千木
千木(ちぎ)とは、神社でよく見られる屋根の上にある✕型のものです。
現在見られるほとんどの千木は、昔の住居の建築様式が形式化したものであり、元来は屋根を補強する役割がありました。
伊勢の神宮で見られる千木は、✕の下の部分が屋根の中を貫通しています。
ちなみに、1枚目の写真のように、✕の下の部分が屋根の中を貫通していない千木を「置千木(おきちぎ)」といいます。
明治時代までは千木のない社殿もあったそうですが、明治以降にお寺と区別をするため「これは神社ですよ」という意味で屋根に設置するようになったと、ある宮司さんから聞いたことがあります。
内削ぎと外削ぎ
内削ぎとは、千木の先端を水平に切ったもので、外削ぎは垂直に切ったのもです。
内削ぎ
外削ぎ
一般的に、「内削ぎは女神を表し、外削ぎは男神を表す」とされていますが、必ずしもそうとは限りません。
大体の神社はこの考え方で当てはまりますが、世の中には必ず「例外」というものがあります。
本宮大社のスサノオノミコトが祀られている証誠殿(しょうじょうでん)の千木は、男神にも関わらず水平です。
また、速玉大神と夫須美大神が祀られている相殿(中御前と西御前)は、垂直です。
「女神が水平、男神が垂直」という解釈であれば、証誠殿は垂直、中御前と西御前の相殿は、一つが垂直でもう一つが水平ということになります。
色々とその謂われについて聞いたことがありますが、どうも釈然としません。
ホツマツタヱ中の千木の意味
ホツマツタヱには、このような記述があるそうです。
外削ぎは外を軽くし、内(即ち家臣として朝廷)を重視する心(精神)を表し、内削ぎは、内側(即ち朝廷の方)を削っても、国民に恵を与えようとする心(精神)を表している。
どこにも「男神女神」という言葉は見当たりません。
そんなことよりももっと重要な、建国以来の「トの教え」の精神が込められていたようです。
この教えは、代々ずっと引き継がれ、記紀のなかでは、初代クニトコタチからずっと後の仁徳天皇のお話が有名ですよね。
伊勢の神宮の千木の精神
外削ぎの精神は、縦横で言えば「縦」、柔硬で言えば「硬」、父母で言えば「父」を表し、物事の筋を通して白黒はっきりつけて治めていくことも意味しているそうです。
内削ぎは反対に「横、柔、母」を表しているそうです。
柔だけではわがまま放題になってしまうし、硬だけでは人々の気が病んでしまうので、柔硬両方の働きかけが必要だということを外宮と内宮の千木は表しているそうです。
・・・個人的に、どうも後付けの理屈に聞こえます。
伊勢の神宮(以下「神宮」)は、ご正宮、別宮、摂社、末社、所管社125社からなる神社の総称です。
神宮では、「内宮に所属しているお社は内削ぎ、外宮に所属しているお社は外削ぎ」と決まっているだけで、「内削ぎは女性、外削ぎは男性」という決まりはありません。
例えばツキヨミノミコトを祀っているお社は内宮・外宮両方にありますが、内宮所属の「月読宮」は内削ぎ、外宮所属の「月夜見宮」は外削ぎです。
先ほどの「明治以降に千木を設置し始めた」という話に戻ります。
「アマテラス様は女性で神宮の千木は内削ぎだから」という理由で、各地の神社が「真似」をし始めたから、日本全国に「内削ぎは女性」という神社が多くなったという話をある宮司さんから聞いたことがあります。
鰹木(かつおぎ)の話
ちなみに、屋根に乗っている丸太ですが(鰹木といいます)あれは元々屋根の重しです。
「偶数が女性で奇数が男性」という決まりはありません。
もちろんその意味で明治以降に設置している神社もあると思いますが、神宮では「内宮所属のお社は偶数、外宮所属のお社は奇数」という決まりがあるだけです。
アマテルカミとトヨケカミ②
ちなみに、ホツマツタヱでは、アマテルカミ(天照大神)も、トヨケカミ(豊受大神)も男性として描かれています。
以前の記事にも書きましたが、トヨケカミはアマテルカミの師であり、祖父でもありました。
なので、ホツマツタヱが正しいとするならば、そもそも「内削ぎが女性で外削ぎが男性」という理屈は破綻しています。
外宮が勧請されたのは、「自分ひとりでは、食事が安らかにできないので、丹波国の御饌(みけつ)の神、トユケオオカミを呼んで欲しい」と、天照大神からのお告げがあったということになっています。
これは自分の勝手な想像ですが、アマテルカミが伊勢の地に遷座したあと、師を招いてこの世の行く末について師匠と相談をしながら、この世の平和を実現したかったのではないか?と思っています。
「食事が安らかにできない」という言葉を額面通り受け取ると豊受大神は「食事を司る神」となってしまいますが、そうではなく、世の平和を願って師を招かれたのではないでしょうか?
世の中が平和であれば、安らかに食事ができますもんね。