お賽銭、小銭はやめましょう

今日は、なぜタイトルのようなことになるのかをお話します。

竹田恒泰さんのYou Tube動画で、ゆうちょ銀行がついにATMへ硬貨で入金するのに、手数料がかかるという内容のものがありました。
おっしゃる通りだと思ったので、その大まかな内容をシェアさせていただきます(最後の部分はわたしの意見?です)

最後の砦、ゆうちょ銀行

他行はすでに硬貨入金に対する手数料を取っていましたが、ゆうちょ銀行が最後の砦でした。
しかし、1月17日から「硬貨1枚につき110円(ATM)」という、とんでもない額を負担しなければいけないことになります。

1円硬貨1枚をATMに預けるだけで110円かかるようになります。
ちょっとひどくないですか?

理由は、たいていのゆうちょ銀行では、ATMは1台しか設置しておらず、硬貨の入金によって時間がかかり、他のお客様の迷惑になるからとか、輸送費、他のコインなどの混入でATMが故障し、その修繕費用がかかるから・・・なのだそうですが、大企業の中で一番儲かっているのが銀行です。

その額はグループごとで1兆円あり、その中の数億円かかるからというのは、おかしな話です。

困惑する事業者

このルールが適用されて一番困るのが、駄菓子屋さん、慈善団体など、小銭を主体として取引をしている事業者です。
その中でも神社は特に打撃を受けるのではないでしょうか。
集まったお賽銭を銀行に預けようものなら、利益が出なくなります。
仮に5円玉をATMに51枚持って行けば、5,355円の赤字です。
窓口は51枚から有料になり、51枚だと手数料が550円かかります。
なので、窓口に預けても295円の赤字です。

5円はご縁?

5円をお賽銭に使う理由でよく言われているのが「ご縁」と「5円」をかけて「ご縁がありますように」というものですが、あれはただのダジャレです。
神社への参拝は、神様のご自宅に訪問するようなものです。
神社は本来、厳密に言えばお願い事をするところではありませんが、お願い事をする人も多いでしょう。
その際に「供物」を持っていきます。
友達の家に行くのにも、手ぶらで行く人はあまりいないでしょう。
何か手土産を持っていきますが、1,000円のものでもちょっとショボいですよね。
そのことを考えると、神様にお願い事をするのに5円って、それは虫が良すぎませんか?

ということで、硬貨の入金は手数料がかかるので、お賽銭はお札にしましょう。

わたしは最近、氏神さんなどにお参りする際は、たいていお札を入れています。
正直、「ちょっと痛いな」と思うこともありますが、不思議とそれが原因で金運が下がるということはなく、むしろお金の回りが良くなったような気がします。
ただ、「これくらい奮発したのだから、これくらいの見返りがあるだろう」という打算が入るとなぜかダメです。
わたしの経験ですが、この打算が入ると後で余計に出費がかさんだりします。
神様はちゃんと人の心はお見通しのようです。
「神社の運営のために」という素直な気持ちで入れたいものです。





ひふみ・いろは

「ひふみよいむなやこと」

「いろはにほへとちりぬるを」

これらは元来、何だと思いますか?

「ひふみ」は単に数を数えるものでしょうか?
「いろは」は?

実はこれらはれっきとした「祝詞」です。

日本には昔から、「言葉にも魂が宿る」と信じられており「言霊」ということばがあります。

これを一音一音丁寧に唱えることにより、心身を浄化し、呼吸が整います。

いろはにほへと ちりぬるをわか よたれそつねな
らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし
ゑひもせすん

ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑほれけん

私はこれをもう十年以上、毎日欠かさず唱えています。

本来は、一度唱え始めると毎日しなければならないのですが、初めはできる範囲でやってもいいそうです。

みなさんも試してみてはいかがでしょうか。

ひふみの浄化

もう一つ、「ひふみ」には浄化の意味もあります。

地球は人間と同じ「生命体」です。

人間が病に倒れた時「発熱」「くしゃみ」「鼻水」「咳」「下痢・嘔吐」などで病原菌を体外に出そうとしたり、退治しようとしたりしますが、地球も同じように、地球が汚染されれば「病」を直そうとする作用が起こります。

地球が「病」になった時は「火山の噴火や火事」「大風」「洪水」などでその原因を浄化し「健康体」に戻そうとする働きをします。

つまり「火(ひ)」「風(ふ)」「水(み)」の浄化です。

まず火で焼き尽くし、風でその火を消し、その燃えカスを水で洗い流す・・・という流れです。

その作用は、病が重ければ重いほど強く働きます。

これは人間も同じです。

しかし、今は最初に燃やしてしまうと有害な物質が出てしまい、かえって地球が毒されるので、火以外の他の作用を強力にして浄化するしかないそうです。

最近洪水が多いのもそのためなのだそうです。

以前の通信で、「病は症状を出し切って治すほうがよい」という趣旨のことをお伝えしたのは、薬で無理やりこの「浄化作用」を抑え込むことによって、次にかかった時はさらに強い症状が出るようになるからです。

