Kumano Kodo A question and answer ①

I will answer some simple questions that come up when walking the Kumano Kodo, based on my experience.

Q:
I’m doing the KK mid October and wondering if it’s easy enough to buy energy bars in Kyoto prior or should I bring that sort of thing from Australia. Hate them super sweet and thought local ones might be.

A:
I don’t know what Australian energy bars are like, but I think Japanese ones are pretty sweet too.
There are also energy bars at the 7-Eleven in Kii-Tanabe station, but they are few in number and variety, so we recommend that you buy them in Kyoto in advance.
In Kyoto, it is available at convenience stores and drugstores.
On the Kumano Kodo trail, it is difficult to find energy bars because there are very few stores, but you may be able to find them at A-COOP (grocery store) in Chikatsuyu, although they are not as plentiful.
There are also small convenience stores in the Hongu area.
The first is near the torii gate of the Hongu Taisha shrine and the second is near the Ukegawa bus stop which is close to the trailhead of Kogumotorigoe.
Both are called “Yamazaki Y Shop”.
They are closed on Wednesdays, but please note that they may be closed on other days as well.

A・COOP in Chikatsuyu
Yamazaki Y Shop

レプリコン

CBC・大石さんの番組からの抜粋です。

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2024年10月1日から、2025年3月31日まで、新型コロナワクチンの定期接種が始まります。

65歳以上の方が中心となります。

ファイザー、モデルナ、第一三共、Meiji Sikaファルマ、武田薬品の意訳本メーカーのいずれかから接種することになります。

これまでのmRNAに加えて、今度はレプリコンというワクチンが初めて導入されます。

これは、mRNAの一種なんですが、このレプリコンというのは「自己増殖型」という意味なのだそうです。

このレプリコン、2023年11月に認可され、世界に先駆けて日本のみで認可されたそうです。

Meiji Seika ファルマが製造・販売をしていますが、このワクチンはアメリカで製造され、日本で認可されたもので、アメリカでは認可されていないそうです。

さらに、ベトナムで16,000人規模の治験が行われましたが、ベトナムでも認可されていません。

日本で開発されたものが日本で認可されるというのはよくあることなのだそうです。

なので、アメリカで開発されたものは、一般的にまず、アメリカで認可されるというのが普通なのですが、このレプリコンについては、アメリカでも認可はされていません。

今回、3224万回分が供給されるそうです。

この数字は、65歳以上である対象者の約8割をカバーできるとのことです。

その費用ですが、1本15,300円です。

負担額は自治体によっても変わるそうですが、名古屋市の想定では、国の負担が8,300円、残りの7,000円は名古屋市、残り約3,200円が自己負担となるようです。

65歳未満の方は全額自己負担となります。

自治体の負担額は、自治体によってばらつきがあり、東京渋谷区は残りの7,000円を全額負担、大阪の泉大津市は自治体の負担額ゼロです。

副反応リスクがあるのに、自治体が負担して接種を勧めることはできないという見解だそうです。

泉大津市の南出市長は、新型コロナワクチンが出た当初から接種に対しては慎重でした。

また、副反応で苦しまれている方々に対して、東洋医学や西洋医学などを駆使して治療を行ったりされています。

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最後に、現在の感染状況はどうなのか、これまで接種してきたメリットは何だったのか、過去に接種した時にどんな体調不良があったのか、その辺りもよく調べてから接種するようにしていただきたいと結んでいます。

あくまでも個人的な意見ですが、これまでのワクチンに効果があったか、副反応(というか薬害ですが)はなかったかということを含めて考えていただきたいです。

発熱、口内炎、帯状疱疹などがあった方は、その可能性が高いです。

また、ここにも巨額の税金が投入されようとしています。

前回のワクチンでは、使用期限が切れたワクチンが大量廃棄されました。

それも当初の使用期限から幾度か延長されたものです。

これでどれだけの税金がドブに捨てられたでしょうか?

