國破れてマッカーサー①

明日は終戦記念日ですね。
今回は2回に分けてオススメ書籍をご紹介いたします。

國破れてマッカーサー」です。

著者は西鋭夫(にしとしお)先生。
西先生は、フーバー研究所の研究員として、またいくつかの大学で教鞭を執っている方です。
詳しくはこちら。
西鋭夫

西先生は私見をほとんど挟まず、淡々と戦況について書かれています。
淡々と事実が述べられているからこそ、余計に戦争の酷さが浮き彫りになるということが皮肉です。

今回ご紹介する本は合計500ページ以上もある「大作」ですので、もちろん内容のすべてをお伝えすることはできません。

今回は、触りの部分を部分的に引用してご紹介いたします。
これを読んで少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ購入をして読んでみてください。

はじめに

1946年春、アメリカから教育施設団が来て日本の学校教育を見学。結果「日本語は難しすぎる」という理由で「日本語をローマ字にせよ」と迫った。50年後の1997年、文科省は小学1年から、ローマ字ではなく英語を教えると発表した。

首相が「参勤交代」をするかのようにアメリカを訪問し、ワシントンDCにあるホワイトハウス招待され、その後必ず隣の国立墓地と無名戦士の墓に参る。連れていかれる。
日本にもアーリントン国立墓地に匹敵する場所がある。 ところが、首相が帰国して、祖国の英霊が眠っている靖国神社に足を運ぶのか。 運ぶ首相もいる。
だが、近隣諸国の感情を逆撫でしてはいけないと細心の気を配り、あたかも悪いことをしているかのように人目を避け、終戦記念日を避け、こっそりと英霊に黙祷する。
近隣諸国は、待ってましたとばかりに「戦争犯罪人を擁護している」と日本を攻撃する。敵兵の英霊に頭を下げ、祖国の兵を無視する国は、もはや「国」としての「誇り」も、いや、その「意識」もないのだ。

アメリカの大統領も日本に来る。彼らは靖国神社に表敬訪問しない。

占領中、日本での公用語は英語だった。 日本政府の全文書、マスコミの全印刷物、NHKの全放送内容は英訳されGHQの判断を仰がなければならなかった。 日本の政治家の発言、演説もすべて英訳された。

玉砕

マッカーサー率いる勇猛果敢な海兵隊は、1944(昭和19)年6月15日、サイパン島(日本帝国の重要基地)に猛攻撃を開始した。 サイパン島の日本兵、31000名は23日間戦い続け、弾尽き、玉砕した。

日本人の子どもたちも、母親と共に島の北に追い詰められ、Suicide Cliff(自殺の絶壁)から次々と飛び降りる。その数、5000名という。

サイパン沖での海戦も悲惨な結末となる。日本海軍の航空母艦9隻の内、3隻が撃沈され、 473機あった零戦 は956機のグラマンF6Fとの空中戦で、ほぼ全機撃ち落とされる。このサイパン島から、ボーイング社の新型B29爆撃機が福岡、名古屋、大阪、東京へ空襲をかけることになる。

神風特攻隊

西先生は、ワシントン大学に在籍中にアメリカ海軍水兵たちの神風特攻隊に関する回顧録を何冊も読んだそうですが、それには、皆があたかも同じ艦に乗っていたかのように、同じことを語っていたそうです。

現場にいなければ分からない、生々しい記述がそこにはあります。

アメリカはレーダー探知機を持っていた。
レーダーに「点々」が現れる。神風はまだ肉眼では見えない。

しかし、その点々の方向に全ての機関銃を、全ての対空砲を、撃ち始める。十機ぐらいの神風が肉眼に見える。

まっすぐ航空母艦に突っ込んでくる。水兵たちは、気が狂いそうな恐怖に震えながら、機関銃を撃ち捲る。
ほとんど30分くらいで撃ち落とす。だが、時折、一機だけが幾ら機関銃弾を浴びせても落ちない。
銃弾の波間を潜り、近づいてきては逃げ、そしてまた突っ込んでくる。

日の丸の鉢巻が見える。

祖国のために死を覚悟し、己の誇りと勇気に支えられ、横殴りのような機関銃の弾雨を見事な操縦技術で避け、航空母艦に体当たりして撃沈しようとする恐るべき敵に、水兵たちは深い畏敬と凍りつくような恐怖とが入り混じった「感動」に似た感情を持つ。

命をかけた死闘が続く。ついに、神風は燃料が尽き、突っ込んでくる。
その時、撃ち落とす。その瞬間、どっと大歓声が湧き上がる。
その直後、耳が裂けるような轟音を発していた甲板上がシーンとした静寂に覆われる。