基礎疾患などがなく、普段が健康体であるならば、人間の持つ「浄化作用」で完全に出し切った方が、次に同じ病にかかった時、軽い症状で済みます。

私は3年ほど前にインフルエンザにかかりましたが、私は38.5度しか出ず、3日で治ってしまいました。

私はインフルエンザにかかってもこれまで一切薬は飲んでいませんでした。

それがよかったのかもしれません。

今が旬の柑橘

和歌山と言えば、ミカンの出荷量日本一です。
しかし、「近くにある温泉についてはあまり詳しくない」という人が多いように、和歌山に住みながらミカン(柑橘)に詳しい人も少ないのではないでしょうか。

今日はほんの少しですが、今が旬の品種についてお話します。

今年から、いつもお世話になっている農家さんのところで、剪定後の枝集めをしています。
いつもは収穫の時だけでしたので、梅雨時期の畑しか知りませんでしたが、葉が生い茂っていた葉が冬にはすべて落ちているため、日差しが畑の中にまで降り注ぎます。

おかげさまで日焼けしました(笑)

梅雨の畑しか知らなかった私にとって、冬の畑は新鮮です。
隣の畑は今、ポンカンが鈴なりになっており、収穫の真っ最中です。
そのポンカンが青空と相まって本当に見とれてしまうぐらいきれいな風景が広がっています。

枝拾いの作業が終わると、次はポンカンの収穫のようです。
今日はそのポンカンをいただきましたが、非常に美味しかったです。

ちなみにポンカンはインド原産です。

柑橘は大きく分けて6つに分けることができます。

みかん類

温州みかん(宮本早生、ゆら早生、宮川早生、興津早生など)です。
ポンカンもみかん類に分類されます。

雑柑類

雑柑類とは、我が国で生まれた温州みかん以外の中晩生の柑橘の総称です。
夏みかん、はっさく、伊予柑などがあります。

スイートオレンジ類

世界の柑橘の約70%を占めています。
ネーブル、トロビタオレンジ、福原オレンジ、バレンシアオレンジなどがあります。

文旦・グレープフルーツ類

文旦とグレープフルーツです。

タンゴール・タンゼロ類

タンゴール類とは、みかん類とスイートオレンジ類をかけ合わせたものです。
清見、タンカン、マーコット、不知火、はるみなどです。

タンゼロ類とは、みかん類と文旦・グレープフルーツ類をかけ合わせたものです。
ミネオラ、セミノール、スイートスプリングなどがあります。

あとはレモン・ライム類です。

お世話になっている農家さんの畑では、他にも不知火(しらぬい)も植えているそうです。
不知火の収穫時期は2月から3月にかけてです。
不知火は、清見とポンカン中野3号との交配種で、アメリカでも「Sumo Orange」とか言われ、食べられているそうです。
お客様から初めて向こうで呼ばれている名前で言われた時は、何のことか分かりませんでした。
その形がお相撲さんに似ているのでそのよう名前がついたそうです。

清見は、宮川早生とトロビタオレンジの交配種です。

では、不知火とデコポンの違いは何でしょう?

品種的には同じです。

ただ、糖度が13%以上、酸度1%未満で、なおかつJAに出荷したものだけに名付けられることができます。
なので、「デコポン」はJAの登録商標です。

不知火のケースは特殊かもしれませんが、一口に「柑橘」と言っても、世界で栽培されている品種は100種類以上あります。

中には、「はるき」のように、昨年10月に品種登録された、ごく最近のものもあります。

品種の多さの点では、次から次にブームが起こる犬とよく似ているのかもしれません。

ご参考にされてください。

古代文献と神代文字

五十音の起源

今回は、古事記、日本書紀の原書とされている古代文献から、神代文字についてお話させていただきます。

今回は小名木善行さんのYou Tube動画を参考にさせていただき、私見を交えながらお話させていただきます。

小名木善行さんのお話によると、五十音の起源はフトマニなのだそうです。
フトマニとは「太占」と漢字で表されますが、ようは占いのことです。
熊野詣でも、陰陽師などはこのフトマニで占っていたと聞いたことがあります。
占いの方法は、鹿の骨や亀の甲羅を焼いて、そこで割れたひびによって吉凶を占うというものです。

そのひびの割れ方にたくさんのパターンがありました。
真っ直ぐ一直線に縦に入るもの、真横に入るもの、斜めに入るもの、縦と横に入るもの、ギザギザに入るもの、大きな穴が一つ開くもの、小さな穴が一つ開くもの、大きな穴が複数に開くもの・・・などのパターンがあり、それをいちいち「真っ直ぐ一直線に割れる」とか「縦と横に割れてその真ん中に穴がある」とか言っていると日が暮れてしまう(笑)ので、一つの音で表したものを50(または48)表したものが五十音だそうです。

古事記・日本書紀にはそれぞれ引用された書物の名前が記載されています。
臣連伴造国造百八十部并公民等本記、天皇記、国記、帝紀、旧辞などです。

臣連伴造国造百八十部并公民等本記、天皇記、国記は聖徳太子と蘇我馬子の監修で西暦にして620年に編纂されたものです。

日本書紀はその100年後に完成していますので、当時のことを覚えている人がいたということです。
私たちの時代でいえば、大正時代のお話です。
そうなれば、ひいおじいちゃんあたりの時代になります。
私よりすこし上の世代であればおじいちゃんの時代の話です。
ということは、嘘を書くわけにはいかないので、これらの書物があったということは事実でしょう。

古事記は帝記、旧記をもとにして書かれています。
帝紀とは「みかどの記録」、旧辞は「古いことば=口伝、伝承」ということだそうです。

それらの文献は焼失してしまい、すでにこの世には存在していないそうです。
ですので、これらの書物がどのような文字で書かれていたのかも分かりません。

古典三書

日本には「古典三書」と呼ばれている書物があります。

古事記、日本書紀、大成経です。

古事記、日本書紀はみなさんもご存知でしょうが、大成経って初耳でした。
大成経は聖徳太子が書かれた書物なのだそうです。
原書は存在していないそうですが、、写本が出回っており、中には解説本もあるようです。
小名木さんはすでに古事記と日本書紀については原文を翻訳されていますが、次には大成経の原文翻訳に取り組みたいとおっしゃっています。

古典四書

それとは別に、「古典四書」というものがあります。
ウエツフミ、ホツマツタヱのウタヒ、ミカサフミ、カタカムナがそれにあたりますが、ホツマツタヱはすでにこのブログでも内容をご紹介しましたのでご存知の方もいらっしゃると思います。

神代文字

これらの書物は漢字で書かれておらず、「神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)」で記されています。
神代文字には2種類あり、ひとつは亀の甲羅などに入ったひびをそのまま文字にしたもので「アビル草文字」と呼ばれるものがそれにあたります。
残念ながらこの文字の再現はここでは難しいのでお伝えできませんが、「た」なら「た」にあたるひび、「へ」ならへ、「る」ならるにあたるひびがあり、その組み合わせで出来たものが漢字なのだそうです。

そして、もう一つは「一字一音一義」による文字、つまりそれぞれの文字に意味があり、それがフトマニ(占い)の意味を成すという文字です。

カタカムナは神代文字

先述の古典四書のひとつ、カタカムナですが、これがカタカナの起源になったという話です。
ひらがなの起源は漢字を崩したものという明確な根拠がありますが、一方カタカナについてはその根拠が曖昧です。

私は以前からカタカナの起源については懐疑的でした。
学校でその根拠について聞いてはいるでしょうが、かなり強引な感じが否めません。
それはこちらの記事をご参考にしていただけたらと思います。

日本に文字は存在していた?

小名木さんはここで面白い「根拠」について話しています。

「ア」は漢字の「阿」のこざと偏である「阝」からできたとされています。
一方、「へ」ですが、これは「部」のおおざと「阝」を横にしてできたものとされています。
明らかに形が同じであるにも関わらず、なぜ違う文字ができるのか?
また、明らかに「それはないやろ!」というものが「マ」です。
この「マ」は「末」からきているというのですが、どのようにして「末」から「マ」なったのか、説明ができますか?

「カタカナは漢字の一部を取り出してできた」と言われていますが、「マ」「ケ」「ス」などについてはその説明ができません。
かなり強引です。

白い人 ≠ 白人

7300年前にアカホヤの大噴火があった時、日本に住んでいた人々が新天地を求めて世界中に散らばり、日本の文化や文字を携えて広めていった・・・という話があります。
特に中南米では「白い人がやってきて我々に文明を伝えてくれた」という伝説があります。
ここでいう「白い人」というのは白人ではなく、日本人だという説です。
先日オリンピックを見ていて、いわゆる「白人」と呼ばれている人と、我々日本人の肌の色を比較してみても、そんなに差はないなと思っていました。

いわゆる「黄色人種」と呼ばれている人々、特に東南アジアの人々の肌の色と比べても、明らかに日本人は色白です。
有色人種の中で日本人というのは特別色白なのです。
なので「白い人」を欧米の白人と勘違いをしたがために、彼らの文明は滅ばされたのです。

紀元前3500年にシュメール文明という文明がありました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB
シュメール人たちは自分たちのことを「ウミサンキタ」と呼んでいたということが、残された文書から解読されています。
ただ、この「ウミサンキタ」、ヨーロッパの人には何を語源としているのか分からなかったのですが、日本人なら想像はつくと思います。

「ウミサンキタ」は「海さん来た」「海さんからやってきた」となり、「我々は海からやってきた」ということになります。
その海とはどこか?というと、日本だとういうことです。
日本はもともと、地形的な関係から海とのつながりが大きく、縄文時代にはすでに相当な規模の船を建造し、航海する技術を持っていたということが明らかになってきました。
そうした船を使って世界に散らばり、文字をはじめとして文化や伝統なども広めていったのではないか、そういう可能性がまったくないと言えないほど、日本という国は歴史的にも文明的にも深く、優れたものを持っていたのではないでしょうか。

今回ご参考にさせていただいた小名木善行さんの動画はこちらです。

小名木さんのお話はこれだけにとどまらず、日本の歴史全体を通して楽しくお話してくれます。
小名木さんのような人が学校で授業をしてくれたなら、日本史を好きな子供がもっと増えるのにと思います。

「紀州の獅子と獅子頭」に行って来ました②

講義に続いて、展示している獅子頭についての説明をしていただきました。

野上八幡宮の獅子頭

南北朝時代(14世紀)の獅子頭と獅子幕。

中世の獅子頭の特徴を色濃く残しているものだそうです。
その特徴として、目尻が上がっていること、上唇を厚く翻したところなど。
また、獅子幕にも中世の特徴があり、背中に白いフェルト生地のようなものをあしらっており、その両側に馬の毛を取り付けているところだそうで、平安末期の「年中行事絵巻」の稲荷祭にその姿が描かれています。

隣は「赤面」「青面」と呼ばれているもので、野上八幡宮の社伝には「獅子飼」と書かれているそうです。

藤白の獅子舞

熊野古道のガイドとしては古道沿いの王子などで奉納されている獅子舞にも興味が湧きます。

写真五体王子の一つ、海南の藤白神社の獅子頭です。

この獅子舞は毎年10月第2日曜日の秋祭りの日に奉納されるそうです。

なぜ頭が金色なのかはっきりした理由がわからないそうですが、この獅子舞は紀中の鬼獅子から派生したものだそうで、その獅子頭の特徴として、黒い下地に金の塗料(金箔?)をつけていたそうです。

金色の頭はその影響ではないかと言われています。

紀中の獅子頭で黒いものが多いですが、それらも元々は金色だったのではないかとも言われています。

和歌祭に登場する獅子頭は、黒漆に金箔をあしらえています。
和歌祭は1622年、徳川頼宣公によって始められた祭で、来年で400周年を迎えます。

丹生都比売神社の獅子頭


かつらぎ町天野の鎮座する世界遺産・丹生都比売神社の獅子頭。
同社には2つの頭があるそうですが、文献が残っておらず詳しいことはわからないそうです。

おそらく、神輿の渡御の際に道中を祓い浄める役割をしていたのでしょう。
ただ、この頭はめちゃくちゃ大きいので手に持ったり頭に被ったりすることは不可能ですので、肩に担いだり複数人で運んだのではないかと言われています。

頭には大きい物と少し小さい物があり、オスとメスであろうと言われています。
展示されているものは大きい方の「オス」だそうです。

古座の獅子頭

伊勢大神楽の流れを汲む古座の獅子頭は、やはりどことなく伊勢大神楽のものと似ています。
特徴的なところは、目も歯も銀色だというところです。
また、写真左に展示されているものは祭で天狗役をする女の子が被る「鳥兜」と言われるもので、これは雅楽の影響が残っていると考えれられています。

天狗が出てくるところが祭で一番盛り上がります。

岡の獅子頭

上富田町・八上神社(八上王子)で奉納される獅子舞です。

ここまで来ると、さすがに頭にも親近感が湧いてきます(笑)

紀南地方、とくに田辺からすさみあたりにかけては、この頭がスタンダードです。

岡の獅子舞は、やはり古座の流れを汲むもので、白浜町田野井の獅子舞から伝承されたものだそうです。

特徴的なものは天狗が被る洋風の帽子です。
また、展示されている着物は鷹の絵柄で天狗がまとうものだそうです。
私の記憶が確かなら、もう一方の天狗の衣装はフクロウ?で、鷹が男性、フクロウが女性だと聞いたような・・・記憶が定かではありませんが。

田辺あたりの獅子舞の特徴は、古座流にはない「道中楽」があることです。
これはおそらく、田辺は日高の獅子舞と古座流の交わるところに位置するため、お互いの特徴が習合したものだと考えられます。

三輪崎の獅子頭

新宮市・三輪崎八幡神社の獅子頭。

やはり伊勢大神楽系統の影響が強い頭という印象です。

ここでは、神明賛(で呼び名が合っていますか?)で奉納される頭はメスで、買ったばかりの美しい状態のもので奉納され、これが年月とともに傷んでくると、それを修理に出し、目には金属の板を取り付けて頭を振った時に音が鳴るようにしたり、もっと口を大きく開いたり出来るように「改造」し、オスに「性転換」し、幕をつけた荒々しい獅子に変化するそうです(笑)