いまや医療費は国家予算の半分くらいを占めていると言われています。

もちろん医療費はワクチンだけではありませんが、一人一人が健康に気を付け、病気にならないように心がけていけば、この費用をグッと抑えることができ、消費税なども必要なくなるのではと思っています。

ワクチンでは新型コロナを食い止めることはできません。

人工的に作られたスパイクタンパクでは無理でしょう。

自己免疫に敵うものはありません。

食事、睡眠、お風呂、よく笑う。

普段の生活に気を付けていれば、たいていの病気は防げます。

むしろ薬害で苦しんだり、最悪それが原因で亡くなった方も大勢いらっしゃいます。

ただの風邪に怯えてワクチンを打ち、薬害で苦しむリスクがある以上、私は打つべきではないと思っています。

どんなワクチンが将来出ようとも、この考えが覆ることはないでしょう。

奉納演奏会@大斎原

数々の笛を操るhataoさんとハープ奏者のnamiさん、そしてパーカッショニスト・上沼健二さん、ケルト音楽の歌手・高野陽子さんによる奉納演奏会が開催されるとのことで行ってきました。

この日は長井坂を歩いてから行く予定にしていたのですが、ちょっと「長井坂で長居」をしてしまって、私たちが大斎原に着いた時はすでに開始から30分が経過していました。

私たちが到着した時には、バグパイプとハープ、パーカッションに高野さんの高音域に伸びのあるスペイン語ボーカルが入った曲が披露(奉納)されていました。

会場の大斎原では、中四社、下四社、クスノキがライトアップされ、その中での歌声やフルート、ハープの音色は、夜の大斎原の雰囲気と見事に融合し、本当に素晴らしかったです。

日本ではあまりなじみのないケルト音楽でしたが、アイリッシュフルートという木製フルートの音色は、どこか尺八を思わせるところがあり、日本の自然、雰囲気と非常に合っていました。

ハープはアイリッシュハープといって少し小ぶりのハープでしたが、これまたフルートとの相性が非常に良く、時にはフルートを引き立て、時には前面に出てその存在感を感じさせるなど、ハープの魅力を存分に発揮されていたように思います。

hataoさんのフルート演奏は、技術的な面もさることながら、表現力が素晴らしく、表情豊かで聴くものを魅了する力を感じました。

特に最後の沖縄民謡(だったかな?)は特に私にはツボでした。

神聖な場所で、心に染み入る音楽を聴くことができ、大満足で会場を後にしました。

hataoさんは、「ケルトの笛屋さん」というヨーロッパ伝統楽器販売店も経営されているそうです。
さらには、本宮大社近くに1400坪の土地古民家を購入され、時折こちらに来られて改修工事などもされているそうです。
このことについても演奏会でもお話をされていましたが、家の中身を見ずに直感で購入され、その後の改修が大変だったことに、後になってから気づいたとおっしゃっていました。

・・・直感で行動するって、だれかと似てるなぁ(笑)

hatao&namiさんのページはこちら
hatao&nami

高野陽子さんのHPはこちら
高野陽子 YOKO TAKANO Official Web Site

安居の渡し

安居の渡しとは、大辺路沿いにある日置川を渡す舟のことです。

一旦は途絶えていましたが、2005年に約50年ぶりに復活して活動をされていました。

しかし、その後再び途絶えましたが、2024年2月3日に土日祝限定で再開することになりました。

私は2014年に2回ほど利用をしたことがあります。

船外機ではなく手漕ぎの舟なので、往時の旅人の気分を味わうことができることが魅力です。

今回はそのあと仏坂を歩くことにしていました。

一人歩きの場合や、車が一台しかない場合、交通の便がネックですね。

今回私は紀伊日置駅に車を置き、コミュニティバスに乗って安居まで行き、周参見駅まで歩いてから電車に乗って日置駅まで戻ってきました。

白浜町のコミュニティバスは、便によっては予約は必要です。

安居の渡しを体験してから仏坂を歩くのであれば、予約が必要です。
しかし、日祝、年末年始は運行していません。

・・・ということは、白浜町のコミュニティバスを利用し、安居の渡しを楽しむためには、土曜しかチャンスがないということになります。

私は9:29紀伊日置駅発の便を利用しました。
安居までは約15分です。
白浜コミュニティバス三舞線 時刻表

渡し舟の予約は、080-2500-3223 に、住所、氏名、連絡先、運航希望日、時間、人数を記入してショートメッセージを送ります。

なので、今多くの語り部団体さんなどがやっている、申込み用紙をダウンロードして、それに必要事項を手書きをしてファックスで送信するという手間は省けますので、楽といえば楽です。

安居も渡しについてはこちら
2024年2月3日(土)「安居の渡し」再開!

バスを降りて安居の渡し場で待っていると、前職でお世話になった方が来てくれました。

世間は狭い。

ライフジャケットを着て、準備ができればいよいよ渡しです。

直線で渡してもらえば、ものの3分くらいで対岸に到着しますが、少し上流まで上ってから渡してくれましたので、清流・日置川の魅力も十分に楽しめました。

対岸についてから少し船頭さん(2人来てくれます)とお話をしましたが、会の保存もなかなか大変なようで、詳しく書くことは控えますが、「やめるか、値上げか」という話も出ているそうです。