水平たちはその素晴らしい敵日本人に、「なぜ落ちたのだ!?」「なぜ死んだのだ!?」「これだけ見事に戦ったのだから、引き分けにして、基地に帰ってくれればよかったのに!!」と言う。

占領独占

敗戦後、GHQによる統治が行われます。
GHQの最高司令官・マッカーサーは本気で日本人をキリスト教の国にしようと思っていたらしく、

私が持っている権力を使えば、天皇と7000万人の日本人を一夜にしてキリスト教徒にできる

と曰わっていたそうです。

日本には古来より神道があり、中世には仏教が入り、神道と仏教が見事に融合して日本人に溶け込んだという歴史をまったく知らないのか、この発言には思い上がりにもほどがあります。

そしてそれだけではなく、次のようなことも曰わっています。

もしアングロサクソンが科学、芸術、神学、文化などの分野において45歳だとすると、ドイツ人は我々と同様十分成熟している。

しかし、日本人は歴史の長さにも拘らず、まだまだ勉強中の状態だ。

近代文明の尺度で計ると、我々が45歳であるのに対し、日本人はまだ12歳の子供のようだ。

勉強中は誰でもそうだが、彼らは新しい手本、新しい理念を身につけ易い。
日本人には基本的な思想を植えつけることができる。

事実、日本人は生まれたばかりのようなもので、新しい考え方に順応性を示すし、また、我々がどうにでも好きなように教育ができるのだ。

差別、侵略、支配、略奪が得意な、いかにもアングロサクソンが考えそうな発想です。
日本人を完全に馬鹿にしています。

そしてこのマッカーサーの考えが、今なお日本の教育に居座り続けています。

天皇とマッカーサー

天皇とマッカーサーについては、実際に本を読んでいただくとして、この章の中で真珠湾攻撃に関する興味深いことが書かれていましたのでご紹介いたします。

日本海軍が秘策に秘策を練った真珠湾奇襲につき、ワシントン大学で私の担当教授アレックス・エデルスタイン博士から興味深い話を聞いた。

彼は、真珠湾内に停泊していたアメリカ太平洋艦隊の航空母艦(3隻)の水兵であった。

1941年(昭和16年)12月5日、金曜日の朝の話。

「俺たち、上官に大声で文句を言ったんだ。『日曜日は外出禁止だ』と命令されていたからだ。その上、『明日、土曜日の朝から演習がある』とのありがたいご命令をもいただいた。俺には美しい彼女がいたんだ。週末した会えないのに!それも、空母3隻だけに演習命令だ。土曜日、パール・ハーバーからずっと離れた海原へ一晩かけてお出掛けしましたネ。パール・ハーバーに帰ってきて、俺たち水兵は助かったと思ったと同時に、なぜ空母だけを助けたんだと不思議に思ったよ」

ルーズベルト大統領は、日本が真珠湾に向かっていることを知っていて、製造するのに時間と銭(かね)がかかり、戦略上重大な機動力を持つ空母だけは隠していたのだ。

しかし、アメリカが日本の暗号を解読している日本側に感付かれないように、他の軍艦を湾内に残しておいた。

アメリカ海軍史上、日曜日に演習をしたのは、この時が最初で最後だ。

日本の零戦は、3隻の空母を沈めに来たのだ。

必死になって探したのだが・・・。

ルーズベルトは、日本海軍があれほどの大打撃を与えるとは思ってもみなかったのだろう。

日本人大嫌いのルーズベルトにとって、神からの贈り物が絶妙のタイミングで届いた。

アメリカはすでに早い時期から日本の暗号を解読しており、日本の作戦は筒抜けだったと言います。
日本はこのことに無頓着で、暗号が解読されていたことも知らずに、ずっと暗号を変えずに終戦を迎えてしまいます。

ルーズベルトは反戦を掲げて大統領に当選していた手前、アメリカが参戦する決定的な口実が必要でした。

ABCD包囲網で日本を経済的に追い込み、ハル・ノートでさらに追い込み、必死の日本の開戦回避の交渉はことごとく無視されました。

日本を戦争に誘導したのは、このルーズベルトです。

ハル・ノートの「コーデル・ハル」という人物はソ連のスパイだったことが明らかになりましたが。

結局、終戦後に朝鮮戦争が勃発したのは、日本が負けたからです。
焦ったのはアメリカです。
国力や軍事力のない朝鮮はもとより、日本まで共産化されてしまう可能性があったからです。
しかし、その頼りの強い日本は消耗しきっていて抵抗する力もない。
朝鮮は一時、落ちる寸前まで攻められました。