黄色と黒の幕にも特徴があります。

これは和歌山県下ではここだけだそうですが、尾鷲にも同じような幕で奉納するところがあるそうなので、やはり伊勢から伝わったということがわかります。

獅子舞の伝播は街道があるかないかで随分と違ったようです。

当時伊勢から紀伊にかけては街道が整備されていました。
それを伝って獅子舞が紀南各地の特に沿岸部に広がっていきました。
また、日高でも龍神と結ぶ街道があったために獅子舞が伝播したそうです。
逆に、本宮では獅子舞がありません。
三重から本宮へは伊勢路がもちろんありましたが、道中に熊野川があり、渡し船でないと行けなかったり、集落から集落の距離が長かったりしたなど、当時本宮への道が険しかったということもあったのでしょう。

・・・もちろん、熊野古道は古くからありました。
熊野古道中辺路沿いでは野中の獅子舞が有名です。
龍神出身の方からのお話では、その方の出身の地区の獅子舞は野中から習ってきたとお聞きしたことがあります。

以上、獅子舞バカの和田がお送りしました。
私自身もかれこれ10年以上獅子舞の舞手として携わって来て、紀南各地の獅子舞を見て勉強をして来ました。
今回の講座はその世界をさらに広げてくれました。

ぜひとも第二弾を開催していただきたいですね。

「紀州の獅子と獅子頭」に行ってきました①

紀伊風土記の丘で開催された「紀州の獅子と獅子頭」の展示講座に行ってきました。
獅子舞の歴史からその土地の獅子舞や獅子頭の特徴、南北朝時代の獅子頭の展示など、獅子舞フリークの私にとっては、垂涎物の講座でした。

今回はその備忘録としてまとめておきます。

獅子舞の起源

紀元前3000年以前の古代オリエントでライオンから霊獣化し創造され、シルクロードを経てアジアに伝播したと言われています。

獅子の起源はサンスクリット語の「simha(シンバ)」と考えられているとのことです。
ライオンキングのシンバはここから来ているそうです。

その後、チャイナにおいて獅子は仏法を守る霊獣となります。

推古天皇20年(612年)に百済の味摩之(みまじ)が「伎楽(呉楽)」を日本に伝え、法会の楽とするとともに獅子伎が伝来したと日本書紀に書かれています。

獅子には霊力があり、悪を食べるという信仰から寺院の法要において、行列の道行きを浄める「行道獅子」として誕生します。

ということで、今は「獅子舞」といえば「神社」というイメージですが、元来は仏教の伝来に伴って入ってきたものです。

やがて平安時代に神仏習合が広がると、神社でも獅子がお祓いのために行道をするようになりました。

中世荘園の神事

中世になると、獅子舞、王の舞、田楽踊が奉納されるようになります。

なお、このころの獅子舞というのは舞に笛と太鼓がなく、静かに舞う形だったそうです。

和歌山県でもその影響があるお社が、広川町の広八幡神社です。
ここでは上記3つの神事をまとめて一緒に行う形で受け継がれています。

ここでは田楽踊を踊っている周りを獅子・オニ・ワニが回ります。笛はありません。

紀中の獅子舞

有田郡・日高郡の多くの獅子舞にも笛がなく、太鼓の音とササラの音とともに舞い、オニ・ワニとともに舞うことから「三面獅子」とも言われています。

有田郡南部から日高郡にかけては、同じ神社の祭礼で2つの異なる獅子舞が奉納されます。

これは、それぞれの獅子舞が異なった時期に伝わったことを示しています。

内原王子神社の秋祭りでは、笛・太鼓がなく静かに舞う獅子舞と、囃子に乗って踊る獅子舞の両方が奉納されています。

これは頭屋獅子とも言われ、昔はこの獅子舞だけで4つの地区で1年毎に当番があり、当番の地区がまわしてしたそうです。

当番がまわしていたので「頭屋」という名前がついたのだとか。

この獅子舞は「鬼獅子系」と言われており、神社が獅子頭や舞を管理・奉納していたそうです。

これには神社側でそれぞれ当番の地区に舞を教えていたそうです。

一方で、氏子の青年組織でまわしていたものを「舞獅子系」といい、この獅子はそれぞれの地区で伝統を受け継いできたものだそうです。

蘇里剛志さんのお話では、4年に1回しか回ってこないのでは寂しいので、それぞれの地区で毎年お宮さんに奉納する獅子舞が始まったのでは?ということです。普通、こういった笛・太鼓のない静かな、悪く言えば辛気臭い方はなくなってしまうと考えられがちだが、地元の方は伝統を重んじて両方を残したのではないか?とおっしゃっていました。

