
ヤタの意味ですが、はじめてのホツマツタヱ 地の巻によると、寸法を表しているのではなく、八民(やたみ・万民)の心がその器の中に入るという意味だと書かれています。
詳しく見ていきましょう。
時代は遡り、クニトコタチ(初代アマカミ)の時代には、ヲシテ文字の「ム」から「ムロヤ(室屋)」を発明され、屋根を「ヤ」の形にすることによって「ヤシロ」が出来ました。
また、同様に作った民間の建造物は「ヤカタ」と呼ばれました。
「タ」のヲシテ文字は三方から光が集まる形をしていて、天上の神が人を養い充足を与え、助けることを意味しています。
人間界でいうところの父親の存在です。
「タ」のヲシテを逆さまにすると「ラ」のヲシテになり、これは「ハニ(土)」がもたらしてくれる豊穣であり、人間界でいうところの母を表しています。
ここから、「タラ」とは両親のことをいいます。
「タラチネ」という言葉は、親が子を孕むと乳が出るという言葉と一般に理解されていますが、言葉は同じでも父が乳を出して養うわけではありません。
君主は人民に幸福をもたらすように、父の役割は教えを垂れ、子を導くことなのです。
鏡は「依代(よりしろ)」といって、神に降りていただくための物(道具)です。
その依代を介して神からのお告げを聞き、それを民に知らせていたのだと思います。
父が子を教え導くように、政を行う者にとっては、「子」とはすべての民のであり、その民を教え導くことがお役目です。
従って、ヤタは「ヲヲヤケ(公)」という意味を持つそうです。
まとめると、「ヤ」は「ヤシロ」のヤで、「タ」は、民を教え導く父親的存在を表す、すなわち、「民を教え導くヤシロ(社)、あるいは依代」ということになります。
「キミの敷く政は太陽の光のように、八民をあまねく照らすものでありたいという願望から、『ヤタの鏡』と名付けた」とアマテルカミはおっしゃったそうです。
ヤタの鏡の「ヤタ」の意味は分かりました。
では、八咫烏の「ヤタ」はどうなるのでしょうか?
明日はそれについて検証したいと思います。