結局、アメリカも結局はソ連の「漁夫の利」のためのシナリオ作りに利用されただけということになります。

飢餓と暴動

戦後、極度の飢餓にあえぐ日本。
そして、ついに暴動が起き始めます。

マッカーサーはこれに苛立ち、本国に「食料を送るか兵隊を送れ」という強烈な電報を送るまでに事態は悪化していました。

「食と教育は密接に繋がっている」ということを証言している記述があります。
「食と健康」と「教育」が繋がっているということは、参政党が掲げている3つの重点政策の一つでもあります。

大学生の受けた影響も大きかった。

政治顧問事務室付きのエマーソンは、学生たちと対談し、彼らの発言を内部メモに記し、ワシントンへも報告している。

「殆どの学生たちは、体力の消耗を防ぐために日曜日は寝ている」

「学生たちの誰一人とて、日に2食以上は食べていない。良書を読み、勉強し、政治活動に参加したいと思っていても、食物のことで頭が一杯で、本を読むなどの意欲が起きない」

「現在日本国民の頭の中にあるのは、衣食住のことのみだ。民主主義について考える余裕はない。腹も十分満たされていないのに、民主主義への建設的な足取りを踏み出せるはずがない」

こうした現状を、マッカーサーは元大統領で基金緊急委員会長のハーバート・フーバーに報告をします。
フーバーはそれを聞き日本への食料不足は日本再建の妨げとなると言っています。

このフーバーが、フーバー研究所の創設者です。

最近は「一日2食」とか「3日間断食」などをする人も増えてきました。
期限が分かっているものであれば何とか頑張ることができますし、かえって体調が良くなったりするようですが、戦後の人々は慢性的な飢餓状態だったわけで、こうなれば話が違ってきます。

自由枠の枠・「ダメ」の十項目

1945年8月10日、マッカーサーは「報道・思想の自由」に関する司令を発します。
マッカーサーは、これによって日本国民の間で天皇に対する批判が巻き起こることを期待していたからです。

しかし、これを聞いた日本のマスコミは大混乱を起こします。

こぞって「アメリカの原爆による日本人虐殺」「占領軍による治安の悪化」などの記事を出しました。

至極まっとうなことだと思います。

これを知ったGHQは、日本政府の河合達夫、NHK会長・大橋八郎、同盟通信(時事通信および共同通信の前身)社長・古野伊之助を呼びつけます。

「マッカーサー元帥は日本政府および新聞ラジオの9月10日の司令に対する対応に満足されていない」と前置きし、「元帥は報道の自由に強い関心を持ち、連合国もそのために戦ってきた。しかし、お前たちは、報道の自由を逸脱する行為を行っており、報道の自由に伴う責任を放棄している。従って、マッカーサー元帥はより厳しい検閲の実施を指令された。元帥は、日本を対等と見做していないし、日本はまだ文明国の仲間入りをする資格はない、と考えておられる。この点とよく理解しておけ。新聞、ラジオに対し百パーセントの検閲を実施する。嘘や誤解を招く報道、連合軍に対するいかなる批判も絶対に許さない。同盟通信社は昨日、公安を害する報道を行ったことで業務停止処分を受けた」と通告した。

ここから9月19日に「プレス・コード」が始まります。

①ニュースは絶対に真実でなければならない。

②公共の治安を乱すことは掲載してはならない。

③連合国に関して、破壊的または誤った批判をしてはならない。

④占領軍に対して破壊的な批判を加えたり、疑いや怨念を招くようなものを掲載してはならない。

⑤公式に発表されない限り、連合国軍部隊の動静を報道してはならない。

⑥ニュース記事は、事実通りに掲載し、意見を完全に除いたものでなければならない。

⑦ニュース記事は、いかなる政治宣伝とも結びついたものであってはならない。

⑧ニュース記事の一部を特定の宣伝のために誇張してはならない。

⑨ニュース記事は、事実の一部を省略することで曲げられてはならない。

⑩新聞作成において、特定の政治宣伝をするために一つのニュース記事を不当に大きくしたりしてはならない。

マッカーサーは、9月22日、「ラジオコード」を発表した。プレス・コードと酷似していた。GHQは、日本放送協会(NHK)を完全に支配下に置く。

日本はいまだにこの影響を引きずっています。
NHKの言うことを信用できないという理由はここにあります。

國破れてマッカーサー②に続きます。