日高の「舞獅子」の特徴

日高の「舞獅子」の特徴は、

瀬戸内に多い紙製の獅子頭を用い、囃子の合わせて動きの激しい舞を演じる

多くの場合、獅子は二人立ちで、手を出して踊ることはしない

舞場の中央にむしろや敷物を敷いて四方を意識した舞を演じる

獅子の主体は地元の青年組織

終始固定した舞手により、切れ目のない演技が続けられる

獅子頭が紙で出来ているとは驚きでした。これなら激しい舞でも体力的にも負担が少なくて済みます。

そこで登場したのが「継ぎ獅子」「梯獅子」と呼ばれる舞です。

由良町・横浜獅子舞は肩車をして舞いますし、有名な木ノ本の獅子舞は文字通りハシゴを使ってアクロバティックな舞を演じます。軽い頭だからできる芸当なのかもしれません。

熊野の獅子舞

熊野の獅子舞は、伊勢大神楽の影響をうけつつ、熊野地方で独自に展開した獅子舞です。

伊勢大神楽とは、江戸時代中期から西日本を中心に年ごとに巡り伊勢の神宮の神符を配り、竃祓いや祈祷を行う芸能集団です。

演目には、神事として魔を祓う「獅子舞」と、種々の曲芸で観客を楽しませる「放下芸」があります。

こうした大神楽の面白さに惹かれた若者が教えを請い、氏神の祭で奉納することもあったそうです。これが熊野や日高に広がったと考えられています。

木製の獅子頭を使い、腕を出して御幣や鈴などを持って舞う二人立ちの舞と、幕の3~5人入って激しく舞う「乱獅子」系統の舞があります。

演目ごとに切れ目があり、曲ごとに舞手が変わるのも特徴の一つです。

牡丹の造花をあしらった木を掲げ、獅子が花の美しさに見惚れるような所作があります。

多様な文化的背景の違いを理解する30

お役立ちフレーズ③

I will have been

お客様から一番受ける質問の中に「How long have you been a guide?」というものがあります。
単に「5 years」と答えてもいいですが、「I will have been a guide for 5 years this November.」のように、未来完了で答えることもできます。

at the very end of

「一番向こうの山」と言いたい時などに便利です。
「at the very end of the mountain.」のような言い方ができます。

at the bottom of

「at the very end of」と用法は同じです。
「at the bottom of that mountain.」で、「あの山のふもと」となります。

it takes about

「あとどれくらいかかる」と具体的に言う場合に使います。
「some more」ばかり言っていると「あなたは『some more』ばかりだ」と言われてしまいます。

it took us about

it takes about に似ていますが、こちらは「私達はこれくらいの時間がかかった」という場合に使います。
It took us about 3 hours for 7 km. Considering the pace, we will be arriving at Hongu Taisha at around 5. のように使います。

Just around the corner

「すぐそこ」という時に使います。
本当にそこならいいですが、「some more」同様、多用は禁物です。

Have you ever heard of ~

「~について聞いたことがありますか?」は日本文化などを説明する際などによく使います。
「聞いたことがある」となれば、簡単な説明で済ませることができます。

We have another ~

「あと何分ある」という時に使います。
「We have another 15 minutes for the next bus.」など。

Let’s let them pass.

熊野古道を歩いていると、時折別の人たちが抜いて行く場合がよくあります。
広い場所であれば難なく抜くことができますが、狭い場所であれば意識的にこちらが譲ってあげなければ抜くことができないために、こう言って一旦止まって道う譲るように促します。

Could you make way for ~

これも「道を譲る」という意味で使いますが、この表現は自分のお客様にも使えますし、自分たちが別の人たちを抜く時にも使えます。

It was nice meeting you.

お別れの際の挨拶です。

Enjoy the rest of your trip.

欧米のお客様は、10日~2週間かけて日本を回ることが多いです。
熊野古道の次に高野山に行ったり、京都に行ったり、直島に行ったり、宮島に行ったり、東京に行ったり・・・と結構てんこ盛りに回ります。

私は、お客様が無事に回れるようにとの念を込めて最後の挨拶に添えています。

以上、簡単な表現ばかりで恐縮ですが、熊野古道のガイドをしていてよく使う表現を中心に挙げさせていただきました。

多様な文化的背景の違いを理解する29

お役立ち単語・フレーズ②

熊野古道やトレッキングなどでよく使う単語を集めてみました。

viewpoint

見晴台。
熊野古道にも所々あります。

saddle

鞍部(あんぶ)です。
鞍部とは、稜線が窪んでたわんでいる所を指します。

gazebo

あづまやです。
「ガズィーボ」と発音します。

top と bottom

これらの単語も良く使います。
歩いている時、あるいは、山の稜線を指しながら説明をする時など。

cedar と cypress

スギとヒノキです。
熊野ではこれらの木の植林が多いので多用します。
スギですが、厳密に言うと日本固有種なのでcedarではなく「cryptomeria」ですが、ネイティブでも知らない人が多いため、分かりやすくするためにあえて近似種の「cedar」と言っています。
今まで「これはcryptomeriaではないの?」と言われたお客様は4回ほどしかありません。
この単語が出てくること自体、滅多にありません。

