毎年恒例となっているお伊勢参りですが、今回は伊勢に近い伊勢路の一部をついでに歩こうということで、栃原~田丸の間を歩いてきました。 梅雨明け宣言間近でまだまだ天気が不安定で、時折大雨に遭いながらの古道歩きとなりました。
結論からいうと、多分二度と歩かないです(笑) いや、女鬼峠までの前半は見どころもありよかったですが、後半のアスファルトの道をひたすら歩くのは堪えました。
でも、この区間の栃原駅~女鬼峠の区間、特に女鬼峠は古道らしさが残っていて景観もキレイでしたので、ここは歩く価値がありますかね。 女鬼峠の距離が約2kmと短いので、少し歩きたいという方がいるならここだけ歩くのもいいかもしれません。 ただ、現地までの交通機関が、おそらくタクシーでしか行けないのではないかと思います。
伊勢路は普通、伊勢から新宮に向けて歩くようですが、今回は宿泊先との交通機関の兼ね合いもあり、栃原から田丸(つまり、新宮方面から伊勢方面)に向けて歩きました。
10:00 栃原駅
紀勢線の駅にはトイレがない駅がありますが、こちらはきちんとあります。 ただ、場所が離れているため、少し探しました。
すこし歴史的なものを感じる町並みが見えてきました。 このあたりはお茶の栽培が盛んなようです。
ネットに人様の家をさらすことはできませんが、このあたりから外城田(ときだ)にかけては多くの「御殿」がありました。「多くの」というか、建っている家のほぼすべてがいちいち巨大で庭も広く、しかもそのその庭がキレイに手入れされていました。 これを見るだけでも結構楽しかったりします。 このあたりは農家さんが多いようなので、その関係でしょうか。
10:40 コンビニ、カフェ、阿弥陀寺
コンビニは田舎のコンビニという感じですが、この先には終点近くにしかないため、何かを買うならここに寄らないと後で困ることになります。 このコースは、想像していたより随分と田舎です。
古民家?を改築した感じのカフェ。いい雰囲気でしたが、この日は閉まっていました。 営業時間外だったのかも。
しばらくは広い道を歩きます。 「濁川」と書いていました。 大雨の影響もあったのでしょうが濁っています。
ほどなく今度は田んぼが広がっていました。 このあたりはどうやら米どころのようです。
11:23 柳原観音千福寺
ご本尊は十一面観音です。ここへ来るには少し「コースアウト」をする必要があります。
11:42 まんじゅう屋跡
ここに「まんじゅうや」と呼ばれる茶屋があり、大変賑わったそうです。 死後の当主は養蚕事業の発展に貢献したそうです。 その話より「道中さんと茶屋娘の物語」の話の方が気になりますが、そのことについては書かれていません。
11:44 寺子屋跡
明治初期に寺子屋があったそうです。 この建物が寺子屋跡かどうかはわかりませんが、当時は3畳の部屋がいくつかあったそうです。その後小学校が出来てからは閉鎖され、自転車屋になったのだとか。
11:48 脇道~深谷地蔵
少し脇道に入り、未舗装の道を進むとお地蔵さんが現れます。 道中安全のお地蔵さんらしいのですが、新しい道路か建設されて現在の地に移されました。 現在でも逵(つじ)氏がこのお地蔵さんの世話をしているそうです。 このあたりには難しい漢字の「逵」さんが多いです。
11:51 浄保法師五輪塔
伝染病に苦しむ人々を救うため、自ら生き埋めになった浄保法師のために建てられた五輪塔。 いわゆる「捨身行」ですね。 熊野では補陀落渡海や、阿弥陀寺の応照上人の火定(かじょう)などが有名ですが、この他にも、断崖から麻縄を巻いて飛び降り、絶命して白骨化してもなお、舌だけがひらひらと動いて念仏を唱えていたという禅師の話や、那智の滝から投身する修行僧がいたりと、捨身行の話題となると事欠かないのが熊野です。
五輪塔までの階段が長かったので、下から失礼。
11:56 地蔵
立派はお地蔵さん。 よく「◯◯地蔵」という名前がつけられていますが、ここはズバリ「地蔵」(笑)
本来の地蔵の役割というのは、釈迦の入滅後、弥勒菩薩が現れるまでの間、人々を守ってくださるというものです。 その後、色んな信仰が乗っかって「道中安全」「病気平癒」「縁切り」などに細分化されていきます。
この説明板にも、「◯◯が治る」とか、「道中の旅人の安全のために建てられた」などという記述がありません。
ここのお地蔵さんは逆にいえば、本来の役割を全うされているお地蔵さんか、あるいは、ご利益が不明なのかのいずれかでしょうね。
12:00 トイレと昼食
このあたりから少し雨が降ってきたので、雨宿りしながらお昼にし、小降りになってから出発しました。 しかし、出発後まもなく雨が激しくなってきました。 女鬼峠の入り口付近の小屋を勝手にお借りしてカッパを着ました。
12:48 女鬼峠南入口
女鬼峠のちょうど入り口にお寺があったそうです。 あまり興味のない説明だったので写真だけ撮ってスルー。
いよいよ女鬼峠です。 なかなかいい感じ。
13:04 名号碑と如意輪観音像
紀伊路には徳本上人名号碑が結構ありますが、花押が確認できなかったので、ここのものは違うようです。 中央は如意輪観音像、説明板には「かなり古い。高さ53cmほど」としか書かれていません。 「かなり古い」って(笑) おそらく江戸のものでしょうけどね。 その左の祠の中にあるのも如意輪観音像だそうです。 おそらく、別々の場所に祀られていたものを、ここ一箇所に集めてきたのでしょうね。
前にも書きましたが、伊勢路の説明板には「平安から伊勢路の名が見られる」のように書いてはいるものの、道中にまつわる話は江戸のものばかりです。 おそらく、たしかに平安の代からあったのでしょうが、上皇・法皇が紀伊路~中辺路を通ったのに対し、伊勢路は一般庶民が利用したということで、記録が残っていないのでしょう。 また、平安といえば皇族・貴族などの「エリート」が、当時の「東アジアの共通言語」であった漢文で書物を書く時代であり、一般庶民の間では識字率がなく、文字に残すことができなかったからなのでしょう。 ひょっとすれば、地元民の間で口伝によって語り継がれている平安時代からの話もあるのかもしれません。
13:08 展望台
天気が悪かったのが残念でしたが、それでもいい景色でした。 展望台には、ここから見える山の名前と、越後塩沢の豪商・鈴木牧之の詩を記した看板がありました。
ちきれゝ 雲井に雁の 名残かな
熊野路の 春や淋しき 人通り
ん?
