否定をしないことの大切さ

人というのは、自分を成長させてくれるありがたい存在です。

今からお話する内容も、特定の人を攻撃するという意図はまったくありません。

むしろ、自分を成長させてくれた存在で、感謝でさえあります。

そのことはご了承ください。

「今は妻とはほぼ別居状態なんです」

「でも、週末に帰ってくるんですよね?」

最近あった会話です。
たまたま事例として覚えていたので例に出しましたが、この会話を見てどう思われたでしょうか?

相手の事を知ろうとする姿勢の大切さ」でも少し触れましたが、この「でも」という言葉は相手に良い印象を与えません。
最悪、その人の人格まで否定された気分になり、心を閉ざしてしまうかもしれません。

現在、妻は仕事の関係で我が家から離れた実家で暮らしながら通勤をしているため、休日の週末にしか帰ってきません。
相手はそのことを知っているので出た言葉なんでしょう。

本人にその気がないかもしれませんが、この「でも、週末に帰ってくるんですよね?」は「週末には帰ってくるんだからいいじゃないか」と取られるかもしれません。

「旦那とは週末婚がいい」という人は別にして、もし、これが逆の立場であったなら、あなたはどう思ったでしょうか?

配偶者が週一回の土日に帰ってくるという状況は、特に子育てで忙しい家庭の場合、いい状況と言えるでしょうか?

ただ、週末婚がいいという人もいると思いますので、今のは良い例ではなかったかもしれませんね(笑)

では、これはどうでしょうか?

「今日はしなければならないことがいっぱいで・・・」

「でも、明日休みですよね?」

こう言われれば、「お前は明日休みだから、今日やることがいっぱいあってもいいだろう」と言っているように取られてもおかしくはないでしょう。

「私、コーヒーが好きで毎日3杯飲んでいるですよ」

「でも、カフェインの摂りすぎは良くないって、この前テレビで言っていましたよ」

相手を思いやって発した言葉でしょうが、やはり言われた人はいい気がしないでしょう。

このように、「でも」という言葉は相手を頭から否定することになります。

最初の話者に共通して言えることは、相手に共感を求めていることが多いということです。

その意図が分からないと、先述のように「でも」を使って相手を否定してしまって反感を買うことにもなりかねません。

そもそも、「でも」に続く言葉は否定的になります。

「伝え方しだいで」で人生は思い通り 神トークの中でも、この「でも」という言葉は自己重要観を傷つける言葉だとも紹介されています。
否定されると人は傷つき、その経験から、また傷つくことから無意識的に避けるようになるそうです。

しかし、この「でも」は結構曲者です。

使っている本人が無意識で使っている場合が多いのです。

出典が何の本かは忘れましたが、「今あなたは3回『でも』と言いましたね」と指摘してあげるといいと書いていました。

なかなか根気の要ることかもしれませんが、効果はあると思います。

本当に本人は無意識で使っていますからね。

「マイナスのD」と「プラスのD」

私のバイブル・朝倉千恵子さんの「運を整える」でも、この「でも」は「マイナスのD」の言葉として紹介されています。

「でも」「だって」「だけど」「どうせ」

これらの言葉に続く言葉はやはり否定的になります。

では、マイナスの言葉が出てしまった場合はどう対処すればいいでしょうか?

朝倉さんは、「プラスのD」を使うようにアドバイスをされています。

そのプラスのDとは「だからこそ!」です。

この「だからこそ!」は、ネガティブになりそうな思考をプラスに転換することができる言葉だそうです。

「だからこそ、あなたにできる最善を尽くしませんか?」

「だからこそ、チャレンジしませんか?」

「あぁ、疲れた・・・だからこそ、しっかりお風呂に入ってリフレッシュしよう!」

という具合に、「だからこそ!」は、マイナス思考になりそうな時に「方向転換」をする非常にいい言葉です。

しかし、そうはいっても人というのはネガティブな言葉を発してしまうことがあります。

それに気づいたら

「~と思っていたけれど、今日はこうしよう」とか、

「〇〇さんのこと、嫌いだなんて言っちゃったけど、いいところもあるよね!」

という具合に、最後にプラスの言葉で締めると良いとも書かれています。

これは「ピークエンドの法則」を利用したものだと思います。

ピークエンドの法則とは、物事のピーク(絶頂)だったことが、どのように終わったのか、人はそれだけで判断する、という法則です。

「伝え方しだいで」で人生は思い通り 神トークでも、「人は、出来事の最後の印象に左右される」というメカニズムがあるからだとも書いています。

デート中は楽しくても、最後に大げんかした時の印象はどうでしょうか?

最後の大げんかの印象が残り、残念な一日になります。

失望したまま、ネガティブな言葉で一日が終わったら、その一日の印象はどうでしょうか?

良くも悪くも、最後にそれがどう終わったかによって決まる、というものです。

ならば、最後は「ハッピーエンド」で締めくくりたいものです。

良い意味の「でも」

先述の「だからこそ」も最強のプラスDの言葉ですが、その「でも」も時にはプラスの言葉に転じる場合があります。

あぁ、今日は忙しくて疲れた・・・でも充実している!

明日のプレゼン、不安やなぁ・・・でもベストを尽くそう!

今日は事故に遭ってツイてなかったなぁ・・・でも奇跡的にケガがなくて良かった!

これらの「でも」は、はじめのネガティブな言葉を打ち消しています。

ネガティブな言葉を使った後の「でも」は、ピークエンドをもたらします。

言霊の力

旧約聖書・創世記1にはこう書かれています。

1 はじめにかみてんとを創造そうぞうされた。

かたちなく、むなしく、やみがふちのおもてにあり、かみれいみずのおもてをおおっていた。


かみは「ひかりあれ」とわれた。するとひかりがあった。


かみはそのひかりて、しとされた。かみはそのひかりとやみとをけられた。


かみひかりひるづけ、やみをよるづけられた。ゆうとなり、またあさとなった。だいにちである

神が昼と夜をつくられた時、「光あれ」という言葉は発しています。

言葉は「言霊」と言われるように、魂が宿るともされています。

魂が宿るゆえに、発した言葉にも力があり、それが現実に向かって動き出します。

ネガティブな言葉を言えば物事はネガティブに、ポジティブな言葉を言えばポジティブに、良くも悪くも発した言葉の方向に動き出します。

そうは言っても、様々な人と接する中で、嫌な局面に遭遇してしまうこともあるでしょう。

その時たとえば、「この野郎!」と発してしまった場合。

心理カウンセラーの masa さんの著書「願い事がどんどん叶う「奇跡の言霊」神様とシンクロする方法」の中で「今のナシ!キャンセル、キャンセル」と言えばいいと書かれています。

もしネガティブな言葉を言ってしまった後でも、「キャンセル」すれば大丈夫です。

こちらの記事もご参考にされてください。
嫌われる人5選