【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑫

前回まではこちらをご参照ください。
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽①
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽②
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽③
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽④
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑤
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑥
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑦
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑧
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑨
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑩
【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑪

川端王子を過ぎると、和佐歴史研究会さんが設置してくれている道標に従って歩きます。
分岐にはほぼ完璧に設置されていたので本当にわかりやすかったです。
導き石は・・・あかん(笑)

旧中筋家住宅

写真に収めようとしましたが、デカすぎて入りません(笑)

説明板より

旧中筋家住宅には、敷地の東側が熊野古道に面しており、江戸時代末期の和佐組大庄屋ふさわしい屋敷構えを残しています。

嘉永5年(1852)建築の主屋は、三階望楼、二十畳敷きの大広間や広い接客空間などが特徴で、紀ノ川流域随一の大規模民家です。

旧中筋家住宅は、主屋のほか表門・長屋蔵・北蔵・内蔵・御成門の附属建物が、昭和49年(1974)に国の空用文化財に指定されました。

旧中筋家住宅は、戦後楫本重一(かじもとしげかず)氏の所有となり維持管理されてきましたが、和歌山市が監理団体となり、平成12年(2000)から平成22年まで約10年間にわたって保存修理事業を行ない、平成22年8月から一般公開しています。


中筋家の歴史についてはこちらとご参照ください。
元は根来だったんですね。
中筋家の歴史

料金は、一般100円(高校生以下は無料)、団体(20名以上)は80円。
開館時間は3月~11月までの間の土日祝、9時~16時30分まで(入館は16時まで)
ただし、上記以外の期間でも、5人以上で1ヶ月前までに申し込めば公開してくれるそうです。

和佐王子跡

説明板より

後鳥羽上皇や修明門院の熊野御幸に随行した藤原定家や藤原頼資は、日前宮奉幣使となって、吐前王子から日前宮に赴いたため、和佐王子社や次の平緒(平尾)王子社には参拝していません。

しかし、御幸の一行は熊野古道を通り、和佐王子社に参拝したものと思われます。

江戸時代初期には、二社の和佐王子社跡があり、一社は川端(川端王子)で、他の一社がこの王子社跡です。

紀州藩主徳川頼宣は、寛文年間(1661~72)にこの地を和佐王子跡と定め、緑泥片岩に「和佐王子」の四字を刻んだ碑を建てています。

「紀伊続風土記」には、川端王子を和佐王子と称し、この王子社は坂本にあったことから、「坂本王子」と称すと記されていますが、川端王子を中世の和佐王子とするには無理があります。

この王子社は明治時代の神社合祀で、高積神社に合祀され、今は往時の石碑を残すのみです。

この王子跡の近くに、和佐大八郎墓があります。
田辺の浄恩寺にも和佐大八郎の墓があります。
どっちが本物かは分かりませんが、和佐大八郎は紀州藩士で弓の名人であり、京都の三十三間堂で通し矢日本一の名声を上げた人物です。

【紀伊路】山中渓~伊太祈曽⑬に続きます。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA