自分さえ我慢すれば丸く収まるとか思って我慢したらダメだよ。
他人はあなたの幸せの為には動かない。
人は皆自分の幸せの為に動く。
よって、他人の幸せを優先してるとあなたは一生幸せになれない。
自分の幸せを優先する事はワガママな事じゃないよ。
あなたには幸せになる権利があるんだ。
幸せになってね。
ーTestosteroneさんのポスト(ツイート)よりー
神様は自己犠牲が嫌いです。
自分さえ犠牲になれば他のみんなが幸せになるのなら、
「いっそ俺も幸せにしてよ」
ー斎藤 一人ー
この真逆をいくのが稲盛和夫さんです。
稲盛さんの著書「生き方」にこのような記述があります。
「自分よりも先に他人に良かれと考える。ときには自らを犠牲にしても人のために尽くす」
「おのれのことは脇に置いて、まず他人を思いやる、あたたかな心の発露・・・(中略)・・・その自然の徳行が、私に「利他の心」の真髄を教えてくれたのです。
・・・まさに両極です。
多分、これにはどっちが正解というのはないのでしょうね。
いろんな本を読んでいくうちにこの両極に当たってしまい、結構悩みました(笑)
私ははじめ、他人→自分の考えでした。
今の法人の場合もそうでしたが、自己犠牲の上に成り立っていることは確かです。
しんどいこと、面倒なことは自分がやればいい。
給料も、法人の財政状況を見て生活できないレベルの額に下げる。
ガイドさんには多く稼いでもらいたい。
そして、他団体にあるような、ガイドさんからの研修費用や会費を収入源にすることのないよう、そういった費用も極限まで抑える・・・
こういう考えで今までやってきました。
しかし、斎藤一人さんの言葉で衝撃を受けました。
言われてみればそうなんです。
一度聞いてみてください。
朝鮮・中国の話はちょっと違うと思いますが・・・
ただ、共通していることは、幸せになる順番はどうであれ、必ず利他の心がそこにあるかどうかということです。
斎藤一人さんのお話では、その幸せをキャンドルサービスで例えていました。
まずは自分が火を灯す。その日を周りの人につけてあげても、自分の火が消えることはない。
そうやって幸せを分けてあげる・・・そういった内容でした。
まずは自分、そして他人。
まずは他人、そして自分。
順番は違いますが、必ずそこに利他がセットになっているということです。
稲盛さんも「たとえば会社だけ儲かればいいと考えるのではなく、取引先にも利益を上げてもらいたい、さらには消費者や株主、地域の利益にも貢献すべく経営を行う。また、個人よりも家族、家族より地域、地域より社会、さらには国や世界、地球や宇宙へと、利他の心を可能なかぎり広げ、高めていこうとする」とも書いています。
幸せになる順番はどちらからでもいいと思いますが、気を付けなければならないのは、まず自分からという考えで成功した時、そのあと他に意識が行くかどうかだと思います。
始めは利他の精神もあったが、成功してしまうとそれを忘れてしまうことに落とし穴があるのかもしれません。
利他のことを稲盛さんは「キリスト教でいうところの愛」だと述べておられます。
「そこに愛はあるんか?」というCMがありましたが、常にその意識を持って物事に取り組みたいものです。
あなたはどう考えますか?