また、人手の問題もあり、現在は7人(実質6人とおっしゃっていました)で運営をされているそうで、今回も、もう一人の方はお店を閉めて来てくれたとのことです。

せっかく復活した安居の渡し、なんとか存続してもらいたいものです。

雲雀山~糸我峠~湯浅・広村

最近は紀伊路にハマっていて、どこか歩くとなれば紀伊路を歩いています。

今回は、紀伊宮原駅~湯浅駅までを歩いてきました。

旅行業を立ち上げるために、HP用の写真を色々と準備しています。
今回の目的も、それがメインでした。

これまで、糸我峠は4回歩いたことがあるのですが、全部曇りか雨で、晴れた日の写真がなかったのでどうしても晴れた日の糸我峠の写真を撮りたくてこの日を選びました。

9月とはいえ、この日は湿気が多く相当暑かったです。

日本最古と言われる糸我稲荷神社を過ぎると、ほどなく雲雀山の入口があります。

看板を見ると、どうやら糸我峠につながっているようです。
以前から気になっていたこともあったので、今回は行ってみることにしました。

最初は梅とみかんの畑の中を通りますが、その後は非常にいい道で景色も良く、気持ちよく歩くことができました。

ただ、急坂の部分があるので、やや健脚向きかもしれません。

道中もいい眺めのところがあるのですが、特に山頂からの眺望がすばらしかったです。

山頂からはほどなくコンクリートの道(農道)になりますが、尾根伝いにあるく感じなのでアップダウンもあまりなく、また、木陰の中を歩くので非常に快適でした。

糸我峠で、湯浅町観光協会の方が紀伊路のPR動画の撮影をしていました。

湯浅ではかどや食堂で生しらす丼を食べ、広川町の濱口梧陵記念館と、梧陵さんがつくった広村堤防に行ってきました。

濱口梧陵さんといえば、稲村の火が有名ですが、梧陵さんの功績はむしろその後に取り組んだ復興の方を評価されています。

村人が広村を離れないように、私財を投げうって堤防を築く工事を開始し、村人を雇って賃金を払い、橋を架け、寄付金を工面・・・

村が復興したのを見届けてからは、より多くの見聞を広めるためにアメリカに渡り、その生涯を閉じます。

梧陵さんの生き様は、心を打たれるものがあります。

私の憧れの人です。

過去の紀伊路の記事は、こちらをご参照ください。
【紀伊路】紀伊宮原駅~湯浅駅①

砂糖中毒

よく「疲れてきたら甘いものが欲しくなる」と言いますが、私はそうは思いません。

私は砂糖を摂らなくなってからというもの、どんな時でも、お菓子など甘いものを食べたいと思わなくなったからです。

家庭の調味料からも砂糖をなくしました。
今は少しのみりんを足すくらいで事足りています。
それも魚の煮つけなどで照りが欲しいときだけです。

恐らくですが、疲れたら甘い物が欲しくなるというのは、砂糖の中毒症状だと思います。

以下の項目に当てはまっていれば、あなたは砂糖中毒かもしれません。
品川メンタルクリニックHPより引用ー

  • 甘いものを食べないと落ち着かず、我慢しているとイライラする
  • ストレスを感じると甘いものが食べたくて仕方なくなる
  • チョコレートやアメを持ち歩き、ことあるごとに甘いものを食べている
  • 妙に疲れやすく、甘いものを食べると元気になる
  • 短時間の労働などでめまい・立ちくらみなどを感じる

また、頭痛がする、落ち込みやすい、手足が冷える、集中力がない、怒りっぽい、朝起きるのが辛いという症状にも注意が必要です。

以前、夕食後にはかならずクッキーを食べていました。

満腹になったにも関わらず、甘いものが欲しくなり、食べないと気が収まりませんでした。

それとほぼ同時期に鬱傾向になったこともありましたので、恐らくは砂糖が大きな原因だったのだと思います。

古武道の稽古の終わりに、お茶とお菓子をいつもいただいていたのですが、その時はそのお菓子だけでは足りず、帰宅途中でコンビニに寄ってスイーツを買って帰ったことも何度もあります。
甘いものを摂ったにも関わらず、さらにほしくなるというのは、この時私は砂糖中毒だったんでしょうね。

ガイドをしている時にお客様と砂糖の話題になり、お客様も砂糖中毒のことを知っていて意気投合したことがあります。

砂糖は麻薬と製法が同じだそうで、原料を精製して精製して、本来あるミネラルなども除去して出来上がるものです。

砂糖を摂ると、幸せな気分になる快楽報酬系が脳から分泌されます。
SNSの「いいね!」の数なんかでも出ます。

これが、中毒にさせる原因です。

今年はかなりの頻度で現場研修をしていますが、お弁当を食べた後には必ずと言っていいほど「スイーツ交換会」が始まります。
私もその時はいただきますが、正直お腹が気持ち悪くなります(笑)
この場合は目的が違っていて、楽しい時間を共有するという意味合いで私はいただいています。

私が会員向けに配信している和田通信で、砂糖の弊害を幾度となくお知らせはしていますが、効果はまったくありません(笑)

ワクチンの時と一緒です。

「あ、和田さんは食べないんですよね」と言ってくれる人もいますが、私が和田通信で言いたいのは「和田は食べない」ということをアピールするためではないんですがね。
「和田さんは食べないんですよね」という言葉の後には、「でも私は食べます」という言葉が続くはずです。

ちょっと残念です。

結局、自分で砂糖を摂り続けた結果、自分の体がどうなるのかを見ないと分からないし、自分で気づかないと人って変わりませんからね。

それでは遅いから配信し続けているんですがね。

だって、いくら最新鋭の消防車があっても、手も付けられないような大火事や、ほとんど焼け落ちてしまっている建物の場合、消火はできても、元の建物は取り返しがつかなくなっていますよ。

これを医療と病気にあてはめてみてください。

いくら最新鋭の医療があっても、一旦大病になってしまえば、元の体に戻れなくなります。

一番の方法は、そうならないように普段から気を付けることです。

悪いとは頭では分かっていてもやめられない。
それが中毒です。

しかし、やめるきっかけを少しでも与えることができればと思い、配信をし続けています。

体を壊して動けなくなれば、和歌山地域通訳案内士会の大切な資産であるガイドさんが減るのです。

そうなってしまえば、本人はもちろん、当会にとっても悲しいことです。

そうなってほしくないから、健康情報についても配信を続けています。

中毒性があるのは砂糖だけではありません。小麦、乳製品などにも中毒性があります。

こちらの動画もご参考にされてください。

過去の関連記事はこちら
食べ物と精神

言葉はその人を表す

心と体は表裏一体とよく言われます。

精神状態が体調を、体調が精神状態表しています。

体の調子が良くない時に心の状態がいきいきしているなんてことはなく、逆に心の状態が良くない時(何か悩み事を抱えていたりする場合)などには、体の調子も悪くなります。

なので、両方を健全に保つことが重要です。

以前、勾玉についてお話したことがあります。
勾玉の意味とは?