この頃って、お伊勢参りや西国巡礼で、熊野街道は大いに賑やかだったという印象がありましたが、「春や淋しき 人通り」ですか。 ま、いっか。
13:22 轍跡
説明板も近くにありましたので、多分写真の場所のことだと思います。 この轍は、荷車が通っていた時の跡だそうです。 伊勢路には同じコースの中に「江戸道」「明治道」と呼ばれる道がありところがあります。 明治道は荷車を通すことができるようにつくられた道だそうで、比較的傾斜が緩やかにつくられているため、歩きやすいです。
13:24 女鬼峠登り口北
ここに女鬼峠と熊野古道の説明看板がありました。 やはり、伊勢方面から歩く人が圧倒的に多いのでしょうね。 あ、ちなみに、伊勢路には「デジタルスタンプ」があります。 写真の中で説明板の右に写っている「5女鬼峠北」と書かれている看板です。 携帯からQRコードを読み取ると一瞬でデジタルスタンプ帳に押印できます。 結構便利ですよ。 インク切れの心配も、押し間違いの心配もなしです。 添乗員さんも大喜び?(笑)
13:58 県道119号線
しばらく歩くと県道119号線に出ます。 女鬼峠までは比較的標識が整っていてわかりやすかったですが、ここを過ぎてからは標識が減って極端に分かりにくくなります。 まず、この119号線に出るまで迷いました。
14:04 西外城田神社(にしときだじんじゃ) 14:09 永昌寺
永昌寺から県道119号線には出ず、細い方の道を歩きます。 しばらく道なりです。 この先の集落は「国束(くづか)」というそうです。 通りすがりのおばあちゃんが教えてくれました。 遠くに国束山があり、昔は遠足でその山に上ったと話をしてくれました。 しっかりしていましたが、御年90歳、元保育士だったそうです。
14:34 道標
立派な道標が現れますので、ここを左。 道標には「左 さんぐうみち」「右 くまのみち」と刻まれています。 これらの道標は江戸時代に建てられたもので、道路改良により分散されていましたが、世界遺産登録15周年を記念して元の位置に戻されたそうです。 当時は熊野道、参宮道、国束参道の分岐で交通の要衝であり、ここには人力車の詰所や旅籠があったそうです。 ちなみに、この道標は田辺市熊野ツーリズムビューローさんの地図にはこの道標は載っていません。 おそらく、世界遺産登録15周年(2019年)、つまり最近ここに移された(戻された)からでしょう。 なので、地図を見ながら「左にしか曲がれないところを左」などと、地図とにらめっこしながら歩きました。
14:39 石仏庵(いしぶつあん)
県道13.号線を一旦横切って入ります。 ここを過ぎれば再び県道13号線です。 ・・・ここからが地獄でした。
14:57 東外城田神社
すぐそばに小学校があり、ちょうど下校時間と重なりました。 小学生と一緒に下校です(笑)
石仏庵から田丸駅まで、約4.6kmのアスファルトです。 道中はこれといって何もなく、ただひたすら歩く、歩く、歩く。 途中ファミリーマートがありましたが、電車の時間があったのでパス。 これが裏目に出ます。
このあたりは米どころのようで、大規模な田んぼが広がっていました。 かなり大きかったです。
15:44 田丸駅
ようやく田丸駅に到着。 電車がすでに出ていました。 ここで次の電車まで約1時間過ごすことになります。 駅周辺にはカフェもなく、ケータイで高校野球の和歌山県大会を見て過ごしました。 本来乗るはずであった電車に乗れれば、五十鈴丘駅まで直通だったのですが、次の電車は伊勢市駅で乗り換えでした。 そして、伊勢市駅でホームを間違え、私たちが座って待っていたベンチの背後から電車が発車(爆)ここでも乗り遅れ(笑) さらに30分過ごすことになりました。
前半はわりと見るところがあり、退屈はしませんでしたが、最後のアスファルトが本当に効きました。 なにはともあれ、無事五十鈴丘駅まで帰って来ることができました。
タイムスケジュール
最後にタイムスケジュールをまとめておきます。 途中で雨降ったり止んだりで、そのたびにカッパを着たり脱いだりしたことや、道にも迷いましたのであくまでも参考程度にとどめておいてください。
10:00 栃原駅 10:40 コンビニ、カフェ、阿弥陀寺 11:23 柳原観音千福寺 11:42 まんじゅう屋跡 11:44 寺子屋跡 11:48 深谷地蔵 11:51 浄保法師五輪塔 11:56 地蔵 12:00 トイレと昼食 12:48 女鬼峠登り口南 13:04 名号碑と如意輪観音像 13:08 展望台 13:22 轍跡 13:24 女鬼峠登り口北 13:58 県道119号線 14:04 西外城田神社 14:09 永昌寺 14:34 道標 14:39 石仏庵 14:57 東外城田神社 15:44 田丸駅