【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑨

前回まではこちらをご参照ください。
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽①
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽②
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽③
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽④
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑤
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑥
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑦
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑧

中村王子跡

ここは「王子があったであろう」という場所に看板が立っているだけで、それらしきものは全くなく、現在は畑(田んぼ)になっています。
畑の写真を撮っても仕方ないので写真はなしです。

説明看板より

川辺から神波、楠本にかけて平安時代の終わりごろから鎌倉時代のはじめにかけて盛んにおこなわれた熊野三山への参詣(熊野詣)の道が通っていた。

この参詣道の要所要所には、休憩や熊野三山の遥拝のための施設(王子社)が設けられており、この付近には中村王子社があった。

楠本の古い地名が中村であったと伝えられているために、中村王子社と呼ばれている。

川辺王子社や中村王子社の位置はいくつかの異なった考証があるが、これは熊野参詣の道すじが時代によって多少変わったためと考えられる。

中村王子社の次の王子社は、紀の川を渡って吐前王子社となる。

熊野古道のルートは、時代の変遷とともに微妙に変わっているということは聞いたことがあります。
那智にもそういったルートがあり、今私たちが歩いているルートは、時代が比較的新しいものだと聞きました。
また、この地域も紀の川の氾濫により、ルートが変更されたのではという考証もあるようです。
また、山中のルートではおそらく土砂災害などもあり、変更を余儀なくされたところもあったと思います。
現に、現在通行できない岩神峠なども、現代版「ルート変更」だと思います。

力侍神社

中村王子跡からしばらく歩くと、力侍神社が見えてきます。
いや、お社は道からは見えていないです。
長ーい参道があるからです。

説明看板より

川辺王子跡

熊野参詣道(熊野古道)は、和泉山脈の雄ノ山峠を越えて南下し、紀ノ川に至ります。


今日、平野部の参詣道の道筋は、雄ノ山峠から直線的に当地に至るルート、市内山口から西へ向かい上野に所在する別の川辺王子社跡推定地や楠本の中村王子社跡を経て当地に至るルートなどが伝えられています。

古代以降、紀ノ川は何度も氾濫したため、熊野参詣道のルートも変遷したと考えられています。

ここ力侍神社は、川辺王子跡推定地の一つとして和歌山県指定文化財(史跡)に指定されています。

・・・王子の説明になっていない(笑)

力侍神社本殿・摂社八王子社本殿(和歌山県指定文化財・建造物)

力侍神社は、もとは神波(こうなみ)村(現和歌山市神波)にあったものが、上野村(現和歌山市上野)八王子社境内に移されました。


その後、寛永年間に両社とも当地移されたといわれます。

両社殿は、細やかな彫刻や鮮やかな彩色など桃山期(16世紀後半)の建築様式を備えた、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で、近世初期(17世紀前半頃)の建立当初の姿をよく伝えており、和歌山県県下における貴重な神社建築として、和歌山県指定文化財(建造物)に指定されています。

和歌山県神社庁には、八王子社が川辺王子だと記されています。
力侍神社

ここにトイレとベンチがあります。
ベンチですが、中央が割れていてちょっと座りにくかったです(笑)

【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑩に続きます。

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