勾玉というのは、あのオタマジャクシのような形をしているものが本来の形ではなく、目に見えないもう一つの「オタマジャクシ」が合わさって、円形になっているというものです。

勾玉にも、目に見えるもの(体)と目に見えないもの(心)を、両方大切にしなさいよという意味も込められているそうです。

さて、心と体は表裏一体ということはお分かりになったかと思いますが、多くの物、事においても表裏は存在します。

私は長年、ガソリンスタンドに勤めていました。
これまで幾多の車の洗車と車内清掃をしてきましたが、車内が散らかっている人の家に灯油などの配達に行った時、たいていの家は散らかっていました。

今はパソコンで仕事をすることが多くなりましたが、ファイルを無造作にデスクトップに保管(放置?)している人は、タンスの中やクローゼットの中が乱雑、またはぎゅうぎゅうに詰められています(誰とはいえません・笑)

洗濯物を無造作に干す人は、やはり他においてもズボラです。
掃除をきちんとしない人の家は部屋の中が円形にきれいです。

数え上げればキリがないですが、最も重要なことの一つに言葉遣いがあります。

よく「あの人は言葉はきついけど、根はいい人」という言葉を聞きますが、本当に根がいい人であれば、言葉遣いにも気を付けるはずです。

言葉遣いは、その人の性格を如実に表している典型例です。

ただ、職業によってはそうならざるを得ない場合もあるかとは思います。

普段から身内がメインで仕事をしている農家さんや、漁師さん(いずれも個人事業として)などは、日常でほとんど敬語を使うようなことはないでしょう。
逆によそよそしくなります。

ただ、やはりここにも言葉遣いが丁寧かそうでないかというのと、敬語を使うか使わないかということの違いはあります。

言葉遣いというのは本当に大切ですよ。

言語化・文字化の重要性

突然ですが、あなたは何か悩みを持っていますか?

人の悩みの9割は人間関係と言われていますが、あなたも当てはまっているでしょうか?

悩みは、絶えず私たちの思考に入ってきて、良からぬことや、どうしていいかも分からず、ただ悶々とすることが多いかと思います。

その悶々とした気持ちの原因って、考えたことはあるでしょうか?

案外、言葉にできなかったり、はっきりとした原因が分からなかったりしませんか?

その「言語化できない原因」や「分からない原因」の解決策のひとつが、この言語化・文字化です。

おそらく、ただ悶々と悩みについて考えている時って、頭の中だけで考えているのではないでしょうか?

私はガイド団体のリーダーとして、会員を束ねていかなければならない関係上、やはり人間関係の悩みは尽きません。

みなさんいい人ばかりなのですが、ちょっとした会員や従業員の言葉の使い方が気になったり、その逆で「何であんなことを言ったのだろう」と自己嫌悪に陥ったりすることもあります。

また、組織を運営していると、色々な考え方の人が集まってきますので、組織のルールを破ったり、ルールの穴をついてくる人もいたりします。

そういった悩みは、解決しない限り、事あるごとに頭をもたげてきて、本来やらなければならない思考の邪魔をしに来ます。

プライベートでもそのことが頭から離れず、楽しむこともできなくなります。

私はそういう状態になった時にすることが、この「言語化・文字化」です。

人間の頭の中は、常に色々な思考が巡っています。

浮かんでは消え、また浮かんでは消え・・・その繰り返しです。

思い出に残るような楽しい出来事を回想するのはいいことですが、悩みだけは百害あって一利なしです。
案外、自分を不快な気持ちにしたその当事者は、「今頃パフェとか食ってる」んです。
当の本人はまったくその人のことなど考えず、自分はその人のことを考えている。
これこそ、時間の無駄です。