giant hornet

オオスズメバチです。
以前、仲間のガイドから「wasp」という単語を聞いたことがあります。
もちろん当たってはいますが、種の範囲が広い(アシナガバチなどもwasp)ので、ピンポイントでオオスズメバチを指す場合は「giant hornet」です。

pit viper

マムシです。
viperだけでも通じます。
私は子供の頃、これに噛まれて死にかかった経験があります(笑)

仲間のガイドは、間違って「vapor(粒子、蒸気)」と言ってしまい、ポカンとされたことがあったそうです(笑)

他にももっとありますが、マニアックな単語なので、一緒に歩く機会があればご紹介しますね。


建国記念の日

一日遅れましたが、昨日は建国記念の日でしたね。

初代天皇である神武天皇が即位した日とされています。
その年からの暦を「皇紀」といい、今年は皇紀2681年です。

2681年。

国としてはダントツで古いんです。

「え?中国じゃないの?」

と思われたかもしれませんが、中国は王朝は頻繁に変わっていますので違います。
中華人民共和国の建国が1949年、終戦後です。
なので、「中国4000年の歴史」というのは嘘で「中国72年の歴史」と言い換えなければなりません(笑)
2位はイギリスで約900年です。

そう、日本はぶっちぎりで古い国なんです。

ただ、日本の建国の年代も「違う」という可能性はあります。

この年代は、日本書紀に記されている紀元前660年旧暦1月1日を元に言っているに過ぎません。
日本書紀の編纂が720年。
神武天皇が即位されたとされる年から約1300年も経っていますので、この書に記されていることが真実なのかどうかも疑わしいです。

日本は世界最古の国であるためか、建国の年代がはっきりとはわかっていません。
こんな国も珍しいのではないかと思います。

ホツマツタヱによれば、日本はもともと「常世国(とこよくに)」と呼ばれ、その建国は初代アマカミであるクニトコタチにまで遡ります。

時代は縄文時代中期(5500年~4400年前)とされています。

クニトコタチは、古事記・日本書紀などでは神として描かれていますが、ホツマツタヱでは人として描かれています。
そして、みなさんご存知のイザナギ・イザナミはその7代目アマカミ、天照大神は8代目にあたります(ちなみにホツマツタヱでは天照大神は男性として描かれています)

この国を建国したとされる神武天皇は13代目です。

アマカミとは、今で言う天皇の地位にあたるお方であり、日本全国を巡業して農業の普及と国語の標準化、トの教えを広めるために尽力されました。

トの教えについては、こちらの記事をご参照ください。

https://7875937fbfc6f01c.main.jp/2020/06/23/%e5%8f%a4%e4%bb%a3%e5%8f%b2%e3%83%9b%e3%83%84%e3%83%9e%e3%83%84%e3%82%bf%e3%83%b1%e3%81%ae%e6%97%85%e3%80%90%e3%81%8a%e5%8b%a7%e3%82%81%e6%9b%b8%e7%b1%8d%e3%80%91/

・・・これがもし本当であれば、2681年どころの話ではありません。

日本と中国の建国の歴史は、それぞれが主張していることと違うという点では同じですが、中国のそれは「もっと短い」、日本は「もっと古い」ということになります。

戦後のGHQの自虐史観の教育により、日本人は自国の誇りを失いつつあります。
自国を卑下する国民がいる国なんて、普通ではありません。
この機会に、我が国に対する想いを再認識されてみてはいかがでしょうか?

60-60-30ソリューション

今回は、集中力を保ちながら仕事をする方法をご紹介します。
あなたは、何か自分なりの方法がありますか?
ひょっとしたら、それが間違った方法なのかもしれません。

人間が集中していられる時間は、2時間と言われています。
それ以上すると疲れ、集中力が落ち、パフォーマンスも落ちます。
そこで、タイトルにある「60-60-30ソリューション」で常に高いパフォーマンスを発揮できるようにしていきます。

では、具体的にどうするのかをご紹介します。

60分間集中✕2回→30分休憩

大まかには、60分集中を2回繰り返します。
2時間という時間は、たくさんのことを達成できますが、飽きてしまう時間ではありません。
そのあと、30分の休憩を入れます。

