SDGsが世界を破壊する①

今回は、政策コンサルタント・室伏謙一氏の「SDGsが蒸気ローラーのように世界を破壊する」というお話からです。
参考にさせていただいた記事はこちらです。
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もはやSDGsという言葉を聞いたことがないという人がいないくらい、この言葉が世間に浸透してきました。
多くの企業もSDGsのシンボルマークやロゴを誇らしげに使い、自ら関連する取り組みを宣伝したりしています。

若者たちも、SDGsに掲げられた目標を達成する活動をしたり、主張をしたりしています。特に、スウェーデンの少女活動家の影響が強いのか、温暖化問題を中心とした環境問題に、彼らの関心が集まっています。

そもそもなぜ、SDGsの概念が生まれたのか、また、その本質は何なのか等について冷静に検証される事無く、概念や言葉だけが突っ走っているというのが我が国における現場であるといっていいでしょう。
そこでSDGsについて再考するとともにその真意、正体について考察を加えていきます。

SDGsとは何か

「SDGsとは何か」と聞かれた時に単に「sustainable development goalsです」とか、「持続可能な開発目標です」と答えるだけでは、それは単に同じことを言っているだけで答えになっていません。

その語源から紐解いていきます。

「sustainable」の「sustain」の語源はラテン語の「持ち上げる」などの意味の「sustinere」であり、英語としても単に「持続する」というのではなく「持続するようにする」という意味であり、「sustainable」は「持続させるようにすることが可能」ということで、多分に能動的な意味が含まれています。

「develop」の語源は17世紀のフランス語の「developper」であり、もともとは古フランス語で包むことを意味する「voloper」の反対語です。
要するに「包みを開ける」ということであるから、「新しく開く」という意味で「開発」という日本語を当てはめるのは妥当なように思われますが、一方で英語としては成長という意味で説明されることの方が多いようです。

なので、「成長を持続可能なものとするための目標」とした方が、より正確にその意味や意図を反映していると言えるのではないでしょうか。

一方で、持続可能にするのには、そして何を持って持続可能であるとするのかには特定の意図が働いてきます。
この辺りに疑問を持つことにSDGsなるものの本質、正体があるように思われます。

そのことは、当然のことながら持続可能な開発目標という、よく考えてみると言語明瞭意味不可解に置き換えられた日本語表現からは読み取れません。 

聖徳太子と十七条憲法④

前回は、日本における「憲法」と、西洋における「constitution」では、まったく意味が違うというお話でした。
聖徳太子と十七条憲法①
聖徳太子と十七条憲法②
聖徳太子と十七条憲法③

ということで、我が国の憲法では、万古不易の絶対に変えてはいけないものと、時代や状況によって変えていかなければならないもの、この2通りで考えていかなければなりません。
両方を一緒にしてしまうと、変えたくても変えられません。

十七条憲法の中の第八条に「早朝晏退」というものがあります。
朝廷に仕える官吏は、朝早くに出て夕方遅くに帰りなさいという意味だそうです。
また、第九条には「信是義本(しんこれぎのもと)」は「義を尽くす前に信頼されるようになること」です。

普段ろくでもないことをやっている極道さんが「仁義だ」などと言っても信頼されないのと同じです。

聖徳太子不在説がどうのこうのという前に、十七条憲法とはいかなるものなのかということを学校で子どもたちに教えてあげることが大事だと思います。

聖徳太子と十七条憲法③

前回の記事はこちら
聖徳太子と十七条憲法①
聖徳太子と十七条憲法②

福沢諭吉をはじめとする幕末の翻訳家たちは、「憲法」と「constitution」と一体化させてしまうと大きな誤解を生んでしまうので、「憲法」ではなく「律法」という言葉を使っています。

「フランス律法」「プロイセン律法」など。

ところが、明治6年の大日本帝国憲法のスタートの時に、熊本藩士の林正明と津山藩の箕作麟祥(みつくり あきよし)がそれぞれフランス憲法や合衆国憲法を翻訳するにあたって、「きっとこれは十七条憲法と同じだろうから、『憲法』という文字を使ってしまえ」ということで「憲法」という漢字を使ってしまいました。

大日本帝国憲法は西洋の「constitution」に真似事であって、時代の変遷によって内容を変えていかなければならないものであったにも関わらず、まったく改正されずに時代にそぐわないものになり、その結果日本は「敗戦」を味わってしまうことになりました。

昭和22年、日本は連合国の統治下にありました。
占領統治下というとことは、日本には主権はなく、GHQが占領軍として日本を統治していました。
この占領軍が「日本人服務規程」として、日本人のための「The Constitution of Japan」を作り、「お前たちは占領統治化の日本人として、ここに書いてある通りにしろ」と言って渡されたものが「日本国憲法」なのです。

