたそうです。
しかし、今度は温暖化すると陸地がなくなりました。
そこで一部の人が日本列島に、一部の人が長江流域に移動しました。
ということで、元は同じ文化を持っていた人が、日本とチャイナに別れたということです。
次回以降に続きます。