90~120分ごとにエネルギーが下がるのは人間の自然なサイクルです。
その体の自然なサイクルに合わせて、集中をリラックスを繰り返します。
エネルギーが落ちてくる時間帯に合わせて、30分の休憩を取ることで集中力をチャージします。
「まだ大丈夫」と思っていても、休憩をしっかりとりましょう。
これは、「喉が乾いた」と感じた時はすでに軽い脱水症状が始まっている感覚と似ています。

土木関係の人や、農家さんなんかでは、午前10時と午後3時くらいにそれぞれ30分の休憩を取ります。
もちろん、肉体労働ですので休憩を入れないと体力が持たないという点もありますが、昨日の記事にも書いたように、意思にも「体力」がありますので、脳をしっかり休めることが必要になってきます。
昨日の記事をご覧になられいない方は、こちらを参考にしてください。

https://7875937fbfc6f01c.main.jp/2021/01/02/%e6%84%8f%e6%80%9d%e3%81%ab%e3%82%82%e3%80%8c%e4%bd%93%e5%8a%9b%e3%80%8d%e3%81%8c%e3%81%82%e3%82%8b/

業務の選択も大事

この60分✕2セットの間に、どんな業務をするのかも重要になってきます。
意思の決定力は次第に落ちてきますので、最も価値の高い活動に充てるべきだといえます。
先日お話した「成功の儀式」を習慣化することにより、その優先順位がわかってきます。

業務には大きく分けて4つに分類されます。

1.緊急性のある大事な仕事

2.大事だが緊急ではない仕事

3.緊急だが大事ではない仕事

4.緊急でも大事でもない仕事

1の緊急性のある大事な仕事とは、緊急の会議や締め切り間近の仕事、切羽詰まった問題などです。
2の大事だが緊急ではない仕事とは、生み出すことによって収益に繋がる仕事や、業務の効率化やシステム作りなど。
4の緊急でも大事でもない仕事とは、インターネットをダラダラ見るといった仕事をしているフリをすることなどです。

特に4は耳が痛くありませんか?
身に覚えがありませんか?

大きな石

スティーブン・コヴィー博士のお話の中に、大きな石数個、たくさんの小さな石、砂を一つの容器を埋めてたとえ話をしていました。
その容器に、砂→小さな石→大きな石という順番で入れると入り切りませんが、大きな石から入れるとその隙間に小さな石と砂が入るのですっぽり入ってしまう・・・というものです。
この「砂」や「小石」にあたるのが、「メールチェック」や「事務用品の買い物」といった、まったく生産性のない業務「緊急だが重要ではない仕事」または「緊急でも重要でもない仕事」に分類されます。
また、人から頼まれた仕事などは、緊急性があるように見えますが、そのほとんどは緊急性がない場合が多いです。
いつまでに仕上げなければならないかを確認しておけば、後回しにしてもいいような仕事が多いです。

そして、「大きな石」にあたるのが、「重要だけれども、時間がかかる上に緊急性がない業務」です。
一日の始まりに最優先でするべき仕事はこの「大きな石」に時間を割くべきなのです。

こちらの動画で分かりやすく説明してしますのでご参考に。

https://www.youtube.com/watch?v=oudwY9jv7kE

もう少し具体的に

では、先ほどの60分✕2→30分の休憩を、具体的にもう少し詳しくご説明します。

具体的には、55分仕事をしたら、5分の休憩を入れ、次の1時間が始まる前にエネルギーを補充します。
この時、タイマーを用意し、55分にセットしておくといいでしょう。
そして、休憩の時はトイレに行ったついでに少し散歩をするとか、業務からまったく離れてください。

休憩の5分が終われば、再びタイマーを55分にセットして業務を開始します。
つぎの55分が終われば、30分の休憩を取ります。
仮眠を取ったり、何か健康的な物を食べたりしてしっかり脳を休めてください。
大勢がいる職場では、自分ひとりだけそうすることがなかなか難しいかもしれませんが、自分なりに工夫をすればその方法は見つかると思います。

多くの人は、休憩を取る代わりにお菓子を食べたり、コーヒーを飲んだりして仕事を続け、一日の終わりには疲れ切って燃え尽きてしまいます。
そうならないように、適度に休憩を入れて最後まで走り続けることができるようにしましょう。

やはり「習慣化」が大切

今回ご紹介した60-60-30ソリューションも、やはり習慣化が大切です。
新しいことをするには始めは意識が必要です。
これが無意識になるまでには最低でも2週間はかかります。
「継続は力なり」です。
ぜひとも「いい習慣」を続けていただき、最高のパフォーマンスを常に発揮できるようにしていただたいと思います。

習慣化についての記事は、こちらをご参照ください。

https://7875937fbfc6f01c.main.jp/2020/05/01/%e9%95%b7%e7%b6%9a%e3%81%8d%e3%81%97%e3%81%aa%e3%81%84%e7%90%86%e7%94%b1%e3%81%a8%e3%81%9d%e3%81%ae%e6%94%b9%e5%96%84%e6%b3%95/