これまでのお話から判断すると、「日本国憲法」の「憲法」という言葉が、いかにおかしいものかがよく分かります。

聖徳太子と十七条憲法②

前回の記事はこちら
聖徳太子と十七条憲法①

我が国において、「憲法」について多くの人が持っているイメージが、この十七条憲法なのです。
なので、現行の憲法について「内容がおかしい」というイメージは誰もが持っています。
しかし、「憲法改正」という話になると「え~っ、憲法って変えてはいけないんじゃないの?」となってしまいます。
おそらく、十七条憲法に書かれていることは、千年たっても二千年たってもいつまでも色褪せることはないでしょう。
それが我が国にとって「いつくしきのり」、つまり憲法なのです。

現行の日本国憲法は「The Constitution of Japan」を英訳されたものです。
この「constitution」という言葉は、もともとはフランス革命当時にパリ市民によって造られた造語なのです。
フランス語の「constitutio」から来た語で、「con」というのは「共に」、「statuo」は「立てる」、「tio」は「組み立てること、制定すること」という意味からなっています。
constitution 意味と語源

つまり「共に立てたこと」というのが「constitution」の意味になります。

パリの市民たちがフランスの王権に立ち向かうために共に立てた事柄、共同体の基本宣言、これが西洋における「constitution」の意味なのです。

これは「共同体の宣言」でしかありません。
当然、共同体は時代と共に形が変わります。
形が変われば憲法も変えていかなければなりません。
なので、フランス憲法であれ、合衆国憲法であれ、時代と共にどんどん変えていくものなのです。

西ドイツは日本と同じく敗戦国です。
しかし、戦後すでに60回以上変更を加えています。
これは、時代が変わり、世界の様子が変わり、自分たちの共同体の求めているものが変わってくれば、当然「constitution」は変えていかなければならないという考えが前提にあるからなのです。

ところが、日本でいうところの「憲法」とは、万古不易、つまり、永遠に変わらないことを意味しますので、同じ「憲法」という言葉でも、中身がまったく違うわけなのです。

聖徳太子と十七条憲法①

今回も小名木善行さんのお話からです。

最近の学校では、聖徳太子不在説があり、聖徳太子の存在自体を教えないといったことがされているようです。
「聖徳太子」という名前も教えず「厩戸皇子(うまやどのみこ)」などと教えているそうですが、まず、なぜ聖徳太子が大切なのかを理解する必要があります。

聖徳太子が偉大な人物かどうかという議論はさておき、歴史というものはそもそもそういった評価をするところではありません。
何をそこから学ぶのかということが一番大切なわけです。

聖徳太子といえば十七条憲法が有名です。
その十七条憲法にどのようなことが書かれているかというと、たとえば・・・

第一条「和を以て貴しと為す」
第二条「篤く三宝を敬え」
第三条「勅を承りては必ず謹め」
第四条「礼を以て本とせよ」
第五条「慾り(むさぼり)を絶ち欲を捨てよ」
第六条「悪を懲らしめ善を勧めよ」

といった感じで最後の十七条の「不可独断」まで進んで行くわけです。

どの条項を読んでも、日本人として当たり前のことが書かれています。

日本書紀には「十七条憲法」という言葉では書かれておらず「憲法十七」と書かれています。
そしてそれを訓読みで「いつくしきのり とうあまりなな」と書かれています。

「斎」と書いて「いつき」と読みます。
これは、「神々に仕える清浄な姿」を言います。
「法(のり)」というのは張り付いて剥がれてはいけないもの=「決まり」を表します。
なので、ここでいう「憲法」とは「神々に仕えるために大切にしなければならない基準・規範」を指します。
「これが神々の意志であり、日本人であるならばここから一歩も離れてはいけないですよ」ということが十七条憲法に定められているのです。


古事記と日本書紀③

前回までの記事はこちら。
古事記と日本書紀①
古事記と日本書紀②

大日本帝国憲法の第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書かれてます。
この「 統治ス 」は「すめらいしらす」と読みます。
では、この「すめらう」や「しらす」はどこから来たのかというと、我が国の古事記・日本書紀の研究からなのです。

日本書紀は持統天皇の時代まで書かれてますが、古事記は聖徳太子が登場して国の形を一つにまとめるところの推古天皇までです。

ここで興味深いのは、日本書紀が持統天皇の時代まで書かれていることで、天智天皇、天武天皇の時代まで、ご皇族であっても、ある程度武力を用いて国の統治を固めていく、あるいは国の体制を築いていくということがやや数多く行われていたとう歴史があります。

天皇が国家最高の存在として、直接武力を率いて悪者を退治するという歴史があります。

日本書紀の最終・41代持統天皇の時に、「これではいけない」と否定をしています。

力による統治ではなく、最終的に教育を文化によって国造りをすることを説いています。
教養と文化があれば、争いを避けることができるということです。

たとえば、皇位継承候補がたくさんいれば普通は争いが起こります。
そこで、武力による皇位継承もありえるが、皇位継承権というのは、生まれてくる順番によって、母親の血筋によって、自動的に決まってしまうのだと決めてしまいます。
だれが最も天照大神様から続く霊統を一番強く受け継いでいるのかということが明確に決まっています。