なので、思考を整理するのに、一度自分の頭の中にあるものを、一度時間を取って書くことによって整理する必要があります。

悩みを抱えたままで眠ることはなかなか難しいですよね。
いくらいつも寝る時間になったからと言っても、そのことが気になって眠れやしません。

その場合にも、この言語化・文字化はオススメです。

まず、自分が悩んでいることを思いつくまま書き出します。

私はよく、ワードのアウトラインを使いますので、キーボードでも効果はあります。

自分はいったい、何に悩んでいるのか、頭ばかりで考えれば考えるほど、迷宮入りする場合があります。
それは、悩みや思考というのは目に見えないからです。

なので、そのごちゃごちゃになった思考を一旦紙に書き出して「視覚化」します。

そうすることによって、自分がいったい何について悩んでいるのかが整理され、よく分かるようになります。

原因が分かれば、次に「その原因を作った原因」について、やはり紙に書き出します。

リッチ・シェフレンの言葉に、「問題は、その一つ前の段階にある」という言葉があります。

まさに、悩みを作っているのは、その一つ前に原因があります。

その「原因の原因」が分かれば、次に「では、どうすればそうならないようにできるか」「次に同じことが起こらないようにするにはどうすればいいか」ということを考えます。

そうして、どんどん自分の考えを視覚化していくことによって、原因究明とその対策を練ることができますので、気持ちも随分と楽になります。

組織であれば、新たにルールを作るなどすれば、問題の再発は起きにくくなるでしょう。

頭の中でごちゃごちゃになっていた思考が整理され、スッキリすることで眠りにもつくことができます。

以前私も無理やり寝ようとしたのですが、やはり眠れなかったので、思い切ってこの思考の整理をやってみました。

夜が遅くなって睡眠時間が削られはしましたが、その後はぐっすり眠ることがきたので、眠れずに布団の中でイライラするよりは、かえって質の高い睡眠をすることができると思います。

面倒だとは思わずに、だまされたと思って一度時間を取って書き出してみることをお勧めします。

心無いことを言ってくる人や、問題が起こった時は、それらが自分の成長の糧になったりします。

今は難しいかもしれませんが、そういう人や問題は、自分を成長させてくれる磨き砂のような存在なんだという思考に切り替えることができれば、むしろ感謝できるようになります。

「感謝に敵なし」です。

あなたは頑張っていますよ。

神様はちゃんと見てくれています。

直感の重要性

多くの人は、大事な決断をは、時間をかけたほうがいいと思っているかもしれませんが、それは誤りです。

ファーストチェス理論という考え方があります。

チェスの名人に、チェスの盤面を見せて次の一手を言ってもらうのですが、まず30秒で思い浮かんだ一手を言ってもらいます。

次に、さらに1時間、じっくりと考えてもらって次の手を言ってもらいます。

結果、30秒の最初の手と、60分熟考した手が90%も一致したのです。

つまり、ひらめきや直感というのはかなり正しいのです。

あるいは、長く考えても最初に思いついた判断とほとんど変わらないということです。

脳のパフォーマンスを最大まで引き出す 神・時間術より

私も経験がありますが、まず直感でA案とB案を思いつき、A案にするべきという直感が働きました。

しかし、一応どちらでいくべきかを正しく判断するために、両方の案をじっくり検証したところ、やはりA案だという答えが出ました。


車を運転している時などは特にそうだと思います。
子供が飛び出してきた時、考えるより先にハンドルを切るか、ブレーキを踏むか、あるいはその両方をしているはずです。
その場面に遭遇した瞬間に「ハンドルを切ろう」とか「ブレーキを踏もう」と思ってからしていれば間に合いません。