なので「議論の余地なし」ということになり、結果争いが起こらなくなります。

また、これまでは豪族同士による争いも頻繁にありましたが、豪族というものは大きな括りの「日本」の中の「一行政単位」であり、何よりも大切なのは天皇の宝物である一般の民衆だということを教育によって普及し、それを我が国の文化にしてしまうことによって、国内における無用な争いというものが一切起こらない国造りにしていこうではないかというのが、日本書紀が書かれた目的となっています。

大雲取越研修

今日は大雲取越研修でした。
朝7時頃に小口を出発し、那智に到着が17:00過ぎ。
約10時間かけて終了しました。

大雲取越は交通のアクセスが悪く、車回しも時間がかかります。

前日に那智山に置いておき、終了後は小口まで再び向かいます。
途中新宮でご飯を食べ、小口に車を取りに行き、本宮で温泉にも入り、帰宅したのが10:30を回っていました。

今回快く車回しに協力してくれた会員さん、ありがとうございました。
いつも非常に協力的で本当に助かっています。

そして、いつも詳しくお話をしてくれた語り部さんにも感謝です。

世界的に広がる規制緩和、進まない日本の規制緩和

現在、日本では新型コロナの感染対策をガチガチに規制をして、その上に厳しい「鎖国」をしており、海外から批判を受けています。特にマスクについては多くの国が規制緩和をしています。

米CDC 感染拡大落ち着いた地域は「マスク着用不要」の新指針
②世界の感染対策状況

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そもそも、マスクの網目は5μメートルであり、ウイルスの大きさは0.1μメートルなので、ウイルスは「筒抜け」です。
これは、サッカーゴール3つ分の大きさの網目に、ビー玉を通すような大きさです。
くしゃみやゴホゴホと咳をしている人は、大きな飛沫がマスクに引っかかるのである程度効果はありますが、それ以外の人は、特に黙っていればマスクをしていようがなかろうがまったく関係ありません。

最近はマスコミの報道やワイドショーなどに「洗脳」された人が多いのか、一人で車を運転している人、一人で散歩をしている人、一人でジョギングをしている人までマスクをしている人を見かけます。
なかにはお風呂でマスクをしているツワモノもいるとか。
あのー、新型コロナウイルスは花粉ではありませんので、常に空気中を漂っているわけではありませんよ。
ちなみに、花粉の大きさは30μメートルなので、マスクの効果は期待できます。

また、一人でなくても、他人との会話による飛沫を怖がっている方も多いと思います。
スーパーコンピューター・富岳のシュミレーションを見た方もおられると思いますが、あれもデータの入力具合でなんとでもなるそうです。
その入力されたデータに意図的なものがあれば、コンピューターがそれに従って忠実に再現しているだけの話です。
メガネをかけている人なら分かると思いますが、自分の吐いた息でレンズが曇ります。
息を吐くたびに、マスクの上部や横から呼気が「ダダ漏れ」になり、その飛沫はかえって四方に広がっています。
二重にしても、漏れている所に変わりはないので同じです。息苦しくなるだけです。

マスクはしてもしなくても同じどころか、口呼吸になるので不織布の繊維が肺の深部にまで入り込んでしまう危険性もあり、また、長時間の着用によってマスク表面で雑菌が繁殖し、その雑菌を吸い込んでいることになります。
口呼吸することによって口内の雑菌も繁殖します。酸素濃度も低下します。
どちらが健康被害を被るのか、よく考えてください。

古事記と日本書紀②

日本書紀というのは一環しているところがあり、日本は稲作を中心とし国家であるということが全体の不動のテーマになっています。

なぜ稲作が中心としければならないのかというと、日本は災害の多い国だったからです。
その災害に対して、日本の天皇はいかに戦って来たか、一般に人々がいかに戦って来たのか、様々な利害関係や争いがありましたが、一般庶民が豊かに平和に暮らしていくため、米作りを柱として天皇を中心とした人々がどのようにして乗り越えていったのかが描かれています。

なので、日本書紀はテーマがはっきりしているのでわかりやすいですし、記述も論理的です。
たとえば、Aの出来事、Bの出来事、Cの出来事が関連付けられて書かれています。
日本書紀は、伊達に40年かけて作られた本ではなということが分かります。

古事記と日本書紀の編集目的の違いですが、古事記に関しては稗田阿礼が暗誦したことを太安万侶が筆記して元明天皇に提出して完成したと伝えられています。
これが712年。日本書紀よりも8年早く出版されました。

古事記とは、世界がどのようにして始まり、日本人はどこから始まったのかということを明確にし、我が国の根幹とは何か、天皇の知らす(治らす)国だということを上中下の3巻で著したものです。

大日本帝国憲法は、古事記がベースで創案されました。


下見に行ってきました

今日も下見です。
当会の会員の案内で行ってきました。

場所はあえて言いません(笑)

写真を掲載しておきますので、分かる人は分かると思います。

今回のコースは、アスファルトの道がほとんどですが、途中にはきれいな渓谷があり、沢の音を聞きながら気軽に景色を見ながら歩くことができます。

熊野古道ではアップダウンがつきものですが、このコースはほとんどが平坦で、案内の看板もよく整備されています。

和歌山にはまだまだ魅力のある所がたくさんあります。
今のうちにたくさん見聞して将来に備えたいと思っています。