これまでの経験から、咄嗟に判断して行動をしているはずです。

それが起こった後、誰かに話す時に「あの時、子供が道端でボール遊びをしていたので、『あの子供、飛び出して来ないかなぁ』と思いながら運転していたら、急にそのうちの一人が飛び出してきて『危ない!』と思って急ブレーキを踏んだ」というと思います。

その時に実際に「あの子供、飛び出して来ないかなぁ」とか「危ない!」と「文字通り」思ったかといえば、必ずしもそうではないと思います。

子供がボール遊びをしているのを見た時に、その子が飛び出して来ないかどうか注意をしながら運転をしていたかもしれませんが、実際に「あの子供、飛び出して来ないかなぁ」と言葉を頭の中で発していたかどうかと言えば、そうではなかったりします。

その状況を説明するために後で言語化したはずです。

誰かに話す時に、その時の状況を分かりやすく説明するために「危ない!」という言葉を言語化していることが往々にしてあるということです。
実際には「危ない!」という暇があればブレーキを踏んでいると思います。

これらの判断は直感によるものであり、熟考してからのものではありません。

しかし、その判断が正しかったりします。

ただ単に直感が働いたというものではなく、これまでの経験と知識から出るということです。
そして、後で考えたら、やはり直感が正しかったということを、あなたも経験したことがあるかもしれません。

直感を大切にし、限られた時間を有効に使っていただけたらと思います。

価値観の違い

「肉を食べられないなんて、人生損をしている」
「納豆を食べられないなんて、人生損をしている」
「カラオケの楽しさを知らないなんて、人生損をしている」
「酒を飲めないヤツは人生損をしている」

よくこういった類の言葉を聞くことがあります。

確かに、肉は美味しいです。
納豆もカラオケも私は大好きです。
お酒はあまり飲めませんが好きです。

しかし、肉や納豆を食べられなくても、世の中には美味しい食べ物が溢れています。
歌を歌うのが好きではない人は、他に楽しみを持っています。
お酒を飲めない人は、酒の席でもお酒なしで楽しめる術を知っています。

要は価値観の違いで、そういう発言をしている人は「自分視点」だと思います。

その人がどこにどんな価値観を持っているか。

それは人それぞれ違って当然です。

自分の価値観を人に当てはめるて「損をしている」という発想は良くありません。

肉を食べれられなくても、カラオケができなくても、お酒が飲めなくても、人それぞれの人生を楽しんでいます。

ガイドをお願いすることに価値を見出す人、自分たちだけで楽しみたい人、人それぞれです。
・・・私の本音としては、できるだけガイドを雇ってほしいとは思いますがね(笑)

自分の価値観を人に当てはめて判断するのは早計だということを知っていただけたらと思います。

ただ、しなければいけないことをせずに、どうでもいいような違うことに価値観を置くことが問題になる場合があります。

以前、団体内である案件についてアンケートを取ったことがありました。
団体のみんなに関わることなので、みなさんの意見を聞きたいと思ってのことだったのですが、一部の会員はそのアンケートには目もくれず、自分のFacebookに何かをしたという記事を投稿していたのです。

その後アンケートに回答があればまだ救いがありましたが、結局期限切れ。

さすがにこれは怒りました。

SNSが悪いというつもりはありません。
価値観の違いと言ってしまえばそこまでかもしれません。

しかし、これはあまりにも自分本位です。
目先の楽しみに価値観を置いた典型です。

結局、アンケート自体に回答があまりなく、私の考えの通りで結論が出ました。

さらにこれには後日談があります。

アンケートの期限が切れて1年以上たったある日、その会員から「なぜこのように決まったのか?」と聞かれました。

もう終わってますね。

そのように決められて困るようなことであれば、なぜその時にアンケートに回答をしなかったのか。

結局、自分で自分の首を絞めた結果になってしまっていたことに気づいていませんでした。

目先の楽しみに主眼を置くのか、長期的な視点から考えて行動に移すのか、その価値観の見誤りや、優先順位の置き方には注意が必要かもしれません。